加田裕之の発言 (予算委員会)
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○加田裕之君 自由民主党の加田裕之でございます。
本日は、質問の機会をいただきまして、本当にありがとうございます。
今年は、阪神・淡路大震災からちょうど三十年、私自身が政治を志した原点の年でもございます。震災後、国内はもちろん、海外からも温かい支援をいただきました。今年は、四月には大阪・関西万博、そしてTICAD9など、海外の交流が盛んとなる年でもございます。
ここで、改めて国内外からの多くの支援に感謝の思いを伝えるとともに、減災や防災に係る日本独自の災害語り部を発信することは、外交上のソフトパワー、そして、ひいてはパブリックディプロマシー、対市民外交につながると考えられることから、災害の記憶や教訓を伝える語り部について質問をさせていただきたいと思います。
まず、阪神・淡路大震災以降、兵庫県では、国からの支援を得ながら国際防災協力活動が開始され、その一つに、被災の経験と教訓を世界に発信することを通じた減災への貢献がある。で、阪神・淡路大震災記念の人と防災未来センターのTeLL―Net、世界災害語り継ぎフォーラムでは、各国の災害博物館との連携が行われております。
ここで重要になるのが災害の語り部で、人による被災、復興の経験とその教訓の発信は、目に見えぬ力と魅力によりましてソフトパワーとなっております。兵庫県におきましては、三十年、阪神・淡路大震災からたつんですけれども、今でも十代から八十代を超える人々が、東日本大震災、熊本地震の被災地でも語り部活動に取り組んでおられます。
世界津波の日というのがありますが、日本の国連総会提案によりまして国際的な防災の日となって十年がたちます。日本語の津波がアルファベットでTSUNAMIとして世界中で用いられますのは、一九四六年四月一日にハワイ島のヒロを襲った大津波を日系アメリカ人がツナミと叫んだことから由来とされまして、それは太平洋の安全を監視するアメリカのハワイのパシフィック・ツナミ・ウォーニング・センターという名称にもつながっております。
国外を見ますと、東日本大震災前の二月二十二日に発生し、日本人二十八名が犠牲となりましたニュージーランド・カンタベリー地震被災地、クライストチャーチ市は、災害博物館のクエーク・シティー・ミュージアムが設立され、カンタベリー大学のCEISMIC、デジタルライブラリーには災害体験者が語る映像等が公開されています。
そのカンタベリー大学から神戸大学都市安全研究センターへ招聘されたローズマリー・ドゥ・プレシス客員教授は、阪神・淡路大震災、東日本大震災の被災地を二か月間にわたりまして調査をし、日本の災害の語り部文化は、体験を語り継ぎながら次の防災・減災活動につないでいて、それを使命とするのは個人だけでなく団体の形で取り組んでいるのが特徴的であると述べられております。
また、イタリアのフラビア・フルコ博士は、日本の災害語り部、語り継ぎを研究し、語り部をアルファベットでKATARIBEという形で英訳した上で、他言語で語れる国内の災害の語り部を増やし海外の被災地とつながることが大切であると指摘しております。このように、災害の語り部は、ディザスターカタリベとして、世界に、世界語になり得ることがあります。
災害の記憶や教訓を人から人へ伝えまして防災・減災力に寄与する災害の語り部を、災害が多発する海外諸国へ積極的に発信し、我が国の外交上のソフトパワーとして活用すべきだと私は考えますが、石破総理のまず御所見をお伺いしたいと思います。