大江美佐里の発言 (厚生労働委員会)
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○参考人(大江美佐里君) おはようございます。久留米大学の大江美佐里と申します。
本日は、参考人として発言させていただく機会をいただき、ありがとうございます。
私は、精神科医の立場より、パワーハラスメント及びセクシュアルハラスメントが精神面に及ぼす影響についてお話をさせていただきたいと思います。
本日は、その影響の疾患、どのような疾患になるかというところに関しまして、適応反応症、これは、病名に関しましては以前より適応障害と呼ばれて、現在もそのように呼ばれているところございますが、適応反応症という病名に今後変わっていく過渡期にございまして、今ちょっと両方とも併記させていただいております。そして、うつ病、そして心的外傷後ストレス症あるいは心的外傷後ストレス障害、PTSDという疾患、三つの疾患が今日の焦点を当てる疾患としてお話をさせていただきたいと思います。
令和五年度の職場のハラスメントに関する実態調査の結果によりますと、パワハラ、セクハラに関しましては、怒りや不満、不安などを感じた、仕事に対する意欲が減退したといった心身への影響が多く見られます。特にメンタルヘルスに関しては非常に大きな影響を受けていると。不眠になったり、実際に会社を休む、あるいは会社に出勤していても集中力に欠けてしまうといったようなことが認められるかと思います。
こういったハラスメントという現象について、ストレス、人間にストレスが掛かるということで、ハラスメントというのは、その原因としてストレッサー、あるいはストレスの原因、ストレス因というような言い方をしますけれども、そのようなストレッサーが人間に与える影響ということに関しましては、心身面の影響に関して、ストレス脆弱モデルということが精神科領域では言われております。
図に、横軸にストレスに弱い強いといったような脆弱性、縦軸にストレスが掛かるような出来事というようなグラフを作ってストレス脆弱性モデルを示しますと、個人によってストレスに弱い方、強い方というのはいらっしゃいますが、どんなにストレスに強い性質をお持ちの方であっても、非常に強いストレス因、ストレッサーに接しますとメンタルヘルス不調になるというふうに言われております。これがストレス脆弱性モデルでございます。
そして、そのような心理的ストレッサーというものが、ストレス因というものを、もう少し非常に重いものになりますと、これが心的外傷的出来事あるいはトラウマ体験といったようなところになってございまして、PTSDという疾患になる出来事というのは心的外傷的出来事というふうに決まっておりまして、例としましては身体的暴行、性的暴行などがございますが、このように考えますと、パワハラ、セクハラに関しましては、ストレッサーの範囲に収まるものと、非常に程度が重いものになりますとトラウマ体験、心的外傷的出来事として捉えるべきものが両方合わさってハラスメントとなる原因の行動というものがあるというふうに考えられます。
職場のハラスメントに関する令和五年の実態調査によりますと、パワハラの種類として最も多いものは精神的な攻撃ということですけれども、過大な要求、そして、まあ数は若干少ないかもしれませんが、明らかな身体的な攻撃なども入っておりますので、このような出来事の中にストレッサーに入るものとトラウマに入るものがあるというふうに言えるかと思います。
そして、その対象、パワハラの場合の対象となる、それを行う者ですけれども、最も多いのが上司あるいは会社の幹部ということで、もちろん同僚などほかの方もいらっしゃいますけれども、上下関係があって、相手を、自身が相手の方をコントロールできるのではないかというふうに、その職務上の権限とその相手との関係性というのをやはり少し上司に当たる方が取り違えてしまうということも背景要因としてあるかと思います。
セクハラに関しましても、同様の令和五年の調査では、最も多いものは性的な冗談やからかいというところになってございますが、身体への接触、性的な関係の強要とまでなりますと、これは明らかにトラウマ体験というふうに言えるのではないかというふうに思います。
そして、このトラウマ、心的外傷的出来事に関して二〇二三年に改定されたアメリカの診断基準のDSM―5―TRというものがございます。DSM―5というのはアメリカの診断、精神科に関する診断基準ですけれども、その解説の部分がテキストリビジョンということで二〇二三年に改訂になりまして、そこに性的なトラウマ、要するに性的なことに関するトラウマ体験に関して新たに段落が追加されております。
性的トラウマには、現実の又は差し迫った性的暴力又は強要とあるんですけれども、その例が、内容の広がりが、その以前のバージョンよりも内容が広がっておりまして、すなわちそれは、強制的な性的挿入、アルコール、薬物による合意のない性的挿入、他の望まない性的接触、接触を伴わない他の望まない性的体験、すなわち、ポルノ鑑賞を強制される、露出狂による性器の露出を目撃する、望まない性的内容の写真やビデオ撮影及びこれらの写真やビデオの望まない流出の被害者となるということで、こういった内容、特に今動画とかそういったものの影響というのが非常に、技術の発達にもよりましてこういった問題というのは非常に広がってきております。そして、アルコールや薬物などによって合意のない性被害に遭ってしまうといったようなことも含まれて表現されています。このように、セクハラに関してはトラウマ体験というところも併せて考える必要がございます。
適応反応症、うつ病、PTSDの簡単な、どのような病気かというところでございますけれども、適応反応症、適応障害は、はっきりと確認できるストレス因に反応して、そのストレス因の始まりから三か月以内に情動面、例えば気分の落ち込みや不安、又は行動面の症状、例えば出勤できないといったことが出現する疾患です。
うつ病は、思考が十分働かない、気分が落ち込む、興味や関心の低下、眠れない、食欲がないといった症状が二週間以上ほぼ毎日続くという症状を示す疾患です。
PTSDは、ポスト・トラウマティック・ストレス・ディスオーダーと申しまして、心的外傷後ストレス症又は心的外傷後ストレス障害という疾患でして、心的外傷的体験、トラウマ体験の後に、その体験の記憶が当時の恐怖や無力感とともに自分の意思とは無関係に思い出される、また、出来事に関する物事を避けたり自分自身を責めたりするという疾患になってございます。
このような疾患に罹患しますと、もちろん症状によって治療を行ったりするわけですけれども、その結果、改善するということはもちろんございますが、非常に重症な場合に自殺の危険性というのが非常に高いということを私としては非常に懸念をいたしております。
定義上は、適応反応症という、適応障害という疾患は、もしその同じ方がうつ病という診断が付きますと、適応反応症の診断は該当せず、うつ病の診断になるということになるわけです。ですので、定義上、うつ病の方が疾患としては重いわけですが、張先生らの御研究によって、重症の自殺企図の方のどのような疾患によって自殺企図に至ったかというのを研究しているものがございますけれども、そちらの研究の結果を見ますと、必ずしも適応障害、適応反応症が軽いというわけではございませんで、二三%、その自殺企図をした方五百六十四名中、うつ病などの気分障害の方が二三%でしたけれども、適応障害の方も一九%いらっしゃいました。ですので、適応障害、適応反応症の方も直接自殺に至る可能性が非常に高いということで、見かけの疾患として軽く見えても、実際には自殺といった非常に重い、精神科医としては最も避けたい出来事であることの一つに至ってしまう可能性があるというふうに言われております。張先生によりますと、自殺のプロセスというのは、ライフイベントがあり、その上でサポートが不足した場合にうつ状態になって、それが加速して自殺というふうな状況になるということですので、一部には、適応反応症の方の一部にはうつ病になっていてもそれが見逃されているという可能性もございますけれども、適応反応症という疾患も自殺を及ぼす可能性が高いというふうなことが言えます。
PTSDに関しましては、うつ病の併存率が五一から八二%と非常に高いことが知られておりまして、PTSDにおいても自殺の問題、非常に大きく取り上げられてございます。
海外研究ですけれども、海外の先進国での自殺の理由となる精神疾患のPTSDは三位を占めており、発展途上国という表現にこの論文ではさせていただいておりますが、では、自殺する可能性の高い疾患の一位がPTSDということになってございます。
そして、PTSDとなるようなトラウマ体験と自殺の関連で、どのような出来事が自殺と結び付くかということになりますと、性暴力が一位、対人間暴力が二位ということでして、やはりこれ、この研究に関しましてはパワハラ、セクハラ以外の、もちろん性暴力、対人間暴力も含みますけれども、暴力といったものが非常に自殺との関連が強いというところが示されております。
PTSDとうつ病が合併しますとなお重くなりまして、PTSDとうつ病が合併しますと自殺の既遂率というのも非常に高くなることが知られております。
で、PTSDに関して言いますと、自然災害のような出来事においてももちろんPTSDというのは発症するんですけれども、人との関係における、他者が何らかの意図を持って他者を傷つけるような意図的に引き起こすトラウマ体験とそうでないトラウマ体験を比較した場合に、意図的に誰かの、他者が意図的に起こす、例えば大規模なものでいえばテロ攻撃みたいなものになりますけれども、そういったものであると人は非常に傷つくということで、PTSDの有病率もそれ以外の出来事に関して比較しますと、時間の経過とともにPTSDの発症率が下がらずむしろ上がるといった、一年以内の間にどのように変化するかということに関して解析している海外論文によりますと、人との関係によって起こされたトラウマ体験ですとPTSDの影響は長く続くということが言われております。
しかし、そういったことはございますが、回復の過程という、トラウマ体験後の自殺に対してどのようなことが予防できるのかということの、予防、それを防ぐ因子、あるいはトラウマ体験後にそれを緩衝させる因子というのは研究されていますけれども、ソーシャルサポートというのが非常に強くPTSDの経過に対して良い影響を与えると。つまり、人は人によって傷つくんですけれども、人は人との関係によって回復するというようなことが言われております。
適応反応症の方の同僚とどのように接したらよいかということに関しましては、薬をやめさせようとしないこと、困ったことがあれば早めに声を掛けてもらうように伝えていただく。これは心理的安全性といって、組織の中で自分の考えが周囲と違っていても罰せられないといった感覚、そして健康的な側面があることを忘れないというところが重要でございます。
久留米大学では、心が傷ついても、その後違う形で、器、心の器というのを、器の比喩として「こころの金継ぎ」という回復像を久留米大学の私たちの研究グループでは提唱しておりまして、一度心が壊れても人と人との間のつながりでよみがえっていくということを考えておりますけれども、そうは申しましても、やはりこのハラスメントというものがなくなることが一番大切であるというふうに考えております。
私からは以上です。ありがとうございました。