山下貴司の発言 (法務委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○山下委員 自由民主党の山下貴司です。
結婚前の姓を引き続き使って活躍したい、生まれ育った、なじんだ旧姓を大切にしたいという思いを持ちながら、結婚後、旧姓使用に不都合、不便を感じているという問題については、政府全体で取り組む必要があると考えております。この切実な声、私も聞いておりますし、私も、実は仕事を持つ二人の娘がおり、切実な問題です。
これまで自民党は旧姓の使用拡大を進めてまいりました。その結果、多くの公的文書で旧姓が記載され、例えば銀行の約七割は旧姓名義による口座開設等に対応しています。しかし、私はもちろん、自民党もこれで十分だと思っているわけでは全くなく、関係者からのヒアリングを重ね、検討を重ねてまいりました。残念ながら今国会には間に合いませんでしたが、必ず意見を集約し、国会での議論に臨ませていただきたいと考えます。
さて、今回の野党各案の提案者の御努力と思いには深く敬意を表する次第ですが、私は、その解決方法が、現在野党の皆様から出されている選択的夫婦別姓制度だけかというと、それは違うと言わざるを得ません。
現在提出されている選択的夫婦別姓制度法案は、平成八年法制審答申を基礎としたものですが、昨年来、私が予算委員会の場でも指摘したように、選択すれば、必ず親子のいずれか、親の一方は子と名字が違う、姓が違う、必ず家族別姓になる、選択しなければ、婚姻前の姓、つまり旧姓の法律上の手当てはないという究極の選択を迫る制度だと私は考えています。選択するかしないかは自由という論者もいますけれども、究極の選択しかできない制度設計にするかどうかは国会の責任であります。
人にとって、結婚前のアイデンティティーも重要であると同じく、結婚後の家族というアイデンティティーもまた重要であります。しかし、別氏制度は、旧姓も家族姓も使いたいというニーズには対応しておらず、個人が持つ結婚前のアイデンティティーと結婚後の家族というアイデンティティーの両立が困難な制度と言わざるを得ません。
そして、現行夫婦同一姓制度の合憲性は、最高裁大法廷の判断によっても重ねて認められております。また、国民に対する調査においても、令和四年の内閣府の調査でも、また今年初めの読売新聞の調査でも、旧姓使用の拡大をすることを含めて、合計約七割の回答者が夫婦同姓制度の維持を支持しているところであります。
本日は、そのような問題意識から、各案の提案者や関係省庁に質問をさせていただきます。
なお、法律用語上は別氏制度ということですが、一般用語に倣って別姓制度とも言うことがあります。
さて、現行民法は夫婦同氏制度を採用していますが、選択的夫婦別姓制度の議論は主に村山富市内閣のときの法制審議会で議論され、平成八年、選択的夫婦別姓についての答申が提出されました。
答申に先立って、答申案となったA案、夫婦別姓を原則とするB案、夫婦同一氏を維持しながら婚姻前の氏を自己の呼称として法律上承認することで事実上夫婦別氏制を実現しようとするC案の三案が検討されました。ただ、その経緯を示す中間報告を読むと、C案が夫婦別氏制の理念が後退していることを理由に否定され、A案がこれを望まない国民の側からも比較的受け入れやすい案として採用されたことからも分かるように、答申は、私には、夫婦別氏制度を導入するためにはA案からC案のどの案が適当かという視点から検討されたものと受け止められます。
しかし、問題は、夫婦別氏制度を採用する前提でA案からC案のどれが適当かという視点ではなくて、そもそも夫婦と家族の氏の法制としてどのような制度がよいのかという国会での議論が必要だと考えます。
立法府としてそのよすがとすべきは司法府の判断であります。最高裁大法廷は、平成二十七年、そして四年前の令和三年と二度にわたり、夫婦同一氏制度は合憲との判断を下しました。資料一を一枚めくって資料二を御覧ください。最高裁大法廷平成二十七年判決は次のように判示しております。
家族同一氏制度の合理性については、氏は家族の呼称として意義があるところ、現行の民法の下においても、家族は社会の自然かつ基礎的な集団単位と捉えられ、その呼称を一つに定めることには合理性が認められる。そして、立法に当たり国会が検討、判断すべき事項についても触れておりまして、婚姻及び家族に関する事項は、国の伝統や国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ、それぞれの時代における夫婦や親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断によって定められるべきものということを言っております。そして、具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定が、このように、国会の多方面にわたる検討と判断に委ねられているものというふうに指摘しているわけであります。
最高裁が言っているのはこういうことですが、ちょっと法務当局に伺いますけれども、この平成二十七年最高裁大法廷合憲判決で示された、氏は家族の呼称として意義がある、家族の呼称を一つに定めることには合理性が認められるという判示や立法の際に国会の検討、判断すべき事項に関する判断というのは、今でも判例上は変更されていないんでしょうか。