辻英之の発言 (国土交通委員会)
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○辻(英)委員 ありがとうございます。
なかなか、これまでの新幹線と不公平感があるというのは、難しいと思いますが、今後もまたしつこく質問をしていきたいと思っております。
昭和四十五年、前回の大阪万博ですね。同じ年に国内初の営業運転を始めた若狭地域の美浜原子力発電所、ここからこの大阪万博へ電気が送られました。初のことですね。私が生まれた年です。以来五十五年、大阪、関西へ電気を送り続けているのが若狭地域です。
「若狭にひかりを」。これは、五十年前に若狭の青年たち、青年会議所の皆さんが運動を起こしたスローガンですね。今回、大阪万博がある。くしくも今年、令和七年です。今度は大阪から五十年以上待たされ続けている若狭へ新幹線を通す、光と輝きを、希望、望みですね、を通す決断をされることを強く強くお願いを申し上げます。
先ほど、昭和四十八年の田中角栄内閣の閣議決定の話をしました。ちょっと私ごとになりますが、その閣議決定に遡ること半年前、昭和四十八年四月六日、参議院予算委員会で、福井県小浜市出身のある野党議員が、北陸新幹線について当時の国鉄総裁と運輸大臣に質問をしています。この答弁が、政府が若狭ルート、今の小浜ルートですね、昔は若狭ルートと言っていたんですが、政府が若狭ルートを示唆した初の答弁だと言われています。
その質問をした議員が、私の父親、故辻一彦です。その後、父親は、連立与党で、衆議院運輸委員長でこの問題にも注力しました。そして、平成十一年七月一日に衆議院の運輸委員会で質問した際の運輸委員長が、今の石破首相です。五十年の時を経てバトンを受け取って、こうしてまた新幹線の質問をさせていただけていることは本当に感慨深いと思っております。
今後もしぶとく政府の姿勢をただしていく、いや、この件につきましては応援をしていくことをお約束申し上げまして、そして、この委員会に委員外の議員の発言の機会を与えていただけること、皆様に本当に感謝を申し上げまして、質問を終わりたいと思います。
ありがとうございました。