眞野哲の発言 (文部科学委員会)
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○眞野委員 立憲民主党・無所属の眞野哲でございます。
私も、昨年の選挙で初当選しまして、今回が初質疑となります。質問の機会を与えてくださいまして、心より感謝申し上げます。
この前に、先ほど大臣と少しお話をさせていただきまして、大臣から、私たちは敵じゃないからね、一生懸命頑張りましょうとおっしゃっていただきまして、とてもありがたい思いがあります。大臣、一緒に頑張りましょう。
私は三人の子供を育ててまいりました。三人とも私立の大学で、今でいう多子世帯なのかなという思いです。
長男が十九歳のときに、自転車に乗って横断歩道を渡っていたところ、夜間、ライトを消して一方通行を百キロで逆走した車にはね飛ばされました。長男は、教員になる夢があって大学に通っておりました。その運転手は外国人で、母国でも日本でも一度も免許を取ったことのない運転手。そして、大量のお酒を飲んだ飲酒運転です。いわゆる無免許、飲酒運転ですね。その車は無車検、無保険です。実は、その事故の前に衝突事故を起こした逃走中の出来事でした。私は、病院に駆け寄って息子を見たときに、ドクターからもう手の施しようがないと言われまして、思わず長男を抱きかかえたところ、頭がどうも陥没しているような状態で、私は、息子の脳みそというんですかね、触ってしまった。多分なかなかそういう脳みそを触った経験はないと思いますが、そういう悲劇に襲われました。
夢も希望も未来もない私は、当時会社を経営しておりましたが、仕事もする意欲がなく、会社もやめたいような状況でありました。もう途方に暮れたところ、半年後に、そういえば長男は教員になりたかったんだということを思い出して、亡くなった半年後に私は大学に進学しました。そして、その大学に進学したときに、息子と私が同じ大学生という、そんな状態でした。
大学を卒業して、そのまま大学院に進学をして、卒業をしたときに、母校の実務家教員になったわけです。そこで初めて長男に、おまえの夢を少しかなえることができたのかなという思いでいます。
その後、進化型実務家教員といいまして、文部科学省がやっているTEEPというのがありまして、そこの進化型実務家教員養成プログラムも名古屋市立大学で修了したと。長男の魂が乗り移ったのか、教育に目覚めてしまったという背景があります。
私としては、無車検、無保険、何もないという状態の中で、その怒りの矛先をどこにぶつけていいか分からないんですね、悩み苦しんだときに、私は、この気持ちを法改正に向けて戦うしかないと。それしかないんですね。裁判もできないですし、相手から補償も謝罪もない。それで、苦しい思いで戦ってまいりました。
そのときに初めて衆議院選挙に出て、当然落選するんですけれども、それから諦めずに選挙を重ねて、十二年ぶりに、三度目の選挙で初議席を得ることができました。(拍手)ありがとうございます。教育もそうですが、やはり、諦めないということが大事なのかなというふうに私自身経験したところでございます。
それでは、大学等における修学の支援に関する法律の一部を改正する法律案について質疑を行います。
高校生の進学決定に当たって、いろいろな選択肢があるんですが、私の息子もそうなんですが、高校から大学に行くときにどういう尺度で大学に進学するか、結構悩ましい問題だと思います。例えば、推薦入学だとか、あと内申書の点数、そこでより高い大学に行きたいと。そこで、例えば大学のブランド、早稲田、慶応だとか、行きたい大学を選ぶような風潮がどうも今あるのかなというふうに考えます。
私としては、十八歳ぐらいの生徒が将来何になりたいかという夢というのはなかなかないと思うんですが、やはりそこは、学校教育とともに将来のビジョンを描くというのも非常に大切なことかなと感じました。
実は、私の三男が進学する際に、なかなか内申点、ちょっとよかったんですけれども、地元の歯学部の推薦があるということで、息子に言ったんですね。そうしたら、お父さん、僕、歯医者になるつもりなんか全然ないよということで、多分、学校側からしたら、一番高いところの枠が歯学部だったので、そこに突っ込みたかったのかなというのがあったんですが。
やはり、生徒と大学とのマッチングですね。将来何になりたいかは明確ではないんですけれども、最も行きたい大学に進学するべきだと私は考えるんですが、やはり、地元で有名な私立大学だとか、あと、行きたくもないけれども、国公立に行きたいという方もいらっしゃいますよね。それは親御さんの資力にも関わるかもしれませんが。
私も進化型実務家教員の一員として、教育とは何だろうと考えたときに、やはり、将来に向けて社会に飛び立つ若者のために一生懸命考えてあげるのがまず第一優先であり、それから、例えば大学のブランドだとか内申点で選ぶというのもいいと思うんですが、いわゆる大学と生徒のマッチングですね、なかなかまだうまくいっていないんじゃないかなという思いがしてならないです。
高い偏差値の大学に進学したいという思いは分かりますが、例えば、内申点だけで大学に行ってしまうと、例えば物理とか数学とか苦手な方が理工学部に行っちゃったら、高校時代に授業をやっていないんですよね。そうすると、せっかくそこそこいい大学の理工学部に行ったとしても、一年とかでやめちゃうんですよ。せっかく行った大学をやめてしまうのであれば、そこはもう少し、学校側か生徒か親御さんか、何かしなければ、結局、入った大学をやめて、また一年後、二年後、もう一度大学に行き直してということも、何かもったいないような気がしてならないわけです。
これは、学校の進路指導が悪いとか、あるいは、保護者の学生に対するそういう選択の仕方がよくないのか分かりませんが、私個人としては、受験のシステムそのものが悪いのかなというふうな思いがしてなりません。ブランド志向ではなく、システムそのものに問題があるように思いますが、いかがでしょうか。お答えください。