澤田稔の発言 (文部科学委員会)

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○澤田参考人 先生方、おはようございます。上智大学の澤田と申します。よろしくお願いいたします。
 私の専門はカリキュラム・教育方法論ですので、ふだん様々な学校で授業づくりのお手伝いをしたり、あるいは、本務校では教員養成に携わっておりますので、この学習指導要領の改訂には高い関心を寄せております。
 私の意見陳述は、お手元の資料ですけれども、一枚目に番号をつけて目次的なものをつけさせていただいておりまして、その後、資料番号をつけて資料を御用意させていただいておりますので、一番最初のページと資料のページを行き来しながらお聞きいただくことになるかなと思いますので、よろしくお願いいたします。
 まず最初に、私の意見陳述は、今回の学習指導要領改訂に向けて示された中教審への諮問の内容から始めさせていただきたいというふうに思います。
 お手元の資料の一、一枚めくっていただいて、資料の一に、その概要のメモをまとめさせていただいております。その中で特に注目すべきだと私が考えるところに下線を施させていただいておりますけれども、一つには、総論的課題として、不登校、特別支援、外国人、特異な才能といった子供たちの多様性を重視した教育の在り方に改善が望まれることが示された上で、下の各論部分で、この解決に向けて、より多様な生徒の包摂、インクルージョンに向けた柔軟な教育課程の実現ということが目標として明記されたということです。
 もう一つは、教員負担への配慮の必要性が、この各論部分のところで、これほど学習指導要領の改訂に向けた諮問で教員負担への配慮ということが強調されたということは、これまでなかったのではないかなというふうに思います。それほど深刻な問題として、この教員の多忙化、長時間勤務の問題が認識されているということではないか。この二つが、諮問文の中で特に私が注目しているところでございます。
 それで、目次的に言いますと二番の方に、教員の多忙化問題から見た学習指導要領をめぐる諸課題という方に移らさせていただきます。
 二の一になりますけれども、私がここで提起させていただきたい問題というのは、先ほど申し上げた二つの、多様な生徒の包摂性と教員の多忙化問題の両方に関わることなんですけれども、危機的な状況として認識されている教員の多忙化状況にまず焦点を合わせて意見を述べたいというふうに思います。
 もちろんそれは、子供、若者よりも大人の方が、教員の方が大事だという意味では全くありません。子供、若者を守るためにも、あるいは大事にするためにも、教員の危機的状況の改善がまず必要ではないかなということです。
 親子で飛行機に乗っていたりするときに、緊急時に酸素マスクが下りてきたりしたときにどちらが先にマスクをつけるのかというと、親がまずマスクをつけるというようなアナウンスがなされることがありますけれども、それに似ているかなというふうにも思います。
 二の一の一のところですけれども、教員の多忙化問題に関しては、次に、二枚めくっていただきまして、資料の二、これは実は、日本大学の広田照幸先生が参議院の文教科学委員会で五月の末に意見陳述された際の資料をそのまま転載させていただいております。
 これは広田先生の研究によるデータですので、また、その中継録画も御覧いただけるわけですので、これについて、詳細、その意味を繰り返し御説明差し上げることは控えて、その結論だけ申し上げたいと思いますけれども、この図表による結論結果というのは、要するに、授業以外の全ての業務時間を半減しても、授業の持ちごま数を減らさない限り、教員の勤務時間を法定労働時間内に収めることは不可能だということがこの研究結果で明らかになり、したがって、教員の定数増が不可欠であるということがこの研究結果から明らかになる、それが結論になってございます。
 次に、二の二の方に移らさせていただきますけれども、しかし、その教員の定数増の早期実現ということがなかなか難しいということになりますと、今度は授業の持ちこま数の側で削減の可能性が考えられてよいということになるかと思います。
 そこで、可能性、どうやったら持ちごま数を減らすために年間授業時数の削減が可能なのか、これを考えていく必要がある。
 二の二の一ですけれども、最初のページの。年間授業時数の削減のために、まあ、年間授業時数が削減されると持ちこま数が削減されるわけですので、このために考えられる措置として最も重要なのが、やはり、程度問題はともかくも、先ほど大森先生の方から言われたような標準時数の削減ということになるかと思います。こうした大なたが振るわれることも是非検討していただきたいというふうに考えております。
 また、この点が大事なのは、後に触れますけれども、裁量権によって、現場裁量で柔軟な対応をするということになったとしても、多忙化で、その現場裁量を十分に使うだけの体力が現場に残っているかどうかという問題がありますので、標準時数の再検討というのはやはり大事な問題になるかなというふうに考えております。
 その次ですけれども、二の二の二になりますけれども、また、年間総授業時間数を削減するためには、学習指導要領に関連して文科省が発出している通知も重要な意味を持ちます。
 これも先ほどの大森先生の報告と、御発表と重なるところがありますけれども、資料の三の方に目を移していただきたいと思いますけれども、これが現物のコピーに当たりますけれども、文科省は、昨年六月に事務連絡として、標準時数を大きく上回る年間授業時数を設定している学校、自治体に注意喚起をして、是正を呼びかけてはいます。
 しかし、資料四にありますように、この通知が明示的にまだ改定されていないかと思いますので、この中にある下線を引いた部分、標準を上回る適切な授業時間数を確保するように配慮することという通知内容が早急に改定される、そういう必要があるのではないかなというふうに考えております。
 この二〇〇三年の通知ですけれども、二〇〇三年というと、二〇〇〇年から二〇〇二年頃に学力低下論みたいなものが吹き荒れて、ゆとり教育批判みたいなものが物すごく広がった頃ですけれども、それで、文科省の方で、すぐに対応すべきだということで学びのアピールといったものが公表されて、文科省がこういった国民不安に手当てをすることに追われたということでした。
 しかし、それから四半世紀近くがたっておりますので、しかも、不登校児童生徒の存在を含めて、学力というものだけではなくて、生徒と教師のウェルビーイングの重要性というものが最新の教育振興基本計画でも明記されている時代ですので、この通知を取り巻く環境というのは既に大きく変わったと考えるべきだと思われますので、やはり見直しが迫られているのではないかなというのが私の意見でございます。
 その次ですけれども、最初のページの二の二の三の方に移らせていただきます。二の二の三の方ですけれども、現在の中教審の教育課程特別部会で検討されている柔軟な教育課程編成に関する内容です。これは、先ほど堀田先生の方からも触れられたところでございますけれども、再度、図をということで資料の五に目を移していただければと存じます。
 この資料の五ですけれども、柔軟な教育課程編成の、特に教員の多忙化ということを考えますと、資料の五の裁量的な時間(仮称)というのがありますけれども、これが注目されるところだというふうに見ております。
 ここに示されている柔軟な教育課程編成の全体イメージというのは、何よりも、冒頭でお話ししましたように、まずは、より多様な生徒のインクルージョン、包摂に向けたものとして構想されているわけです。それは、これまで授業時数特例校とか学びの多様化学校などにしか認められてこなかったような類いの教育課程編成を一般の学校にも拡充して認めようという、そういう方向です。
 しかし、同時に、この柔軟な教育課程編成というのは、教員負担への配慮という点にも対応しているというふうに私は見ております。この裁量的な時間というのは、御存じの先生方も多くおられると思いますけれども、必ずしも授業に充当することはなく、教員研修の時間に充当することも認められてよいものとして検討されつつあるからです。
 授業時数特例校制度をベースにしますと、各教科の標準時数の一割程度を別の教科とか新たな教科、あるいは裁量の時間に移せるということが視野に収められているようですけれども、それが最終的にどの程度、どのような幅を持つ案として提出されるのか、また、各教科から削減した一割程度ずつの時数をどの程度までこの裁量的な時間に充当できるのかどうかということもまだこれからの審議をお聞きしないと分からないという状況ではございます。
 もし標準授業時数の見直しが余りなされないという場合には、この裁量的な時間に関する大幅な裁量を学校現場に与えられるかどうかが教員の持ちこま数減を実質的に実現できるかどうかを大きく左右することになるのではないかと考えられます。
 裁量的な時間に関しては、文科省、教育委員会や管理職等が各教員に対して信頼ベースではなくて不信ベースで対応されて、ちゃんとチェックしないとこんな裁量的な時間というのはいいかげんに使われてしまうんじゃないかというような不信ベースで運用されてしまいますと、せっかくのこの時間が裁量というよりは縛りになってしまうということも考えられるわけですので、この裁量的な時間の運用は最大限、教員集団とかあるいは各教員の自主的な判断に任せるという方向で検討を目指していただきたいというのが私の意見でございます。
 その次ですけれども、二の三の方に移らせていただきます。行ったり来たりで申し訳ございませんけれども。
 この柔軟な教育課程編成に関してですけれども、先ほど少し申し上げましたが、こういった現場裁量を伴う政策ですが、これは、多忙化に見舞われている多くの現場には、その裁量を十分に行使できる体力が残っていないということが懸念されると思います。
 ある意味で、一つの授業でも、従来型の一斉授業のように一律に教師がコントロールして進める授業に対して、いろいろな子供の持ち味を引き出したり、それを生かしたりすることが求められるようなアクティブラーニングの方が、準備や評価を含めてコストがかかると思います。もちろん、先ほど堀田先生がおっしゃったように、ICTなどを利用して部分的にそれが軽減されるということはあると思うんですけれども、やはりコストがかかる。
 それと同じように、多様な生徒に応じた柔軟な教育課程編成というものにも、生徒との対話とか、教員同士の連携とかいったことで、あるいは専門家との連携も含めて、コストがかかる。
 その意味で、現場裁量というものに関しては、現場のそういった意味での多忙化状況を併せて考えて運用が図られるべきじゃないかなと考えております。
 教育課程企画特別部会では、もちろん現場の学校の先生方による実践発表を踏まえて審議が進められておりますけれども、学校現場の実現可能性を一生懸命考えていただいているということは、その意味で理解できます。
 しかし、そこで発表いただいているのは研究開発指定を受けた学校の先生方であることが多いので、そうではない、もっと一般的な、私がよく行くような学校を考えると、そこまでうまくいかないなというような埋め難いギャップを感じるところもございますので、その点で、学校現場の声を聞くとか実態を把握するというときには、そういった研究指定校を受けて優れた実践を重ねられている学校だけではない、もっと一般的な学校の先生方の声や実態を踏まえていることが伝わるような、そういう審議もしていただきたいというふうに考えております。
 というわけで、その意味では、柔軟な教育課程編成というものが絵に描いた餅に終わらないようにするためには、それを、その編成を支えるサポート体制をどう構築するかということの議論も審議していただきたいというふうに考えております。
 私自身は、例えば、総合的な学習の時間が始まった平成十年の改訂のときですけれども、このときに、ポジティブに見ておりましたが、その後、先ほど申し上げたように二〇〇三年の通知が出たような状況のときには、ゆとり教育バッシングとともに総合学習もかなり批判されたところがあったように思います。
 ということからしますと、理念とか設計とかがどんなにすばらしくても、現場での実現可能性をできるだけ丁寧に担保しないと、有意義なアイデアも潰されかねないという教訓がここから得られたように思うので、こういった柔軟な教育課程編成の理念、これはもうもちろん大事だと思いますし、国連による障害者権利条約に関する総括所見で是正勧告を受けた日本のインクルーシブ教育を一歩でも前に進めるという意味でも、非常にこの柔軟な教育課程編成というのは意義が大きいと感じますけれども、こういった現場裁量の行使というのは試行錯誤がつきものになるだけに、やはり、サポート協力体制の設計をどうするかということも是非御議論いただきたいというふうに考えております。
 その次に、三番の方に移らさせていただきます。より多様な生徒の包摂という視点から見た学習指導要領改訂動向をめぐる諸課題ということで、少し日本語が抜けておりますけれども、資料六の方に目を移していただければと思います。
 この資料六の方ですけれども、先ほど堀田先生の御発表にもありましたが、二階建てというたてつけになっております。これは、下の学校レベルの教育課程編成と、学校レベルの教育課程編成だけでは包摂できない、もっといろいろな特性を持つ子供の個人レベルの、両方を視野に収めてこういった設計がなされている。こういうものを特例校制度のような特別な申請なしに全ての学校で認めようというわけですので、この設計というかアイデアというのは目をみはるべき、非常に感心して拝見したところではございます。
 しかし、先ほど申し上げましたけれども、実際に運用する場合には試行錯誤がつきものになると思われます。一階、二階とこういうふうにすっきり分けられるわけには現実にはいかないかもしれませんし、やってみたら、中二階みたいなものも必要じゃないかとか、あるいは一階と二階の移動をどうすればいいんだろうとか、そういった柔軟な教育課程編成の更に柔軟な対応みたいなものが出てくる可能性がある。もちろん私の理解が及んでいないところはたくさんあるかもしれませんけれども、こういったところがあるかなというふうに考えております。
 そのときに注目したいことですけれども、二階部分では、時間がもう来ておりますのでこの辺りで終えさせていただきますが、資料六の方ですけれども、下の方は教科ということが目立つんですけれども、裁量的な時間とか、それから特に必要な教科等がある場合というところには、学習機能だけではなくて、居場所機能みたいなものも重視していただけるようなことが、今後、不登校児童生徒の増加ということを考えると重要になってくるかなと思います。
 時間が来ておりますので、私の方の発言はここまでにさせていただきます。どうも御清聴ありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 澤田稔

speaker_id: 18814

日付: 2025-06-13

院: 衆議院

会議名: 文部科学委員会