成瀬剛の発言 (法務委員会)

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○参考人(成瀬剛君) 東京大学の成瀬剛と申します。
 本日は、参考人として意見を述べる機会を与えていただき、ありがとうございます。
 私は、刑事訴訟法の研究、教育に従事しており、今回の法律案に関しては、法制審議会刑事法部会において幹事として審議に加わりました。本日は、同部会における議論を踏まえ、本法案に賛成の立場から意見を述べさせていただきます。
 以下では、お配りした資料に沿ってお話をさせていただきます。
 初めに、本法案に対する総論的意見を申し上げます。
 一般に、刑事手続において情報通信技術を活用することは、刑事手続の円滑化、迅速化に資するとともに、刑事手続に関する国民の負担の軽減をもたらし得ると考えられます。もっとも、その活用方法によっては、刑事訴訟法に定められた各制度の趣旨や目的の実現が損なわれるおそれもあります。
 そのため、法制審議会刑事法部会においては、刑事訴訟法で定められた各制度の趣旨や目的といった基本的な問題に立ち返り、各制度の趣旨や目的をできるだけ損なわない形で、できることならその趣旨や目的をより良く実現する形で情報通信技術を活用するという観点から議論が重ねられました。その結果、技術的には可能な措置であっても、制度によっては非常に限られた場面でしか利用しないという結論になったものもあります。
 このような慎重な検討を経て策定された本法案は、刑事手続全般にわたり情報通信技術を適正な形で活用するものと評価することができ、全体として支持することができると考えています。
 以上が本法案に対する総論的意見ですが、本日は時間も限られておりますので、本法案の中で中心的な検討課題とされてきた電磁的記録提供命令の創設について、より立ち入って意見を申し上げたいと思います。
 以下では、委員の先生方の関心が高いと思われる捜査機関による電磁的記録提供命令を対象として検討してまいります。
 現行刑事訴訟法には、捜査機関が必要な電磁的記録を強制的に取得する方法として、当該電磁的記録が記録された記録媒体を対象とする差押えや記録命令付差押えという方法が規定されています。
 もっとも、これらの方法による場合には、捜査機関が被処分者の元に赴いて有体物である記録媒体を対面で差し押さえる必要があるため、捜査機関側、被処分者側の双方に相応の人的、物的負担が生じています。また、捜査に必要な電磁的記録がクラウドサーバーに保存されているなどの理由により、当該電磁的記録が記録されている記録媒体を特定することができず、記録媒体の差押えが困難となる事例や、記録命令付差押えを実施しようとしたところ、被処分者が記録命令に従わない意向を示すといった事例もあります。
 本法案は、このような現行法上の課題を解決するため、記録命令付差押えに代えて新たに電磁的記録提供命令を創設することとしています。
 電磁的記録提供命令とは、捜査機関が、裁判官の発する令状により、電磁的記録を保管する者等に対して、捜査に必要な電磁的記録を捜査機関の管理に係る記録媒体に記録又は移転させる方法により提供することを命じるものです。
 現行法上の差押えや記録命令付差押えが電磁的記録が記録された記録媒体を対象としているのと異なり、電磁的記録提供命令は電磁的記録そのものを対象としています。また、電磁的記録の提供方法として、捜査機関の管理に係る記録媒体に記録又は移転させる方法を取ることができます。さらに、捜査機関による被処分者への令状提示もオンラインで行うことができます。その結果、捜査機関は裁判官の発した電子令状をオンラインで被処分者に提示し、被処分者も同令状で特定された電磁的記録をオンラインで捜査機関側の記録媒体に記録又は移転すれば足りることとなり、捜査機関側、被処分者側双方の人的、物的負担が軽減されます。
 加えて、電磁的記録そのものを対象とする電磁的記録提供命令においては、当該電磁的記録が記録されている記録媒体を特定することは要求されない上、同命令に違反した場合には刑罰が科される可能性もあることから、捜査に協力的でない被処分者からも必要な電磁的記録を入手することができます。
 このように、電磁的記録提供命令は現行法上の課題を解決するものと言えますが、同命令はあくまでも処分の時点で既に存在する電磁的記録の保全に向けられたものであり、その点では現行法上の差押えや記録命令付差押えと何ら異なるところはありません。他方、処分の実施と並行して、言わばリアルタイムに発生する通信内容を継続的に保全する通信傍受とは処分の性質を異にすると言えます。
 なお、電磁的記録提供命令は捜査に必要な電磁的記録を保管する者に対して行うものですが、電磁的記録の移転の容易性に鑑みれば、捜査機関が我が国に所在する被処分者に対して電磁的記録の提供を命じた時点で当該電磁的記録が日本ではなく外国に所在する記録媒体に記録されているという事態も想定されます。その場合に、捜査機関が電磁的記録提供命令を執行することは当該外国の主権を侵害するのではないかという懸念もあり得るところですが、この場面で外国に所在する記録媒体から電磁的記録を入手するのは、捜査機関ではなく当該命令を受けた被処分者、すなわち我が国に所在する私人であるため、外国の主権を侵害するおそれはないと考えます。そもそもこの問題は現行法上の記録命令付差押えにも当てはまるものであり、従前からこのように理解されてきました。
 では、以上のような電磁的記録提供命令を創設することは、日本国憲法の下で許容されるでしょうか。
 同命令により提供を命じられる電磁的記録には様々なものがあり得ますが、それが通信内容や通信履歴に関するものである場合には、憲法二十一条二項が保障する通信の秘密との関係が問題となります。
 同条項が保障する通信の秘密は、憲法二十一条一項が保障する表現の自由に関連する面もあるものの、その主たる意義は、私生活、プライバシーの保護を通信の場面に及ぼす点にあるとされています。それゆえ、捜査機関が一定の条件の下で私人のプライバシーを制約することが許容されるのと同様に、通信の秘密を制約することも許容され得ると考えます。
 憲法三十五条一項は、その条件として、捜査機関が私人のプライバシーや通信の秘密といった重要な権利を実質的に制約する場合には、原則として裁判官による事前の令状審査を要求しています。
 さきに申し上げたとおり、捜査機関が電磁的記録提供命令を行う場合には事前に裁判官の発する令状を取得する必要があり、その令状に記載される提供されるべき電磁的記録は、裁判官が疎明資料に基づいて被疑事実に関連性を有すると判断した電磁的記録のみに限定されます。この点に鑑みると、本法案が創設する電磁的記録提供命令は、憲法三十五条一項が規定する令状主義の要請を満たすと同時に、捜査機関には被疑事実と関連性を有する電磁的記録の取得のみを認めるという意味で、私人のプライバシーや通信の秘密を不当に制約するものではないと言うことができます。
 もっとも、捜査機関が電磁的記録提供命令を被疑者に対して執行する場合には、被疑者にとって不利益な電磁的記録を自ら提供するよう罰則の担保の下で命じることになるため、憲法三十八条一項が保障する自己負罪拒否特権との関係についても整理しておく必要があります。
 ここで、憲法三十八条一項が強要を禁じる供述とは、口頭によるか文書によるかは問わないものの、言語を用いた観念の表出を指すと理解されています。そのため、被疑者に対し新たに観念を表出するよう強制するのでなければ、憲法三十八条一項には違反しないと考えられます。最高裁判所の判例も、酒気帯び運転の疑いがある者に対し呼気検査を実施することはその供述を得ようとするものではないから、検査を拒んだ者を処罰しても憲法三十八条一項に違反するものではないとしており、同様の理解に立っています。
 さきに申し上げたとおり、電磁的記録提供命令の対象は既に存在する電磁的記録ですから、その提供を罰則の担保の下で被疑者に命じたとしても、被疑者が観念した事柄を新たに表出すること、すなわち供述の強要には該当せず、自己負罪拒否特権を侵害することはないと言えます。
 本法案の下では、捜査機関が被疑者に対して暗号化されている電磁的記録のパスワードを解除した上で提供するよう命じることも想定されますが、この場合も、被疑者がやるべきことは既に存在する電磁的記録をパスワードが解除された状態で捜査機関側に提供することであって、パスワード自体を捜査機関に伝えることが要求されているわけではありませんので、やはり憲法三十八条一項には違反しないと考えられます。
 最後に、捜査機関が電磁的記録を取得した後の取扱いに関する二つの指摘について、現行法の基本的な考え方を踏まえつつ検討します。
 第一に、電磁的記録提供命令は記録の保管者に命じられるものであり、それを保管させている者、以下、便宜的に情報主体と呼びますが、その情報主体の知らないうちに記録が捜査機関に提供されてしまうことから、情報主体による不服申立ての機会を確保するため、処分がなされたことを情報主体に通知する旨の規定が必要との指摘がなされています。
 もっとも、現行法上の記録命令付差押えにおいてもそのような事態は生じ得るところ、情報主体に処分実施の事実を通知する旨の規定は置かれていません。つまり、現行刑事訴訟法は、被処分者のほかに当該処分に利害を有する者がいるとしても、その者に処分実施の事実を伝えることまではしないという考え方に立っており、本法案が情報主体に対して電磁的記録提供命令の実施を通知する旨の規定を設けていないこともこの考え方に沿うものと言えます。
 では、捜査機関が、裁判官の許可を受けて、被処分者に対し、みだりに電磁的記録提供命令を受けたことなどを漏らしてはならない旨の秘密保持を命じることにより、情報主体が処分実施の事実を知ることが現行法以上に困難になる場合でも許容されるでしょうか。
 電磁的記録提供命令は、捜査の初期段階でも用いられ得る処分であるところ、被処分者が命令を受けたことなどを被疑者等に伝えることにより、被疑者等が罪証隠滅行為に及ぶおそれがあることに鑑みれば、それを防止する観点から、被処分者に対し秘密保持を命じる必要がある事案も想定されます。
 本法案は、被処分者の行動の自由に対する制約を最小限にとどめるとともに、情報主体が処分実施の事実を知る機会を不当に制約しないようにするため、裁判官が秘密保持命令の必要性を事前に審査することとし、捜査機関は必要がなくなったときには秘密保持命令を取り消さなければならないとしています。加えて、衆議院の修正案により、秘密保持命令の期間が一年以内に限定されたことも考慮すれば、同命令を創設しても情報主体の地位を不当に害することはないと考えます。
 第二に、捜査機関が電磁的記録提供命令により取得した電磁的記録の保管や消去に関する規律を設けるべきとの指摘もあります。
 もっとも、現行の刑事訴訟法や刑事確定訴訟記録法によれば、警察が捜査の過程で取得した証拠は、検察官に送致され、検察官は当該証拠を適切に保管しながら捜査、公判を遂行し、判決確定後、必要な期間が経過したら廃棄するものとされています。
 このような現行法の基本的な考え方は、捜査機関が電磁的記録提供命令によって取得した電磁的記録にも応用可能ですので、同命令により取得した電磁的記録の保管、消去に特化した新たな規定を設けることが直ちに要請される状況にはありません。そもそも、保管、消去の在り方は、電磁的記録提供命令により取得した電磁的記録に限らず、捜査機関が取得した全ての証拠、電磁的記録について問題となるものですから、この問題を解決しようとするならば、刑事訴訟法の体系全体を踏まえた大掛かりな検討が必要になると考えています。
 以上で私の話を終わらせていただきます。御清聴くださり、ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 成瀬剛

speaker_id: 15140

日付: 2025-05-08

院: 参議院

会議名: 法務委員会