内閣委員会
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会
会議録情報#0
令和七年六月三日(火曜日)
午後一時開会
─────────────
委員の異動
五月二十九日
辞任 補欠選任
山本 博司君 河野 義博君
五月三十日
辞任 補欠選任
古庄 玄知君 太田 房江君
六月二日
辞任 補欠選任
河野 義博君 伊藤 孝江君
六月三日
辞任 補欠選任
太田 房江君 越智 俊之君
鬼木 誠君 杉尾 秀哉君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 和田 政宗君
理 事
磯崎 仁彦君
酒井 庸行君
山本 啓介君
木戸口英司君
竹谷とし子君
委 員
青木 一彦君
石井 浩郎君
今井絵理子君
越智 俊之君
友納 理緒君
山谷えり子君
石垣のりこ君
石川 大我君
奥村 政佳君
杉尾 秀哉君
伊藤 孝江君
片山 大介君
柴田 巧君
竹詰 仁君
井上 哲士君
大島九州男君
事務局側
常任委員会専門
員 岩波 祐子君
参考人
政策研究大学院
大学客員教授 上山 隆大君
横浜市立大学名
誉教授・学長室
顧問
国際医療福祉大
学学事顧問 相原 道子君
同志社大学法学
部法律学科教授 川嶋 四郎君
東京大学名誉教
授 吉村 忍君
─────────────
本日の会議に付した案件
○日本学術会議法案(閣法第三六号)(衆議院送付)
─────────────
この発言だけを見る →午後一時開会
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委員の異動
五月二十九日
辞任 補欠選任
山本 博司君 河野 義博君
五月三十日
辞任 補欠選任
古庄 玄知君 太田 房江君
六月二日
辞任 補欠選任
河野 義博君 伊藤 孝江君
六月三日
辞任 補欠選任
太田 房江君 越智 俊之君
鬼木 誠君 杉尾 秀哉君
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出席者は左のとおり。
委員長 和田 政宗君
理 事
磯崎 仁彦君
酒井 庸行君
山本 啓介君
木戸口英司君
竹谷とし子君
委 員
青木 一彦君
石井 浩郎君
今井絵理子君
越智 俊之君
友納 理緒君
山谷えり子君
石垣のりこ君
石川 大我君
奥村 政佳君
杉尾 秀哉君
伊藤 孝江君
片山 大介君
柴田 巧君
竹詰 仁君
井上 哲士君
大島九州男君
事務局側
常任委員会専門
員 岩波 祐子君
参考人
政策研究大学院
大学客員教授 上山 隆大君
横浜市立大学名
誉教授・学長室
顧問
国際医療福祉大
学学事顧問 相原 道子君
同志社大学法学
部法律学科教授 川嶋 四郎君
東京大学名誉教
授 吉村 忍君
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本日の会議に付した案件
○日本学術会議法案(閣法第三六号)(衆議院送付)
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和
和田政宗#1
○委員長(和田政宗君) ただいまから内閣委員会を開会いたします。
委員の異動について御報告いたします。
昨日までに、山本博司君及び古庄玄知君が委員を辞任され、その補欠として太田房江さん及び伊藤孝江さんが選任されました。
また、本日、太田房江さん及び鬼木誠君が委員を辞任され、その補欠として越智俊之君及び杉尾秀哉君が選任されました。
─────────────
この発言だけを見る →委員の異動について御報告いたします。
昨日までに、山本博司君及び古庄玄知君が委員を辞任され、その補欠として太田房江さん及び伊藤孝江さんが選任されました。
また、本日、太田房江さん及び鬼木誠君が委員を辞任され、その補欠として越智俊之君及び杉尾秀哉君が選任されました。
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和
和田政宗#2
○委員長(和田政宗君) 日本学術会議法案を議題といたします。
本日は、本案の審査のため、四名の参考人から御意見を伺います。
御出席いただいております参考人は、政策研究大学院大学客員教授上山隆大君、横浜市立大学名誉教授・学長室顧問・国際医療福祉大学学事顧問相原道子さん、同志社大学法学部法律学科教授川嶋四郎君及び東京大学名誉教授吉村忍君でございます。
この際、参考人の皆様に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多忙のところ御出席いただき、誠にありがとうございます。
皆様から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
次に、議事の進め方について申し上げます。
まず、上山参考人、相原参考人、川嶋参考人、吉村参考人の順にお一人十五分程度で御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
また、御発言の際は、挙手をしていただき、その都度、委員長の許可を得ることとなっておりますので、御承知おきください。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、まず上山参考人からお願いをいたします。上山参考人。
この発言だけを見る →本日は、本案の審査のため、四名の参考人から御意見を伺います。
御出席いただいております参考人は、政策研究大学院大学客員教授上山隆大君、横浜市立大学名誉教授・学長室顧問・国際医療福祉大学学事顧問相原道子さん、同志社大学法学部法律学科教授川嶋四郎君及び東京大学名誉教授吉村忍君でございます。
この際、参考人の皆様に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多忙のところ御出席いただき、誠にありがとうございます。
皆様から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
次に、議事の進め方について申し上げます。
まず、上山参考人、相原参考人、川嶋参考人、吉村参考人の順にお一人十五分程度で御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
また、御発言の際は、挙手をしていただき、その都度、委員長の許可を得ることとなっておりますので、御承知おきください。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、まず上山参考人からお願いをいたします。上山参考人。
上
上山隆大#3
○参考人(上山隆大君) ありがとうございます。本日、参議院に提出され、審議されることになっております新しい日本学術会議法案について意見を申し上げる機会をいただきました。
私は、二〇一六年から九年間にわたって内閣府総合科学技術・イノベーション会議の、CSTIといいますが、常勤議員を務めて、その間に幾つかの場面で日本学術会議の在り方に関する議論に参加した経験も踏まえ、自身の見解を述べたいと思います。
私のアカデミックのバックグラウンドを申し上げますと、アメリカのスタンフォード大学の大学院を経て、上智大学、慶応大学での教員生活、そして政策研究院大学の副学長を務めてまいりました。その間の研究者としての関心はアメリカやイギリスでのアカデミアの歴史的変遷と科学技術イノベーション政策でしたが、特に米国と英国のアカデミーの歴史的状況についても関心を持っております。
以上の経験と知識から、法案の骨子である日本学術会議が政府の機関から離れ、独立した法人として再出発を支援するこの法案に賛成の意見を持っております。
以下、五つの点について陳述させていただきます。
第一に、私がこの法案を支持する最大の論点は、国を代表するアカデミーは決して政府の中に存在してはならないというアカデミーの根幹の大原則に沿うものだからです。
各国のアカデミーは、学問の自由、アカデミアの独立、自律性を堅持し、政府の政策に対しても十分な科学的根拠を持って自由に賛成あるいは反対の見解を述べることができる組織でなければならないという原則で貫かれています。各国のどの国においてもアカデミーが政府の中に入らないのは、アカデミーが行う科学的調査、分析について、国民の目からは政府の関与や政府への忖度が疑われてしまいかねない、それは避けなければならないという大原則を貫こうとしているからです。
このように申しますと、各国のアカデミーはそれぞれの歴史的な経緯を背負っている、我が国においても独自の歴史的背景があったのだというお答えが必ず返ってまいります。我が国においては、さきの大戦において科学者が戦争の遂行に心ならずも協力してしまったことへの強い反省が日本学術会議設立の精神であって、その目的を達するためには政府の中に存在しなければならないというお考えが返ってまいります。しかしながら、戦後既に八十年を経て世界に冠たる成熟したアカデミアへと変貌した現状において、それぞれの極めて見識のある科学者の自己判断で下した見解を組織としてまとめ上げるために政府の中にいることの影響力がどれほど大きなものであるのか、私には理解できません。これがまず申し上げたいことです。
第二に、日本学術会議の在り方については、現在のCSTIの前身である総合科学技術会議において平成十五年に「日本学術会議の在り方について」という意見具申が取りまとめられ、そこには、欧米主要国のアカデミーの在り方は理想的方向と考えられ、日本学術会議においても今後十年間に改革の方向の進捗状況を評価し、より適切な設置形態の在り方を検討すべしと記載されています。そのあるべき理想型とは、国から独立した政府組織形態ということにほかなりません。我が国の見識ある科学者が平成十五年に書き残しているメッセージは、紛れもなく世界のアカデミーの独立の理想型に近づけよというものであったと私は指摘したいと思います。
第三に、日本学術会議が二〇二一年四月の日本学術会議のより良い役割に向けてという声明の中で示された、ナショナルアカデミーの満たすべき五要件が発表されました。学術的に国を代表する機関としての地位、そのための公的資格の付与、国家財政支出による安定した財政基盤、活動面での政府からの独立、会員選考における自主性、独立性です。
私がこの法案に賛成するのは、政府の中にとどまっている限り、この要件は十分には担保されないだろうと考えているからです。それは、特に国家財政支出による安定した財政基盤と活動面での政府からの独立という部分に関わります。このことに関連して、一つの経験を申し上げたいと思います。
二〇二〇年五月のコロナパンデミックの真っただ中、アメリカのアカデミー・オブ・サイエンスもイギリスのロイヤルソサエティーも、所属する専門家の大規模なチームをつくって、コロナ感染症に関する科学的分析に基づく驚くべき数の提言を次々と発表し、その中には政府の方針への批判を含むものさえあったと記憶をしています。一方で、日本学術会議は、感染症についての特別委員会を設けて国際的動向に関連する論文の紹介はしましたが、諸外国のアカデミーの取組とは比較にならないほど静観したものでした。
当時、CSTIでこの問題に直面していた私は、日本学術会議の当時の会長に対して各国の取組を紹介し、学術会議の姿勢について質問をしたことがございます。その回答は、政府の専門家会議に物申すというのは現時点ではなかなかできにくいというもので、最終的には会長の一枚紙の談話の発表にとどまったと記憶をしています。政府の中にいることで、政府の政策、ポリシーに批判的視点を持って科学的に重厚な分析を付与しながら関与することの難しさがあるのだろうとその当時納得をいたしました。
第四のポイントはこの点と関わります。コロナ感染症の経験は今申し上げましたが、私は、日本学術会議が他国のアカデミーと比べて科学的助言に積極的にならなかったことを批判することはできません。それは、日本学術会議の財政的基盤が、そのような重厚な科学的分析に基づく提言を行うことができないほどに貧弱であると承知していたからです。
アメリカのアカデミーの場合、年間の収入は約四億六百四十万ドル、日本円にして六百億程度、予算の八五%は連邦政府の契約や助成金から、残りは民間財団や企業からの寄附によって賄われて、年間約二百本を超える重厚な報告書を発行し、科学政策に関する助言を提供しています。翻って、我が国の学術会議の予算は年間十億円、その半分は事務経費などの運営資金ですから、会議に参加している科学者をまとめ上げて真摯な科学的、学術的分析を行うほどの体力を与えられていないからです。
どの国でも、アカデミックな視点からの政策への提言をますます求められるようになっている。その基盤となるアカデミーは、政府や各省との真摯な対話を通して社会の課題を解決するための政策提言、これは助言よりももっと政策に直結するものだと思いますが、それを行う責務があります。それは、現代のアカデミーに求められているサイエンス・フォー・ポリシーです。そして、それを遂行するために、政府との対話によって様々な形の契約や助成金を政府から得る一方で、その活動への信頼を高めて民間からの寄附を募っていく。そのような強固な組織を自らでつくり上げていくためには、政府から独立した組織へと変貌することが不可欠であると信じております。
第五に、新法人において会員以外の外部の者で構成される四つの委員会、すなわち選定助言委員会、運営助言委員会、監事、評価委員会の導入が、学術会議の独立性を脅かす可能性があるという意見があるのは承知をしております。
この懸念の妥当性を論じるためにもう一つ付け加えたい必要な視座は、今後の学術会議を、より広範囲な国民の理解を得て大きな組織へと拡大、発展させていくべきだと考えているのか、あるいは、現状の小さな予算で政府の中にとどまって、世界のアカデミーと比べてもはるかに小さな社会的影響力しか持たない現状を維持したいと考えているか、このどちらかです。
私は、本来のアカデミーの使命を考えれば、より政府や国民の信頼を得て、科学者の集まりである学術会議がその時々に求められる専門知を迅速に提供する、そのためには、組織の財務と政府との信頼を確実なものにして政府予算をもっと拡大させ、また民間との連携を強めるべきだと考えています。さきに挙げた委員会は、それらのことを行うためのコミュニケーションのツールにすぎません。問題は、こうした委員会を通して深い信頼のコミュニケーションのネットワークを学術会議の外へと広げていくこと、それが法人化後に生まれてくる学術会議の更なる発展につながると確信をしております。
私からは以上でございます。
この発言だけを見る →私は、二〇一六年から九年間にわたって内閣府総合科学技術・イノベーション会議の、CSTIといいますが、常勤議員を務めて、その間に幾つかの場面で日本学術会議の在り方に関する議論に参加した経験も踏まえ、自身の見解を述べたいと思います。
私のアカデミックのバックグラウンドを申し上げますと、アメリカのスタンフォード大学の大学院を経て、上智大学、慶応大学での教員生活、そして政策研究院大学の副学長を務めてまいりました。その間の研究者としての関心はアメリカやイギリスでのアカデミアの歴史的変遷と科学技術イノベーション政策でしたが、特に米国と英国のアカデミーの歴史的状況についても関心を持っております。
以上の経験と知識から、法案の骨子である日本学術会議が政府の機関から離れ、独立した法人として再出発を支援するこの法案に賛成の意見を持っております。
以下、五つの点について陳述させていただきます。
第一に、私がこの法案を支持する最大の論点は、国を代表するアカデミーは決して政府の中に存在してはならないというアカデミーの根幹の大原則に沿うものだからです。
各国のアカデミーは、学問の自由、アカデミアの独立、自律性を堅持し、政府の政策に対しても十分な科学的根拠を持って自由に賛成あるいは反対の見解を述べることができる組織でなければならないという原則で貫かれています。各国のどの国においてもアカデミーが政府の中に入らないのは、アカデミーが行う科学的調査、分析について、国民の目からは政府の関与や政府への忖度が疑われてしまいかねない、それは避けなければならないという大原則を貫こうとしているからです。
このように申しますと、各国のアカデミーはそれぞれの歴史的な経緯を背負っている、我が国においても独自の歴史的背景があったのだというお答えが必ず返ってまいります。我が国においては、さきの大戦において科学者が戦争の遂行に心ならずも協力してしまったことへの強い反省が日本学術会議設立の精神であって、その目的を達するためには政府の中に存在しなければならないというお考えが返ってまいります。しかしながら、戦後既に八十年を経て世界に冠たる成熟したアカデミアへと変貌した現状において、それぞれの極めて見識のある科学者の自己判断で下した見解を組織としてまとめ上げるために政府の中にいることの影響力がどれほど大きなものであるのか、私には理解できません。これがまず申し上げたいことです。
第二に、日本学術会議の在り方については、現在のCSTIの前身である総合科学技術会議において平成十五年に「日本学術会議の在り方について」という意見具申が取りまとめられ、そこには、欧米主要国のアカデミーの在り方は理想的方向と考えられ、日本学術会議においても今後十年間に改革の方向の進捗状況を評価し、より適切な設置形態の在り方を検討すべしと記載されています。そのあるべき理想型とは、国から独立した政府組織形態ということにほかなりません。我が国の見識ある科学者が平成十五年に書き残しているメッセージは、紛れもなく世界のアカデミーの独立の理想型に近づけよというものであったと私は指摘したいと思います。
第三に、日本学術会議が二〇二一年四月の日本学術会議のより良い役割に向けてという声明の中で示された、ナショナルアカデミーの満たすべき五要件が発表されました。学術的に国を代表する機関としての地位、そのための公的資格の付与、国家財政支出による安定した財政基盤、活動面での政府からの独立、会員選考における自主性、独立性です。
私がこの法案に賛成するのは、政府の中にとどまっている限り、この要件は十分には担保されないだろうと考えているからです。それは、特に国家財政支出による安定した財政基盤と活動面での政府からの独立という部分に関わります。このことに関連して、一つの経験を申し上げたいと思います。
二〇二〇年五月のコロナパンデミックの真っただ中、アメリカのアカデミー・オブ・サイエンスもイギリスのロイヤルソサエティーも、所属する専門家の大規模なチームをつくって、コロナ感染症に関する科学的分析に基づく驚くべき数の提言を次々と発表し、その中には政府の方針への批判を含むものさえあったと記憶をしています。一方で、日本学術会議は、感染症についての特別委員会を設けて国際的動向に関連する論文の紹介はしましたが、諸外国のアカデミーの取組とは比較にならないほど静観したものでした。
当時、CSTIでこの問題に直面していた私は、日本学術会議の当時の会長に対して各国の取組を紹介し、学術会議の姿勢について質問をしたことがございます。その回答は、政府の専門家会議に物申すというのは現時点ではなかなかできにくいというもので、最終的には会長の一枚紙の談話の発表にとどまったと記憶をしています。政府の中にいることで、政府の政策、ポリシーに批判的視点を持って科学的に重厚な分析を付与しながら関与することの難しさがあるのだろうとその当時納得をいたしました。
第四のポイントはこの点と関わります。コロナ感染症の経験は今申し上げましたが、私は、日本学術会議が他国のアカデミーと比べて科学的助言に積極的にならなかったことを批判することはできません。それは、日本学術会議の財政的基盤が、そのような重厚な科学的分析に基づく提言を行うことができないほどに貧弱であると承知していたからです。
アメリカのアカデミーの場合、年間の収入は約四億六百四十万ドル、日本円にして六百億程度、予算の八五%は連邦政府の契約や助成金から、残りは民間財団や企業からの寄附によって賄われて、年間約二百本を超える重厚な報告書を発行し、科学政策に関する助言を提供しています。翻って、我が国の学術会議の予算は年間十億円、その半分は事務経費などの運営資金ですから、会議に参加している科学者をまとめ上げて真摯な科学的、学術的分析を行うほどの体力を与えられていないからです。
どの国でも、アカデミックな視点からの政策への提言をますます求められるようになっている。その基盤となるアカデミーは、政府や各省との真摯な対話を通して社会の課題を解決するための政策提言、これは助言よりももっと政策に直結するものだと思いますが、それを行う責務があります。それは、現代のアカデミーに求められているサイエンス・フォー・ポリシーです。そして、それを遂行するために、政府との対話によって様々な形の契約や助成金を政府から得る一方で、その活動への信頼を高めて民間からの寄附を募っていく。そのような強固な組織を自らでつくり上げていくためには、政府から独立した組織へと変貌することが不可欠であると信じております。
第五に、新法人において会員以外の外部の者で構成される四つの委員会、すなわち選定助言委員会、運営助言委員会、監事、評価委員会の導入が、学術会議の独立性を脅かす可能性があるという意見があるのは承知をしております。
この懸念の妥当性を論じるためにもう一つ付け加えたい必要な視座は、今後の学術会議を、より広範囲な国民の理解を得て大きな組織へと拡大、発展させていくべきだと考えているのか、あるいは、現状の小さな予算で政府の中にとどまって、世界のアカデミーと比べてもはるかに小さな社会的影響力しか持たない現状を維持したいと考えているか、このどちらかです。
私は、本来のアカデミーの使命を考えれば、より政府や国民の信頼を得て、科学者の集まりである学術会議がその時々に求められる専門知を迅速に提供する、そのためには、組織の財務と政府との信頼を確実なものにして政府予算をもっと拡大させ、また民間との連携を強めるべきだと考えています。さきに挙げた委員会は、それらのことを行うためのコミュニケーションのツールにすぎません。問題は、こうした委員会を通して深い信頼のコミュニケーションのネットワークを学術会議の外へと広げていくこと、それが法人化後に生まれてくる学術会議の更なる発展につながると確信をしております。
私からは以上でございます。
和
相
相原道子#5
○参考人(相原道子君) 有識者懇談会の委員並びに会員選考等ワーキング・グループの主査を務めた者といたしまして、意見を述べさせていただきます。
ちなみに、私のバックグラウンドは医学部でして、学長を務めております間に、公立大学協会の副会長、会長を務めさせていただきました。
まず、本法案は、懇談会の最終報告書を十分に意識し、それを勘案した上で立案されたものと認識しております。
論点を明確にするために、内容を三つに分けて説明いたします。一つ目は、法人化することの必要性と、それにより何が変わるかについて、二つ目は、法案についての学術会議の懸念事項について、三つ目は、法律制定に当たり重視していただきたい点についてです。
まず、一つ目の法人化することの必要性についてですが、今、学術会議が社会から求められているのは、これまでの活動、すなわち我が国の学術、科学を発展させるための活動に加えて、我が国を含む世界の課題解決を目指した学術活動と考えます。これは学術会議でも大いに認識されていることと思います。更に加えて、学術研究における我が国の国際競争力や発信力の強化も重要です。
それらの活動のためには、学術会議の機能強化を是非とも進める必要があります。しかし、現在のような政府機関のままでは制約が多く、機能の強化には限界があります。そこで、学術会議がもっと自由に幅広く活動できるようにするためには、国とは別の組織とすることが必要と考えます。
実際に法人化することにより何が変わるかですが、一つは、独立性と自律性が高まることです。一番は、政府の会員任命権がなくなり、制度的に学術会議自身で会員を決めることができるようになります。
また、外部から資金を自由に獲得できるようになり、財源の多様化を進めることができます。それによって、基盤的な経費は国からの補助金で賄うにしても、国の予算に縛られることなく活動の幅を広げることができるようになります。また、外国人も会員になれるなど、法人化することにより組織としての自由度が高くなります。そして、何より、提言をする際に、場合によっては政府の方針と違った提言を政府の機関がするという矛盾がなくなります。
もう一つの変化は、我が国を代表するナショナルアカデミーとして国際的プレゼンスが向上することです。これは国にとってもとても重要なことと考えます。G7各国のナショナルアカデミーは国とは独立した機関であり、政府の機関である今の学術会議は、G7各国から見て、その政治的独立性に疑問が持たれるものと考えます。政府から独立することによって、諸外国と同等の独立性を有するナショナルアカデミーとして国際的に認められること、そして、それによって我が国の学術界から国際的な発信力が高まることが期待されます。
次に、二つ目の法案についての学術会議の懸念についてです。
学術会議が提唱する五要件が守られないのではないかという懸念についてですが、五要件そのものは学術会議の見解であり、有識者懇談会でも疑問や意見が述べられました。ただ、指摘されている五要件の項目はいずれも大事なことだとは思いますし、そういう前提で申し上げれば、五要件はこの法案でも守られていると考えます。
一つ目の学術的に国を代表する機関としての地位や二つ目のそのための公的資格の付与については、法案に我が国の科学者の内外に対する代表機関としてと明記されていますし、また、政府に勧告することができると、その権限を法律で規定しています。これは単に学術的、科学的知見に基づいた客観的な助言、提言を政府や社会に提供するにとどまらず、政府に勧告できる組織であることが法律で示されていることになります。
三つ目の国家財政支出による安定した財政基盤については、業務を遂行するための財源としての財政措置が継続されることは記載されています。ただし、活動をより活発化させるためには、財源の多様化による自主財源の獲得の努力は今後必須と考えます。
四つ目の活動面の政府からの独立については、先ほども申し上げましたように、政府機関でなくなることによって強化され、法案には学術会議の自主性、自律性に常に配慮しなければならないと明記されています。また、特殊法人であることによって、他の法人のような国による目標の指示や計画の認可は行われませんので、自由に目標や計画を立てることができるようになります。
五つ目の会員選考における自主性、独立性については、政府機関ではなくなることによって政府の会員任命権がなくなり、これも先ほど申し上げましたように、制度的に学術会議自身で会員を決めることができるようになります。
ここで、懸念事項の四番目と五番目にある独立性や自律性について、もう少し詳しく述べたいと思います。
まず、総理大臣が任命する監事を置くことについてですが、監事は、学術会議が自身で立てた計画や、ルールどおりに適正に業務が執行されているのかを見るのが役割です。つまり、組織の内容そのものの価値、つまりこの活動はいまいちだとか、どうなんでしょうねみたいなことを審査するものではなく、活動の独立性が損なわれるものではありません。また、国費が投入される以上、監事を置くことは当然です。その際、監査される側が選んだ監事でないことは必須と考えます。
続いて、評価委員会を置くことについてですが、その主な役割は、学術会議が自ら行った自己点検評価について審査し意見を述べることです。学術会議は今でも自己点検評価を行っていると聞いていますので、新たに膨大な事務作業が発生するとは思われませんが、ただし、過大な業務負担にならないような配慮は必要と思います。また、評価委員会の意見は拘束力を持つものではありません。重要なのは、外部の視点が入ることによって自分たちの評価の在り方を再考する機会が得られるということです。これは、閉じられた組織から外に開かれた組織になる第一歩であると考えます。
次に、会員選考における選定助言委員会の設置についてです。
選定助言委員会の役割は、より幅広い視点でオープンな会員選考をするための方法を助言することです。よって、会員の個別な選考に関与するものではありません。例えば、学術の動向や社会の情勢などに詳しい委員から、中長期的な視点で学術を発展させるためには、どのような領域から、どういう方法で会員を選ぶのが適切なのかといった意見が聞くことができるようになります。これは学術会議にとってとても有用なシステムと思います。
そもそもなぜこのような委員会が必要かというと、外部の意見を聞くことによって、会員の学術分野の固定化を阻み、より発展性のある組織にするためです。また、助言委員会の委員は総会が選任し、会長が任命しますので、学術会議自身が意見を聞きたいと思う人を選ぶことができるわけです。よって、会員選考の自律性を損なうものではないと考えます。
もう一つの助言委員会である運営助言委員会ですが、その設置によって会長は、学術会議の運営や活動を充実させていくための助言を外部から得ることができるようになります。例えば、経済情勢や研究成果の社会活用に詳しい専門家や、経営や広報の専門家などからアドバイスを受けることができるようになります。これは、学者である会員だけではカバーし切れない部分を補い、会長の活動を助け、組織としての強化に役立つと考えます。また、選定助言委員会同様、委員は学術会議が選任し、会長が任命しますし、あくまで助言のための委員会であって、自律を損なうものではないと考えます。
続いて、法の制定に当たり重視していただきたいことについて述べさせていただきます。
新法は、学術会議を我が国が世界に誇れるナショナルアカデミーに発展させるためのものでなければなりません。そのためには、独立性に加えて、外部に開かれた学術会議になるための仕組みづくりが必要です。同時に、学術会議が自律的に機能強化の取組を続けていけるよう、様々な観点からサポートする法であることが重要です。法定は大枠にとどめ、詳細は学術会議の内部規則に任せるなど、学術会議の自由で伸びやかな発展を可能とする新法であることを強く望んでおります。
最後に、懇談会の委員と会員選考等ワーキング・グループ主査を務めました感想を一言述べたいと思います。
懇談会並びにワーキング・グループでは、委員の間の意見交換だけでなく、学術会議の会長、副会長の皆様と活発な意見交換がなされたことはとても良かったと思っております。そういう時間を持つことによって、互いの気付きや歩み寄りも多くあったと思います。そして、それぞれの立場や視点は異なっても共に目指したものは、報告書のタイトルにもある世界最高のナショナルアカデミーです。ひたすらそれに向けて熱心に議論し、多大な労力を費やしてくださいました参加者の皆様に心から敬意を表したいと思います。
なお、懇談会の最終報告書には法案には記載されていない提案等が多数入っていますので、新たな学術会議の会員に選ばれる皆様には、是非とも参考にしていただきたいと思っています。
以上で私の発言を終わります。
この発言だけを見る →ちなみに、私のバックグラウンドは医学部でして、学長を務めております間に、公立大学協会の副会長、会長を務めさせていただきました。
まず、本法案は、懇談会の最終報告書を十分に意識し、それを勘案した上で立案されたものと認識しております。
論点を明確にするために、内容を三つに分けて説明いたします。一つ目は、法人化することの必要性と、それにより何が変わるかについて、二つ目は、法案についての学術会議の懸念事項について、三つ目は、法律制定に当たり重視していただきたい点についてです。
まず、一つ目の法人化することの必要性についてですが、今、学術会議が社会から求められているのは、これまでの活動、すなわち我が国の学術、科学を発展させるための活動に加えて、我が国を含む世界の課題解決を目指した学術活動と考えます。これは学術会議でも大いに認識されていることと思います。更に加えて、学術研究における我が国の国際競争力や発信力の強化も重要です。
それらの活動のためには、学術会議の機能強化を是非とも進める必要があります。しかし、現在のような政府機関のままでは制約が多く、機能の強化には限界があります。そこで、学術会議がもっと自由に幅広く活動できるようにするためには、国とは別の組織とすることが必要と考えます。
実際に法人化することにより何が変わるかですが、一つは、独立性と自律性が高まることです。一番は、政府の会員任命権がなくなり、制度的に学術会議自身で会員を決めることができるようになります。
また、外部から資金を自由に獲得できるようになり、財源の多様化を進めることができます。それによって、基盤的な経費は国からの補助金で賄うにしても、国の予算に縛られることなく活動の幅を広げることができるようになります。また、外国人も会員になれるなど、法人化することにより組織としての自由度が高くなります。そして、何より、提言をする際に、場合によっては政府の方針と違った提言を政府の機関がするという矛盾がなくなります。
もう一つの変化は、我が国を代表するナショナルアカデミーとして国際的プレゼンスが向上することです。これは国にとってもとても重要なことと考えます。G7各国のナショナルアカデミーは国とは独立した機関であり、政府の機関である今の学術会議は、G7各国から見て、その政治的独立性に疑問が持たれるものと考えます。政府から独立することによって、諸外国と同等の独立性を有するナショナルアカデミーとして国際的に認められること、そして、それによって我が国の学術界から国際的な発信力が高まることが期待されます。
次に、二つ目の法案についての学術会議の懸念についてです。
学術会議が提唱する五要件が守られないのではないかという懸念についてですが、五要件そのものは学術会議の見解であり、有識者懇談会でも疑問や意見が述べられました。ただ、指摘されている五要件の項目はいずれも大事なことだとは思いますし、そういう前提で申し上げれば、五要件はこの法案でも守られていると考えます。
一つ目の学術的に国を代表する機関としての地位や二つ目のそのための公的資格の付与については、法案に我が国の科学者の内外に対する代表機関としてと明記されていますし、また、政府に勧告することができると、その権限を法律で規定しています。これは単に学術的、科学的知見に基づいた客観的な助言、提言を政府や社会に提供するにとどまらず、政府に勧告できる組織であることが法律で示されていることになります。
三つ目の国家財政支出による安定した財政基盤については、業務を遂行するための財源としての財政措置が継続されることは記載されています。ただし、活動をより活発化させるためには、財源の多様化による自主財源の獲得の努力は今後必須と考えます。
四つ目の活動面の政府からの独立については、先ほども申し上げましたように、政府機関でなくなることによって強化され、法案には学術会議の自主性、自律性に常に配慮しなければならないと明記されています。また、特殊法人であることによって、他の法人のような国による目標の指示や計画の認可は行われませんので、自由に目標や計画を立てることができるようになります。
五つ目の会員選考における自主性、独立性については、政府機関ではなくなることによって政府の会員任命権がなくなり、これも先ほど申し上げましたように、制度的に学術会議自身で会員を決めることができるようになります。
ここで、懸念事項の四番目と五番目にある独立性や自律性について、もう少し詳しく述べたいと思います。
まず、総理大臣が任命する監事を置くことについてですが、監事は、学術会議が自身で立てた計画や、ルールどおりに適正に業務が執行されているのかを見るのが役割です。つまり、組織の内容そのものの価値、つまりこの活動はいまいちだとか、どうなんでしょうねみたいなことを審査するものではなく、活動の独立性が損なわれるものではありません。また、国費が投入される以上、監事を置くことは当然です。その際、監査される側が選んだ監事でないことは必須と考えます。
続いて、評価委員会を置くことについてですが、その主な役割は、学術会議が自ら行った自己点検評価について審査し意見を述べることです。学術会議は今でも自己点検評価を行っていると聞いていますので、新たに膨大な事務作業が発生するとは思われませんが、ただし、過大な業務負担にならないような配慮は必要と思います。また、評価委員会の意見は拘束力を持つものではありません。重要なのは、外部の視点が入ることによって自分たちの評価の在り方を再考する機会が得られるということです。これは、閉じられた組織から外に開かれた組織になる第一歩であると考えます。
次に、会員選考における選定助言委員会の設置についてです。
選定助言委員会の役割は、より幅広い視点でオープンな会員選考をするための方法を助言することです。よって、会員の個別な選考に関与するものではありません。例えば、学術の動向や社会の情勢などに詳しい委員から、中長期的な視点で学術を発展させるためには、どのような領域から、どういう方法で会員を選ぶのが適切なのかといった意見が聞くことができるようになります。これは学術会議にとってとても有用なシステムと思います。
そもそもなぜこのような委員会が必要かというと、外部の意見を聞くことによって、会員の学術分野の固定化を阻み、より発展性のある組織にするためです。また、助言委員会の委員は総会が選任し、会長が任命しますので、学術会議自身が意見を聞きたいと思う人を選ぶことができるわけです。よって、会員選考の自律性を損なうものではないと考えます。
もう一つの助言委員会である運営助言委員会ですが、その設置によって会長は、学術会議の運営や活動を充実させていくための助言を外部から得ることができるようになります。例えば、経済情勢や研究成果の社会活用に詳しい専門家や、経営や広報の専門家などからアドバイスを受けることができるようになります。これは、学者である会員だけではカバーし切れない部分を補い、会長の活動を助け、組織としての強化に役立つと考えます。また、選定助言委員会同様、委員は学術会議が選任し、会長が任命しますし、あくまで助言のための委員会であって、自律を損なうものではないと考えます。
続いて、法の制定に当たり重視していただきたいことについて述べさせていただきます。
新法は、学術会議を我が国が世界に誇れるナショナルアカデミーに発展させるためのものでなければなりません。そのためには、独立性に加えて、外部に開かれた学術会議になるための仕組みづくりが必要です。同時に、学術会議が自律的に機能強化の取組を続けていけるよう、様々な観点からサポートする法であることが重要です。法定は大枠にとどめ、詳細は学術会議の内部規則に任せるなど、学術会議の自由で伸びやかな発展を可能とする新法であることを強く望んでおります。
最後に、懇談会の委員と会員選考等ワーキング・グループ主査を務めました感想を一言述べたいと思います。
懇談会並びにワーキング・グループでは、委員の間の意見交換だけでなく、学術会議の会長、副会長の皆様と活発な意見交換がなされたことはとても良かったと思っております。そういう時間を持つことによって、互いの気付きや歩み寄りも多くあったと思います。そして、それぞれの立場や視点は異なっても共に目指したものは、報告書のタイトルにもある世界最高のナショナルアカデミーです。ひたすらそれに向けて熱心に議論し、多大な労力を費やしてくださいました参加者の皆様に心から敬意を表したいと思います。
なお、懇談会の最終報告書には法案には記載されていない提案等が多数入っていますので、新たな学術会議の会員に選ばれる皆様には、是非とも参考にしていただきたいと思っています。
以上で私の発言を終わります。
和
川
川嶋四郎#7
○参考人(川嶋四郎君) 同志社大学法学部教授の川嶋四郎でございます。
連携会員を二期六年務めた後、任命拒否があった第二十五期から会員になり、その期に法学委員会の副委員長を、そして今期、二十六期に法学委員会の委員長を拝命しております。
専門は民事訴訟法で、紛争解決プロセスの公正な在り方について研究をしてまいっております。
この度は、全国民を代表する良識の府の皆様方の前でこのような貴重な陳述の機会を与えていただき、心から御礼を申し上げます。
今日は、一会員として、また第一部法学委員会の委員長として、日本学術会議総会決議の内容である法案修正を求めるためにやってまいりました。すなわち、ナショナルアカデミーの五要件全てを充足し、会長声明で示した五懸念を払拭する、その法案の内容に修正をしていただくためにここに参りました。そのことを皆さんに強くお願いしたいと思っております。私は、この修正の決議と申しますのは、日本学術会議の総会における言わば科学的助言の一種と考えております。
さて、七十六年前、私たちの先輩科学者は、戦争の惨禍のまだ消えないここ東京で、日本国憲法が志向する自由で民主的な文化国家、平和国家を科学を用いて創造的に構築するという崇高な使命を持って、科学者の総意の下に現在の日本学術会議を創設いたしました。現在の私たちは、独立した日本学術会議制度の存亡の危機に直面しており、ナショナルアカデミーの五要件を完備した現在の日本学術会議が永続できるか否かの試練を受けております。
日本学術会議は、四月に行われた総会で、私たちが提出した決議案を多数で可決しました。その背景には、法案に対する大きな危惧がありました。法案が通れば、ナショナルアカデミーとしての五要件を堅持している現在の日本学術会議が政府従属的な疑似ナショナルアカデミー、えせナショナルアカデミーに変容してしまうこの絶体絶命の瀬戸際で総会で何らの意思決定もしなければ、法案をそのまま学術会議は受け入れたとみなされ、後世に多大な禍根を残すことになると。しかし、それは、政治に左右されず、科学者の良心に従って純粋に知の探求を行う使命を持ったナショナルアカデミーに対する国民の信頼を裏切ることになると、私たちはそう考えたからであります。
私は、三つの点について陳述をさせていただきたいと思います。
まず一点目は、法案作成、提出プロセスの問題点の指摘でございます。
当初、私は期待をしておりました。岸田内閣のときに一旦作成されたさきの法案が結局国会不提出となったときに、その理由を聞かれた後藤担当大臣は、学術会議の理解が得られなかったからと語りました。それゆえ、次に法案が提出されるとしても、私たちの理解を得る努力がなされるであろうと期待していたからであります。さきの法案の提出の前には、笹川内閣府総合政策推進室長自ら総会に出席して丁寧な説明を行ってくださいまして、質疑にお答えいただきました、質問にお答えいただきました。非常に勇気ある行動だと、私は心から尊敬をしておりました。
それに対して今回は、そもそもプロセスが適切ではございません。当事者である光石会長、懇談会の正規のメンバーではありませんでした。出席することは要請はされましたけれども、対等な立場で話すことはできなかったと国会で陳述しております。内閣府担当者は会長が参加したと言っておりますけれども、正規のメンバーではなく、意思決定にも加われず、懇談会の議事録からは、発言の機会はあっても聞きおかれただけと、そういう印象を私は持ちました。そして、最終報告書は、日本学術会議の意見なんかを両論併記した形で記したというようなこともほとんどありませんでした。私は、会長をその参加者と呼ぶのは虚偽に近いと思います。
さらに、この間、私が非常に気になったのは、総会などで会長の口から、日本学術会議が廃止になるよりはという言葉が何度か出たことです。会長は、法案を受け入れなければ日本学術会議は廃止になるという強い圧力を受けていたのでしょうか。
また、国会の速記録を読んでいるとき、担当大臣、内閣府担当者の話は、ごまかしあるいは虚偽とさえ言える話が多いことに気付きました。
例えば、日本学術会議は法人化には反対していないと言われましたが、私たちは五要件を具備した法人化には反対しないという立場で、両者の間には大きな違いがあります。また、日本学術会議は法案に反対していないと言われましたけど、法案に反対しているからこそ総会で決議を可決したわけでございます。さらに、驚くべきことに、大臣や内閣府担当者は、法案は五要件を押さえている、あるいは結果的に押さえた設計になっているというつもりでおりますなどと言っておられますが、私には全く理解できません。ここにおける押さえるという意味がしっかり確保して盛り込んでいるということなら、それは当たっていない、つもりと言われても結果的にそうなっていない。だから修正を求めているわけでございます。
良識の府の皆さん、真実を理解してほしいのです。これでは国会を舞台とした言葉遊びにすぎません。官僚主導の法案作成の問題点が顕在化しているとも言えるでしょう。何しろ、作成した本人である内閣府担当者がこんがらがると認めているのですから、今こそ、政治の主導によって、シンプルで五要件を充足した法案に改めていただきたいと思います。
世界最高のナショナルアカデミーをつくるという言葉も出ました。一瞬、悪い冗談かなというふうに思いました。法案にあるナショナルアカデミーの形態は、先進主要国のナショナルアカデミーと比較しますと、権力統制の下におけるえせナショナルアカデミーにすぎません。中国、ロシア型のナショナルアカデミーと言ってもよいかもしれません。
内閣府担当者は、今回の法案がベストなものだと言っておられます。そこには学問や学術会議に対する愛や敬意の片りんさえ感じられないのは私だけでしょうか。ある専門分野や組織の法を作るとき、私は、法技術だけではなく、愛が必要だと思います。今回の例でいえば、日本の学問世界への愛、日本学術会議への愛、愛に基づく立案担当者の情熱が不可欠だと思います。しかし、今回の法案からは愛を全く感じません。私は、科学者、法学者として、科学や学術に対する愛や敬意の感じられない立案担当者の起草した法案をそのまま受け入れることはできません。
次に、パネルを用いて説明をさせていただきます。(資料提示)
まず、この資料一を御覧ください。
会員選考に政治が介入しているのは中国やロシアのナショナルアカデミーだけであって、米、英、独、仏といった主要先進国のナショナルアカデミーの会員選考には政治は介入しておりません。また後で述べます。
次に、政府は、法人化の根拠として、海外のナショナルアカデミーの中で予算全額を国から支出してもらっているところはないと主張しています。確かにそうです。しかし、先進国のナショナルアカデミーを見ると、ドイツは予算の九一%、イギリスは八五%から国から拠出金をもらっています。その額も、一方では二十一億、一方では百九十八億でございます。公的資金の割合が比較的低いアメリカ合衆国でさえも四五%で、しかも二百六十億円という桁違いの金額です。先ほど上山先生のお話では、その倍ぐらい現在ではあるということでした。
これに対して、日本学術会議の予算は九億程度です。いかに脆弱な存在であることか。さらに、法案のように公的支出が補助金になれば、必要性と裁量性に基づいて算出されるために、予算の見通しは全く立ちません。現在の九億という金額さえ確保できる保証はありません。
次、資料二を御覧ください。
坂井大臣は、必要最低限のルールを法律上定め、詳細については学術会議が自律的に定めることができると言っておられます。しかし、この一覧表を見ていただく限り、内部の規則制定権の余地は一番下の二行、いわゆる猫の額ですね。これで自主、自律、独立などと言えるんでしょうか。さらに、法律の中だけではなく、政令、内閣府の府令の中にも、独立性を毀損しかねない規定が幾つも組み込まれる可能性があります。アリの一穴、トロイの木馬という比喩で示すことができると思います。
次、資料三を御覧ください。
これは、法案が考えている新日本学術会議が四面楚歌の中で活動しなければならないことを示したものでございます。星印は現在の学術会議には存在しないシステムでございますが、オレンジ色、星印の付いた四つのシステムでございますが、外部者から成り、活動に目を光らせることになります。法案が可決されれば、新しい日本学術会議は、日々、外部の目を気にしつつ、四面楚歌の中で活動や会員選考をしなければなりません。特に、活動面を見ると、監事の職務範囲が広過ぎて科学的助言の内容にまで及ぶ可能性があるほか、評価委員会の評価は補助金の額に反映されることになるでしょう。
その上、日本学術会議の会員は、解任請求、損害賠償請求、罰則の付加、是正請求等、現在ほとんど存在しないような威嚇規定の下に置かれています。このようなえせナショナルアカデミーの会員を引き受ける人がいるのでしょうか。私は非常に心配です。これは国益を損ないます。それを私、断言することができます。
次に、最後の資料四を御覧ください。
法案によりますと、ここに書いております水色の、現在のコオプテーションの方式で選ばれた人たちというのは、完全にダイダイ色の新たな特別の方式で選任された人たちに入れ替わります。これによって、完全な、異質なえせナショナルアカデミーというものが二〇二九年十月に誕生することになります。
次に、衆議院でなされた十一項目における附帯決議の含意についてお話をしたいと思います。
そもそも、衆議院でなされた十一項目の附帯決議は、いずれも法案の骨格部分に関わり、本質的な構成要素に瑕疵があることを象徴しております。確かに多くの法案に附帯決議付きますけれども、それは、附帯決議を付けてでも、まさにその法案を国民のために通す必要性、緊急性があるということを示しているんです。ところが、今回の法案にはそういうものはございません。修正していただければと思います。
私たち科学者が後世に残さなければならないのは、自由で民主的な文化国家、平和国家を科学的知見で下支えできる学術会議です。このために、五要件を完備した学術会議は存続させなければなりません。その成否が今ここにいらっしゃる皆さんの双肩に懸かっているわけでございます。大切なことは、純粋な科学者の科学者による、つまり御用学者じゃなく、科学者の科学者による全国民、人類社会のための日本学術会議がこの日本の地上から消え去らない、このことでございます。そのために、日本学術会議は法案の修正を強く求めております。
最後に、ルソーの社会契約論のメッセージを皆様方にお伝えできればと思います。
もろもろの国民に適する社会についての最上の法を見付けるためには、優れた知性が必要であります。その知性は、人間の全ての情熱をよく知っていて、しかもそのいずれにも動かされず、私たちの性質を知り抜いていながら、それと何らのつながりも持たず、自らの幸福が私たちから独立したものでありながら、それにもかかわらず私たちの幸福のために心を砕き、最後に、時代の進歩のかなたに光栄を用意しながらも、一つの世紀において働き、後の世紀において楽しむことができる、そういう知性でなければならない。
我らと我らの子孫のために、学問の自由がもたらす恵沢を確保し続けることができるように、良識の府の皆様方の知性がここで発揮されることを心から期待をいたしております。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →連携会員を二期六年務めた後、任命拒否があった第二十五期から会員になり、その期に法学委員会の副委員長を、そして今期、二十六期に法学委員会の委員長を拝命しております。
専門は民事訴訟法で、紛争解決プロセスの公正な在り方について研究をしてまいっております。
この度は、全国民を代表する良識の府の皆様方の前でこのような貴重な陳述の機会を与えていただき、心から御礼を申し上げます。
今日は、一会員として、また第一部法学委員会の委員長として、日本学術会議総会決議の内容である法案修正を求めるためにやってまいりました。すなわち、ナショナルアカデミーの五要件全てを充足し、会長声明で示した五懸念を払拭する、その法案の内容に修正をしていただくためにここに参りました。そのことを皆さんに強くお願いしたいと思っております。私は、この修正の決議と申しますのは、日本学術会議の総会における言わば科学的助言の一種と考えております。
さて、七十六年前、私たちの先輩科学者は、戦争の惨禍のまだ消えないここ東京で、日本国憲法が志向する自由で民主的な文化国家、平和国家を科学を用いて創造的に構築するという崇高な使命を持って、科学者の総意の下に現在の日本学術会議を創設いたしました。現在の私たちは、独立した日本学術会議制度の存亡の危機に直面しており、ナショナルアカデミーの五要件を完備した現在の日本学術会議が永続できるか否かの試練を受けております。
日本学術会議は、四月に行われた総会で、私たちが提出した決議案を多数で可決しました。その背景には、法案に対する大きな危惧がありました。法案が通れば、ナショナルアカデミーとしての五要件を堅持している現在の日本学術会議が政府従属的な疑似ナショナルアカデミー、えせナショナルアカデミーに変容してしまうこの絶体絶命の瀬戸際で総会で何らの意思決定もしなければ、法案をそのまま学術会議は受け入れたとみなされ、後世に多大な禍根を残すことになると。しかし、それは、政治に左右されず、科学者の良心に従って純粋に知の探求を行う使命を持ったナショナルアカデミーに対する国民の信頼を裏切ることになると、私たちはそう考えたからであります。
私は、三つの点について陳述をさせていただきたいと思います。
まず一点目は、法案作成、提出プロセスの問題点の指摘でございます。
当初、私は期待をしておりました。岸田内閣のときに一旦作成されたさきの法案が結局国会不提出となったときに、その理由を聞かれた後藤担当大臣は、学術会議の理解が得られなかったからと語りました。それゆえ、次に法案が提出されるとしても、私たちの理解を得る努力がなされるであろうと期待していたからであります。さきの法案の提出の前には、笹川内閣府総合政策推進室長自ら総会に出席して丁寧な説明を行ってくださいまして、質疑にお答えいただきました、質問にお答えいただきました。非常に勇気ある行動だと、私は心から尊敬をしておりました。
それに対して今回は、そもそもプロセスが適切ではございません。当事者である光石会長、懇談会の正規のメンバーではありませんでした。出席することは要請はされましたけれども、対等な立場で話すことはできなかったと国会で陳述しております。内閣府担当者は会長が参加したと言っておりますけれども、正規のメンバーではなく、意思決定にも加われず、懇談会の議事録からは、発言の機会はあっても聞きおかれただけと、そういう印象を私は持ちました。そして、最終報告書は、日本学術会議の意見なんかを両論併記した形で記したというようなこともほとんどありませんでした。私は、会長をその参加者と呼ぶのは虚偽に近いと思います。
さらに、この間、私が非常に気になったのは、総会などで会長の口から、日本学術会議が廃止になるよりはという言葉が何度か出たことです。会長は、法案を受け入れなければ日本学術会議は廃止になるという強い圧力を受けていたのでしょうか。
また、国会の速記録を読んでいるとき、担当大臣、内閣府担当者の話は、ごまかしあるいは虚偽とさえ言える話が多いことに気付きました。
例えば、日本学術会議は法人化には反対していないと言われましたが、私たちは五要件を具備した法人化には反対しないという立場で、両者の間には大きな違いがあります。また、日本学術会議は法案に反対していないと言われましたけど、法案に反対しているからこそ総会で決議を可決したわけでございます。さらに、驚くべきことに、大臣や内閣府担当者は、法案は五要件を押さえている、あるいは結果的に押さえた設計になっているというつもりでおりますなどと言っておられますが、私には全く理解できません。ここにおける押さえるという意味がしっかり確保して盛り込んでいるということなら、それは当たっていない、つもりと言われても結果的にそうなっていない。だから修正を求めているわけでございます。
良識の府の皆さん、真実を理解してほしいのです。これでは国会を舞台とした言葉遊びにすぎません。官僚主導の法案作成の問題点が顕在化しているとも言えるでしょう。何しろ、作成した本人である内閣府担当者がこんがらがると認めているのですから、今こそ、政治の主導によって、シンプルで五要件を充足した法案に改めていただきたいと思います。
世界最高のナショナルアカデミーをつくるという言葉も出ました。一瞬、悪い冗談かなというふうに思いました。法案にあるナショナルアカデミーの形態は、先進主要国のナショナルアカデミーと比較しますと、権力統制の下におけるえせナショナルアカデミーにすぎません。中国、ロシア型のナショナルアカデミーと言ってもよいかもしれません。
内閣府担当者は、今回の法案がベストなものだと言っておられます。そこには学問や学術会議に対する愛や敬意の片りんさえ感じられないのは私だけでしょうか。ある専門分野や組織の法を作るとき、私は、法技術だけではなく、愛が必要だと思います。今回の例でいえば、日本の学問世界への愛、日本学術会議への愛、愛に基づく立案担当者の情熱が不可欠だと思います。しかし、今回の法案からは愛を全く感じません。私は、科学者、法学者として、科学や学術に対する愛や敬意の感じられない立案担当者の起草した法案をそのまま受け入れることはできません。
次に、パネルを用いて説明をさせていただきます。(資料提示)
まず、この資料一を御覧ください。
会員選考に政治が介入しているのは中国やロシアのナショナルアカデミーだけであって、米、英、独、仏といった主要先進国のナショナルアカデミーの会員選考には政治は介入しておりません。また後で述べます。
次に、政府は、法人化の根拠として、海外のナショナルアカデミーの中で予算全額を国から支出してもらっているところはないと主張しています。確かにそうです。しかし、先進国のナショナルアカデミーを見ると、ドイツは予算の九一%、イギリスは八五%から国から拠出金をもらっています。その額も、一方では二十一億、一方では百九十八億でございます。公的資金の割合が比較的低いアメリカ合衆国でさえも四五%で、しかも二百六十億円という桁違いの金額です。先ほど上山先生のお話では、その倍ぐらい現在ではあるということでした。
これに対して、日本学術会議の予算は九億程度です。いかに脆弱な存在であることか。さらに、法案のように公的支出が補助金になれば、必要性と裁量性に基づいて算出されるために、予算の見通しは全く立ちません。現在の九億という金額さえ確保できる保証はありません。
次、資料二を御覧ください。
坂井大臣は、必要最低限のルールを法律上定め、詳細については学術会議が自律的に定めることができると言っておられます。しかし、この一覧表を見ていただく限り、内部の規則制定権の余地は一番下の二行、いわゆる猫の額ですね。これで自主、自律、独立などと言えるんでしょうか。さらに、法律の中だけではなく、政令、内閣府の府令の中にも、独立性を毀損しかねない規定が幾つも組み込まれる可能性があります。アリの一穴、トロイの木馬という比喩で示すことができると思います。
次、資料三を御覧ください。
これは、法案が考えている新日本学術会議が四面楚歌の中で活動しなければならないことを示したものでございます。星印は現在の学術会議には存在しないシステムでございますが、オレンジ色、星印の付いた四つのシステムでございますが、外部者から成り、活動に目を光らせることになります。法案が可決されれば、新しい日本学術会議は、日々、外部の目を気にしつつ、四面楚歌の中で活動や会員選考をしなければなりません。特に、活動面を見ると、監事の職務範囲が広過ぎて科学的助言の内容にまで及ぶ可能性があるほか、評価委員会の評価は補助金の額に反映されることになるでしょう。
その上、日本学術会議の会員は、解任請求、損害賠償請求、罰則の付加、是正請求等、現在ほとんど存在しないような威嚇規定の下に置かれています。このようなえせナショナルアカデミーの会員を引き受ける人がいるのでしょうか。私は非常に心配です。これは国益を損ないます。それを私、断言することができます。
次に、最後の資料四を御覧ください。
法案によりますと、ここに書いております水色の、現在のコオプテーションの方式で選ばれた人たちというのは、完全にダイダイ色の新たな特別の方式で選任された人たちに入れ替わります。これによって、完全な、異質なえせナショナルアカデミーというものが二〇二九年十月に誕生することになります。
次に、衆議院でなされた十一項目における附帯決議の含意についてお話をしたいと思います。
そもそも、衆議院でなされた十一項目の附帯決議は、いずれも法案の骨格部分に関わり、本質的な構成要素に瑕疵があることを象徴しております。確かに多くの法案に附帯決議付きますけれども、それは、附帯決議を付けてでも、まさにその法案を国民のために通す必要性、緊急性があるということを示しているんです。ところが、今回の法案にはそういうものはございません。修正していただければと思います。
私たち科学者が後世に残さなければならないのは、自由で民主的な文化国家、平和国家を科学的知見で下支えできる学術会議です。このために、五要件を完備した学術会議は存続させなければなりません。その成否が今ここにいらっしゃる皆さんの双肩に懸かっているわけでございます。大切なことは、純粋な科学者の科学者による、つまり御用学者じゃなく、科学者の科学者による全国民、人類社会のための日本学術会議がこの日本の地上から消え去らない、このことでございます。そのために、日本学術会議は法案の修正を強く求めております。
最後に、ルソーの社会契約論のメッセージを皆様方にお伝えできればと思います。
もろもろの国民に適する社会についての最上の法を見付けるためには、優れた知性が必要であります。その知性は、人間の全ての情熱をよく知っていて、しかもそのいずれにも動かされず、私たちの性質を知り抜いていながら、それと何らのつながりも持たず、自らの幸福が私たちから独立したものでありながら、それにもかかわらず私たちの幸福のために心を砕き、最後に、時代の進歩のかなたに光栄を用意しながらも、一つの世紀において働き、後の世紀において楽しむことができる、そういう知性でなければならない。
我らと我らの子孫のために、学問の自由がもたらす恵沢を確保し続けることができるように、良識の府の皆様方の知性がここで発揮されることを心から期待をいたしております。
ありがとうございました。
和
吉
吉村忍#9
○参考人(吉村忍君) 私は、東京大学名誉教授の吉村忍です。
二〇〇六年から二〇一七年まで日本学術会議の連携会員を務め、二〇一七年十月に始まった第二十四期、第二十五期と第三部の会員となり、二十四期には総合工学委員長、二十五期には第三部長を務めました。
専門は工学です。中でも、計算力学、構造力学、シミュレーション、システムデザインを専門としております。そのような専門ですので、これまで様々な企業とのシーズ・ニーズマッチング型の産学連携活動も活発に行い、二〇一七年からは、組織対組織で行うビジョン共有型の産学協創活動にもコーディネーターとして積極的に関わっております。
本日は、そうした経歴、経験、専門を持つ者として、今般の学術会議を特殊法人に変える法案について意見を述べさせていただきます。
本日、私からは、一、ナショナルアカデミーの科学的助言機能の役割と特性、二、現在審議中の法人化法案の下でできる新組織がシステム的にどのように振る舞うと予想されるか、三、現在の法人化法案の審議プロセスがシステム的にどのように見えるかという三点に絞って意見を申し上げたいと思います。
第一点目として、日本のナショナルアカデミーである現在の日本学術会議の重要な機能の一つ、科学的助言機能の観点から述べたいと思います。
現代の科学が相対する諸問題には、様々な現象が絡み合い、一つの学術分野だけからは適切に対応することが困難な課題が山積しています。地球温暖化の防止、軽減とカーボンニュートラル社会の実現に向けた取組しかり、AI、量子、ロボット、スーパーコンピューター、自動運転、ゲノム編集等の最先端技術と人々や社会との関係しかりです。あまたいる理学・工学系、生命科学系の科学者はそれぞれの分野に対して多様な意見を持っていますし、そうした問題を社会は、人間はどのように受け取るべきか、対応すべきかについて、人文・社会科学系の科学者も多様な観点、意見をお持ちです。重要なことは、ある専門分野の科学者と一言で言っても、その意見は本質的に多様であるということです。
このため、こうした複雑な諸問題に適切に対応していくためには、多様な観点から多様な科学者がそれぞれの科学的知見に基づく丁寧な議論を行いながら、科学者間の合意形成、すなわち科学的合意形成を進めていくことが肝要です。
現在の日本学術会議には、世界のナショナルアカデミーの標準的な方法であるコオプテーションにより、それぞれの科学分野において優れた研究又は業績があるという観点から選ばれた科学者として、第一部人文・社会科学系、第二部生命科学系、第三部理学・工学系に、それぞれほぼ七十名、合計二百十名の会員と約二千名の連携会員が集い、日々、複合化した課題に向き合い審議を繰り返し、科学的合意形成の成果を、勧告、声明、提言や見解等の意思の表出として公表しているところです。また、政府等の外部から審議依頼があれば、それに対して審議を行い、回答も出します。
これらの提言等を読んでいただけると分かりますが、一旦科学的な合意形成がなされたとしても、それは唯一の解ではなく、合意形成に至る多様な視点が内包されています。合意形成の結果とともに整理された多様な視点、多様な審議プロセスこそがナショナルアカデミーの信頼に足る科学的助言の価値だと思います。
そうした科学的合意形成の結果も参考に、社会は現代的諸課題に対する社会的な合意形成を進めていくことになりますし、政治は政治的意思決定をしていくべきものと思います。ですので、ナショナルアカデミーの発出する科学的合意形成の結果と社会的合意形成の結果は、必ずしも一致するものではありません。また、科学的合意形成の結果と政治的な意思決定の結果も、必ずしも一致するものではありません。
なぜ違うかというと、ナショナルアカデミーは広い時間軸、空間軸と広範な学術的視野を見ているからであり、一方、社会は現在生活する人々や組織の影響の及ぶ範囲で考えがちであるからです。また、政治家は、政治家個人の政治信条に基づきながら、様々な要因に強弱を付けながら社会に必要なものは何かを判断し、意思決定していくのではないでしょうか。それぞれの役割は違うのです。例えば、防災や災害対応のように科学と政治が協調して対処することもあれば、結果的に科学的合意形成の結果と政治的意思決定が対峙するケースが出てくることも当然のことと思います。
しかし、ここで重要なのは、政治的意思決定の基盤として、政治的思惑や意思とは独立して学術の幅広い観点から十分な科学的議論が行われることであり、もしそうしたプロセス、機能が完全に失われてしまったら、何らかの政治的な意思決定はできても、それは勘だけに頼るものになってしまうでしょう。
昨今、政治の世界では、役所ごとやテーマごとに審議会を組織し、そこに限られた数の有識者と言われる方々を招集し、そこで議論を行い、その結果を科学的合意形成の結果であるかのようにみなし、それに基づいて政治的意思決定をするということが頻繁に行われます。今回、法案提出に先立ち行われた日本学術会議の在り方に関する審議を行った有識者会議も、その典型の一つと思います。
ここで、学術会議がこれまで行ってきた科学的合意形成及びそれに基づく提言等の活動と審議会のそれとの違いが重要です。審議会の場合、課題設定や審議会委員選定の段階で政治や行政の意思が働き、場合によっては、議論の前提に既に政治的な判断が埋め込まれることも起こり得ます。運用次第ですが、終始政治的コントロールの下で進んだ場合には、科学的観点から本来検討しなければならない観点がすっぽりと抜け落ちる、あるいは意図的に落とすこともあり得ます。
私は、決して審議会を全否定しているわけではありません。審議会の場合には、科学的判断と社会的判断と政治的判断という異なる次元のものが混在する可能性があります。現在の日本学術会議が行う科学的合意形成プロセスと、専門的知見とともに政治的、行政的意思も反映される審議会の審議プロセスは、科学者が参加しながらも性格が全く異なるということを御理解いただきたいと思います。
さて、ナショナルアカデミーの五要件ということが学術会議側から繰り返し述べられているところですが、現在の日本学術会議のようなナショナルアカデミーは、現代社会や学術が相対する複雑な諸問題に対して信頼できる科学的助言を行えるという意味において、現代社会の重要な構成要素の一つです。それが健全に機能するためには、ナショナルアカデミーとしての真の独立性と自主性、自律性が必須なのです。
ところが、今般、国会の審議にかけられている日本学術会議法人化法案は、その説明において、法人化したのだから独立性は保たれている、また、独立性及び自主性、自律性に配慮すると言いつつ、国費を一部投入するのであるからと、運用や会員選考等において様々な網、すなわち制約を掛けて学術会議の独立性及び自主性、自律性を奪い、政治的意思に学術会議を従わせることを意図している、さらには、学術会議のナショナルアカデミーの機能を弱体化させようとしているようにしか見えません。
現在、ナショナルアカデミーとして機能している日本学術会議を、この法人化法案に基づく法人化を通して機能を弱体化させ事実上消滅に向かわせてしまうとすれば、それこそ日本にとって大きな国家的損失であります。また、日本のように先進的で民主的な国家から真のナショナルアカデミーが事実上消えてしまうということは、世界にとっても大きな損失です。しかも、ここで一旦失ったものを修復することは極めて困難になります。
第二点目として、工学系の私にとって、システム的な観点から、今回の法案に関して感じる幾つかの疑問点を述べさせていただきます。
現在の日本学術会議にも改善すべき点はあり、二十五期にその観点で真摯に議論が行われ、二〇二一年四月二十二日に「日本学術会議のより良い役割発揮に向けて」が総会で決定され、学術会議内でそれに従った取組がまさに進んでいるところです。現行の法の下で、ナショナルアカデミーの五要件を満足し、日本の科学者コミュニティーを代表するナショナルアカデミーとして健全に機能しているところです。
この現行の日本学術会議法の下で、二〇一七年に当時の菅首相による六名の会員候補の任命拒否が行われ、その納得できる理由は現在に至るまで開示されていません。それまで総理大臣の会員任命は形式的なものであるとされていたにもかかわらずこのようなことが起こったということは、法律に書かれていれば時の政権の意向によって運用は幾らでも変えられるということを証明していると思います。そうすると、そのような法文に対する疑心暗鬼が解消されない下で今回の法案を審議することが果たしてできるのでしょうか。法文に対する政府側の答弁を信頼することができるのでしょうかという素朴な疑問です。そもそも六名の候補者は、科学分野において優れた研究又は業績がある科学者という観点から、現行の日本学術会議法にのっとって正当に選考されたにもかかわらず、それを総理大臣が拒否するにはどのような判断基準があったのか、それが現在の日本学術会議法に抵触しないのかどうか、大変興味あるところです。
もう一点、今回の法案を見ると、ここに選ばれた会員は、社会的な課題、学術的な課題の審議に向かうよりも、国際的な連携に取り組むよりも、社会とのコミュニケーションや情報発信に取り組むよりも、内閣総理大臣が任命した監事、内閣府に置かれた評価委員会、中期目標、中期計画の策定、選考助言委員会への対応などに必要となる評価書や資料作成にいそしむことを強要されることになると想像します。さらに、企業や民間から学術会議の活動のための外部資金を獲得することにもいそしまねばなりません。
冒頭述べたように、私は、様々な企業と数多くの産学連携活動や産学協創活動を行ってきました。大学に籍を置く者として、大学における基礎研究成果の社会実装を進める上で、その活動の意義を十分に認めています。一方、民間から資金を集めるための活動というのは、そうたやすい活動ではないことも実感しています。それは、至極当たり前のことですが、大半の企業が出資に見合う実業やビジネスに役立つ成果を求めるためです。しかし、そもそも学術会議のような組織の行う科学的助言や国際活動は、本来公益を目的としたものですから、場合によっては個別企業の利益と矛盾したり、利益相反になることもあり得ます。そのような条件の下で民間からの資金に期待するのは非現実的ではないでしょうか。国家による財政的保障は公益性のための条件です。多忙を極める会員に資金集めの活動を求めるのは無理難題であり、本来業務を損なうおそれさえあります。
現在の学術会議においても、非常勤であり、そもそも各人が所属する常勤職の現場で既に研究や教育、外部資金獲得、評価、組織運営、学会、社会活動に多大な時間を割かれる中で、非常勤で活動する学術会議の会員や連携会員として、社会のために、国民のため、世界のために時間を絞り出して審議活動や国際活動をしているわけです。今度、この法人化された新組織の中でさきに述べたような仕事をやらされることになれば、のであれば、会員を引き受ける科学者などいないのではないかと大いに危惧します。
今回の法人化法案に対して、法文上で議論されていることが私にはとても空虚に感じられ、この法人化された組織が、この社会の中で、科学者コミュニティーの中で自律的に回っていくとは私にはとても思えないのです。
最後に、もう一点述べさせていただきます。
先日、今回の法案が衆議院本会議で採択された際に、法案は無修正で通ったけれど、十一項目に及ぶ附帯決議が付いたと伺い、その附帯決議も読みました。現在の日本学術会議法と今回審議中の法人化法案、そして衆議院本会議で付いた附帯決議の三者を工学的な頭で読み解きますと、附帯決議は、今回の法人化法案の重要構成要素をことごとく否定しており、現在の学術会議法と同等となるように運用しなさいということを衆議院の意思として実現していることを望んでいると読めました。
そうであるとすれば、本法人化法案の本文中にきちんと附帯決議の趣旨を入れ込むよう法案修正を加え、参議院での十分な審議を経て決定していくべきであると思います。また、それを行う時間が十分でないのであれば、一旦審議を中断し、法案を再度ゼロから検討すべきではないかと感じた次第です。現在、日本学術会議は、現行の法の下で真のナショナルアカデミーとして機能しているのですから、この法人化法案の審議をあえて拙速に行う必要はないのではないでしょうか。
私の意見は以上です。
この発言だけを見る →二〇〇六年から二〇一七年まで日本学術会議の連携会員を務め、二〇一七年十月に始まった第二十四期、第二十五期と第三部の会員となり、二十四期には総合工学委員長、二十五期には第三部長を務めました。
専門は工学です。中でも、計算力学、構造力学、シミュレーション、システムデザインを専門としております。そのような専門ですので、これまで様々な企業とのシーズ・ニーズマッチング型の産学連携活動も活発に行い、二〇一七年からは、組織対組織で行うビジョン共有型の産学協創活動にもコーディネーターとして積極的に関わっております。
本日は、そうした経歴、経験、専門を持つ者として、今般の学術会議を特殊法人に変える法案について意見を述べさせていただきます。
本日、私からは、一、ナショナルアカデミーの科学的助言機能の役割と特性、二、現在審議中の法人化法案の下でできる新組織がシステム的にどのように振る舞うと予想されるか、三、現在の法人化法案の審議プロセスがシステム的にどのように見えるかという三点に絞って意見を申し上げたいと思います。
第一点目として、日本のナショナルアカデミーである現在の日本学術会議の重要な機能の一つ、科学的助言機能の観点から述べたいと思います。
現代の科学が相対する諸問題には、様々な現象が絡み合い、一つの学術分野だけからは適切に対応することが困難な課題が山積しています。地球温暖化の防止、軽減とカーボンニュートラル社会の実現に向けた取組しかり、AI、量子、ロボット、スーパーコンピューター、自動運転、ゲノム編集等の最先端技術と人々や社会との関係しかりです。あまたいる理学・工学系、生命科学系の科学者はそれぞれの分野に対して多様な意見を持っていますし、そうした問題を社会は、人間はどのように受け取るべきか、対応すべきかについて、人文・社会科学系の科学者も多様な観点、意見をお持ちです。重要なことは、ある専門分野の科学者と一言で言っても、その意見は本質的に多様であるということです。
このため、こうした複雑な諸問題に適切に対応していくためには、多様な観点から多様な科学者がそれぞれの科学的知見に基づく丁寧な議論を行いながら、科学者間の合意形成、すなわち科学的合意形成を進めていくことが肝要です。
現在の日本学術会議には、世界のナショナルアカデミーの標準的な方法であるコオプテーションにより、それぞれの科学分野において優れた研究又は業績があるという観点から選ばれた科学者として、第一部人文・社会科学系、第二部生命科学系、第三部理学・工学系に、それぞれほぼ七十名、合計二百十名の会員と約二千名の連携会員が集い、日々、複合化した課題に向き合い審議を繰り返し、科学的合意形成の成果を、勧告、声明、提言や見解等の意思の表出として公表しているところです。また、政府等の外部から審議依頼があれば、それに対して審議を行い、回答も出します。
これらの提言等を読んでいただけると分かりますが、一旦科学的な合意形成がなされたとしても、それは唯一の解ではなく、合意形成に至る多様な視点が内包されています。合意形成の結果とともに整理された多様な視点、多様な審議プロセスこそがナショナルアカデミーの信頼に足る科学的助言の価値だと思います。
そうした科学的合意形成の結果も参考に、社会は現代的諸課題に対する社会的な合意形成を進めていくことになりますし、政治は政治的意思決定をしていくべきものと思います。ですので、ナショナルアカデミーの発出する科学的合意形成の結果と社会的合意形成の結果は、必ずしも一致するものではありません。また、科学的合意形成の結果と政治的な意思決定の結果も、必ずしも一致するものではありません。
なぜ違うかというと、ナショナルアカデミーは広い時間軸、空間軸と広範な学術的視野を見ているからであり、一方、社会は現在生活する人々や組織の影響の及ぶ範囲で考えがちであるからです。また、政治家は、政治家個人の政治信条に基づきながら、様々な要因に強弱を付けながら社会に必要なものは何かを判断し、意思決定していくのではないでしょうか。それぞれの役割は違うのです。例えば、防災や災害対応のように科学と政治が協調して対処することもあれば、結果的に科学的合意形成の結果と政治的意思決定が対峙するケースが出てくることも当然のことと思います。
しかし、ここで重要なのは、政治的意思決定の基盤として、政治的思惑や意思とは独立して学術の幅広い観点から十分な科学的議論が行われることであり、もしそうしたプロセス、機能が完全に失われてしまったら、何らかの政治的な意思決定はできても、それは勘だけに頼るものになってしまうでしょう。
昨今、政治の世界では、役所ごとやテーマごとに審議会を組織し、そこに限られた数の有識者と言われる方々を招集し、そこで議論を行い、その結果を科学的合意形成の結果であるかのようにみなし、それに基づいて政治的意思決定をするということが頻繁に行われます。今回、法案提出に先立ち行われた日本学術会議の在り方に関する審議を行った有識者会議も、その典型の一つと思います。
ここで、学術会議がこれまで行ってきた科学的合意形成及びそれに基づく提言等の活動と審議会のそれとの違いが重要です。審議会の場合、課題設定や審議会委員選定の段階で政治や行政の意思が働き、場合によっては、議論の前提に既に政治的な判断が埋め込まれることも起こり得ます。運用次第ですが、終始政治的コントロールの下で進んだ場合には、科学的観点から本来検討しなければならない観点がすっぽりと抜け落ちる、あるいは意図的に落とすこともあり得ます。
私は、決して審議会を全否定しているわけではありません。審議会の場合には、科学的判断と社会的判断と政治的判断という異なる次元のものが混在する可能性があります。現在の日本学術会議が行う科学的合意形成プロセスと、専門的知見とともに政治的、行政的意思も反映される審議会の審議プロセスは、科学者が参加しながらも性格が全く異なるということを御理解いただきたいと思います。
さて、ナショナルアカデミーの五要件ということが学術会議側から繰り返し述べられているところですが、現在の日本学術会議のようなナショナルアカデミーは、現代社会や学術が相対する複雑な諸問題に対して信頼できる科学的助言を行えるという意味において、現代社会の重要な構成要素の一つです。それが健全に機能するためには、ナショナルアカデミーとしての真の独立性と自主性、自律性が必須なのです。
ところが、今般、国会の審議にかけられている日本学術会議法人化法案は、その説明において、法人化したのだから独立性は保たれている、また、独立性及び自主性、自律性に配慮すると言いつつ、国費を一部投入するのであるからと、運用や会員選考等において様々な網、すなわち制約を掛けて学術会議の独立性及び自主性、自律性を奪い、政治的意思に学術会議を従わせることを意図している、さらには、学術会議のナショナルアカデミーの機能を弱体化させようとしているようにしか見えません。
現在、ナショナルアカデミーとして機能している日本学術会議を、この法人化法案に基づく法人化を通して機能を弱体化させ事実上消滅に向かわせてしまうとすれば、それこそ日本にとって大きな国家的損失であります。また、日本のように先進的で民主的な国家から真のナショナルアカデミーが事実上消えてしまうということは、世界にとっても大きな損失です。しかも、ここで一旦失ったものを修復することは極めて困難になります。
第二点目として、工学系の私にとって、システム的な観点から、今回の法案に関して感じる幾つかの疑問点を述べさせていただきます。
現在の日本学術会議にも改善すべき点はあり、二十五期にその観点で真摯に議論が行われ、二〇二一年四月二十二日に「日本学術会議のより良い役割発揮に向けて」が総会で決定され、学術会議内でそれに従った取組がまさに進んでいるところです。現行の法の下で、ナショナルアカデミーの五要件を満足し、日本の科学者コミュニティーを代表するナショナルアカデミーとして健全に機能しているところです。
この現行の日本学術会議法の下で、二〇一七年に当時の菅首相による六名の会員候補の任命拒否が行われ、その納得できる理由は現在に至るまで開示されていません。それまで総理大臣の会員任命は形式的なものであるとされていたにもかかわらずこのようなことが起こったということは、法律に書かれていれば時の政権の意向によって運用は幾らでも変えられるということを証明していると思います。そうすると、そのような法文に対する疑心暗鬼が解消されない下で今回の法案を審議することが果たしてできるのでしょうか。法文に対する政府側の答弁を信頼することができるのでしょうかという素朴な疑問です。そもそも六名の候補者は、科学分野において優れた研究又は業績がある科学者という観点から、現行の日本学術会議法にのっとって正当に選考されたにもかかわらず、それを総理大臣が拒否するにはどのような判断基準があったのか、それが現在の日本学術会議法に抵触しないのかどうか、大変興味あるところです。
もう一点、今回の法案を見ると、ここに選ばれた会員は、社会的な課題、学術的な課題の審議に向かうよりも、国際的な連携に取り組むよりも、社会とのコミュニケーションや情報発信に取り組むよりも、内閣総理大臣が任命した監事、内閣府に置かれた評価委員会、中期目標、中期計画の策定、選考助言委員会への対応などに必要となる評価書や資料作成にいそしむことを強要されることになると想像します。さらに、企業や民間から学術会議の活動のための外部資金を獲得することにもいそしまねばなりません。
冒頭述べたように、私は、様々な企業と数多くの産学連携活動や産学協創活動を行ってきました。大学に籍を置く者として、大学における基礎研究成果の社会実装を進める上で、その活動の意義を十分に認めています。一方、民間から資金を集めるための活動というのは、そうたやすい活動ではないことも実感しています。それは、至極当たり前のことですが、大半の企業が出資に見合う実業やビジネスに役立つ成果を求めるためです。しかし、そもそも学術会議のような組織の行う科学的助言や国際活動は、本来公益を目的としたものですから、場合によっては個別企業の利益と矛盾したり、利益相反になることもあり得ます。そのような条件の下で民間からの資金に期待するのは非現実的ではないでしょうか。国家による財政的保障は公益性のための条件です。多忙を極める会員に資金集めの活動を求めるのは無理難題であり、本来業務を損なうおそれさえあります。
現在の学術会議においても、非常勤であり、そもそも各人が所属する常勤職の現場で既に研究や教育、外部資金獲得、評価、組織運営、学会、社会活動に多大な時間を割かれる中で、非常勤で活動する学術会議の会員や連携会員として、社会のために、国民のため、世界のために時間を絞り出して審議活動や国際活動をしているわけです。今度、この法人化された新組織の中でさきに述べたような仕事をやらされることになれば、のであれば、会員を引き受ける科学者などいないのではないかと大いに危惧します。
今回の法人化法案に対して、法文上で議論されていることが私にはとても空虚に感じられ、この法人化された組織が、この社会の中で、科学者コミュニティーの中で自律的に回っていくとは私にはとても思えないのです。
最後に、もう一点述べさせていただきます。
先日、今回の法案が衆議院本会議で採択された際に、法案は無修正で通ったけれど、十一項目に及ぶ附帯決議が付いたと伺い、その附帯決議も読みました。現在の日本学術会議法と今回審議中の法人化法案、そして衆議院本会議で付いた附帯決議の三者を工学的な頭で読み解きますと、附帯決議は、今回の法人化法案の重要構成要素をことごとく否定しており、現在の学術会議法と同等となるように運用しなさいということを衆議院の意思として実現していることを望んでいると読めました。
そうであるとすれば、本法人化法案の本文中にきちんと附帯決議の趣旨を入れ込むよう法案修正を加え、参議院での十分な審議を経て決定していくべきであると思います。また、それを行う時間が十分でないのであれば、一旦審議を中断し、法案を再度ゼロから検討すべきではないかと感じた次第です。現在、日本学術会議は、現行の法の下で真のナショナルアカデミーとして機能しているのですから、この法人化法案の審議をあえて拙速に行う必要はないのではないでしょうか。
私の意見は以上です。
和
和田政宗#10
○委員長(和田政宗君) ありがとうございました。
以上で参考人の御意見の陳述は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
なお、質疑及び答弁は着席のままで結構でございます。
質疑のある方は順次御発言願います。
この発言だけを見る →以上で参考人の御意見の陳述は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
なお、質疑及び答弁は着席のままで結構でございます。
質疑のある方は順次御発言願います。
酒
酒井庸行#11
○酒井庸行君 自由民主党の酒井庸行でございます。
今日は、参考人として、上山さん、そして相原さん、川嶋さん、吉村さん、大変御多忙のところ御参加をいただきまして、ありがとうございます。まずお礼を申し上げたいと存じます。
まず最初にお聞きしたいと思うのは、この学術会議の法案の目的をちょっと読みますね。日本学術会議は、我が国の科学者の内外に対する代表機関として、学術に関する重要事項に関わる審議、大学、研究機関、学会そのほかの学術に関する者の間における連携の確保及び強化、学術に関する研究を円滑に進めるための社会環境の整備、学術に関する外国の団体及び国際団体との交流等を行うことにより、学術の向上発達を図るとともに、学術に関する知見を活用して社会の課題の解決に寄与することを目的とすることというふうにあります。
今私が読みましたけれども、学術という言葉が何回出てきますかね、これ。この学術という言葉の意味というか、皆さん方それぞれにお伺いしたいんですけれども、どんなふうに捉えられていますか。そこからまずお聞きをしたいと思いますので、上山さんからお願いしたいと思います。ヤジ
この発言だけを見る →今日は、参考人として、上山さん、そして相原さん、川嶋さん、吉村さん、大変御多忙のところ御参加をいただきまして、ありがとうございます。まずお礼を申し上げたいと存じます。
まず最初にお聞きしたいと思うのは、この学術会議の法案の目的をちょっと読みますね。日本学術会議は、我が国の科学者の内外に対する代表機関として、学術に関する重要事項に関わる審議、大学、研究機関、学会そのほかの学術に関する者の間における連携の確保及び強化、学術に関する研究を円滑に進めるための社会環境の整備、学術に関する外国の団体及び国際団体との交流等を行うことにより、学術の向上発達を図るとともに、学術に関する知見を活用して社会の課題の解決に寄与することを目的とすることというふうにあります。
今私が読みましたけれども、学術という言葉が何回出てきますかね、これ。この学術という言葉の意味というか、皆さん方それぞれにお伺いしたいんですけれども、どんなふうに捉えられていますか。そこからまずお聞きをしたいと思いますので、上山さんからお願いしたいと思います。ヤジ
和
上
上山隆大#13
○参考人(上山隆大君) 学術という言葉を英語に直したときには、適切な我が国のニュアンスと合致すると言えるものは余りないと思います。サイエンスと呼ぶのか、あるいはアカデミアと呼ぶのか、少し難しいところがあると思います。
我が国において学術という言葉が盛んに使われるようになった背景は、自然科学、人文・社会科学という垣根を越えた真摯な研究と知識の追求に携わる者たちの意識の総体として学術という言葉は使われるようになってきていると思います。
日本学術会議において、第一部、第二部、第三部と、それぞれの領域ごとの専門家が集まり、先ほどの少しお答えにもありましたけれども、決して専門知にとらわれることなく、社会に対してその専門知のあり得べき姿を問うていくということを旨として活動をされておられますから、それは学術という言葉を使って結構かと思います。
ただ、英語名としては、日本学術会議はサイエンスという言葉を使っておられます。サイエンスという言葉の中に人文・社会科学、とりわけヒューマニティーズを入れることができるかどうかというのは、諸外国においてはかなり大きな疑問を持たれると思います。サイエンスと言っている限りは、日本の学術が含むようなヒューマニティーズ、人文学ですね、これも含むようなものとして理解されているとは思いません。
具体的にも、例えばアカデミーと言われているものの中で、アメリカにおいてもアカデミー・オブ・サイエンス、これは、医学、工学含めたところを、自然科学系がありますが、同時に、人文・社会科学系とは別にアカデミーを構成をされております。イギリスの場合のロイヤルソサエティーも、これは主に、僅か二%ぐらいの人文系の学者がいますが、それ以外のところは別のアカデミーを構成をされております。
したがって、日本学術会議が学術という言葉において異なる専門知を一つの袋の中に入れるという方向性は、言葉として英訳されているサイエンスという言葉とも矛盾しますし、また、一般的に諸外国におけるアカデミーの捉え方とも異なっていると思います。本来であれば、やはり専門知の、これほど先鋭化されている専門知の区別ということであれば、人文系と自然科学系というのはどこか違う組織として動かしていくのが普通であろうと私は思います。
この発言だけを見る →我が国において学術という言葉が盛んに使われるようになった背景は、自然科学、人文・社会科学という垣根を越えた真摯な研究と知識の追求に携わる者たちの意識の総体として学術という言葉は使われるようになってきていると思います。
日本学術会議において、第一部、第二部、第三部と、それぞれの領域ごとの専門家が集まり、先ほどの少しお答えにもありましたけれども、決して専門知にとらわれることなく、社会に対してその専門知のあり得べき姿を問うていくということを旨として活動をされておられますから、それは学術という言葉を使って結構かと思います。
ただ、英語名としては、日本学術会議はサイエンスという言葉を使っておられます。サイエンスという言葉の中に人文・社会科学、とりわけヒューマニティーズを入れることができるかどうかというのは、諸外国においてはかなり大きな疑問を持たれると思います。サイエンスと言っている限りは、日本の学術が含むようなヒューマニティーズ、人文学ですね、これも含むようなものとして理解されているとは思いません。
具体的にも、例えばアカデミーと言われているものの中で、アメリカにおいてもアカデミー・オブ・サイエンス、これは、医学、工学含めたところを、自然科学系がありますが、同時に、人文・社会科学系とは別にアカデミーを構成をされております。イギリスの場合のロイヤルソサエティーも、これは主に、僅か二%ぐらいの人文系の学者がいますが、それ以外のところは別のアカデミーを構成をされております。
したがって、日本学術会議が学術という言葉において異なる専門知を一つの袋の中に入れるという方向性は、言葉として英訳されているサイエンスという言葉とも矛盾しますし、また、一般的に諸外国におけるアカデミーの捉え方とも異なっていると思います。本来であれば、やはり専門知の、これほど先鋭化されている専門知の区別ということであれば、人文系と自然科学系というのはどこか違う組織として動かしていくのが普通であろうと私は思います。
酒
相
相原道子#15
○参考人(相原道子君) 私は、今、上山委員がおっしゃったようなことは全くそのとおりだと思います。シンプルに言えば、研究と知識の総体という一言が非常に印象に残りまして、私もそのとおりだと思いました。
以上です。
この発言だけを見る →以上です。
酒
川
川嶋四郎#17
○参考人(川嶋四郎君) 恐らく学術という言葉は、文脈によって様々な意味を持つのではないかと私は思っております。今おっしゃっていただきましたように、日本学術会議における学術というのは、これはもう本当に科学者会議というふうに考えられますので、これは科学というふうに同定してもいいんじゃないかなというふうに思います。
ただ、他の分野、いろんなところで使われているのは、それぞれのところでやはり固有の意味があると。特に、学術といった場合には、よく学問と対比されると思います。学問の場合には、かなり抽象的、観念的な真理の探求、知の探求、そういうものが一つの大きな柱になっていると。それに対して学術というのは術でございますので、やはりかなり具体的な、応用的な、あるいは技術的な、そういうニュアンスを持った文脈で使うこともできるかと思います。
したがいまして、先ほどちょっとおっしゃっていただきましたように、私は人文・社会科学も学術の一部に属していると考えておりますけれども、学術といった場合に多くの方々が考えられるのは科学技術、それを略す、略称すると学術というふうにもなり得るわけで、そうすると、理系志向のような形の評価になるかも分かりません。しかしながら、英訳がどうかはともかくといたしまして、それぞれの文脈で考えたらいいというだけでございますので、私は、基本的に学術というのは、もう知の探求、真理の探求、別の言葉で言えば、政治に左右されない純粋な知の探求ということでまとめることができるのではないかと思っております。
ありがとうございます。
この発言だけを見る →ただ、他の分野、いろんなところで使われているのは、それぞれのところでやはり固有の意味があると。特に、学術といった場合には、よく学問と対比されると思います。学問の場合には、かなり抽象的、観念的な真理の探求、知の探求、そういうものが一つの大きな柱になっていると。それに対して学術というのは術でございますので、やはりかなり具体的な、応用的な、あるいは技術的な、そういうニュアンスを持った文脈で使うこともできるかと思います。
したがいまして、先ほどちょっとおっしゃっていただきましたように、私は人文・社会科学も学術の一部に属していると考えておりますけれども、学術といった場合に多くの方々が考えられるのは科学技術、それを略す、略称すると学術というふうにもなり得るわけで、そうすると、理系志向のような形の評価になるかも分かりません。しかしながら、英訳がどうかはともかくといたしまして、それぞれの文脈で考えたらいいというだけでございますので、私は、基本的に学術というのは、もう知の探求、真理の探求、別の言葉で言えば、政治に左右されない純粋な知の探求ということでまとめることができるのではないかと思っております。
ありがとうございます。
酒
吉
吉村忍#19
○参考人(吉村忍君) ただいまの御質問になりました学術という言葉ですけれども、その中に入っている様々な分野、研究の分野、科学の分野がたくさんある中で、やっぱりそれを総合するような総体の言葉として学術という言葉が一番使われるんだろうというふうに思います。
それなので、いわゆる私が所属していた第三部の理学・工学系から見る場合の学術というのと第一部の人文・社会系から見る学術というのは、細かく話をしていくと、やはりカバーする範囲というのはちょっと違うのかなというふうには思うところですけれども、そこをディテールで定義するというよりも、そういう研究であるとか真理の探求であるとか、また人間行動に関しても、それを、そもそも人間とはどういうものであるかということを追求していくという意味で大きな共通性がある分野だと思っております。
〔委員長退席、理事磯崎仁彦君着席〕
あともう一点述べさせていただきますと、現代の社会そのものが、多分、二十年前、三十年前、四十年前と比べるとはるかに複合化してきていて、そういう意味では、個別の分野に分解して考えるというのが極めて適切でない状況になってきていますので、現在の学術会議が第一部、第二部、第三部というふうに一見分かれているように見えますけれども、重要なのは、人文・社会系も生命科学系も理学・工学系も、全部そこにそろっているというのは極めて大きな財産だろうというふうに感じているところです。
この発言だけを見る →それなので、いわゆる私が所属していた第三部の理学・工学系から見る場合の学術というのと第一部の人文・社会系から見る学術というのは、細かく話をしていくと、やはりカバーする範囲というのはちょっと違うのかなというふうには思うところですけれども、そこをディテールで定義するというよりも、そういう研究であるとか真理の探求であるとか、また人間行動に関しても、それを、そもそも人間とはどういうものであるかということを追求していくという意味で大きな共通性がある分野だと思っております。
〔委員長退席、理事磯崎仁彦君着席〕
あともう一点述べさせていただきますと、現代の社会そのものが、多分、二十年前、三十年前、四十年前と比べるとはるかに複合化してきていて、そういう意味では、個別の分野に分解して考えるというのが極めて適切でない状況になってきていますので、現在の学術会議が第一部、第二部、第三部というふうに一見分かれているように見えますけれども、重要なのは、人文・社会系も生命科学系も理学・工学系も、全部そこにそろっているというのは極めて大きな財産だろうというふうに感じているところです。
酒
酒井庸行#20
○酒井庸行君 ちょっとそれは、私は学術という言葉がよく分からなかったのでちょっと調べたら、学術とはというので出てきたんですね。そこには、研究者の探求心や自由な発想に基づく自主的、自律的な知的創造活動、その成果としての知識や方法の体系であり、人類の知的探求心を満たすとともに、それ自体が知的、文化的な価値を有するものであるというのが出てきます。
〔理事磯崎仁彦君退席、委員長着席〕
そして、学術研究というのは次世代への人材育成とも一体となっており、得られた知識を世代を超えて伝達、進化、発展させ、社会へ還元する役割を担っていると。専門的な研究としての学問を捉えることもでき、原理、応用、技術を含む場合もあると。そして、学問と芸術、あるいは学問と技芸、技芸というのは技の芸です、という意味を持つこともあるというふうに出てきました。
非常に、これ言葉としては、さっきおっしゃったように、幅広く多様的な部分に捉えてしまうかなというふうに思います。
そこで、上山参考人にお聞きしたいのは、先ほどから皆さんも、上山参考人もこれまでの変遷ということをちょっとおっしゃっていただきました。七十六年にもわたって日本学術会議というのがあって、この変遷を私なりに感じるところは、やはり、専門家の学者さん及びそういう方々が、本当に専門知識の中での研究及び探求をしてきたんだろうと思うんですね。ところが、ここに来て、やはり今回の法案もそうですけれども、その各分野の人たちがいろんな研究を、探求をしていく中で政府とも相対することもある中で、これをいかに社会に貢献できるかということだというふうに理解をしているんですけれども、その変遷のプロセスというのが、これを実際的に、具体的にちょっとおっしゃいましたけど、上山参考人は、この変遷の中でこうなってきたということをもう少し具体的にお話ができることがあったら教えていただきたいと思います。
この発言だけを見る →〔理事磯崎仁彦君退席、委員長着席〕
そして、学術研究というのは次世代への人材育成とも一体となっており、得られた知識を世代を超えて伝達、進化、発展させ、社会へ還元する役割を担っていると。専門的な研究としての学問を捉えることもでき、原理、応用、技術を含む場合もあると。そして、学問と芸術、あるいは学問と技芸、技芸というのは技の芸です、という意味を持つこともあるというふうに出てきました。
非常に、これ言葉としては、さっきおっしゃったように、幅広く多様的な部分に捉えてしまうかなというふうに思います。
そこで、上山参考人にお聞きしたいのは、先ほどから皆さんも、上山参考人もこれまでの変遷ということをちょっとおっしゃっていただきました。七十六年にもわたって日本学術会議というのがあって、この変遷を私なりに感じるところは、やはり、専門家の学者さん及びそういう方々が、本当に専門知識の中での研究及び探求をしてきたんだろうと思うんですね。ところが、ここに来て、やはり今回の法案もそうですけれども、その各分野の人たちがいろんな研究を、探求をしていく中で政府とも相対することもある中で、これをいかに社会に貢献できるかということだというふうに理解をしているんですけれども、その変遷のプロセスというのが、これを実際的に、具体的にちょっとおっしゃいましたけど、上山参考人は、この変遷の中でこうなってきたということをもう少し具体的にお話ができることがあったら教えていただきたいと思います。
上
上山隆大#21
○参考人(上山隆大君) 具体的かどうか分かりませんが、この日本学術会議という設立のプロセスの中に、当時のアカデミアの人間、とりわけサイエンティストがそうだと思いますが、これが第二次世界大戦との関わりの中で強い社会的な疑義を感じたと。そこに対して、社会的な貢献として自らのアカデミックな知見を発出すべきだという、そういう意識があったところは確かだったと思います。また、それは極めて健全なことであったろうと思います。
それが出発地点であることは認めながらも、現在において、学術のその在り方、あるいは学術が社会において求められる貢献度というものが極めて多岐にわたり始めている。先ほどの私の陳述の中で述べましたけれども、COVID―19が出てきたときに、これを迅速にどのような対応するのかについては、学術的な知見が極めてスピーディーに求められるということがるる積み重なっているわけですね。
それに対して、アカデミアの中からどのような意見発出の場ができるかというと、恐らくは日本学術会議が最大の基盤になるべきだと私は思います。そのことがアカデミアの人間として行ってきた活動の知恵の発出の場ですから。そこに果たして日本学術会議が積極的に関与することができたのか、あるいはそれを求められる状況があったのかというと、長い七十年の歴史の中で、その部分が徐々に欠落してきたと。それは先ほども申し上げましたけれども、欠落したということが学術会議の間違いだとは思いません。なぜかといえば、そのような学術的な知見を発展させるための極めてアカデミックな活動をする財務的な基盤がほぼなかったからです。
私がずっと学術会議に求めていることは、もしそのような現代的な意味でのアカデミーが求められるのであれば、政府はこれに対してもっと財政的な支援をすべきだということであります。ただし、それは、運営費交付金のように、渡し切りの、何でもどうぞやってくださいということではなくて、今、これこれの事案に関してこのようなことが社会の中では求められているという諮問が政府あるいは民間からなされ、それについての専門家としての知見を披瀝してくださいという要請があったときに、そのある種の対価として予算が積み上がっていく。アメリカにおいても、先ほど申し上げましたが、六百億を超えるような資金がある、そのほとんどは、そのような政府とのコミュニケーションの中での財政的な支援の積み上げです。
私は、あくまで政府がアカデミアの中心である日本学術会議をもっと支えるべきだ、あるいは、その支えることが、現代的な意味の、第二次世界大戦が終わった後の学術会議ではなくて現代における学術会議が果たすべき責務だと思いますが、それを果たせるような状況を果たして政府はつくってきたのかと言われると、それはクエスチョンです。しかしながら、同時に、そのような財政的な支援も含めた国民の支援を求めるという態度を果たして日本学術会議が行ってきたのかというと、これに対してもクエスチョンです。
その意味で、私は、こういうような法案ができることによって、そのコミュニケーションの輪を開く、広く開かれた学術会議の意義を一般の国民にも認めてもらい、政府関係者にも認めてもらうようなそのメカニズムをつくることが最大のチャンスだと考えています。
この発言だけを見る →それが出発地点であることは認めながらも、現在において、学術のその在り方、あるいは学術が社会において求められる貢献度というものが極めて多岐にわたり始めている。先ほどの私の陳述の中で述べましたけれども、COVID―19が出てきたときに、これを迅速にどのような対応するのかについては、学術的な知見が極めてスピーディーに求められるということがるる積み重なっているわけですね。
それに対して、アカデミアの中からどのような意見発出の場ができるかというと、恐らくは日本学術会議が最大の基盤になるべきだと私は思います。そのことがアカデミアの人間として行ってきた活動の知恵の発出の場ですから。そこに果たして日本学術会議が積極的に関与することができたのか、あるいはそれを求められる状況があったのかというと、長い七十年の歴史の中で、その部分が徐々に欠落してきたと。それは先ほども申し上げましたけれども、欠落したということが学術会議の間違いだとは思いません。なぜかといえば、そのような学術的な知見を発展させるための極めてアカデミックな活動をする財務的な基盤がほぼなかったからです。
私がずっと学術会議に求めていることは、もしそのような現代的な意味でのアカデミーが求められるのであれば、政府はこれに対してもっと財政的な支援をすべきだということであります。ただし、それは、運営費交付金のように、渡し切りの、何でもどうぞやってくださいということではなくて、今、これこれの事案に関してこのようなことが社会の中では求められているという諮問が政府あるいは民間からなされ、それについての専門家としての知見を披瀝してくださいという要請があったときに、そのある種の対価として予算が積み上がっていく。アメリカにおいても、先ほど申し上げましたが、六百億を超えるような資金がある、そのほとんどは、そのような政府とのコミュニケーションの中での財政的な支援の積み上げです。
私は、あくまで政府がアカデミアの中心である日本学術会議をもっと支えるべきだ、あるいは、その支えることが、現代的な意味の、第二次世界大戦が終わった後の学術会議ではなくて現代における学術会議が果たすべき責務だと思いますが、それを果たせるような状況を果たして政府はつくってきたのかと言われると、それはクエスチョンです。しかしながら、同時に、そのような財政的な支援も含めた国民の支援を求めるという態度を果たして日本学術会議が行ってきたのかというと、これに対してもクエスチョンです。
その意味で、私は、こういうような法案ができることによって、そのコミュニケーションの輪を開く、広く開かれた学術会議の意義を一般の国民にも認めてもらい、政府関係者にも認めてもらうようなそのメカニズムをつくることが最大のチャンスだと考えています。
酒
酒井庸行#22
○酒井庸行君 ありがとうございます。
今、上山さんが最後におっしゃった言葉が一番重要かなというふうに思います。やっぱり、国民の皆さんにも理解をしてもらい、やっぱりこの日本学術会議が、さっきおっしゃったように、日本最大の基礎という、基礎とおっしゃったんでしたっけね、基盤か、基盤となるということをおっしゃいました。
そういう意味で、今度は相原参考人にお伺いをしたいんですけれども、これだけのすばらしい重要法案をこれ考えていく中で、やっぱり、じゃ、選考人ということを相原さんはワーキング・グループの中で務めたというお話でした。大変御苦労があったというふうに思います。大変、非常に厳しい中でのおまとめだったというふうに、御意見だったというふうに思います。
言い方がちょっと変かも分かりませんけど、例えば民間の会社でいうと、どんな役員を選ぶとか、いろんな役職を社長が選ぶというときがありますよね。こういうときには、その人たちの能力だとか、あるいはある意味では人柄だとか、いろんなものを考慮しながら、もちろん知見もですけど、選びながらやっていくという中で、社員から見たら、何で俺が選ばれて、俺は選ばれないんだろうみたいなことってあるじゃないですか。
そういうことを考えていく中で、相原さんがいろいろ苦労された中で、やっていく中で、選考方法というのがどこに、さっきもちょっとおっしゃいましたけれども、問題というか課題があったのかということが御自分の御意見ではっきり言ってもらったらいいと思いますし、そのことと、やっぱりもう一つは、やっていく中で、これは懇談会の中で報告書に沿ったものになっているかということもあっていいのかなと、その中での選考をやってきたのかなということが考えられるんですけど。
そして、もう一つは、コオプテーションの問題ですよね。これは、初回はとにかく、そうではなくて、きちんとした形の中でみんなで選定方法していくという中で、さっき言ったように、懇談会の報告書に沿ったものだというふうな感じ方、お考えの下なのかなと。その後のこととして、そのコオプテーションというのはどうなんだろうと。これは、それは駄目だという言い方をする方もいらっしゃるようですし、それはそうなのかどうかということなんだけれども、その辺の御見解をお願いできればと思います。
この発言だけを見る →今、上山さんが最後におっしゃった言葉が一番重要かなというふうに思います。やっぱり、国民の皆さんにも理解をしてもらい、やっぱりこの日本学術会議が、さっきおっしゃったように、日本最大の基礎という、基礎とおっしゃったんでしたっけね、基盤か、基盤となるということをおっしゃいました。
そういう意味で、今度は相原参考人にお伺いをしたいんですけれども、これだけのすばらしい重要法案をこれ考えていく中で、やっぱり、じゃ、選考人ということを相原さんはワーキング・グループの中で務めたというお話でした。大変御苦労があったというふうに思います。大変、非常に厳しい中でのおまとめだったというふうに、御意見だったというふうに思います。
言い方がちょっと変かも分かりませんけど、例えば民間の会社でいうと、どんな役員を選ぶとか、いろんな役職を社長が選ぶというときがありますよね。こういうときには、その人たちの能力だとか、あるいはある意味では人柄だとか、いろんなものを考慮しながら、もちろん知見もですけど、選びながらやっていくという中で、社員から見たら、何で俺が選ばれて、俺は選ばれないんだろうみたいなことってあるじゃないですか。
そういうことを考えていく中で、相原さんがいろいろ苦労された中で、やっていく中で、選考方法というのがどこに、さっきもちょっとおっしゃいましたけれども、問題というか課題があったのかということが御自分の御意見ではっきり言ってもらったらいいと思いますし、そのことと、やっぱりもう一つは、やっていく中で、これは懇談会の中で報告書に沿ったものになっているかということもあっていいのかなと、その中での選考をやってきたのかなということが考えられるんですけど。
そして、もう一つは、コオプテーションの問題ですよね。これは、初回はとにかく、そうではなくて、きちんとした形の中でみんなで選定方法していくという中で、さっき言ったように、懇談会の報告書に沿ったものだというふうな感じ方、お考えの下なのかなと。その後のこととして、そのコオプテーションというのはどうなんだろうと。これは、それは駄目だという言い方をする方もいらっしゃるようですし、それはそうなのかどうかということなんだけれども、その辺の御見解をお願いできればと思います。
相
相原道子#23
○参考人(相原道子君) 選考方法、どこが問題かという、現在のですね、学術会議ですけれども、今の会員の方々がすばらしい科学者であるということはもちろん明らかなわけです。ただ、日本にはたくさん優秀な科学者の方がいらっしゃいます。その方々の中で、なぜこの方が選ばれたかというのが外から見て見えない。それはなぜかというと、コオプテーションが、コオプテーション、私はすばらしいことだと思いますし、どこの国でもコオプテーションで会員は選んでいらっしゃいますが、コオプテーションで選ばれた、推薦された方々をそのまま全て総会で認めるという今の方式では、そのすばらしい方々の中からどれを選ぶかという意思が、ほかの会員が表明する段階がないと私は思っております。
ですから、今のやり方が全ていけないとかそういうわけではなくて、より幅広い優秀な科学者の方々をコオプテーションで推薦していただいて、例えば、この領域のバランスから見てこの組合せでいいのかとか、そういうことも勘案しながら学術会議全体で考えていただくという方針、方法を取ることがいいと思って、それを報告書にまとめたところでございます。
この法案でそれが実現できるかどうかというと、書き込みが正直言って随分緩いので、会員の選任の過程を国民に明らかにするように努めなければならないと記載されております。ただし、これは学術会議がどうやって会員をちゃんと選んでいくのかということを自分たちでしっかり考えていける余地をしっかり残した書き方だと認識しておりますので、これからG7の諸外国のような投票制度も組み入れた新たな選考方法をつくっていただけることを期待しております。
以上です。
この発言だけを見る →ですから、今のやり方が全ていけないとかそういうわけではなくて、より幅広い優秀な科学者の方々をコオプテーションで推薦していただいて、例えば、この領域のバランスから見てこの組合せでいいのかとか、そういうことも勘案しながら学術会議全体で考えていただくという方針、方法を取ることがいいと思って、それを報告書にまとめたところでございます。
この法案でそれが実現できるかどうかというと、書き込みが正直言って随分緩いので、会員の選任の過程を国民に明らかにするように努めなければならないと記載されております。ただし、これは学術会議がどうやって会員をちゃんと選んでいくのかということを自分たちでしっかり考えていける余地をしっかり残した書き方だと認識しておりますので、これからG7の諸外国のような投票制度も組み入れた新たな選考方法をつくっていただけることを期待しております。
以上です。
酒
奥
奥村政佳#25
○奥村政佳君 立憲民主・社民・無所属の奥村政佳です。
私からも、参考人の先生方に心より御礼を申し上げます。また、資料の用意なんかも本当にありがとうございます。
最初に、川嶋先生にお伺いします。
先生には事前にお目通しお願いしましたが、立憲民主党は修正案の提出を行います。修正案は、政府案の問題の根幹である学術会議の独立を明文で規定し、それを保障する財政措置を明記し、かつ、不合理かつ濫用の危険のある監事、候補者選定委員会、運営助言委員会、評価委員会などの諸制度については、削除あるいは要件を厳しく限定するなどの措置を講じているものです。
先生の目から御覧になって、この修正案は、今審議されている本法案が可決されてしまうと形作られてしまう、資料三ですね、新学術会議、四面楚歌の図、つまり学術会議の運用が政府によってがんじがらめになってしまう、先ほど酒井委員からも自由、自律という言葉がありましたけれども、この事態を解決し、ナショナルアカデミーの五要件を満たすものとお考えでしょうか。
また、修正案は、科学者の総意の下の学術会議の四月十五日総会の声明及び政府案修正決議の趣旨にかなうものでしょうか。
御答弁をお願いいたします。
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最初に、川嶋先生にお伺いします。
先生には事前にお目通しお願いしましたが、立憲民主党は修正案の提出を行います。修正案は、政府案の問題の根幹である学術会議の独立を明文で規定し、それを保障する財政措置を明記し、かつ、不合理かつ濫用の危険のある監事、候補者選定委員会、運営助言委員会、評価委員会などの諸制度については、削除あるいは要件を厳しく限定するなどの措置を講じているものです。
先生の目から御覧になって、この修正案は、今審議されている本法案が可決されてしまうと形作られてしまう、資料三ですね、新学術会議、四面楚歌の図、つまり学術会議の運用が政府によってがんじがらめになってしまう、先ほど酒井委員からも自由、自律という言葉がありましたけれども、この事態を解決し、ナショナルアカデミーの五要件を満たすものとお考えでしょうか。
また、修正案は、科学者の総意の下の学術会議の四月十五日総会の声明及び政府案修正決議の趣旨にかなうものでしょうか。
御答弁をお願いいたします。
川
和
川
川嶋四郎#28
○参考人(川嶋四郎君) 御質問ありがとうございます。
この限られた時間の中で私たち日本学術会議の総会決議の趣旨を酌み取っていただきまして、本当にどうもありがとうございます。特に、本質的な修正部分、これを多く盛り込んでいただきましたので、総会決議の基本的な趣旨にかなうのではないかなと私は考えております。
まず、独立を明記していただき、ありがとうございます。
次に、選定助言委員会及び運営助言委員会関係の規定を削除いただきました。この図でいきますと、四面楚歌のうちの二面の憂いが消えたということでございます。監事につきまして、私は、私自身は、会計検査院による検査で十分であると、財政民主主義も十分満たしていると考えるんですけれども、この修正案におきましては、主体面で監査対象を限定し、職務等を明確化していただいております。政治的な介入の余地は縮小したのではないかと考えております。学術会議の独立を高めた改正案と評価できると思います。
補助金の金額についても、安定という言葉を入れていただきまして、ありがとうございます。
また、日本学術会議評価委員の任命に際しても、政治的介入の余地が制限できる規定を置いていただきました。ありがとうございます。
以上から、おおむねナショナルアカデミーの五要件の趣旨を踏まえた、現実に可能な限りの法案の修正をしていただいたものと考えております。ありがとうございます。
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まず、独立を明記していただき、ありがとうございます。
次に、選定助言委員会及び運営助言委員会関係の規定を削除いただきました。この図でいきますと、四面楚歌のうちの二面の憂いが消えたということでございます。監事につきまして、私は、私自身は、会計検査院による検査で十分であると、財政民主主義も十分満たしていると考えるんですけれども、この修正案におきましては、主体面で監査対象を限定し、職務等を明確化していただいております。政治的な介入の余地は縮小したのではないかと考えております。学術会議の独立を高めた改正案と評価できると思います。
補助金の金額についても、安定という言葉を入れていただきまして、ありがとうございます。
また、日本学術会議評価委員の任命に際しても、政治的介入の余地が制限できる規定を置いていただきました。ありがとうございます。
以上から、おおむねナショナルアカデミーの五要件の趣旨を踏まえた、現実に可能な限りの法案の修正をしていただいたものと考えております。ありがとうございます。
奥
奥村政佳#29
○奥村政佳君 ありがとうございました。
続いて川嶋先生にお尋ねいたしますけれども、政府は法改正の立法事実として、外国員会員と外国との共同研究は特殊法人化しなければできないと主張をしていますが、先生の御見解を御答弁願います。
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