荒井優の発言 (文部科学委員会)
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○荒井委員 おはようございます。立憲民主党の荒井優でございます。
今日は、このような機会を本当にありがとうございます。今の船田先生の質疑も含めて、すばらしい参考人陳述だと思っております。
先ほど、澤田先生から、まさに指導の言葉についていろいろと話がありました。実は、僕自身も、国会議員になる前に札幌、北海道で高校の校長を五年間務めていましたが、民間人校長として着任して、一番最初に違和感を感じたのが、まさに学校の中にある指導、そういう言葉だったんですね。
先生たちといろいろ話をすると、先生たちが割と気軽に、それはちゃんと指導済みですとか指導しておきましたというふうに言うわけですが、では、その指導とは一体何をしたのかなというのをよくよく聞くと、そんなに重い意味があるわけではないような、言っておいたとか、そういう感じの言葉にすぎないような感じがするんですが、でも、学校には実はこの指導という言葉がはびこり過ぎているんじゃないかと思っていました。
そのとき、ちょうど文科省の委員も務めていましたので、そんな話をその委員会の始まる前に少し皆さんに伝えたところ、そうすると文科省から出てくる文章に黒塗りがたくさんになっちゃいますねなんて話をしていまして、まさに文科省から指導という言葉が各学校現場に行き渡っているんだなと思いましたし、今日、四人の参考人の皆さんがまさに関わられている学習指導要領、まさにこの指導という部分が文科省から、国から決められていることもその一因なんじゃないかと思います。
ちなみに、今日はちょっと学習指導要領のことをお話を伺いますが、実は、学習指導要領というのは、これは英語で言うと、ザ・ナショナル・カリキュラム・スタンダーズというふうに日本政府は、文科省は訳しているんですよね。ザ・ナショナル・カリキュラム・スタンダーズ、どこにも指導というニュアンスはこの文言の中には含まれていないんですが、なぜか日本語では指導という文言をザ・ナショナル・カリキュラム・スタンダーズに入れているのは、やはり、僕はちょっとこの指導という言葉に強い思いを込め過ぎているんじゃないかというふうに思っています。
ただ、一方、僕は学習指導要領を否定したいわけではありません。非常に大きな効果をもたらしているというふうに思っています。
平成元年の学習指導要領の改訂で、家庭科の授業に関しては、男女共修になりました。男子生徒と女子生徒が共に学ぶ、そういう家庭科のカリキュラムになりました。今日、ここの場所にいる方でも、一九七七年以降に生まれた人たちは、まさに今四十八歳以下ですけれども、男女共修をしているはずです。その子たちがやはり社会に出たときに、男性の育児休業の取得率が二五%上がっていたり、女性の平均年収も一一%上がっている、こういうことが明治大学の原ひろみ先生の研究なんかで出ているわけです。
ですから、学習指導要領、十年に一回、まさに今改訂しているわけですが、社会をデザインしていくという非常に大きな役割があるというふうにも思っております。その意味で、今日は、四人の参考人の皆さんに学習指導要領のことに関してお伺いしたいわけです。
先ほど、大森先生のペーパーの中にもございましたが、二〇〇八年の学習指導要領から二〇一七年に変わっていくときに、減るものがなかったというふうに、全てアドオンされたというふうに書かれているわけです。
ここは非常に重要な指摘だと思っていまして、学校現場は、とかくやめるということが非常に難しいわけですね。学校で行われていることはすべからくやはり生徒のためなので、先生たちもそれは一生懸命やっていこうと思うわけですが、何を減らすのかということを決めるのは、管理職であったり教育委員会であったり、若しくは文科省の大きな役割だと思います。
今ちょうど、次期の学習指導要領の改訂、議論がなされているところですが、四人の先生方は、次の学習指導要領に向けて、今の何をやめるべきだというふうにお思いなところがあるのか、御説明いただければというふうに思います。先生方からお願いいたします。