井野俊郎の発言 (内閣委員会)

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○井野委員 講和条約というのは、あくまでも友好条約を結ぶことだと私は思っています。あくまでも、戦争が終わる、もうお互いに戦争することはやめよう、それはやはり降伏文書じゃないですか。ちょっとこれは、もう多分同じような議論の繰り返しになって、私は外務省として問題だと思うよ。だから結局、いつまでたってもこういう問題が片づかないんだよ。ちゃんと明確に、この日が終戦、我々が降伏文書に調印した日、だから国際法的にもこの日が終戦日、戦闘が終わった日だと。だけれども、もちろん八月十五日はポツダム宣言を受諾して武装解除した日だと。そういうことを明確にしておかないと、いつまでたっても曖昧な中で議論したって、それは相手国からすれば、何を言っているんだ、日本となるでしょうや。この点私は、正直言って外務省の怠慢だと思うけれどもね。
 問題は、だから、先ほど言ったように、話を戻すけれども、九月二日なんですよ。九月二日に我々はミズーリ号上で降伏文書に調印した。それによって連合諸国は、この日が戦争が終わった日だと認識している。ということは、ソ連からすれば、「八月九日以来の戦争の結果」という日ソ共同宣言六条のこの「結果」というのが、恐らくだけれども、彼らの頭の中では九月の一日なんじゃないのかなと私は解釈しています。実際問題、私はロシアの外務省と交渉したこともないし、そこまで話を聞いたこともないけれども。
 すなわち、皆さんが曖昧にしている国後島、九月一日から四日、これが九月一日だったとしたら、ある意味、降伏文書調印前ですよね。他方、色丹、歯舞が九月の二日以降であれば、それは戦争の結果ではなく、戦争が終わった後に勝手に不法に占拠した島々という解釈も取れなくはないよね。
 そこら辺がまさに、曖昧にしているから、日本というのはいつまでたっても北方領土交渉というものが私は進まないのかなと思っているんだけれども、その点は、いわゆる戦争の結果、この日ソ共同宣言六条の「戦争の結果」というものは、どこまでを皆さんは含まれると考えているんですか。

発言情報

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発言者: 井野俊郎

speaker_id: 20919

日付: 2025-02-12

院: 衆議院

会議名: 内閣委員会