高橋哲の発言 (文部科学委員会)
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○高橋参考人 おはようございます。大阪大学の高橋哲と申します。
本日は、このような意見陳述の機会をいただきまして、誠にありがとうございます。
私は教育法学が専門でして、近時、給特法に特化した単著を出版しております。本日は、この観点から、この度の法改正案の最大の懸念事項であると思われる教員の労働時間の捉え方をめぐる問題、こちらを中心にお話をさせていただきたいと考えております。
さて、釈迦に説法かとは存じますが、給特法の趣旨を改めて確認するならば、この法律は、給料月額四%の教職調整額を支給する代わりに、労働基準法三十七条所定の超勤手当を支給しないという特殊ルールを公立学校教員に適用しています。これが、給特法をして定額働かせ放題法と呼ばれるゆえんとなっております。
しかしながら、給特法にはもう一つ重要なルールが存在しています。それが、教員の時間外勤務の対象業務をいわゆる超勤四項目に限定するというルールです。
このルールにつきまして、昭和四十六年の給特法制定時の国会審議においては、量ではなく内容によって、教員の時間外勤務が無定量にならないように歯止めをかけるのだという立法趣旨が示されておりました。すなわち、給特法は、同じく携帯電話に例えるならば、定額基本料金以外の従量課金はないものの、使用できるアプリを四つに限定するという、そういうルールを定めるものだと見ることができます。
行政府にとって不都合な真実は、教員の時間外勤務の大半が超勤四項目以外の業務であふれているということです。本来であれば、超勤四項目以外の時間外勤務が発生した時点で、それは一日八時間、週四十時間を上限と定める労働基準法三十二条違反に当たり、課金が必要なはずなのです。
では、なぜ、その違法性が問われず、働かせ放題状態となってきたのでしょうか。それこそが、文部科学省の所業によるものなのです。
お手元の配付資料一を御覧ください。
現在、文部科学省は、教員の時間外在校等時間を原則として月四十五時間、年間三百六十時間以内とする上限指針を告示として定めております。この上限指針の公式のQアンドAにおいて、教員が行った超勤四項目以外の時間外勤務がなぜ労働時間に該当しないのかを以下のように説明しております。
すなわち、厚労省のガイドラインに依拠しながら、校務であったとしても、使用者からの指示に基づかず、所定の勤務時間外にいわゆる超勤四項目に該当する以外の業務を教師の自発的な判断により行った時間は、労働基準法上の労働時間には含まれないと公言しています。つまり、文部科学省は、使用者の指示がなければ、教員の自発的行為であり、労働時間には該当しないとしているのです。
しかし、ここで注意されるべきことは、大本の厚労省ガイドラインは、このような使用者の指示のみを根拠とする定義を取っていないことです。
資料二を御覧ください。
確かに、厚労省ガイドラインによると、労働時間とは、「使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間」と記載されています。しかし、そこにはすぐただし書が付されているのです。上記の定義に続けて、「客観的に見て使用者の指揮命令下に置かれていると評価されるかどうかは、労働者の行為が使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされていた等の状況の有無等から、個別具体的に判断される」としているのです。
この厚労省ガイドラインの前提となっているのは、平成十二年の最高裁三菱重工長崎造船所事件判決です。この判決では、造船所の作業服に着替える時間が労働時間に該当するかが争われ、使用者からの指示がなくとも、準備行為等が使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされた場合は労働時間に該当すると認められています。その後、最高裁は、実作業のない夜間仮眠時間、住み込みマンション管理人の時間外業務についても、時間外勤務命令がなくとも、労働からの解放が保障されていない場合には労働時間に該当すると判断してきました。
また、近年の労働法学の学説においても、これらの最高裁判決の労働時間認定を受けて、使用者の指揮命令があったかという判断要素のみではなく、当該業務が労働の対象である業務に当たるのかという業務性の基準を含めて労働時間の該当性を判断するという考え方が有力になっています。
この厚労省ガイドライン、最高裁、学説が示す定義に見るならば、近年問題となっている学校における強制部活動と言われるものや、授業準備、校務資料の作成などは、いずれも労働時間に該当する蓋然性が高いと思われます。
実際に、埼玉教員超勤訴訟の令和三年地裁判決、令和四年高裁判決の双方においては、授業準備、掲示物の管理、学年便りの作成、業者テストの採点など、合計三百七十七時間以上の時間外業務が労基法上の労働時間に該当すると判断されています。
この判決は、原告の損害が軽微であるとして原告請求を棄却しましたが、他方で、教員の時間外労働が常態化し、放置されていたならば、労働基準法三十二条に違反し損害賠償責任の発生する可能性も認めています。それゆえ、文部科学省が原則とする月四十五時間もの時間外労働、あるいは例外的に月百時間を認めるとしておりますが、これほどの時間外労働が常態化されていたならば、違法な労働時間を放置したものとして損害賠償請求の対象になり得るのです。その意味で、この度の改正法案は、依然として訴訟リスクを内包しているというのが私の見解です。
このような判例の蓄積から見るならば、文部科学省が在校等時間なる概念を持ち出して、超勤四項目以外の業務は労働時間に該当しないとすることは、給特法の運用と言われるものの範疇を超えているように思われます。なぜなら、これらの業務を労働時間に該当しないとすることは、労働基準法三十二条自体の改正か、少なくとも特別法による法律上の適用除外がなければできないはずだからです。また、適用除外するに当たっても、日本国憲法二十七条に定められた勤務条件基準立法たる労基法の基本原則を著しく潜脱するような適用除外が特別法によって可能なのかという立法裁量上の問題が生じ得ます。
在校等時間という概念は、給特法も含め、どの法律にも明記されておらず、ひたすら文部科学省の行政行為によって生み出されている概念です。これは、法律に基づく行政の範囲を超えた、行政府による労働基準法の書換えであり、立法権の侵害に当たるというのが私の見解です。
しかも、この行政府の越権行為が教師の窮状を救済するものではなく、むしろ教師をして過労死直前の状態で働く労働環境を生み出し、全国的な教員不足を招く要因をもつくり出しているのです。それゆえ、この文部科学省による労働基準法の潜脱行為を止めなければ、いかなる法改正も実効力を有しないものとなってしまうというのが私の抱く本改正法案への最大の懸念です。実際に発生している教員の時間外勤務を労働基準法上の労働時間として認めること、これが働き方改革の一丁目一番地であることを研究者の立場から強く指摘させていただきたいと思います。
なお、付言として、この度の改革のもう一つの目玉とされている主務教諭の導入についても陳述させていただきたいと思います。
この度の改革案では、教員の職務によって業務量が異なることから、給与のめり張りが強調され、その目玉として主務教諭の新設が予定されています。確かに、学校組織の中心となる教員や新人教員をフォローする教員、多数の授業こま数を担当する教員などに、その労働への対価を払うことは重要かもしれません。しかしながら、この度の主務教諭の導入に当たり、先行モデルとされた東京都の経験を見ると、このような新しい職の導入が、必ずしも教員の待遇改善につながらないことが示されております。
東京都では、二〇〇四年に全国に先駆けて主幹教諭が導入され、その後、二〇〇九年より主任教諭が導入されています。
お手元の資料三を御覧ください。
図に示されておりますように、二〇〇四年に東京都で主幹教諭が導入された際には、特二級が新設され、従来の二級教諭職給料表に上乗せされたことから、この度の主務教諭の新設も、教員全体の待遇改善となることが期待されています。しかしながら、東京都では、二〇〇九年の主任教諭の導入後、教育職給料表が全面改定され、主幹教諭導入時とは比べ物にならないインパクトがもたらされています。
この図では更に、二〇二四年度の給料表を基に、四年制大学新卒者が三十八年間在職し、教諭、二級のまま在職期間を終えた場合と、十年目に主任教諭に昇格した場合、そして、その後、二十年目に主幹教諭に昇格した場合を比較しております。二〇〇四年当時の教諭職と現在の生涯教諭モデルとの生涯給料額の差は千八百二万円に及び、これは一〇・三%の減額に相当します。教諭、主任教諭、主幹教諭の間の給与格差も、御覧のように決定的なものとなり、生涯教諭を選ぶ者、このような先生にとっては、甚大な待遇の引下げが遂行されたことが明らかにされています。
この度の法改正では、主務教諭の導入により、給与のめり張りを構築することが目指されていますが、東京都の経験を見る限り、それはめり張りのある給与体系というよりも、めり、減りしかないという、めりめりの給与体系と呼んだ方がふさわしい状況が示されているかというふうに思います。同様の改革が他の自治体でも行われたならば、たとえこの度の法改正により教職調整額を一〇%まで増額していただいたとしても、基本給の引下げにより教員の待遇改善には至らない、格差だけつくって待遇改善なしという状況が生まれる可能性のあることをここでは申し述べたいと思います。
以上のように、本国会において給特法等の法改正案を御審議いただいているにもかかわらず、それは教員の長時間労働の是正にも教員の待遇改善にも結びつかない可能性があるというのが、専門家としての私の懸念です。特に、労基法上の労働時間の定義をめぐる文科省の越権行為は、教員のただ働きを容認する点で甚大だと、私の立場から申し上げざるを得ません。察するに、現役の文部科学官僚の方々もまた、同省の先輩方がつくられた負の遺産に苦慮しているのではないかと思われます。しかしながら、もはや省内でこの所業を止めることはできず、立法府によるストップが必要となっているというのが私の見解です。
それゆえ、この度の給特法改正案をめぐる争点は、単に教員の労働環境を改善できるかを問うにとどまらず、このような行政府の越権とも言える行為を立法府自らお墨つきを与えてしまうのかが問われています。これは、三権分立という日本国の国家体制に関わる問題であり、国民主権の根本を揺るがす問題であると考えます。
立法府をじゅうりんする行政府の越権行為を征伐するためにも、そして、日本国憲法の下、立法府が守り育ててきた労働基準法という法律の権威を損なわないためにも、そして何よりも、教師の過酷な労働環境を改善し、子供たちの教育を受ける権利を守るためにも、本委員会の先生方、国民の意思をより反映されているとされている衆議院議員の皆さんには、立法府の担い手として、国権の最高機関が持つ権威と矜持をお示しいただきたいと考えております。
もはや、教師不足の問題に象徴されるように、教師の労働条件をめぐる問題が子供の教育条件に直結する問題であることは火を見るよりも明らかになっております。そのため、少なくとも、教員のただ働きを放置することをストップし、より労働基準法に適合的な修正を当委員会で御審議いただくことを求め、私の意見陳述に代えさせていただきたいと思います。
御清聴いただきまして、ありがとうございました。(拍手)