松島みどりの発言 (外務委員会)
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○松島委員 自民党の松島みどりです。
私は、三月一日、南米ウルグアイの大統領就任式に特派大使として出席させていただきました。
オルシ大統領が宣誓式の演説で、私はここにいる半分の人たちに選ばれました、しかし、残りの人たちの考え、政策にも耳を傾けることが重要であり、民主主義とは継続する努力をしなければいけないものなのですと述べた言葉が強く印象に残りました。アメリカのトランプ大統領が議会演説で、十数回もバイデン前大統領の悪口を言ったのとは大違いでありました。
五十七歳の大統領は、私との会見を終えて見送ってくれる際、ウルトラセブンが大好き、五十年前の白黒テレビの時代から好きだった、日本の大使からフィギュアももらいましたと目を輝かせて語り、ポーズを決めました。長崎県のちょうど真裏なんですけれども、日本の真裏の国に五十年前からこんな少年がいたのかと、日本のソフトパワーに改めて感じ入りました。
今日は日本の外交を陰で支える人たちに光を当てて質問したいと思いますので、もう少しウルグアイの話を聞いてください。
世界一貧しい大統領という映画や本もあるホセ・ムヒカ元大統領に、農村部の質素な冷房もない御自宅の狭い部屋でお会いすることができました。オルシ大統領の就任式には六十五か国から元首や大統領が来ており、恐らく多くの要人がムヒカ元大統領にお会いしたかっただろうと思います。しかし、八十九歳と高齢で御病気も抱えているので、面会できたのはごく少数でした。そのため、私も、現地のテレビ数社が待ち構える、そういう中、おうちに入ってまいりました。
面会の実現は、駐ウルグアイ大使の秘書を務める日系人女性の人脈のたまものです。彼女は日系パラグアイ人ですが、外務省の日系人招聘プログラムで知り合った日系ウルグアイ人の男性と結婚し、お隣の国ですけれども、ウルグアイに移り住みました。
ムヒカ元大統領は、日系人は、花の栽培など、とても勤勉で尊敬している、我が国に日系人が少ないのが残念だと私に語りました。ムヒカさんの曾祖父がイタリアからウルグアイに移住し、花卉栽培に携わったのですが、日本の大使の女性秘書の御主人の御実家も同業、花卉栽培という御縁がありました。
同国の日系人は僅か約四百六十人とされています。ブラジル二百七十万人、ペルー二十万人、アルゼンチン六万五千人などとは比べ物になりません。外務省は常々、日系人の存在は南米との外交で貴重な財産という言葉を繰り返し、私も、二〇〇七年に外務大臣政務官として中南米を担当した際に、東京に招かれた日系人のブラジル最高裁判事の方や次世代リーダーの方々とお会いしました。当時は、ブラジル空軍の司令官も日系人でした。
その後訪問したブラジル、ペルー、アルゼンチン、パラグアイ、そして今回のウルグアイでも、日系人社会の方々と懇談する機会がありました。一部の年配の方を除きますと、多くの方々が日本語での会話はスムーズではありません。自分は日系人という意識が余りなかったけれども、招聘プログラムで訪日してからその意識が芽生えるようになった、さらに、各国にいる同世代の日系人と交流するようになったというお話をしばしば伺いました。
そこで、質問というかお願いです。
日本への招聘事業では、移民船が出港した横浜や神戸は訪ねますが、是非、それぞれの方のルーツの地、両親あるいは祖父母いずれかの故郷を訪問できるようにしていただきたいのです。例えば、先祖は海に囲まれた島で農地が乏しかったから、ブラジルの大地を目指しアマゾンで農業に従事したのだというようなことを、そこへ行って、その島へ行って目で見て実感していただきたいと思います。
各県の国際課などに協力を求めれば、外務省職員が一人ずつに付き添う必要はないだろうと思います。広島県、長崎県、沖縄県など、移住者の多いところでは、地元の方々とも触れ合えるチャンスだと思います。いかがでしょうか、質問いたします。