庄子賢一の発言 (総務委員会)
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○庄子委員 公明党の庄子賢一でございます。
NHKの決算の質疑に入ります前に、来年三・一一で東日本大震災からちょうど十五年を迎えるということでありますし、また、私自身、宮城県で被災を経験した一人といたしまして、災害報道ということについて何点かお尋ねをさせていただきたいというふうに思っています。
宮城県だけではありません。十二都道府県で二万二千三百人もの死者・行方不明者を出し、その後、福島原発で原子力災害があり、いまだに帰還困難区域といって御自分の土地を追われ、全国に散り散りばらばらになっている被災者の方々が自分のふるさとに帰れずにいるという現在進行形の災害でもございます。まだ全く終わっていないという認識でおります。
この東日本大震災のとき、十四年前ですから、今ほどネットとかSNSとかありませんでしたので、今のようなデマ、誤情報というのはさほどではなかったにせよ、やはり原発関連のいろいろな、うわさ話に似た流言は飛び交いました。非常に被災者の方々はそれで御苦労もされたことを今でも私自身も覚えておりますけれども、もしこんな大規模な災害が今起こったらどんなことになっているんだろうと、非常に怖い気がいたします。
近年、自然災害が頻発化し、激甚化をする中で、その都度その都度、その地域の皆様が、生活を追われ、地域コミュニティーは壊れ、また命を奪われ、こんなことを繰り返す中で、私は、災害報道の重要性というのはいよいよ増してきているんじゃないかなというふうに思っている一人であります。
私自身もそうだったんですが、食べるもの、飲むもの、あるいは備蓄、これは平時から、自分自身の問題意識さえあれば、ある程度備えることは可能ですが、しかし、発災直後の混沌とした中で正しい情報を確実に得るというのは、自分だけの努力では到底できません。やはり行政機関と放送機関の確かな情報発信ということを待つ以外にないわけでありまして、そういう意味でも非常に重要になってくるなというふうに思っています。
そこで、災害報道の役割、あるいは災害報道とは何かということを会長に改めて問いたいと思うんですが、これは、関西大学出版部が出した「災害報道とリアリティ」、そういう書籍の中に、こういうふうに定義づけています。一つ、人々の命を救う緊急報道、二つ、人々の命を支える復興報道、三つ、人々の命を守る予防報道、これが災害報道という、三つの定義だというふうに意義づけられておりまして、私も、この考えは全く同感で、こうしたことをもっともっと深掘りをして平時から準備をすることがとても重要だろうというふうに思っています。
今、いろいろな意味で安全保障という言葉が使われます。食料の安全保障もエネルギーの安全保障も、安全保障という言葉を聞かない日はないぐらい。そこで、災害が起きたときに一番大事なのは、自分で備えられるもの以外の、情報、いわゆる情報保障、これが一番大事だというふうに思います。
普通、情報保障というと、聴覚や視覚に障害のある皆様方に的確に情報を届けるという文脈で情報保障という言葉をよく使いますが、大規模災害になったら、障害の有無にかかわらず、全ての被災者、全ての国民に正しい情報が的確に届くという情報保障、これを確立するということが国そして公共放送NHKの重要な使命だというふうに思っております。
そこで、会長に、公共放送として、今後の災害報道のあるべき姿について所見を伺いますとともに、加えて、今申し上げましたように、明年三月、東日本大震災から十五年という節目を迎えますときに、NHKとして、十四年前のこの災害の何をどのように伝えていくべきだというふうにお考えでしょうか。