鬼木誠の発言 (法務委員会)
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○鬼木委員 おはようございます。自由民主党の鬼木誠でございます。
今日は、参考人の皆様に質問をさせていただきます。
自民党では、選択的夫婦別姓について長く議論を続けてきましたが、一つの法案として答えを出すことができませんでした。
自民党内の議論においてこの議論を複雑にした原因の一つに、アイデンティティーという言葉の意味や用法が統一されていなかったことが挙げられると思います。それぞれの人がアイデンティティーという言葉を別々の意味で用い、同じ単語でありながら何のことを指しているのか、そもそも議論のスタートにおいてそろっていませんでした。同じアイデンティティーという言葉を使っていながら、そこで大事にされている価値観がそれぞれ別のものであったわけであります。そのため、議論がこんがらがったまま交わらなかった。これを一旦整理することが問題解決の糸口だと考えます。
アイデンティティーという言葉のそもそもの意味は、自分自身が誰であるかを認識し、他者と区別できる状態、自己同一性、私が私であること、私はどこの何者なのかを認識することなどと言い表すことができます。
ところが、これまでの議論の中で出てきたアイデンティティーという言葉には、私が見て大きく分けて三つの意味がありました。
一つ目は、個人を単位とするアイデンティティーです。乙野梅子さんとして生まれ、社会的な実績を上げてきた乙野さんは、甲野義太郎さんと結婚することで甲野梅子となり、自分の半生との連続性、自己同一性が損なわれたとして苦しんでいるというときに用いられるのが、個人を単位とするアイデンティティーです。これを一つ、一とします、アイデンティティーの一。
二つ目は、家族や先祖、ルーツを根拠とするアイデンティティーです。自分はどこから来た何者だろうという疑問に対し、自分のルーツにアイデンティティーを求める考え。
今日の議論の中でも、アイデンティティーというものが、相対的な部分、自分が妻なのか母なのかとか、これは相対的なものなんですね。そうした中で、このルーツというもの、本当に自分は何なんだろうというときに、確かなものを探したときに、家族や先祖、ルーツを根拠とするアイデンティティーというものが出てくるということで、両親、祖父母、御先祖様、今生きている自分の存在は、過去の命の継続、連続があってこそという考え方でありますので、家族のきずなや御先祖様とのつながりを大事に考える。また、共同体としての国家や民族というものにルーツ、アイデンティティーを感じることもある。私が存在するのは私だけの命ではない、御先祖様からの生命の連続性の中で自分が存在しているのだ、そしてそれが確かなことであるというアイデンティティーであります。
出自を知る権利というのもこのアイデンティティーからくる権利でありますので、戸籍制度を維持することとも密接に関わっております。
この一と二の、同じ言葉でも価値観がやはり違うわけです、何を大事にしているのか。一は私自身の連続性を重視するのに対して、二は私と他者との関係を重視しております。
そして、三つ目の意味のアイデンティティーとして、個人を特定するという意味のアイデンティティーという言葉が挙げられます。
よく、IDというのがありますね。パソコンとかをやっていても、ユーザーID。このIDはアイデンティフィケーション、識別ということになりまして、本人を特定するという意味の自己同一性。これは社会の治安や秩序に関わるものでもあります。この人はどこの誰ですよということを証明することで、ビザやパスポートなどはこの人をこの国に入国させても大丈夫ですよということを確認するという意味で、社会の秩序や治安に関わるという価値を持つアイデンティティー。
大きく分けて三つのアイデンティティーがあるわけですね、その価値が。
この三つ目のアイデンティティー、具体的な例を挙げれば、背乗りという言葉があります。背乗りとは、工作員や犯罪者などが正体を隠すために、実在する他人の身分、戸籍を乗っ取って、その人物に偽装する行為を指す、いわば警察用語であります。北朝鮮の工作員などは、スパイとして韓国に潜入するために日本人を拉致し、その人の戸籍ごと乗っ取り、その日本人に成り済まして韓国に渡ったといいます。この背乗りという言葉を、日本語を英訳すると、アイデンティティーセフト、アイデンティティーの盗難となります。まさにここで言うアイデンティティーとは、本人を特定するという治安、秩序に関わる価値となっております。
これだけ意味の違う言葉を同じ議論の中で交ぜて使っていては議論は深まっていかない。せめてこの三つを分けて、違うそれぞれのアイデンティティーというものがあるということを認識した上で、定義づけて論点整理する必要があると考えております。
この三つのアイデンティティーという意義、そして、この言葉を整理して議論を進めるということについて、八木先生にお伺いしたいと思います。