村田慎二郎の発言 (外交・安全保障に関する調査会)
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○参考人(村田慎二郎君) 国境なき医師団日本の事務局長をしております村田慎二郎と申します。
本日は、参議院外交・安全保障に関する調査会にて、二十一世紀の戦争と平和と解決力、新国際秩序構築というテーマの下に、武力紛争などと人道主義の実践・再構築に向けた取組と課題という、関するこの調査において参考人としてお招きいただきまして、誠にありがとうございます。国境なき医師団を代表してお礼申し上げます。
国境なき医師団という組織は、一九七一年にフランスで医師とジャーナリストによって設立された人道援助団体です。設立に携わった医師たちは、一九六〇年代後半に、アフリカ・ナイジェリアでのビアフラ紛争の際に国際赤十字の救援活動に従事しておりまして、その際、現地でナイジェリアの政府軍による一般市民への暴力を目撃して強い憤りを覚えたことから、当時の赤十字のルールであった沈黙の原則、つまり、活動現地で起こったこと、見たことを公に発信しないという原則に背きました。ビアフラで目撃した事実を公に告発して国際社会の反響を呼んだのです。この経験によって、援助活動だけでは変えることができない人道危機に関して、現場で起こったこと、見たことを公に発信することで、国際社会の関心や介入を呼ぶことの重要性を認識いたしました。その医師やジャーナリストたちがつくったのが国境なき医師団です。
主な活動としては二つありまして、一つは緊急医療・人道援助、そしてもう一つは現場で目撃した人道危機について世界に発信をする証言活動、この二つを活動の柱として、五十年以上にわたって活動をしております。医療だけが注目されがちですけれども、ガザ地区のように、今どんな人道危機が起こっているのか現地から発信し、国際社会の介入を訴えていくこともまた国境なき医師団にとって重要な活動となっております。
国境なき医師団は、二〇二二年の実績で申し上げますと、七十五の国と地域で活動し、日本円で約二千九百九十一億円を用い、約四万九千人のスタッフが活動に従事しました。スタッフの八〇%以上は活動国で採用された現地のスタッフです。
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国境なき医師団の活動は、人道原則の独立、中立、公平を堅持しており、いかなる国や団体からも干渉や影響を受けることなく、ニーズに基づいた支援を公平に届けるために、活動資金の九五%以上を民間からの寄附で賄っております。その八五%以上は一般個人の皆様からの寄附となっております。日本からの一年間で約四十二万人の一般個人の方を含め、世界中で約七百万人の寄附者様に支えられており、刻々と状況が変化する紛争下での援助活動や自然災害への緊急対応に柔軟かつ迅速に活動することが可能となっております。
各国からの、各国政府からの資金に関しましては全体の一%ほどでありまして、中立性確保の観点から、主に紛争地ではないプロジェクトに限りまして、昨年はカナダ政府、スイス政府の資金を受け入れ、これまでに日本政府からも、補正予算からの国際機関等拠出金の形で、これまで西アフリカやコンゴ民主共和国のエボラ出血熱の対応、バングラデシュでのロヒンギャ難民支援などに御支援をいただいております。
本日は、まず、国境なき医師団がこれまで紛争地での人道援助の実践をどのようにしてきたか、それを御説明したいと思います。
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国境なき医師団は七十以上の国と地域で活動しておりますが、その約三割は武力紛争下での活動です。なぜ国境なき医師団は紛争が起きている現場で活動ができるのか。それは、独立、中立、公平の人道原則の徹底した実践によって可能になっております。これは、国際人道法があるおかげで活動ができていると言っても過言ではありません。
国境なき医師団は、紛争地を含め、いかなる場所でも原則非武装で、軍による護衛も付けず、自らの調査で現地のニーズを把握して、医療ニーズのみを基準に最も喫緊の援助が必要な場所や分野を判断して、どのような患者に対しても無償で治療を提供しております。これは、たとえ戦闘員であったとしても、ジュネーブ諸条約に基づいて、一旦武器を手放せば治療を受けることができるからです。
紛争地での医療活動を可能にするために、国境なき医師団は、政府機関やほかの援助機関だけでなく、あらゆる紛争当事者と話しまして、活動の理由や、自分たちが誰で、なぜここにいて、何をしようとしているのかという説明をしていきます。これは、政府の軍であっても、反政府勢力であったとしても、ローカルの武装勢力であったとしてもです。私たちはそれをエンゲージと呼んでいますけれども、対話をすることで活動に対しての理解を得ます。
この交渉の際には、国際人道法において病院や医療要員は保護の対象であること、負傷した戦闘員は保護されること、また病院は非武装のゾーンであることなどを説明して、私たちの活動に対し理解を得るように努めております。また、国境なき医師団の病院やクリニック、救急車などは当団体のロゴを掲示しまして、活動地のGPSコードや移動に関する情報を事前に紛争当事者に通知し、保護の対象であることを分かりやすくしております。
これらは、国際人道法の医療保護の原則、そしてそこで定められているルールに沿っており、国際人道法は、国境なき医師団が人道援助を届けること、そして医療を必要としている人々へのアクセスを確保するために、紛争地において倫理的というよりは実用的なツールとなっております。
また、組織の方針として、質の高い医療・人道援助を常に提供すること、活動内容に関して透明性を保つこと、緊急事態においてこそ迅速な援助を提供することなどが結果的に私たちの活動を守ってきました。そして、現地の伝統、文化、宗教を尊重し敬意を払うことで、紛争地においても人々に受け入れられ、活動を継続できるよう努めております。
国境なき医師団は、活動開始に際しましては、現地の保健省など関係する政府機関、紛争当事者などと協議をし、活動に関する理解が得られ、医療施設、スタッフの必要な安全が確保できると判断した場合にのみ活動を行います。ただ、紛争地においてリスクをゼロにするというのは現実的ではなく、リスクを小さくしていく、団体としてマネージできるレベルにするといった考え方もまた必要であるというふうに考えます。
このような方針、方法によって、国境なき医師団は、ミャンマーやアフガニスタン、イエメン、シリア、スーダン、中央アフリカ共和国、チャド、コンゴ民主共和国といった国々でも現在も活動を継続することができております。しかしながら、国際人道法を尊重しない紛争当事者や紛争当事国のために、これまで申し上げた国境なき医師団の原則や手法を用いても活動ができていない地域があるというのもまた事実です。
近年、国境なき医師団が紛争下の活動で直面している主な問題を、二つ事例を用いて詳しく御紹介させていただきます。
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まず一つは、医療への攻撃です。
医療施設、それから医療活動に携わる人々、また救急車などの搬送車両は国際人道法の保護下にありますが、このルールが守られず攻撃に遭っております。
WHO、世界保健機関のデータによりますと、昨年は、ガザ地区やミャンマー、ウクライナなど十九の国と地域で千四百件以上の医療に対する攻撃が記録されておりまして、七百三十人以上の医師や看護師が殺害され、千二百人以上が負傷しました。この千四百件以上の医療への攻撃のうち八百二十件以上は、十月からのたった三か月でのガザで起きたものです。また、一昨年は世界で千六百件を超える医療への攻撃が記録されましたが、そのうちの七割強はウクライナで起こっております。
このように、過去二年間の数字を見ても、国家の正規の軍隊が国際人道法を尊重していないということが言えるかと思います。医療への攻撃を軍事作戦の一環として行っているのではないかとさえ考えます。
医療への攻撃の何が問題か。それは、単に国際人道法に違反しているや、病院で働いている医師や看護師が被害に遭うというだけではなくて、その紛争地で病院を命綱にしている現地の何千人、何万人という人たちから医療へのアクセスが奪われることです。それによって、救われるはずの命が救えなくなっていき、助かるはずの命が助からなくなっていくと、それが問題なのです。
日本政府は、二〇一六年、国連安保理の理事会にて、紛争下の医療従事者及び医療施設の保護に関する決議第二二八六号を共同起案国の一つとして採択を主導しました。日本政府には、世界で今なお続いている紛争において、紛争の当事国並びに当事者に対しまして、国際人道法で定められた医療の保護を遵守するよう、人道外交の面でリーダーシップを発揮していただくことを期待いたします。
続いて、大きな問題の一つとして、各国で実施されている対テロ政策が国際人道法で認められているはずの人道援助活動の制限にまで及んでいるケースについてお話しいたします。
これは、例えば、政情不安定な国でテロリストと指定された勢力の支配地域に暮らしている民間人への人道援助がその国の国内法によって制限若しくは禁止されたり、テロリストとして指定された勢力と人道援助団体が人道援助活動のために接触を持つことや、テロや犯罪の疑惑がある患者を医療上の理由で治療したり搬送する行為そのものが禁止されたり犯罪とみなされるケースがあります。
反政府勢力が支配している地域に住んでいても、人道危機に瀕している子供や女性を含む民間人には援助が届けられるべきであり、人道援助組織としては、そのためにあらゆる紛争当事者と対話をし、医療・人道援助活動に対して理解を得ることは不可欠です。また、兵士を含めどのような立場の人であっても、一旦武器を手放せば治療を受けられるようにしなければいけません。これは国際人道法で定められたルールであり、命を救うために必要な医療を提供しないということは医の倫理に反する行為でもあります。
国境なき医師団は、ここ数年の間だけでも幾つものこうした事例に直面しております。
例えばカメルーンでは、反政府勢力の支配地域で銃撃による負傷者を救急車で搬送していた国境なき医師団のスタッフが当局に逮捕されてしまいまして、その地域での活動を中止せざるを得なくなりました。
また、マリやニジェールでも人道援助活動が犯罪とされるケースが相次ぎ、紛争によって国際地域に追い詰められた、国境地域に追い詰められた人々に援助を届けることが極めて難しくなりました。
そして、昨年十一月、スーダンでは、政府当局が、対立している準軍事組織、RSFに制圧された首都のハルツームで外科手術に必要な物資の輸送を禁止しました。当局の目的は敵対するRSFの負傷者、負傷した兵士が治療が受けられないようにするということにありましたが、結果として、国境なき医師団が活動していた病院では、帝王切開など紛争とは一切関わりのない手術までもが提供できなくなってしまいました。
また、二〇二一年、タリバンの政権掌握に対して国際社会が科した制裁によってアフガニスタンに届けられる援助が大きな影響を受けたように、国際的な制裁が人道援助の障壁になることもあります。昨年七月には、クーデターが発生したニジェールに、ECOWAS、西アフリカ諸国経済共同体や近隣国が制裁を発動した結果、食料やワクチンなどの援助物資を運び込むことができなくなりました。
また、対テロ法や制裁の形を取らずとも、政府の抵抗勢力がいる地域への援助活動が国の政策によって制限される事例もあります。例えばミャンマーでは、昨年五月のサイクロン・モカによって甚大な被害を受けたラカイン州での活動を軍事政権が制限をし、国境なき医師団が地域の約四十六万人を対象に提供していた医療・人道援助も中断を余儀なくされてしまいました。こういった状況下で最も打撃を受けるのは、紛争や貧困、食料危機に苦しむ人々、子供たちです。
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国境なき医師団は、二〇一六年から国連や各国に向けて、対テロ法や制裁などの規制対象から人道援助を除外するよう呼びかける活動を行っております。こうした働きかけの積み重ねによって、昨年六月、カナダでの対テロ法から人道援助が除外される法改正が実現されました。また、二〇二二年十二月には、国連安保理で、国連の制裁措置から向こう二年間は人道援助を除外する決議が採択されました。
国連の制裁のみならず、全ての国際的な制裁において人道援助を対象の除外とする措置がとられることを強く求めます。また、国家による制裁や規制によって人道援助が妨げられないように、日本を始めとする国際社会による更なる取組をお願いしたいと考えております。
冒頭で、国境なき医師団は各国政府からの資金の受入れを自ら制限しているということを御説明しましたけれども、実は今資金を受け取ることができる国として国境なき医師団が決めているのが世界で三か国あります。それは、スイス、カナダ、そして日本のこの三か国です。
日本は、内戦や国際的な紛争において中立的な立場を取ることが多く、紛争が起こる以前から、長年様々な開発支援をメジャーなドナー国として実施してきている場合が多いです。こういった国というのは、G7やG20を見回してもそう多くありません。
そのような立場にいる日本だからこそ、人道主義を実践、再構築するに当たって果たせる役割があるのではないでしょうか。例えば、紛争の当事者双方に国際人道法を遵守するよう働きかける。また、国の政策や規制によって人道援助活動の実施に制限が掛けられている場合は、それを取り除くよう当事国政府に働きかける。また、国連安保理での外交活動など、真に人々のニーズに基づいた公平な人道援助が実施されるよう、国際社会による取組をリードしていく。そういった役割を日本政府に果たしていっていただきたいと考えております。
国境なき医師団からは、毎年百名弱の海外派遣スタッフが世界各地で人道援助活動に従事しております。現地から彼らが、今現場で何が起こっているのか、どんな支援が必要とされているのかを発信していくことで、日本の多くの方々に現状を理解いただき、支援の必要性を実感していただいているように思います。
国境なき医師団のスタッフは、紛争地など様々な活動地で経験を積むことで対応能力を磨き、成長していっております。人道主義を実践していく上で、人道危機に対応できる人材を育てるという観点からも、人道援助の従事者がこうした活動地に行くことが日本社会において今よりも受け入れられ、さらには奨励されるような社会をつくっていくことも必要だというふうに考えております。
最後になりますが、これまで申し上げてきたように、人道援助は今、かつてないほどの危機に直面しております。世界各地で起きている人道危機の数や難民、国内避難民の数は増え続け、気候変動によって自然災害も頻発しております。そして何より、人類が長い年月を掛けて作り上げてきた人道に関する様々な国際的な規範やルールが紛争当事者や国家の政策によってないがしろにされている傾向が近年増加の一途をたどっております。子供を含めた民間人の膨大な犠牲、医療施設への攻撃、人道援助活動や物資輸送の制限など、今ガザの人々が直面している苦しみというのはその最たる例です。これは、ガザの人々のみならず、人道援助の行く末を変えてしまい、人類の運命をも変えてしまうかもしれない事態と言えます。
現在、イスラエル軍がラファへの地上侵攻を表明しておりますけれども、国境なき医師団はこれを直ちに停止することを求めます。これ以上の大規模な民間人の殺害を許してはいけません。そして、日本を始め関係国の政府に対しては、完全かつ持続的な停戦をもたらすために行動を取っていただくよう強く求めます。
今後、世界中でヒューマニタリアンスペース、すなわち人道援助活動を行うことができる空間、これが消滅していくことを国境なき医師団は強く危惧しております。危機的な状況にある人々のニーズに基づいた公平な人道援助が世界のどのような場であったとしても提供できるよう、人道主義の再構築に取り組んでいただくことを皆様に心よりお願い申し上げます。