福和伸夫の発言 (東日本大震災復興・防災・災害対策に関する特別委員会)

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○福和参考人 おはようございます。福和でございます。
 こういった貴重な機会をつくっていただきましたこと、まずは感謝申し上げます。
 私、専門は建築の耐震工学とか地震工学でございます。ちょうど今ここにもいらっしゃる加藤委員と一緒に、南海トラフ地震の対策とか、あるいは防災庁の設置の検討会に加わっておりますので、それに関連したお話を、建築という立場からさせていただきたいと思います。
 まずは、一枚目の下側、二ページ目のところに書いてございますが、これは三月末に公表いたしました南海トラフ地震での被害の推定結果でございます。左側が十二年前に出した結果、右側が今回の結果でございます。
 赤字で書いてあるところが少し大事なところでありますが、残念ながら、死者は八%程度、全壊焼失家屋はほぼ変わらないという結果になりました。十年前に減災目標として出しておりましたのは、死者は八割減、そして建物全壊は半減でありましたが、全くこれが進んでいない。十年間の成果がほとんどなかったということが明らかになりました。
 こういったことを続けていますと、これだけの被害を出せば、当たり前ですが、国家として存続できない結果になります。ですから、何としてもこの被害を減らさざるを得ないという立場でお話をさせていただきます。
 ページをめくっていただきまして、上側、南海トラフ地震のこれまでの活動履歴と、右側に、その前後に起きた歴史的転換期を書いてみました。
 南海トラフ地震は、我が国の西日本全体を襲います。国民の半分が被災をしますので、当然大きな影響を持ちます。前後には直下地震も頻発しますから、基本的に歴史の転換期と重なります。
 下側、四ページのところを見ていただきますと、例として、安政の東海地震と南海地震の前後の地震の発生の仕方と歴史の転換が上側に、昭和の東南海地震と南海地震の前後の歴史の転換の様子を下側に書いてみました。
 左側の上側を見ていただきますと、十二月二十三日と二十四日、一八五四年に東海地震と南海地震が起き、翌年は余震だらけで、その余震が続く中、江戸直下地震を始めとする誘発地震が起きています。こういった後に、コレラの大流行とか、あるいは江戸を大暴風雨が襲ったりしていて、そのときに江戸幕府はすごく大きく痛手を受け、その後、歴史の転換期として、大政奉還へとつながってまいります。
 下側を見ていただきますと、関東大震災が起きた後、ほぼ毎年のように地震がやってきて、そして、戦争を始め、戦争のさなかに東南海地震が起きて、名古屋に集中していた軍需工場が大きく痛手を受け、飛行機が造れなくなり、一か月後に三河地震が起き、戦争に敗れていくという歴史を我々は経験しております。
 ですが、残念ながら、こういった歴史教育は今ほとんど行われていません。歴史教育の中に残念ながら災害史の教育が行われていないので、こういった事柄を我が事と思っている国民はほとんどいない。ですから、結果として、南海トラフ地震の怖さを甘く見ている国民が多い可能性があります。
 ページをめくっていただきまして、五ページのところに、左上が能登の地震のときの震度分布です。右下側が、南海トラフ巨大地震での震度分布。
 そこに主たる被害の違いを書いてございますが、能登は、現時点、死者二百二十八、行方不明二、そして関連死、おおむね今、三百五十ぐらいであると思います。それと、右下にある数字と比べていただければ、いかにこの地震の問題が大きいかが分かります。おおむね全てが三百倍です。地震の放出エネルギーは百二十五倍ぐらいになりますから、当然、相当な痛手となります。
 先ほど申し上げましたように、南海トラフ地震の前後には、直下の地震も起きます。
 下側の六ページのところ、左側が、能登で今回被災をしたおおむねのエリア。このエリアにお住まいの方は、おおむね十二万人強です。これと比べて、全く同じ大きさなのが、私が住んでおります愛知県の西三河になります。西三河には百六十万人ぐらい住んでおりまして、製造品出荷額は百倍を超える二十五兆円であります。製造業が集中していることもあって、万が一同じようなことが別の地域で起きたらどういうことになるかが想像されますが、実はこの場所では、一回前の南海トラフの地震の一か月後に三河地震が起きています。
 さらに、その右側、東京の様子が書いてありますけれども、東京は、おおむね能登の三分の一の面積のところに一千万人が住んでいて、高層ビルが林立している状況になります。この東京は、二回前の安政東海地震、南海地震の一年後に江戸直下地震が襲っているということになりますので、我々としては、南海トラフ巨大地震のみではなく、前後に起きる直下の地震並びに風水害、健康状態が悪化すれば感染症、こういったものに向かっていく必要があるということになります。
 ページを繰っていただきまして、次のところは、能登の地震で観測された長周期地震動階級の絵を載せてみました。黄色が長周期地震動階級が大きいところですが、関東地域が広く黄色になっています。能登という相当離れたところの地震で関東平野一円が強く長周期で揺れましたが、元日であったことで、ほとんどの超高層ビルには人がいなかった。タワマンの人たちだけがこの揺れを経験しました。
 長周期の揺れというのは、地震規模が大きければ大きいほどたくさん出ますし、長周期の揺れは遠くまで遠くまで伝わります。そして、我々が住んでいる大規模堆積平野というのは、長周期の揺れを大きく増幅させます。そこに長周期の揺れがとても苦手な高層ビルや大型石油タンクがたくさんあります。この問題は、そろそろ真剣に考えないといけない問題であると思います。
 これが顕在化しましたのは、十四年前の東日本大震災のときの、大阪にあった高さ二百五十六メートルのビル。震源から七百七十キロも離れていたのに、大きく、三メートル弱、往復で揺れました。同様に、今年、ミャンマーで地震が起きたときに、千キロも離れた場所、タイで高層ビルが倒壊をしたり、大きく左右に揺れました。こういったことを我々は見ているわけですから、そろそろこの問題にも本気で取り組む必要があるというふうに思っております。
 結果として、結局は、南海トラフ地震というのは、これだけの被害を出したら、残念ながら日本の持っているリソースでは全く対処できないので、何としても被害を減らすということしか答えはありません。すなわち、事前防災であります。
 徹底的に被害を減らすということは、三つの要因が必要であります。一つ目は、バルネラビリティー、脆弱性を何とか直す。二つ目は、ハザードの大きなところは避ける。三つ目は、エクスポージャー、たくさんの人たちが同時に被災をしない。この三つを成し遂げない限り、被害は減らせられません。
 まず一つ目は、耐震化と強靱化であります。国を挙げて強靱化施策は先導していただけましたが、一方で、民間の建物の耐震化は本当に進んでいません。
 二つ目は、土地利用であります。残念ながら、戦後、とても地盤の軟らかいところに町を広げました。これは、堤防がきちんと造られたおかげで危険なところに住むことができるようになったことによります。
 三つ目は、相変わらず大都市への一極集中が止まりません。特に東京の一極集中が進めば進むほど、ハザードの高いところに揺れやすい背の高い建物を造るということで同時被災者が増えるということになります。
 ページをめくっていただきまして、耐震化の現状でありますが、今、一応国としては耐震化率九〇%程度ということになっていますけれども、私自身はちょっと微妙に、あるんじゃないかと感じています。
 まず一つは、西日本の耐震化率は圧倒的に低いです。この耐震化率は戸数ベースであって、棟数ベースではありません。ですから、大規模マンションが建っている場所は圧倒的に耐震化率が高くなります。
 それから、もう一つは、隠れ耐震というものが含まれています。古い建物のうち、戸建て住宅は四割、集合住宅は七割が耐震性があるという仮定の下で出されていますが、恐らく、古い建物でそんなにたくさん耐震性があるものはなさそうに感じます。現に、沿道建築物の耐震診断結果は、公表されていますが、東京以外の沿道建築のビルの耐震性はおおむね二、三割しか確保されていません、古い建物に関しては。
 ということは、こういったものは、ひょっとしたら、特に西日本のように人が余り住んでいないところでは、九〇%という数字とは全く違う数字が予想されるわけです。でも、残念ながら、今のところは、都道府県別あるいは市町村別の耐震化率というのはなかなか公表されていない実情があります。
 耐震化については、是非これを進めない限り、被害は減りません。これは地震対策の一丁目一番地であります。先ほども申し上げましたけれども、最も重要な緊急輸送道路沿いの沿道建築の耐震化が本当に進んでいません。
 耐震基準というものはあくまでも最低基準です。耐震基準を満足していれば命はある程度救いますけれども、使用継続ということは保証はしていません。一度の地震に対して命を守ればよいという最低基準になっています。これは憲法の考え方にのっとっていると思います。財産権を侵してはならないので、必要以上に制約をかけられないということであります。
 それから、輪島で顕在化したことでありますが、残念ながら軟弱地盤に建っている建物ですが、くいで支えられています。くいは重さを支えるものであります。くいは大地震動に対しての耐震設計は義務化されておりません。ですから、強い揺れを受けたとすると、くいは損傷することは、現状の耐震設計では許容されています。ということは、建物を支えることが難しくなって、多少沈んだり傾いたりするおそれがある。ですから、輪島の建物の多くは、くいが損傷していたように感じられます。
 こういった課題は、残念ながら、これは相手が民間ですからなかなか申し上げにくくて、なかなか前に進みにくい。公共のものは相当に国が頑張ってくださいましたが、国民が努力することとか産業界が努力するところは、残念ながらそんなに進んでいないということであります。
 次が、下側ですが、万が一、一軒全壊したらどのぐらいの金が出るかです。全壊させないようにするための耐震補強には百万から二百万しかかかりませんが、ここにある数字全体を見ていただくと数千万円になります。
 今までの災害は、小規模災害でしたから局所的なので、事前に全部を直すのには金がかかるから、起きた後で対処すればいいという考え方だったと思いますが、南海トラフ地震は国の半分がやられるわけですから、後で莫大な金を出すことは到底無理ですし、そもそも建設業はそんなに力がありませんから、これは、もしも全部直そうとすると数十年の仕事になると思います。ですから、そろそろ本気で事前対策が必要であるということになります。
 ページをめくっていただきまして、上側。
 産業界は今のようなものに立脚してできていますから、実はボトルネックだらけであります。例えば自動車を造って輸出するためには、ここにあります青色のようなボトルネックが全て解決されないと、残念ながら、車を造って売るということはできなくなります。
 これを探そうとすると、この国の急所を探すしかありません。急所を探すというのはなかなか大変で、みんなが自分の具合の悪いことを白状し合いっこしないといけないわけです。そういうことができるような社会をつくっていく必要があります。
 島国の日本の急所は港であります。ですが、港というのは、残念ながら、関係者の連携がそんなにできていません。港には日本で最も重要なものが全てありますし、危険物もあります。例えば港を本気になって安全にしていく、そういうような動きが必要になってくるということであります。そのためには、見たくないものを見る力とか、互いに具合の悪いことがしゃべり合える信頼関係とか、この国をみんなで何とかしていきたいという思いとかを共有する必要があるということであります。
 そういったことに基づいて、今、南海トラフ地震対策というのは進められておりまして、それが十三ページに書いてあります。
 とにかく国難回避のために被害を減らす、社会機能も維持する、国民と産業界を本気にさせる、その上で民間の力をかりて災害対応をする、産業の早期回復のために、全力で、みんなで本気になって具合の悪いことを共有する、社会の急所を見つけてすぐに改善する、弱みを強みにする防災ビジネスを育成して被害を減らす、産官学民が本気になって、一緒になって頑張れる地域のプラットフォームをつくって地域の力を結集する、そういう総力の結集が必要でありまして、その上で、南海トラフ地震に対しては、今までの戦略では無理なので、全く新しい戦略をこれから構築して、実践を先導していくような司令塔が必要である、そういう思いで今議論されているのが防災庁であるというふうに思っています。
 防災庁、今は、残念ながら、議論の真っ最中。この国は、毎回、地震が起きるたびにいろいろな法律を作り、いろいろな仕事をつくってきていて、残念ながら、物すごくいろいろなところに散らばっています。そろそろあらゆることを一旦整理をしないといけないということで、例えば整理の一例を最後のページ、十四ページに作らせていただきました。
 比較的規模の小さい災害に関しては緑色をやればいいですし、更に大きな規模の地震に関しては被害そのものを減らす黄色。ですが、南海トラフ地震のようなものについては緑や黄色ではまだ無理で、本気になって、どうやってこの国を将来につなげるかということで、残念ながら全てはできないので、何が重要で、そして何を優先すべきかというようなことを議論するようなことができればと思います。
 最後に、ちょっと言いにくいことを申し上げますが、こういったことは自ら動くことが初め、大事なんですが、申し訳ないのですが、この建物の事務室を点検させていただきました。家具の固定ができておりませんでした。ですから、ここは最も重要な場であります、まずは足下の建物の中の家具固定から始めていただけると幸いであります。
 ありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 福和伸夫

speaker_id: 5678

日付: 2025-05-22

院: 衆議院

会議名: 東日本大震災復興・防災・災害対策に関する特別委員会