藤井敏明の発言 (法務委員会)
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○藤井参考人 藤井と申します。よろしくお願いいたします。
私は、令和三年六月に裁判官を定年退官いたしまして、翌年の四月から日本大学法科大学院で刑法と刑事訴訟法の講座を担当して三年になります。裁判官時代には司法研修所の教官というのも経験しておりまして、そのときの最も優秀な教え子の一人が篠田委員でございます。
それでは、本題に入ります。
本日は、元裁判官という立場から、冤罪が起こる原因、理由として考えられるものと、それを減らすための改善策について所見を申し上げます。
冤罪という言葉には、罪がないのに罰せられることに限定する使い方もありまして、この場合には誤判という言葉と同じ意味になると思うんですが、本日は、罪がないのに疑われることも含めた広い意味で使わせていただきます。
犯罪が起きたときに、適正な捜査、裁判を行って、有罪となった被告人には犯罪に応じた刑罰を科すということは、国家の責務だと思います。犯罪が放置されれば、国民の正義感は害されますし、社会的な不安も起こり、犯罪被害者は置き去りにされます。
他方で、本当は犯罪と無関係な人を誤って捜査対象として有罪とすることは著しい人権侵害であり、あってはならないと思います。これでは、犯罪に関する国家の責務も果たされたわけではなく、犯罪被害者に対する救済にもなりません。
冤罪が起こるそもそもの原因は、犯罪がないのに、あるいは犯罪に無関係なのに、捜査機関が間違って、人を被疑者として捜査を始めることだと思います。
報道によりますと、島田さんの大川原化工機事件、あるいは次にお話しされる村木さんの郵便不正事件などにおいては、捜査機関が、よく言えばその責務を果たそうとして、悪く言えばその存在価値を示すために、もっと卑近な言葉を使えば手柄を立てようとして、誤った見込みに基づく捜査が行われたというふうに言われております。
このような動機が捜査機関にない場合であっても、マスコミの報道などによって世間の注目を集める事件になりますと、捜査機関に向けた犯人を検挙せよという社会的プレッシャーは大変強くなりまして、そのために無理のある捜査が行われるという危険性もあると思います。
冤罪が明らかになれば国民の捜査機関に対する信頼が損なわれますので、捜査機関におかれては、間違いの原因を検証し、対策をお考えになると思います。しかし、今述べたような捜査を開始する動機はなくなるわけではありませんし、人間はどうしても時に間違いを犯すことを免れないものでありますから、誤った見込みに基づく捜査あるいは無理のある捜査、その結果としての間違った起訴が行われる可能性はなくならないというふうに考えております。
そこで、冤罪による被害をできるだけ少なくするためには、捜査対象となった人に自分で防御する手段を与えることだと思います。平成十八年から始まった被疑者国選弁護人の制度は大きな改善であって、現在、誤判であったと言われる事件のうちの多くは、そのような制度がなかった時代に起きたものであります。
被疑者の段階で弁護人がついていても、防御の手段が不十分であれば効果は限定されます。捜査機関が収集した証拠に対するアクセスをある程度認めることや、弁護人が取調べに立ち会うことを検討する必要があると思います。これらが認められている国は少なくありませんが、我が国では認められておりません。
捜査機関の誤った見込みに沿った虚偽の自白あるいは虚偽の供述が生まれますと、誤判につながる危険は大きくなります。
平成二十八年の刑事訴訟法の改正で、取調べの録音、録画の制度が導入され、不適切な取調べによって供述を強要するような行為はそれだけ抑制されたと思います。しかし、録音、録画の下でも不適切な取調べが行われる場合のあることは、最近の幾つかの事件で明らかになっております。
しかも、この制度は、対象事件に限定がある上、逮捕又は勾留された被疑者の取調べのみに適用されます。検察庁では、それ以外の事件でも録音、録画を実施する運用をされていまして、今後、身柄を拘束しない在宅事件の一部でも録音、録画を開始すると伺っておりますが、警察庁は消極的な姿勢です。
制度として、録音、録画の対象を広げる必要があると思います。また、最高検察庁は、不適切な取調べを減らすように指導されていますけれども、最も効果があると考えられるのは、弁護人の立会いを認めることではないかと考えます。
冤罪による被害を少なくするためには、被告人の保釈を積極的に認めることも必要と考えております。
現在の裁判所の実務では、起訴された事実を認める被告人と比べ、否認している被告人に保釈が認められる割合は低く、保釈される場合でも、その時期は遅くなっています。このことが虚偽の自白や虚偽の供述を生む原因になっています。
被告人には保釈を受ける権利がありますが、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるときは例外とされています。私は、大川原化工機事件についてある記者の方から取材を受けたことをきっかけに、この例外の解釈を改めて、保釈をもっと広く認める運用をすべきものと考えるようになりまして、そのことを提言した小論を、最近、大学の論文集に寄稿いたしました。
詳しい内容を御説明する時間はありませんが、結論だけ言いますと、被告人は有罪判決を受けるまでは無罪と推定されるはずなのに、島田さんや村木さんのように無実の人が起訴された場合も含めて、事実に争いがあると、主張と証拠の整理が相当程度進むまでの間、罪証隠滅のおそれがあるという理由で数か月以上も勾留されるという実務の現状は、正当な理由がなければ身体を拘束されないということを保障する憲法三十四条の趣旨に反する疑いがあると考えております。
誤判が生じて、刑が執行されてしまうことは最も深刻な冤罪です。ただ、我が国の検察官は、有罪判決が得られる高度の見込みがある場合に限って起訴する方針とされていますので、誤判が判明した事件でも有罪方向の証拠は相応に存在いたします。
したがって、誤判を避けるためには、開示された証拠を十分に活用した有効な弁護活動が行われる必要があると考えます。捜査機関の収集した証拠の中には、被告人に有利な方向の証拠が存在することも少なくありません。
有効な弁護活動には、優れた法廷技術が必要です。取り調べた証拠が同じでも、弁護人が主張をどのように組み立てるかによって裁判官の証拠評価は大きく変わる可能性があります。さらに、弁護人による反対尋問の技術によって、証人の証言内容、その信用性は大きく左右される可能性があります。
過去に深刻な冤罪事件が発覚した際、裁判所では、事実認定にどのような問題があったのかを研究して、これを教訓として、判断の手法を改善してきました。しかし、捏造された証拠が提出されたり、被告人に有利な証拠が隠されたりすれば、正しい判断を行うことは困難です。現在、再審手続に関する法改正が検討されておりますが、再審手続にも証拠開示の制度が必要だと考えます。
裁判官は、中立で公平な証拠の見方をしなければならず、そのように心がけていると思います。しかし、事実を否認する被告人に対しても有罪判決をする経験を重ねることによりまして、被告人に対する職業的なバイアスが裁判官に形成される危険性は否定できないと思います。
国民の中から事件ごとに選ばれる裁判員には、このような意味のバイアスはございません。具体的な事件において、裁判官が裁判員と協働して真摯に意見交換をすることによって、その事件における職業的なバイアスの影響は相当程度まで回避できるのではないかと考えております。また、そのような経験を積み重ねることを通じまして、私は、裁判官が自らの職業的なバイアスを自覚することができる可能性があると考え、また、そのように期待もしております。
本日は、どうもありがとうございました。(拍手)