河津博史の発言 (法務委員会)

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○参考人(河津博史君) 日本弁護士連合会刑事調査室室長の河津でございます。
 本日は、意見陳述の機会をいただき、感謝申し上げます。
 当連合会は、刑事手続のデジタル化には賛成しておりますが、本法律案は国民のプライバシーの権利や弁護人の援助を受ける権利を軽視し、バランスを欠いた内容であることから、修正を求めてまいりました。
 衆議院における修正により、電磁的記録提供命令や記録媒体の押収に当たり、デジタル社会において個人情報の保護がより重要になっていることに鑑み、できる限り被告事件又は被疑事件と関連性を有しない個人情報を取得することとならないよう、特に留意しなければならないとする附則四十条の規定が追加されました。
 事件と関連性を有しない情報を取得すべきでないことはもとより当然であり、あえてこのような明文規定が設けられた意義について、令状を審査する裁判官やこれを執行する捜査機関には重く受け止めていただく必要があると存じます。
 個人情報の保護が重要となっている近年においても、捜査機関が犯罪事実と関連しないプライバシー情報を収集し、それを利用して供述を迫るような取調べが行われています。また、現在の実務で発付されている捜索差押許可状では、差し押さえるべき物について、本件と関係あると思料される機器並びにこれらに関連する文書及び物件など、抽象的、包括的な記載が行われており、このような令状に基づいて、大量の電磁的記録媒体等の物品がその内容の確認もされることもなく包括的に差押えが行われています。
 そのような差押えの適法性が争われている国家賠償請求訴訟で、被告である国は、被疑事実そのものを解明するのみならず、その犯行に至る経緯、目的、動機、背景等を解明する必要があるから関連性を有すると主張し、さらに、関連性がないことが事後的に判明したとしても、当該差押えが刑訴法上違法になるものではないとも主張しています。あらゆる事件は国民の生活や企業の事業活動の中で起こりますから、関連性がこのようにルーズに解釈されるようでは、国民の生活や企業の事業に関するあらゆる電磁的記録が収集することができるものとなりかねません。
 令和五年の司法統計年報によると、差押え、記録命令付差押え、捜索状、検証許可状の発付件数は年間二十四万七千四百九十三件であるのに対し、却下件数は百三十八件にすぎません。この数値から、これまで厳格な令状審査が行われてきたと想像することは困難です。
 デジタル社会において国民のプライバシーの権利を守るためには、裁判所が特定の被疑事実と関連性の認められる電磁的記録を厳格に限定して令状を発付し、令状で許可された範囲を逸脱した執行を厳しくチェックする役割を果たすことが極めて重要です。このような裁判所の役割の重要性は、附則四十条の規定が設けられることを踏まえて再認識されるべきであると考えます。
 国民のプライバシーの権利を保護するためには、電磁的記録の収集の事前規制だけでは不十分であり、事後規制を適正に機能させることが必要です。
 クラウド事業者など他人から委託を受けて電磁的記録を保管する第三者から電磁的記録の提供を受けた場合、電磁的記録の保管を委託した本人の不服申立ての機会を保障するためには、本人への通知が行われることが必要です。
 プライバシー情報は、違法に収集され、保有されること自体が本人の権利を侵害するものですから、有体物を押収したときに所有者に通知が行われないこととは事情が異なります。本人への通知により捜査が妨げられる場合があるのであれば例外的に通知を遅らせることができる旨の規定を設ければよく、また、本人の所在が明らかでない場合には通知を要しないものとする規定を設ければよいのであり、通知制度を設けない合理的な理由は見当たりません。今申し上げたような規定は、いずれも通信傍受法には設けられています。
 不服申立てにより処分が取り消された場合に、電磁的記録を消去する仕組みも必要です。
 プライバシー情報は、違法に収集され、保有されること自体が権利を侵害するものである以上、違法な処分が取り消されたときに電磁的記録が消去されなければ、救済としての意味は乏しいものとなります。それだけでなく、捜査機関が違法に電磁的記録を収集しても消去の義務を負わないことは、事後規制としての意味を失わせ、違法な電磁的記録の収集を助長するおそれがあります。
 これまでの審議で、捜査や公判に必要なものとして作成、取得された書類は、捜査中から事件終結後に至るまで、刑事手続の適正かつ円滑な遂行のためにありのまま保管、保存されるべきものであるとの説明がなされてきたと承知しております。
 しかし、現行制度においても、証拠は還付されることによって事件の途中で保管、保存されなくなることがあります。留置の必要がない押収物を還付することは正当ですが、還付が不適正に行われたときに無罪証拠が隠されることが起こり得ます。村木厚子さんの事件でも、改ざんされたフロッピーディスクは弁護人に開示される前に還付されることによって隠されていました。
 証拠の不適正な管理により無罪証拠が隠されることは最近も繰り返されています。
 先月、令和七年四月十一日に、東京地方裁判所立川支部で無罪判決が言い渡されました。この事件では、目撃者とされた二名の証人の間でLINEのやり取りがされていました。判決は、このLINEの内容について、被告人が公訴事実記載のとおり暴行に及んだことを警察等に認めてもらうのに都合の良い話を作り出して共有したことも強く疑われると指摘しています。判決によると、このLINEのトーク履歴は、公判前整理手続中に弁護人が証拠開示を求めていたにもかかわらず、不存在を理由に開示されていなかったところ、証人尋問が行われた後にその存在が明らかになっています。このLINEトーク履歴の電磁的記録は、警察が収集し、パソコンに保管していたにもかかわらず、証拠として取り扱っていなかったことにより不存在とされていたと弁護人からは報告を受けております。
 このように、証拠がありのまま保管、保存されているとは限らないのが実務の現状です。刑事手続の適正が害されることのないようにするためには、捜査機関が収集した電磁的記録は全て証拠として適正に管理されるべきであり、恣意的に消去されることのないようにする必要があります。
 その一方で、違法に収集された電磁的記録については、捜査機関が保有する正当性がないのですから、裁判所の決定に基づいて消去されるようにすべきです。そうすることが現行制度の考え方と整合しないという御説明は、先ほど申し上げたような実務の実態とは合致しないものですし、既に通信傍受法には消去の規定が設けられています。
 捜査機関が大量の国民のプライバシー情報を含む電磁的記録を収集することは、現行刑事訴訟法が制定された当時には想定されていなかった事態です。有体物の押収を念頭に置いた現行法に消去の規定がないということは、刑事手続をデジタル化するに際して違法に収集された電磁的記録を消去する規定を設けない理由として合理的であるとは思われません。
 本法律案で創設される電磁的記録提供命令については、憲法三十八条一項が保障する自己負罪拒否特権と抵触するとの指摘があります。
 これに対し、法務省としては、電磁的記録提供命令は、既に存在している電磁的記録の提供を命ずるにとどまるものであって、供述を強要するものではないことから、自己負罪拒否特権と抵触するものではないとお考えであると承知しております。一旦この法務省の見解を前提とするとしても、電磁的記録の提供を強制することが供述の強要を伴う場合があり、その場合には自己負罪拒否特権への抵触が生じることについて注意を喚起させていただきたいと存じます。少し分かりにくい話になることを御容赦ください。
 犯罪の嫌疑を受けた国民には自らを防御する権利があり、自己に不利益な行動を強制されるべきではありませんが、憲法三十八条一項は、その中でも、自己に不利益な供述、すなわち頭の中にある観念を表出することを強要されない権利を特に強く保護する趣旨であると理解することができます。
 電磁的記録の提供は、観念の表出を伴うことなく行い得る場合もありますが、観念の表出を伴うこととなる場合もあります。例えば、命令に応じて電磁的記録の提出をすることが、自己に不利益な電磁的記録の存在を認識し、これを所持していたこと自体を外部に伝達することとなる場合です。被疑者は、自己に不利益な電磁的記録が存在し、これを所持していることについて供述を強要されない権利を有しています。そのような被疑者にその電磁的記録の提供を強制することは、電磁的記録の存在を認識し所持していることの供述を強要する意味を持ちます。このような理解は特段新しいものではなく、法制審議会の部会の部会長を務められた酒巻教授の「刑事訴訟法」の教科書にも、罰則付文書提出命令が供述の強要になり得ることが記述されています。
 また、提出を命じられた電磁的記録にアクセスし、又は暗号化された電磁的記録を復号化するために、記憶しているパスワードの入力を強制することも供述の強要となり得ます。記憶しているパスワードの入力は観念の表出にほかならないからです。
 法務省の見解は、既に存在する電磁的記録の提供を強制することは、それが供述証拠の性質を有するものであったとしても自己負罪拒否特権に抵触しないというものと理解しておりますが、これは、命令によって捜査機関が供述証拠を取得することに着目するのではなく、命令によって観念の表出を強制することとなるかどうかに着目するものです。そうであるならば、記憶しているパスワードという観念の表出を強制することは、そのパスワード自体を捜査機関が取得するかどうかにかかわらず、供述の強要に当たると理解しなければ一貫性を欠くように思われます。
 このように、電磁的記録の提供を強制することが供述の強要を伴うことになる場合も具体的に想定されます。このような場合において、電磁的記録の提供を命じられた者が自己に不利益な供述を強要されない権利を行使し、その結果、電磁的記録が提供されないときは、罰則規定の「正当な理由がなく、」の要件を欠くものとして処罰されないことが確認されるべきです。
 自己に不利益な供述を強要されない国民の権利が電磁的記録の提供が命じられる場面でなし崩し的に侵害されることはあってはなりません。当連合会は、電磁的記録の提供を命じるに当たり、この命令は供述を義務付けるものでない旨を教示しなければならないものとすることを求めております。
 最後に、いわゆるオンライン接見と電子データの授受について意見を申し上げます。
 国民は様々な立場で刑事手続に関与しますが、手続の公正さに最も深刻な利害関係を持つのは、被疑者、被告人の立場に置かれた場合です。そして、被疑者、被告人の立場に置かれた国民が自らを防御するためには、弁護人の援助を受ける権利が重要となります。
 本法律案が、書類の電子データ化、発受のオンライン化やビデオリンク方式による捜査、公判手続等を掲げながら、身柄を拘束された被疑者、被告人が弁護人との間でビデオリンク方式による接見をすることも、電子データ化された書類を授受し閲覧することもできるものとしていないのは、不公正であると言わざるを得ません。被告人は刑事訴訟の主体であり、刑事訴訟法上、検察官請求証拠に同意する権限を有しているのも被告人本人です。その本人が電子データで作成された証拠を授受し閲覧することができないというのは正常ではありません。
 接見及び書類の授受については、現行法上も、法令で逃亡や罪証の隠滅を防ぐため必要な措置を規定することができるとされていますから、これらの手続をデジタル化する場合においても必要な規定を設けることは可能です。仮に全国一律実施が困難であるとしても、施行日を相当程度先に設定し、それまでに段階的に設備の整備を進めることが考えられます。
 国民の権利を保護し、捜査を適正化する法整備は、これまで将来の課題として先送りが繰り返されてきました。しかし、本日提起させていただいた課題は国民の憲法上の権利に関わるものですので、少なくとも解決に向けた具体的な道筋を示していただくことをお願いして、私の意見陳述を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 河津博史

speaker_id: 25439

日付: 2025-05-08

院: 参議院

会議名: 法務委員会