吉村忍の発言 (内閣委員会)

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○参考人(吉村忍君) 私は、東京大学名誉教授の吉村忍です。
 二〇〇六年から二〇一七年まで日本学術会議の連携会員を務め、二〇一七年十月に始まった第二十四期、第二十五期と第三部の会員となり、二十四期には総合工学委員長、二十五期には第三部長を務めました。
 専門は工学です。中でも、計算力学、構造力学、シミュレーション、システムデザインを専門としております。そのような専門ですので、これまで様々な企業とのシーズ・ニーズマッチング型の産学連携活動も活発に行い、二〇一七年からは、組織対組織で行うビジョン共有型の産学協創活動にもコーディネーターとして積極的に関わっております。
 本日は、そうした経歴、経験、専門を持つ者として、今般の学術会議を特殊法人に変える法案について意見を述べさせていただきます。
 本日、私からは、一、ナショナルアカデミーの科学的助言機能の役割と特性、二、現在審議中の法人化法案の下でできる新組織がシステム的にどのように振る舞うと予想されるか、三、現在の法人化法案の審議プロセスがシステム的にどのように見えるかという三点に絞って意見を申し上げたいと思います。
 第一点目として、日本のナショナルアカデミーである現在の日本学術会議の重要な機能の一つ、科学的助言機能の観点から述べたいと思います。
 現代の科学が相対する諸問題には、様々な現象が絡み合い、一つの学術分野だけからは適切に対応することが困難な課題が山積しています。地球温暖化の防止、軽減とカーボンニュートラル社会の実現に向けた取組しかり、AI、量子、ロボット、スーパーコンピューター、自動運転、ゲノム編集等の最先端技術と人々や社会との関係しかりです。あまたいる理学・工学系、生命科学系の科学者はそれぞれの分野に対して多様な意見を持っていますし、そうした問題を社会は、人間はどのように受け取るべきか、対応すべきかについて、人文・社会科学系の科学者も多様な観点、意見をお持ちです。重要なことは、ある専門分野の科学者と一言で言っても、その意見は本質的に多様であるということです。
 このため、こうした複雑な諸問題に適切に対応していくためには、多様な観点から多様な科学者がそれぞれの科学的知見に基づく丁寧な議論を行いながら、科学者間の合意形成、すなわち科学的合意形成を進めていくことが肝要です。
 現在の日本学術会議には、世界のナショナルアカデミーの標準的な方法であるコオプテーションにより、それぞれの科学分野において優れた研究又は業績があるという観点から選ばれた科学者として、第一部人文・社会科学系、第二部生命科学系、第三部理学・工学系に、それぞれほぼ七十名、合計二百十名の会員と約二千名の連携会員が集い、日々、複合化した課題に向き合い審議を繰り返し、科学的合意形成の成果を、勧告、声明、提言や見解等の意思の表出として公表しているところです。また、政府等の外部から審議依頼があれば、それに対して審議を行い、回答も出します。
 これらの提言等を読んでいただけると分かりますが、一旦科学的な合意形成がなされたとしても、それは唯一の解ではなく、合意形成に至る多様な視点が内包されています。合意形成の結果とともに整理された多様な視点、多様な審議プロセスこそがナショナルアカデミーの信頼に足る科学的助言の価値だと思います。
 そうした科学的合意形成の結果も参考に、社会は現代的諸課題に対する社会的な合意形成を進めていくことになりますし、政治は政治的意思決定をしていくべきものと思います。ですので、ナショナルアカデミーの発出する科学的合意形成の結果と社会的合意形成の結果は、必ずしも一致するものではありません。また、科学的合意形成の結果と政治的な意思決定の結果も、必ずしも一致するものではありません。
 なぜ違うかというと、ナショナルアカデミーは広い時間軸、空間軸と広範な学術的視野を見ているからであり、一方、社会は現在生活する人々や組織の影響の及ぶ範囲で考えがちであるからです。また、政治家は、政治家個人の政治信条に基づきながら、様々な要因に強弱を付けながら社会に必要なものは何かを判断し、意思決定していくのではないでしょうか。それぞれの役割は違うのです。例えば、防災や災害対応のように科学と政治が協調して対処することもあれば、結果的に科学的合意形成の結果と政治的意思決定が対峙するケースが出てくることも当然のことと思います。
 しかし、ここで重要なのは、政治的意思決定の基盤として、政治的思惑や意思とは独立して学術の幅広い観点から十分な科学的議論が行われることであり、もしそうしたプロセス、機能が完全に失われてしまったら、何らかの政治的な意思決定はできても、それは勘だけに頼るものになってしまうでしょう。
 昨今、政治の世界では、役所ごとやテーマごとに審議会を組織し、そこに限られた数の有識者と言われる方々を招集し、そこで議論を行い、その結果を科学的合意形成の結果であるかのようにみなし、それに基づいて政治的意思決定をするということが頻繁に行われます。今回、法案提出に先立ち行われた日本学術会議の在り方に関する審議を行った有識者会議も、その典型の一つと思います。
 ここで、学術会議がこれまで行ってきた科学的合意形成及びそれに基づく提言等の活動と審議会のそれとの違いが重要です。審議会の場合、課題設定や審議会委員選定の段階で政治や行政の意思が働き、場合によっては、議論の前提に既に政治的な判断が埋め込まれることも起こり得ます。運用次第ですが、終始政治的コントロールの下で進んだ場合には、科学的観点から本来検討しなければならない観点がすっぽりと抜け落ちる、あるいは意図的に落とすこともあり得ます。
 私は、決して審議会を全否定しているわけではありません。審議会の場合には、科学的判断と社会的判断と政治的判断という異なる次元のものが混在する可能性があります。現在の日本学術会議が行う科学的合意形成プロセスと、専門的知見とともに政治的、行政的意思も反映される審議会の審議プロセスは、科学者が参加しながらも性格が全く異なるということを御理解いただきたいと思います。
 さて、ナショナルアカデミーの五要件ということが学術会議側から繰り返し述べられているところですが、現在の日本学術会議のようなナショナルアカデミーは、現代社会や学術が相対する複雑な諸問題に対して信頼できる科学的助言を行えるという意味において、現代社会の重要な構成要素の一つです。それが健全に機能するためには、ナショナルアカデミーとしての真の独立性と自主性、自律性が必須なのです。
 ところが、今般、国会の審議にかけられている日本学術会議法人化法案は、その説明において、法人化したのだから独立性は保たれている、また、独立性及び自主性、自律性に配慮すると言いつつ、国費を一部投入するのであるからと、運用や会員選考等において様々な網、すなわち制約を掛けて学術会議の独立性及び自主性、自律性を奪い、政治的意思に学術会議を従わせることを意図している、さらには、学術会議のナショナルアカデミーの機能を弱体化させようとしているようにしか見えません。
 現在、ナショナルアカデミーとして機能している日本学術会議を、この法人化法案に基づく法人化を通して機能を弱体化させ事実上消滅に向かわせてしまうとすれば、それこそ日本にとって大きな国家的損失であります。また、日本のように先進的で民主的な国家から真のナショナルアカデミーが事実上消えてしまうということは、世界にとっても大きな損失です。しかも、ここで一旦失ったものを修復することは極めて困難になります。
 第二点目として、工学系の私にとって、システム的な観点から、今回の法案に関して感じる幾つかの疑問点を述べさせていただきます。
 現在の日本学術会議にも改善すべき点はあり、二十五期にその観点で真摯に議論が行われ、二〇二一年四月二十二日に「日本学術会議のより良い役割発揮に向けて」が総会で決定され、学術会議内でそれに従った取組がまさに進んでいるところです。現行の法の下で、ナショナルアカデミーの五要件を満足し、日本の科学者コミュニティーを代表するナショナルアカデミーとして健全に機能しているところです。
 この現行の日本学術会議法の下で、二〇一七年に当時の菅首相による六名の会員候補の任命拒否が行われ、その納得できる理由は現在に至るまで開示されていません。それまで総理大臣の会員任命は形式的なものであるとされていたにもかかわらずこのようなことが起こったということは、法律に書かれていれば時の政権の意向によって運用は幾らでも変えられるということを証明していると思います。そうすると、そのような法文に対する疑心暗鬼が解消されない下で今回の法案を審議することが果たしてできるのでしょうか。法文に対する政府側の答弁を信頼することができるのでしょうかという素朴な疑問です。そもそも六名の候補者は、科学分野において優れた研究又は業績がある科学者という観点から、現行の日本学術会議法にのっとって正当に選考されたにもかかわらず、それを総理大臣が拒否するにはどのような判断基準があったのか、それが現在の日本学術会議法に抵触しないのかどうか、大変興味あるところです。
 もう一点、今回の法案を見ると、ここに選ばれた会員は、社会的な課題、学術的な課題の審議に向かうよりも、国際的な連携に取り組むよりも、社会とのコミュニケーションや情報発信に取り組むよりも、内閣総理大臣が任命した監事、内閣府に置かれた評価委員会、中期目標、中期計画の策定、選考助言委員会への対応などに必要となる評価書や資料作成にいそしむことを強要されることになると想像します。さらに、企業や民間から学術会議の活動のための外部資金を獲得することにもいそしまねばなりません。
 冒頭述べたように、私は、様々な企業と数多くの産学連携活動や産学協創活動を行ってきました。大学に籍を置く者として、大学における基礎研究成果の社会実装を進める上で、その活動の意義を十分に認めています。一方、民間から資金を集めるための活動というのは、そうたやすい活動ではないことも実感しています。それは、至極当たり前のことですが、大半の企業が出資に見合う実業やビジネスに役立つ成果を求めるためです。しかし、そもそも学術会議のような組織の行う科学的助言や国際活動は、本来公益を目的としたものですから、場合によっては個別企業の利益と矛盾したり、利益相反になることもあり得ます。そのような条件の下で民間からの資金に期待するのは非現実的ではないでしょうか。国家による財政的保障は公益性のための条件です。多忙を極める会員に資金集めの活動を求めるのは無理難題であり、本来業務を損なうおそれさえあります。
 現在の学術会議においても、非常勤であり、そもそも各人が所属する常勤職の現場で既に研究や教育、外部資金獲得、評価、組織運営、学会、社会活動に多大な時間を割かれる中で、非常勤で活動する学術会議の会員や連携会員として、社会のために、国民のため、世界のために時間を絞り出して審議活動や国際活動をしているわけです。今度、この法人化された新組織の中でさきに述べたような仕事をやらされることになれば、のであれば、会員を引き受ける科学者などいないのではないかと大いに危惧します。
 今回の法人化法案に対して、法文上で議論されていることが私にはとても空虚に感じられ、この法人化された組織が、この社会の中で、科学者コミュニティーの中で自律的に回っていくとは私にはとても思えないのです。
 最後に、もう一点述べさせていただきます。
 先日、今回の法案が衆議院本会議で採択された際に、法案は無修正で通ったけれど、十一項目に及ぶ附帯決議が付いたと伺い、その附帯決議も読みました。現在の日本学術会議法と今回審議中の法人化法案、そして衆議院本会議で付いた附帯決議の三者を工学的な頭で読み解きますと、附帯決議は、今回の法人化法案の重要構成要素をことごとく否定しており、現在の学術会議法と同等となるように運用しなさいということを衆議院の意思として実現していることを望んでいると読めました。
 そうであるとすれば、本法人化法案の本文中にきちんと附帯決議の趣旨を入れ込むよう法案修正を加え、参議院での十分な審議を経て決定していくべきであると思います。また、それを行う時間が十分でないのであれば、一旦審議を中断し、法案を再度ゼロから検討すべきではないかと感じた次第です。現在、日本学術会議は、現行の法の下で真のナショナルアカデミーとして機能しているのですから、この法人化法案の審議をあえて拙速に行う必要はないのではないでしょうか。
 私の意見は以上です。

発言情報

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発言者: 吉村忍

speaker_id: 21648

日付: 2025-06-03

院: 参議院

会議名: 内閣委員会