森まさこの発言 (決算委員会)
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○森まさこ君 ただ、こうしたお取組や県外最終処分に向けたスケジュールが広く福島県民に浸透し理解が得られているかといえば、残念ながらまだまだそうとは言えない状況です。県民の方々の中には、先が見通せないため、本当にあと二十年後に県外搬出ができるのか、不安に感じておられる方が多くおられます。
私、予算委員会でも言いましたが、毎年三・一一は、前の日にまだ避難中の方々のお宅にお泊まりして、その思いを聞いてまいりました。今年も大熊町に泊まってまいりました。そして、翌日は必ず帰還困難区域に入りますが、今年、三・一一の日に国会がございましたので、翌週の土日に帰還困難区域に入りまして、もちろんそれ以外に、総理が帰還困難区域に来る、環境大臣が来るときは、地元国会議員としてお迎えして御説明していますが、それと別に、その帰還困難区域に避難民の皆様と入って、今年も三月十四日に入ってお話をお伺いしてきたんです。
やはり、その不安が多い、そして福島県外の国民の方、なおさら、七五%の方が県外最終処分について知らないと答えています。県民の不安解消のためにも、除染土の県外搬出スケジュールやそれに向けた具体的今のお取組について、もっと見える化する必要を感じています。
実は、私は、資料八を御覧ください。二〇一四年から、私、自民党環境部会長、その翌年に環境委員長と、二年間歴任したんです。その二〇一四年からの表になっております。皆様方、一番左端のところ、そこがスタートなんですけど、私が環境部会長、自民党のね、党の環境部会長になったのは、二〇一四年ということは、原発事故からもう三年がたってからです。三年たって、これ一件とか九件とか、ほぼ一%か二%ぐらいです。中間貯蔵とすべき土地、そこを用地取得する、売っていただく又は貸していただくことが、たった十本の指にもまだ行っていなかったんです、私が部会長をお預かりしたとき。三年間で三%だったら、一年間に一%の進捗だったら、百年掛かりますよ。
それで、私は聞いたんです。環境省の人は一生懸命やっていました。その用地の持ち主のところに環境省の役人が行ってお話をして、売ってください、貸してください、ここに中間貯蔵施設できないと、ここに除染土を集めないと、福島県内の生活もできない、そして日本全体の再生もできない。しかし、全然進まなかった。
それで、私は部会長のときに何をしたかといったら、福島県の宅建業界の皆様を自民党本部の環境部会に呼んで何回も会議をして、福島県の不動産業者の人とペアになって環境省の方がその避難者の人のところに行く。つまり、同じ痛みを感じて、避難した人の苦しみ、そこに寄り添わないと、国からの役人がぱっと行って土地売ってくださいと言ったって、原発事故で避難している人が、原発事故の汚染されたものを置くために土地を提供するわけがないのです。
このスケジュールは、さっきの資料七のスケジュールは結構ですけど、やはりそれに命を入れて本当に前に進めていくために、県民に寄り添った政策を新しく構築し直す必要があると思っておりますので、これはお願いをして、今日の私の質問とさせていただきたいと思います。
ありがとうございました。