酒井啓亘の発言 (外交・安全保障に関する調査会)

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○参考人(酒井啓亘君) 御紹介いただきました早稲田大学の酒井啓亘と申します。このような機会を与えていただき、感謝申し上げます。
 ここでは、ロシア・ウクライナ戦争に係る国際法上の論点について概括的に確認するとともに、こうした状況が現代の国際法秩序にいかなる影響をもたらし得るか、そして、それが、それに対して我が国がいかに対応すべきかについて私見を申し上げたいというふうに思います。
 ロシアがウクライナに対して行った軍事活動に関する国際法上の評価については既に多くの論考が公にされておりまして、そのほとんどはロシアの行動が国際法上違法であるということで一致しています。ここで改めて詳述する必要はないと考えますので、ごく簡単に内容を確認しておくだけにいたします。
 二〇二二年二月二十四日に開始されたロシアによる特別軍事作戦というのは、実際にはロシア軍がウクライナ領域に侵攻し、ウクライナの主権や領土保全を侵害する違法な武力行使であるということは明らかでありました。国連総会も、その後、三月二日に、この軍事活動がロシア連邦によるウクライナへの侵略であり、国連憲章二条四項に規定される武力行使禁止原則に違反する行為であるとして、ロシアを非難する決議を採択しています。
 この点での国際法上の評価は多くの識者も一致しています。ロシア政府でさえ、この軍事活動が国際法上違法であるということを前提として、例えば、国連憲章五十一条に基づき、個別的自衛権や集団的自衛権などを援用して、その違法性を阻却する事由に該当することを主張しているわけです。しかし、そうした違法性阻却事由もそれぞれの要件を充足するものとは言えず、その主張が妥当であると言うことは困難であると言わざるを得ません。
 ここで重要なのは、国際法上の評価というのはそれぞれの個別の行為ごとに行われなければならず、ならないということでありまして、ロシアによるウクライナ侵攻の背景にどのような政治的背景があるにせよ、その軍事活動自体を国際法上の関連規則に照らして法的に評価しなければならないということだろうと国際法の観点からは思うわけであります。
 次に、ロシア・ウクライナ戦争における国際人道法の適用についてもお話をしたいと思います。
 二ページのレジュメでいうと下になりますけれども、国際人道法規則というのは武力紛争法とも呼ばれ、武力紛争中において適用される武力規制に関する国際法規則に該当します。
 この国際人道法規則の特徴の一つは、武力紛争が発生したその端緒となる武力行使が国際法上合法か否かにかかわらず、その結果として生じた武力紛争の当事国間では国際人道法は平等に適用されるということが重要とされています。したがって、ロシアによる最初の武力行使が国際法上違法であるとしても、まあ違法だと考えられますが、それによって生じたこの戦争という武力紛争の中では、その当事国であるロシアもウクライナも共に国際人道法規則を遵守しなければならないということになっています。これが平等適用と、国際人道法の平等適用と呼ばれるものであります。
 国際人道法は、戦闘員と文民を区別し、軍事目標と民用物を区別することを大前提としています。そして、文民や民用物に対する攻撃を禁止するというのがルールであります。したがって、都市全体への無差別砲撃や、病院、学校への攻撃、文民の過度な損害を伴う攻撃などが禁止されることになります。また、捕虜の虐待禁止も国際人道法の重要な規則の一つです。こうした規則は、一九四九年のジュネーブ諸条約や一九七七年のジュネーブ諸条約第一追加議定書などに明文化されており、その締約国となっているロシアにも、そしてウクライナにも適用されて、それぞれの活動につき条約違反が問われています。
 なお、この戦争では、ドローンなどAIも駆使した敵対行為やデジタル空間を通じたサイバー攻撃が頻繁に行われたことでも注目されており、この点での国際人道法規則の充実が焦眉の課題というふうになっています。
 こうした国際人道法違反については、ジュネーブ諸条約やその追加議定書の重大な違反とされた場合に条約締約国の国内裁判所でその問題が裁かれるということになりますし、戦争犯罪などについては、国際刑事裁判所、ICCが裁判権を有する場合にその行為者を裁くことができるというふうに考えられています。
 この戦争では、二〇一四年以降のウクライナ国内での事件について、ウクライナ自身がICC、国際刑事裁判所の裁判管轄権を受諾する宣言を行っていますので、ロシアの軍事活動についてICCの検察官の捜査が及ぶということになります。実際にも、二〇二四年三月十七日には、プーチン大統領に対して児童の強制移動などの容疑で戦争犯罪についての逮捕状が発出されています。しかし、その身柄を強制的に確保する手段が残念ながらICCにはありません。結局のところ、容疑者は自国国内で通常どおりの活動を行うことができてしまうという結果になっています。
 こうしたロシアの違法行為に対して、ウクライナが国際法に基づいて行った対応と、これに対する国際社会の支援について次に申し上げたいと、確認したいというふうに思います。三ページの真ん中以下ということになります。
 ここでは、二つに、今申し上げたように、ウクライナの行為と、それから国際社会の支援というふうに、二つに分けて考えたいというふうに思います。
 まず、当然のことではありますが、ロシアによる直接の侵略行為に対するウクライナの対応というのがあります。
 自国の領域内に外国軍隊が侵入し武力行使を行った場合には、一九七四年に国連総会決議として採択された侵略の決議、侵略の定義に関する決議があり、その第三条によれば侵略行為に該当するというふうに考えられます。侵略行為は、単なる武力の行使にとどまらず、武力行使の最も重大な形態となる武力攻撃を伴うものと考えられます。
 先ほども申し上げましたとおり、国連憲章五十一条によると、相手国からの武力攻撃が発生した場合に個別的自衛権を発動することができるというふうにされておりますので、本件についても、ウクライナが個別的自衛権を行使してロシアの侵略行為に対抗することが可能というふうに法的には考えられています。実際にそのような主張が行われているわけです。
 また、ウクライナは、自衛権の行使と並行して、国際司法裁判所、ICJにロシアを相手取って提訴しています。国際裁判では、両当事者の、紛争当事者両方の同意があって初めて裁判を行うことができるというふうにされています。この点が国内裁判とは違うわけですけれども、本件では、ロシアもウクライナもジェノサイド条約という条約の締約国になっていて、その裁判条項を利用してウクライナが国際司法裁判所に紛争を付託したと、一方的に付託したということになっています。
 これまでICJは、暫定措置命令、それから訴訟参加命令、そして先決的抗弁判決がそれぞれ下されています。この点については、また御質問があればお答えしたいというふうに思います。
 また、国際社会からは、特に欧米諸国を中心として軍事的支援、それから経済的支援、それから、この紛争に非常に顕著で特異な特徴を持つわけですけれども、先ほど申し上げたウクライナによるICJへの一方的付託に対して、それを側面から支援する行動が欧米諸国を中心に行われているということもあります。これは、四ページの上のところに書きましたけれども、法律的紛争が国際司法裁判所で解決されるというために、ウクライナを支援するために欧米諸国が中心となって訴訟参加を行うというようなことが行われているわけです。この点についても、もし御質問があれば改めてお答えをしたいというふうに思います。
 この戦争が国際法秩序にもたらす影響について少し申し上げておきたいというふうに思います。
 そのためには、国際社会における国際法の位置付けを理解しておくことが必要だろうというふうに考えられます。
 基本的に、国際法は国際社会における主要なアクターである主権国家の合意によって形成されます。そして、その内容に同意した同じ主権国家によって履行を実施されるところにその最大の特徴があるわけです。つまり、国際法というのは、主権国家が自らのためにその内容を形成し、そして自らのためにその内容を実施するというものなわけです。自ら作って、自らそれを実施するということなわけですね。
 このため、往々にして国際法というのは、国内社会における集権的な強制執行機関がない国際社会において、主権国家により自由に破られるもの、遵守されなくても当然のものというふうに考えられがちであります。しかし、国家というのは、自己の利益、それが短期的か、あるいは中長期的かにもよりますけれども、いずれにしても、自国の利益に適合する場合には、そしてその限りにおいて主権国家はその国際法規則を遵守する、そしてそれが主権国家により国際法が遵守される実効性の根拠というふうにされてきたわけであります。
 しかし、現在は、それとは異なる契機が国際社会において出現しているということにも留意しなければなりません。二十世紀初めくらいから現在に至るまで、国際社会が成熟していくにつれて、主権国家の国益とは区別される国際社会そのものについての法益も認識され、それを保護するための国際法規則も発展していく過程にあるからであります。
 そして、その過程において、国際法秩序には、国家間の合意による逸脱を許さない法原則、いわゆる強行規範というものが登場いたしました。また、主権国家が条約締約国など特定の国家に対して負う義務だけではなく、国際社会全体に対して負う義務、すなわち対世的義務というものも認識されるようになってきたわけであります。中でも、侵略の禁止というのは先ほど申し上げた強行規範の一例とされていて、関係国の合意、条約などでは逸脱できない最重要の規範の一つというふうに考えられているわけです。
 今回のロシアによるウクライナへの軍事活動は、国際法の発展を目に見える形で発展させてきたこの強行規範というものをないがしろにするという結果になっています。この点は少なくとも次の二つの点に留意しなければならないであろうというふうに考えられます。
 第一に、ロシア自身も、自らに適用される武力行使禁止原則あるいは領土保全原則、侵略の禁止といった国際法上の基本原則の存在とその適用自体は否定していないということであります。すなわち、ロシアの軍事活動は強行規範に違反する行為ですが、ロシア自身も、侵略の禁止や武力行使禁止原則といった国際法規則を否定したわけではなく、その存在を肯定した上で、個別的、集団的自衛権の行使など違法性阻却事由で自らの行為の正当化を図っている、この点は重要かと思われます。
 しかし、第二に、特に国家の安全保障が関係する場合、こうした国際社会全体の利益とそれを保護するための諸規則が容易に軽視されやすいという状況が生じることは否めません。
 侵略行為による領域の取得、すなわち武力による併合は国際法上禁止されており、国際社会はその法的効果を否定するためにその状況を承認してはならないというルールを作っています。すなわち、強行規範の重大な違反の効果を考えた場合、侵略行為を行ったロシアにウクライナの領域を移転させるということは国際法上禁止されているということなのですが、この点が果たして法の予定するような形で実現する現実世界となっているかということが現在問題となっており、現代国際法が直面する困難の一つというふうになっているわけであります。
 こうしたロシア・ウクライナ戦争の現状を踏まえた上で、国際法の観点から指摘できる今後の課題や問題について二点申し上げたいというふうに思います。
 五ページ目の三のところに入りますが、第一に、戦争終結に向けた交渉の結果として、違法な手段によって行われた領域の取得が可能とされることを国際法に照らしてどのように考えるかということであります。
 トランプ政権となり、アメリカとロシアの間で和平交渉あるいは停戦交渉が行われる報道がありますけれども、ここでは二点だけ指摘しておきたいというふうに思います。一つは、紛争当事者の一方であるウクライナがその過程に正式には関与しない可能性があるということです。もう一つは、和平交渉あるいは停戦交渉の対象として、かつてウクライナの領土であった地域の一部がロシアの違法な武力行使、侵略行為によってロシアに移転されること、その事態の効果であります。
 前者のウクライナの立場については、ウクライナ政府の意図に反する和平案あるいは停戦案がアメリカとロシアの間で仮に合意され、それをウクライナに押し付けて和平合意、停戦合意が締結されざるを得なくなるという事態も想定されます。それは、ウクライナ政府、あるいはウクライナという国家の意思に反して、強制により条約の締結を求められるということにもなりかねません。このことは、ウクライナの代表に対する強制であれば、ウィーン条約法条約という国際法規則の中でも五十一条に規定されている国の代表者に対する強制に該当するおそれが出てきますし、ウクライナが合意内容を受諾しなければロシアが軍事活動を継続する、あるいは核を使うというような威嚇を行うということで、これも条約法条約五十二条に言う武力による威嚇又は武力の行使による国に対する強制に当てはまるかもしれません。
 いずれにおいても、こうした事項に該当するのだとすれば、問題となる条約あるいは合意の無効原因事由となり得ます。すなわち、和平合意、停戦合意を法的拘束力ある条約として確定しようとしても、それが無効となる可能性があるということであります。
 さらに、移転の対象となる領域に居住するウクライナ人民の意図にも考慮がなされなければなりません。ウクライナ人民の真正な意思を確認する必要があり、これをないがしろにすればウクライナ人民の自決権の侵害につながるおそれも出てきます。
 もう一つのロシアによる侵略行為を通じた領域の取得が正当化されるかどうかという点でありますが、これは、さきに述べたとおり、侵略の禁止という強行規範に違反するロシアの軍事活動の結果、すなわち武力による領域の取得というのは国際社会全体に対する義務に違反する行為ということになりますし、国際社会を構成する主権国家はその法的効果を承認しない法的義務を負うというふうにされています。そうだとすると、仮に紛争当事者であるウクライナがそうした領域移転を条件としてのんで和平合意、停戦合意を受け入れたとしても、国際社会としてはそれを認めてはならないということにもなりかねません。
 もし、関係当事者のみで領域移転が受諾され、これに対して他の諸国から唱えられる異議が受け入れられないとすると、これまで現代国際法において発展してきた強行規範概念とその違反行為の法的効果に対する重大な疑念というものが生じることになるわけであります。
 こうした状況において、我が国が領域移転を含む和平合意、停戦合意の締結に賛意を表明するということは、外交上の選択肢としてはもちろんあり得ます。無辜の人民を救うために、無辜の人命を救うために早急に戦闘を停止し和平を達成するという平和を重視する方針を採用し、結果として、そのためにはこれまで国際法で考えられてきた概念やその効果に一定の修正を迫るという行動となることも、これはアメリカとの関係を重視する我が国の外交上の立場からは十分に理解できるところではあります。
 しかし、他方において、そのことにより我が国が、国際法に対する姿勢について、そして国際社会における法の支配に対する自らの役割について、かなりの失望と信頼感の喪失を国際社会から受ける覚悟を引き受けなければなりません。そして、それに見合う外交上の成果をまた求めなければならないという、極めて困難な課題が残されることになるでしょう。
 今後の課題としての第二点として、アメリカによるICCへの制裁措置にいかに対応するかということがあります。これもウクライナを除くアメリカとロシア主導の和平、停戦交渉への対応と同種の問題を含むものではないかというふうに考えられます。
 すなわち、ICCの捜査に協力する個人などに対して制裁措置を科すというアメリカの方針に対して、ICC規程加盟七十九の国・地域がこれに反対する共同声明を明らかにしました。我が国はこの共同声明には距離を置きましたが、それは赤根智子ICC所長の安全を考えたものというふうに言われています。ただ、これにはアメリカへの配慮も排除されないように思われますし、このことは、国際社会における法の支配を体現している機関の一つであるICCとその制度に対する最大の貢献国である我が国が、現実にはその保護の立場に立たないということを意味します。
 アメリカとの協調関係により獲得される外交上、安全保障上の利益はもちろん重要ですけれども、まさにルールに基づく国際秩序、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序と、それに由来する国際社会全体の利益を犠牲にするということになれば、我が国の中長期的な利益が損なわれないことにならないかどうか、国際社会におけるそのプレゼンスを損なうものとはならないかということをきちんと吟味しなければならないように思われます。
 以上のように、ロシア・ウクライナ戦争の国際法上の評価というのは、大国による国際法の軽視にその原因の一端があるとも言え、その結果として国際社会における国際法の役割への不信感が醸成しているということになっています。
 そこで、最後に、そうした現在の状況を踏まえて、より一般的に現代国際法の発展に向けての日本の貢献について触れておきたいというふうに思います。
 ここでは、国際規則の形成と、国際法規則の形成と、その実施の二つの側面に分けて説明いたします。
 まず、我が国の外交には、国際法規則の形成に積極的に参加し、国際社会におけるルールの明確化に寄与することが求められます。国際法規則の形成には、自国の国益の増進を図るという観点が不可欠であり、もちろんそれが当然ではありますが、そのほかに国際社会全体の法益を発展、強化させるための手段の実施に積極的に協力、貢献することもまた重要であります。これには、ジェノサイド条約や各種人権条約の個人通報制度を規定した議定書など重要な国際条約への加入も課題ですが、多数国間条約の成立に向けた交渉への参加とその最終的な批准、加入のほか、慣習国際法規則の形成の端緒となる各種国際機構の活動に積極的に参加することが含まれます。
 また、我が国は、ルールに基づく国際秩序や法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を掲げて、これを推進する立場である以上、そこで想定される法やルールが国際社会全体にとってできる限り納得のいく内容を有するように努力することも求められます。

発言情報

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発言者: 酒井啓亘

speaker_id: 24016

日付: 2025-02-19

院: 参議院

会議名: 外交・安全保障に関する調査会