山下貴司の発言 (憲法審査会)
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○山下委員 自由民主党の山下貴司です。
本日のテーマである衆議院の解散については、我が党において意見集約のための党内議論は行っていないことから、あくまで個人的見解として述べさせていただきますが、結論から言えば、衆議院の解散については、主権者である国民の政治判断に委ねるべき事柄であり、それに先立って一律に法的に制限することは、日本国憲法の憲法実行の点からも、民主主義の原則の観点からも、そして国際比較の観点からも、慎重であるべきです。
まず、憲法実行について、日本国憲法下では、これまで二十七回ある衆議院の総選挙のうち、任期満了による選挙は一度だけであり、近いうち解散と言われた民主党野田政権下の解散を含め、ほとんどがいわゆる七条解散です。内閣による七条に基づく解散はもはや日本国憲法上確立されており、学説もこれを認めるのが通説です。
民主主義の原則の点からは、解散自体は民意を問う行為であり、むしろ民主主義に沿うものであります。憲法学の大家である佐藤幸治京大名誉教授が指摘するように、政治的問題により国会での統一的意思形成に支障を生じている場合などに、内閣が責任ある政策形成を維持するため解散によって国民の意思を問うことは、国民主権の趣旨に沿うとともに、内閣による責任ある政策形成を制度上可能にするものだからであります。
政府も一貫して、内閣が衆議院の解散を決定することについて、憲法上、これを制約する規定はなく、いかなる場合に衆議院を解散するかは内閣がその政治的責任で決すべきものとしています。
もちろん、解散について法的制約を念頭に置いた議論がないわけではないことは先ほどの法制局長の紹介のとおりでありますが、憲法学の大家である芦部信喜東大名誉教授は、解散は国民に対して内閣が信を問う制度であるからそれにふさわしい理由が存在しなければならないと述べ、一つ、内閣の重要法案や予算等が否決された場合、二つ、内閣の与党体制が基本的に変わった場合、三つ、総選挙の際に争点とならなかった新たな重大政策課題が生じた場合などを挙げ、内閣の一方的な都合や党利党略で行われる解散は不当であるとしています。
しかし、注意しなければならないのは、解散権の行使にふさわしい理由の判断自体は基本的に内閣の政治的判断に委ねられており、その判断の当否についてはあるものの、法的責任ではなく、政治的責任のみを負うということであります。芦部教授も、法制局資料の八ページに言うような憲法習律上の制約があるとは言っておらず、解散の当否は最終的には国民の政治判断に委ねられていると述べています。
解散批判で間々言われる党利党略に基づく解散、内閣の都合による解散かどうかは国民が選挙で判断することであり、実際に、解散の結果、議席を減らすことも間々あります。そうした国民の判断に委ねずにあらかじめ法律で縛ることについては、慎重でなくてはならないと考えます。
諸外国の例を見ても、まずイギリスでは、法制局資料にありますように、二〇一一年、政権による党利的な解散を制限するため、内閣の解散権を制限する議会任期固定法を制定したものの、二〇二二年に同法は廃止され、再び、内閣が自由に解散を決定できる体制に戻っています。さらに、その際、解散の決定は裁判所で争えない旨の規定も盛り込まれ、解散権自体は純然たる政治判断事項であることが明らかにされました。法制局資料十ページで長谷部教授がイギリスを制約の例として挙げていますが、これは古い情報に基づくものと考えられます。
フランスでは、大統領が下院に当たる国民議会の解散権を持ちますが、解散後一年以内に再解散はできないという制限はありますが、一年経過すれば、理由を問わず議会を解散できます。ただ、政治的リスクがあるために解散の事例が少ないというだけであります。
米国は、大統領による連邦議会の解散はないものの、下院は二年間という短い任期で民意を問う制度となっており、日本の解散・総選挙による衆議院任期の平均が二年半程度であることを考えると、むしろ日本は、衆議院の解散制度により、米国下院と同等の民意を問う機会を実現しているとも言えます。
ドイツでは、憲法に当たる基本法上、解散権を信任投票の否決の場合などに限定していますが、これは、ワイマール憲法下でヒトラーが政権掌握のため国会を解散して全権委任法を可決したなどというドイツ特有の歴史的経緯によるものであることに留意する必要があります。そのようなドイツでも、最近、少数与党内閣が、事態打開のため、不信任を前提とした信任投票を経て解散・総選挙を行っています。
またカナダは、内閣の解散権には制限がないとされています。
以上、俯瞰したとおり、憲法実行上も、民主主義の観点からも、国際比較上も、内閣による解散権について法的制限をつけることは慎重に検討すべきであります。
重ねて言いますが、佐藤幸治教授の指摘のとおり、解散によって国民の意思を問うことは、国民主権の趣旨に沿うとともに、内閣による責任ある政策形成を制度上可能にするものであります。そして、解散の当不当、違法かどうかではなく当不当は、民主主義の原則からは、基本的には国民の政治審判を受けるべき事柄であり、イギリスも法律による制限を約十年後に撤回したように、国民の政治判断の機会をあらかじめ法律で縛ることには慎重であるべきであります。ましてや憲法上制限することについては反対であることを申し上げ、私の意見といたします。
以上です。