渕野貴生の発言 (法務委員会)

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○参考人(渕野貴生君) 立命館大学で刑事訴訟法を担当しております渕野でございます。
 本日は、貴重な機会をいただきまして、感謝をいたします。
 時間に限りがございますので、配付をいたしました資料に基づきまして、電磁的記録提供命令及びビデオリンク方式による証人尋問の拡大の二点を中心に、被疑者、被告人の適正手続保障の観点から法案には大きな問題があるということについて意見を述べさせていただきます。
 電磁的記録提供命令に関し、法案の第一の疑問点は、令状主義が要求する差押対象物の特定に当たる提供対象情報の特定が厳格に行われるのかという点です。有体物であれば一応物単位で特定することができるのに対して、情報は形あるものではないので、情報の切れ目をどこで区切るかが融通無碍になりやすく、その結果、令状が一般令状化し、包括的で無限定な差押えになりやすいという危険があります。
 この点、法務省の説明では、例えばメールの場合、対象者を特定した上で期間を限定することで提供対象情報の特定を図ることが想定されているようです。
 しかし、例えば、我々は現在、日常的に一日に数十件のメールのやり取りをしています。それぞれのメールは相手方も違えば用件も異なります。仮に被疑者がメールで犯罪に関する連絡をしていたとしても、該当期間の全てのメールが犯罪関連通信とは限りません。むしろ、犯罪とは全く無関係な私的なコミュニケーションと犯罪関連通信とが混在していると考えるのが自然です。
 ところが、期間で区切るという方法では、犯罪関連通信と純粋に私的な通信との区別が付きませんので、結局、純粋に私的な通信も含めて地引き網的な押収にならざるを得ないように思われます。しかも、捜査機関が主体となって差し押さえる場合には、捜査機関は、それまでに収集した捜査情報に照らして被疑事実との関連性を判断し、被疑事実に関連しないデータは除外することができるというフィクションが辛うじて成り立つかもしれませんが、提供命令を受ける保管者などは、捜査機関とは異なり、被疑事実との関連性の有無を判断するための背景情報を持っておりませんので、犯罪関連通信と純粋に私的な通信とを区別することは原理的にも不可能と思われます。
 したがって、提供命令では憲法三十五条が定める差押物の特定の要求を満たすことは本来的にできないのではないかとの疑問を拭えません。
 法案審議の過程で、法務省からは、電磁的記録提供命令の場合には、有体物に対する差押えとは異なり、その他本件に関連する一切の物件といういわゆる概括的記載は行わない旨の説明がされているということで、提供対象情報を特定するために一定の配慮は考えられているようです。
 しかし、概括的記載を行わないというだけでは、さきに指摘をしました情報の無限定性と私人が被疑事実関連情報を選別することの困難性という本命令の性質上の問題点は何ら解決されないように思われます。
 電磁的記録提供命令の第二の問題点は、被疑者に対して自己に不利益な情報の提供を命じ、命令違反に対して罰則を科すことが自己負罪拒否特権の侵害にならないかという点です。
 この点、自己負罪拒否特権の侵害には当たらない理由として、自己負罪拒否特権は不利益な内容の供述を新たに表出することを強要するのを禁ずるものであって、命令の前に既に存在している供述の提供を強要したとしても、それは不利益な内容が記載されている被疑者の日記を差し押さえるのと同じだと、したがって憲法三十八条一項の問題を生じさせるものではない旨の説明が行われています。
 しかし、この説明は自己負罪拒否特権の本質を捉え損ねているのではないかとの疑問があります。
 自己負罪拒否特権が憲法上の適正手続権として保障されなければならない根源的な理由は、それが自己防衛本能ともいうべき、人間のというよりも生物の本質に根差したものだからです。刑事手続において自己の犯罪を語るという行為は、自らの死や拘禁という自己に対する重大な不利益への直結を意味します。自分の自由や生命に重大な不利益が及ぶような行為を自らが行うことを生物が本能的に回避するのはごく自然なことです。
 確かに、犯罪を行った者が処罰されたり、あるいは不利益な証拠を他人が確保したりすることは、これは仕方がないことです。しかし、問題にしているのはそのことではなくて、自ら進んで死ね、自ら進んで自分の自由を束縛しろと迫ることです。自己を破壊するような行動を迫ることは人間の尊厳を踏みにじることになると思われます。
 以上のような自己負罪拒否特権に対する本質的な理解を踏まえるのであれば、特権侵害のポイントは自己に提出させるという点にこそあることが分かります。つまり、提供命令について日記を差し押さえる行為と同等であると説明することはミスリーディングであって、正しくは、日記を自ら提出させる行為と比較をしなければならないはずです。そして、罰則を付けることによって提出が法的に義務付けられ、強制させられるわけですから、法案は明らかに自己負罪拒否特権侵害に当たると考えます。
 次に、ビデオリンク方式による証人尋問について、まず根源的な問題点として、ビデオリンク証言等は証人審問権を侵害するおそれが強いということを確認しておきたいと思います。
 証人は被告人と物理的に対面せずに済むことによって真摯な証言を期待しにくくなりますし、被告人、弁護人も、裁判所も、証人の態度を観察して心証形成や反対尋問の手掛かりにすることができにくくなります。別空間で尋問を受けるということは、それだけで緊張感が薄れた状態で証言するということを許すことであり、証人にごまかしや言い逃れをする余裕を与えてしまいます。反対尋問の効果を著しくそぐおそれが強いビデオリンク証言は、証人審問権の侵害に直結しかねません。
 この点、法制審議会の委員、幹事及び法務省からは、弁護人が証人を見ながら尋問できるから証人審問権の侵害に当たらない旨の説明が繰り返されています。
 しかし、先ほど述べたとおり、証人審問権の本質はその点だけにあるのではありません。証人が被告人の目を見て証言をするという対面権保障の点がこれまでの議論ではすっぽりと抜け落ちているのではないかとの疑問が生じざるを得ないのです。
 第二に、ビデオリンク証人尋問に関して、法案が掲げている要件にも極めて大きな問題があります。
 まず、法案では、国外に所在する証人に対するビデオリンク方式による証人尋問は認められていません。これは、法制審議会等において、国外で偽証されると、偽証罪で起訴しても公判への出頭を確保できないし、偽証罪の犯罪事実を立証するための証拠も収集できないので、偽証罪による威嚇効果が働かず、事実認定を誤らせるおそれが強いとして導入に反対する意見が出されたためです。
 ところが、法案は一方で、被告人以外の者の供述を録取した電磁的記録等の証拠能力について提案をしております。そこでは、刑事訴訟法三百二十一条一項二号の検察官の面前について、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話することのできる方法による場合を含むと規定されています。この提案は、要するに検察官がオンライン取調べで作成した二号書面にも伝聞例外を認めるという内容です。また、同三号でも電磁的記録が含まれることが提案されており、警察官がオンライン取調べで作成した三号書面にも伝聞例外を認める内容のように読めます。
 そして、重要であるのは、このオンライン取調べは、国内に所在する対象者に限定されないということです。つまり、法案では、国外所在証人については幅広く捜査機関によるオンライン取調べを行って供述調書を作成する一方、ビデオリンク方式証言については国内にいないという理由で拒絶をした上で、オンラインで作成した供述調書を供述不能による伝聞例外として提出することが予定されているのです。
 この点は、既に法制審議会において弁護士委員が、外国に所在するオンライン取調べをして作成した供述調書も偽証罪の威嚇効果は働かないし、信用性を評価する材料も収集できないから採用することに疑義が生じるはずだというふうに指摘をしていましたけれども、この指摘は完全に黙殺された格好になっています。
 さらに、刑事施設や少年院に収容されている証人のビデオリンク方式による証言は認めるべきではないと言えます。いろいろな限定要件が掛けられておりますけれども、被疑者の場合に法案が定める限定要件が厳格に守られることは期待できないと言わざるを得ません。しかも、被収容者は共犯者的立場の証人であることも少なくなく、一層対面での十分な反対尋問の機会を保障する必要性が高いにもかかわらず、法案ではその点に対する配慮も行われていません。逆に言えば、本要件は、共犯者的立場の証人の証言を切り崩されることを妨害する目的で検察官が悪用する危険を否定することができず、極めて問題が大きいと言わざるを得ません。
 最後に、今回の法案全体を通じた問題点を指摘したいと思います。
 本日私が指摘した問題点は、確かに今回の法案で初めて出現した問題ではありません。ビデオリンク方式の証人尋問は現在でも一定の要件の下で認められていますし、差押情報の特定性が弛緩するという問題も、現行法の刑訴法九十九条の二による記録命令付差押えにも同様に存在していたと言えます。そして、電磁的記録提供命令については、法案審議の中で再三、令状を発付する裁判官が特定性について厳格に審査するので被疑事実に関連しない情報が無限定的に収集されることにはならないと説明されています。
 しかし、私が最も問いたいのは、今回新たにビデオリンク方式での証人尋問の拡充や電磁的記録提供命令の新設を提案するに当たり、従来指摘されてきた理論的問題や令状実務の問題点についてきちんと検証した上で法案が提出されるに至ったのだろうかという点です。
 この点に関して、今回の法案では通信傍受の対象犯罪の拡大も提案されています。しかしながら、毎年国会に報告されている通信傍受の実施状況から算出をしていただければ分かるとおり、二〇〇二年以来、傍受令状が発付された事件において傍受された通話のうち無関係通話の比率は約八五%に達し、回数でいえば十九万回以上に及んでいます。逆に言えば、傍受令状に基づいて傍受された通信のうち犯罪関連通信は一五%にすぎません。
 これで果たして厳格な令状審査が行われていると言えるのか。少なくとも厳密な検証が必要なはずですけれども、今回の立法提案に際し、理論的問題点に際しても、令状実務の問題点についても、そのようなプロセスを経たとは言い難いように思います。
 法案全体に対する姿勢についてこのような根本的な疑問があることを指摘して、私の意見とさせていただきます。
 御清聴ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 渕野貴生

speaker_id: 18425

日付: 2025-05-08

院: 参議院

会議名: 法務委員会