田中悠美子の発言 (国民生活・経済及び地方に関する調査会)
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○参考人(田中悠美子君) よろしくお願いします。
一般社団法人日本ケアラー連盟理事の田中悠美子と申します。
本日は、貴重な機会をいただきまして、本当にありがとうございます。
ヤングケアラー、家庭支援について、現状、課題、そして課題に対しての展望についてお話しさせていただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。(資料映写)
まず、私が所属しております一般社団法人日本ケアラー連盟について御紹介をいたします。
ついついケアをしている人は自分のことを後回しにして、ケアが必要な人のことを大切に過ごしています。ケアラーも、健康で文化的な生活を送り、一人の個人として自分の人生を自分らしく自分で選択しながら生きる権利があると思います。私たちが大切な人をケアするあなたも大切な一人ですという意識を持つこと、社会がケアをしている人を支える仕組み、法制化をしていくことを目指して、御覧の四つの事業を展開しております。
また、本日別紙で配らせていただきましたヤングケアラープロジェクトにおいては、ヤングケアラー経験のある方、研究者、そして支援者が集い、協働しながらヤングケアラーの支援体制づくりに健闘しております。
また、私は、東京都の府中市と協働してヤングケアラーと家族を支援する自治体モデルづくりに取り組んでおります。ヤングケアラーコーディネーターという立場でも活動しておりまして、今回は、ヤングケアラーの支援の現場の声、子供と家族を一体的に支えていくこと、そのための体制整備の必要性についてお話ししていきます。
まず、ケアラーとは何か。改めてなんですけれども、私たちの連盟では、心や体に不調のある人へ介護、看護、養育、世話、気遣いなど、ケアを必要とする家族や近親者、友人、知人などを無償でケアする人たちのことを指しています。この言葉が十年ほど前に出た頃はケアワーカーと混同されることがありました。無償でケアをしている人たちのこと、ケアする人たちのことをケアラーというふうに呼んでいます。ケアする相手の病気や障害、続き柄にかかわらず、ケアラーに焦点を当てて横串に刺すものとして考えています。
総務省の調査によりますと、介護をしている人は六百二十八万八千人に上っており、大人も子供も誰もがケアをする時代になってきています。日本には、家族のケアは家庭内の問題、課題であるために、家族で何とかしなければならないという考えがあるかと思います。大人側もSOSを出しづらいというところがあると思います。また、デリケートなことでもありますので、周囲の人が家庭内を見ることは難しさもありますし、入っていくことも容易ではないと思います。ただ、ケアをしている子供たち、若者の未来を考えたときに、生きづらさを感じているような場合があれば、やはり見過ごすことはできないというふうに思います。
ヤングケアラーという言葉がこの三年ほどで社会に浸透しつつあると思いますが、子供たちが家族のお世話や介護をしている現状は昔から存在していると考えます。今は大介護時代と言われるようになっていて、深刻な少子高齢化が進む中、認知症の方が増えたり、精神疾患を持つ方も増えているということで、ケアを必要としている人は増えているという状況がございます。
ケアは、個別の、個人の問題ではなくて、社会的な課題として捉えていくことが重要だと思います。ケアが必要な人に対しては支える法制度が整いつつあります。しかし、大人も含めたケアをする方に対しての支援やサービスの法整備化はなされていないという現状です。ケアをすることを求められて、自分の人生や生活、健康が奪われている状況がございます。
ケアラーの悩みは尽きません。誰に相談していいのか分かりません。場所も知りません。そもそも、介護をしている人の生活や進路、仕事、子育てなど、ケアラーさん自身の悩みを誰に相談していいのか、そもそも相談していいのというふうに思う方もいらっしゃいます。また、家族がいるからヘルパーの利用ができないなど、一律的にそういったサービスができないという判断がされてしまう実情もあったりします。家族の状況を十分に把握、アセスメントしてもらう機会がございません。ケアラーは、孤独を抱え、心身共に疲れ、社会的に孤立しがちになってしまいます。
また、昨今の医療的ケア児の支援法や認知症基本法などでは、家族支援ということが位置付けられてきています。それはとてもすばらしいことだと思います。ただ、個別の制度ごとに対策が検討、実施なされていて、自治体においては、相談窓口の設置ですとか人材確保に苦慮している状況もあります。なので、自治体単位で総合的に対応できる、例えばケアラー支援センターのような、そういった横断的かつ包括的な対応が必要ではないかというふうに考えています。
ヤングケアラーがしているケアは、こちらのイラストにあるように多岐にわたっております。家族に病気や障害があってケアを要する場合に、大人が担うようなケア責任を引き受けて、家事や家族の世話、介護、見守り、感情面のサポートなどを行っている十八歳未満の子供という概念を指しています。家族構成や、いつから誰のケアをしているのか、また、家計の状況は困窮しているのかどうか、共働き世帯なのかなど、様々なグラデーションがあります。そして、ケアを必要とする人もケアをする人も、時間とともに状況はどんどん変化をしていくという特性もございます。
そして、ヤングケアラーの悩みもこのように多岐にわたっています。お手伝い、とても推奨されることだと思いますが、その線引きというのも難しさが大変あります。ヤングケアラーは、いわゆるお手伝いの範囲を超えた大きな責任を伴う場合があります。子供の年齢や成熟度に見合わない過度な負担を背負うことは、本来あるべき子供自身の健康や生活に大きな影響を及ぼします。国の調査の結果、ケアを担う子供たちの多くが家族のお世話を優先するために自分の時間が取れないと訴えています。ケアすること自体はもちろん悪いことではありません。ただ、ケアによる問題や悩みが発生する前の気付きというのが大切になると思います。
では、どのようなまなざしで子供たちを見ていけばよいかというところでは、ヤングケアラーは、ケアラーである前に成長途中にある子供というふうなまなざしが大事だと思います。その子に関わりのある人たちが認識を高め、見る角度を少し変えてみるだけでも、その子の状況や気持ちに気付いて寄り添うことができるのではないでしょうか。支援が必要な場合も想定し、子供の声をしっかり聞くということが大切になります。こちらには、学校の先生始め、子供や若者の関わりのある身近な人たちを掲載してみました。
そして、ヤングケアラーについて、現在、法令上の定義はなく、国が示している概念はこちらのとおりです。本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っている子供、さらに、子供自身がやりたいことができないなど、子供の権利が守られていないと思われる子供というふうに示されています。
令和五年度からこども家庭庁ができ、ヤングケアラーの施策が厚労省からこども家庭庁に移管されたということもあり、子供からまた更に若者というふうに広げて政策がなされているというのはとてもすばらしいことだなというふうに思っています。
また、十二月の下旬に、こども家庭庁が児童虐待防止対策部会の方でヤングケアラーに関する制度改正について示しています。改正のイメージ案としては、子ども・若者育成支援推進法のところにおいて、家族の介護その他日常生活上の世話を過度に行っていると認められる子供、若者と定義して、国や自治体が各種支援に努める対象にヤングケアラーを明記することとしてはどうかというふうに示されています。
また、全国で二十か所ですね、自治体のケアラー支援条例という制定の動きがございます。国内で一番最初に制定された埼玉県においてはこのような定義となっています。ケアラーは、高齢、身体上又は精神上の障害又は疾病等により援助を必要とする親族、友人その他身近な人に対して、無償で介護、看護、日常生活上の世話その他援助を提供する者というふうにして、ヤングケアラーは、ケアラーのうち十八歳未満の者としています。
また、北海道のケアラー支援条例においては、定義とともに基本理念というものを出しています。ケアラー支援においては、全てのケアラーが個人として尊重される、夢や希望を持って暮らすことができるように行わなければならない、ヤングケアラーの支援においては、ヤングケアラーの意向を踏まえつつ適切に行われるとともに、子供の権利及び利益が最大限に尊重され、心身共に健やかに育成され、適切な教育の機会が確保されるように行わなければならないとしています。
国の定義において、過度に行っていると認められる子供、若者という程度を示している状況なんですが、先ほどの埼玉県や北海道の定義よりも、そうするとこれでは狭い概念や定義になってしまうのではないかと思います。過度というのはどの程度を指すのかも難しいことだと思いますし、同じ量のケアや内容でも、その子供さん自身の受け取り方によっても変わってきてしまうと思います。また、過度にならないように支援するということも大切になります。また、過度な状態の子供、若者イコールヤングケアラーというふうにしてしまうと、過度でないけれども、そういった状況だけれども、心理的に負担やもやもや、葛藤を感じているような子供、若者の方は支援の対象外になってしまいます。定義につきましては、是非慎重な議論をしていただきたいというふうな思いがございます。
そして、国が行った実態のところについて御紹介ですが、ケアをしている子供たちの人数、中学二年生の場合で十七人に一人、高校二年生では二十四人に一人という状況が分かってきています。そして、ケアに割り当てる時間を見てみますと、多くは、三時間未満というところが多い傾向にあります。中には一日七時間以上という子供さんも一割ほどいることが分かりました。
そして、家族のお世話をしている子供たちが相談について、相談経験について確認をすると、ないという回答が六七・七%という状況でした。ないの理由としては、誰かに相談するほどの悩みではないという考えが七割、また、相談しても状況が変わるとは思わないという声も二割ほどの方が感じています。また、相談をしたことがある人は、身近な御家族や友人に相談したという状況のようです。
そして、ケアをすることの若者への影響ということも生じています。ケアが優先となり、進路を変更したり受験の準備が十分にできなかったりします。また、十八歳以降もケアを継続する場合、ケアと高等教育との両立に悩んでしまったり、就業の機会を逃し経済的に困窮してしまうということも考えられます。疲労やストレスを感じ体調不良に悩み、不安を抱きながら生活することにもあって、若者ケアラーは、ケアラーである前に自分の人生を歩み始めたばかりの若者たちです。ケアをすることで二十代、三十代で経験するライフチャンスが得られないことがないようにするということが大事だと考えます。
そして、若者ケアラーの実態として少し御紹介ですが、就業している二十代の若者、介護者のうち、非正規職員の方は四六・四%に上っているという状況です。様々な背景から、職業の選択の中で非正規職員を選択している状況があります。
また、介護や子育てを同時期に行うダブルケアという状況の方、最近の分析データでは二十九万三千七百人というように言われております。
周囲の人が気付きにくい特徴や背景があるということ、見ようとしないと見えてこないというところをまず認識することが大事だと思います。ケアをしている子供たち自身、若者自身が、家族のことは自分たち家族でしなければならないと思っていたり、当たり前となっていて子供自身がケアの負担にも気付きにくいというところ、また、自分の役割、使命感を持って担っている場合もあります。障害や病気の家族のことを隠している、言いたくないという思いもあります。相談できることを知らないというそもそもの状況もあったり、大人のケアラーの陰に隠れて見えないということもあります。
一方、大人や支援者側は、子供がケアをしていると思っていなかったり、子供を介護力とみなして期待しているという場合もあります。
まずは、そういったケアをしている子供たちの存在を知っていくということが大事になると思います。
そして、子供のしているケアの内容、役割について確認し、それによる影響についても考えることが重要です。やはり、身体的なケアというところはとても分かりやすい部分あると思いますが、見守りや感情面のサポートもケアの重要な関わりだと思います。ヤングケアラーかどうか厳密な判断にとらわれず、将来に負担を抱えるかもしれない可能性の段階から、ヤングケアラーと思われる時点で見過ごすことなく対応すること、また、過度な負担にならないように予防的な支援も必要だと思います。そして、丁寧に状況を把握する、アセスメントをするということ、子供の声を聞くということ、そして、十八歳以降、また子供と違った異なる生活ニーズが有していますので、そういったところも含めた体制を築いていくことが大事だと思います。
国において、ヤングケアラー支援施策の動向ということでまとめてみました。
二〇二一年の三月から、本当にすさまじいばかりの勢いで施策を展開してくださっています。私たちの活動、本当に背中を押してもらっているなというふうに感じます。また、地方自治体においては、こちらに記載のように①から⑥までいろいろな施策が取り組まれております。
私は東京都や埼玉県の委員にも入らせていただいて、こういった支援マニュアルやハンドブックというものも制作が昨年度されている状況です。
この数年でヤングケアラーという言葉が広まり、施策は急速に進んでいるというふうに感じますが、一方で課題というところもいろいろと感じています。
まず、ヤングケアラーと知られたくない、認めたくない、そういったヤングケアラーという言葉への抵抗感を抱いている子供たちも、当事者の方もいらっしゃいます。また、そこまで大変ではないわということで、そういう思いもあり、ネガティブな印象を抱いているという側面があります。いろいろな普及啓発がありますが、当事者の立場から見ると、とても難しい状況、ネガティブな感情を抱いています。
また、親や家族が責められているような思いになったり、SOSが出しにくい、虐待やネグレクトと誤認されてしまっているような状況もあると思います。
そして、施策が進む中で、やはり、どこがヤングケアラー施策を所管するのか、とても難しさを抱えている自治体もあると思います。自治体内の、組織の内外で協力できる基盤がまだまだ弱い、根深い縦割りの弊害もあるのではないかというふうに感じているところです。
右側に少しポイントを書かせてもらいましたが、そういった課題を考えると、本人の意思を尊重できる継続的な関わり、つながり続ける機会ということも大事だと思いますし、課題解決の視点だけではない、理解や配慮のある、そういった対応も求められると思います。そして、分野横断で相談体制をつくる、子供、若者と接する支援者、また教育者も含めた、そういった方への支援、サポートというのも大切だと感じます。
そして、子供にとって信頼できる人やつながりたいタイミング、一人一人違うと思います。ですので、地域の中、身近な地域の中で、話してもいいんだと思える環境、安心して話せる相手や場所に出会えることが重要ではないかと思います。
そういう意味では、学校という場は子供たちが長い時間を過ごす場所でもあります。先生方にヤングケアラーについて正しく理解をしていただき、子供たちの様子を見守り、変化に気付いていくことが大切だと思います。
学校教育の現場でヤングケアラーについて知ってもらうための取組というものが埼玉県で活発に行われております。また、先生方が気付いた後の対応の中で、子供たちに寄り添い、子供自身がどんな状況、この状況をどう思っているのか、またどうしたいと思っているのかということを、子供の思いや希望をきちんと聞いていただきたいなという思いがございます。
では、本当の意味でヤングケアラーの心に寄り添うにはどのようにしたらよいのでしょうか。私は以下の三つの視点が大事になると考えております。
まず一つ目は、子供の権利を守るという視点です。先ほど来も出ておりますけど、子供の権利、教育を受ける権利ですとか意見を表す権利、その子供の権利が脅かされていないかを確認しながら、権利が奪われている場合は改善をしていく対応が求められると思います。また二つ目に、子供のウエルビーイングという視点です。子供の幸せ、心身の健やかな成長や発達、そして自立が図られるように子供たちを支えていくことも大切になります。そして、家族全体を見るという視点です。子供に影響が生じているというと、大人自身にも時間や心の余裕がなく困っている場合があると考えられます。ケアを必要としている家族、大人のケアラー、そして子供を一体的に支援していくことが求められると思います。
では、具体的にというところで少し御提案ですが、認識が持ちにくい特性を踏まえた関わり方を提案、提供していくというところですね。ケアは生活の一部として当たり前であるために、支援が必要という自覚は持ちにくい場合があります。また、家族も子供に頼っていることや、分担をして生活が成り立っている場合もありますので、周囲から指摘が入るとやはり抵抗感を感じると思います。子供や若者が困っていても、大人がイエスと言わなければサポートが受けることが難しい場合もあります。そのような場合は、まずは子供として守られる権利や配慮してもらえる権利、機会があるということを説明し、自分の状況を理解したり、支援について知れるように関わるということから始める必要があると思います。また、情報共有する際に、誰に知らせてよいのか確認や同意を得たり、偏見を持たれないように配慮をするということも大切になります。
そして、課題解決のための支援のみならず、傾聴や心理的支援が求められるという点です。ついつい、相談支援の現場にいますと、早期発見や早期介入といった、困っていることを課題解決するんだというような関わりがなされていきます。もちろん、それは負担を軽減をしていくという意味では重要なことだと思うんですが、その同時期に、一方で課題解決とは違う、話を聞くという関わりや心理的な支援を行うという関わりも大切になります。改めて自分の将来を考え、自分の人生を歩むことができるよう、定期的に話ができる機会や心が安らぐ居場所、一緒に考えたり気持ちを話せるような機会が大事になると思います。
そして、ヤングケアラーやその家族に情報提供や共有をして選択肢を広げるという関わりも大事になると思います。ヤングケアラーやその家族、また関係者に正しい情報を提供するということも大切なサポートです。自分に必要な支援を考える時間ですとか、気持ちを整理するためにも情報というものは大事になると思います。
最後、まとめに代えて、ヤングケアラーの施策が動き出して三年間、言葉が広がりつつ認識も高まっているんですが、ヤングケアラー、若者ケアラーがかわいそうというような印象を持たれているケースもあるかと思います。決してかわいそうな人でもないですし不幸な人でもないと思います。そんなこと他人が決めることではないというふうに思います。家族が苦しんでいるのを放っておけず、自分よりも家族を大切にする優しい人で、我慢強く責任感が強いような、そんなパワーのある方々だなと私は思います。その子供や若者が、自分が望む進路や人生、自分の将来もしっかりと大切に歩んでいけるように、家族全体を支えながら、学校を始め地域、頼れる人が身近にいる環境を整備し、その子自身が、分かってくれる人がいる、話してみようかなと安心感を持って一歩踏み出せるような関わりが大事だと思います。
最後に、誰もがケアをする時代になります。子供、若者、そしてケアをしている人、あらゆる世代を支えるために、分野を超えて具体的な支援体制、法制化が必要です。是非、参議院の議員の皆さんに一緒に考えていただきたいという思いがあります。
本日はどうもありがとうございました。以上で終わります。