津村啓介の発言 (文部科学委員会)
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○津村委員 今年は戦後八十年でございます。敗戦後八十年でもございます。この八十年間、日本は、戦後の驚異的な経済復興、日本の奇跡と言われた経済復興、その経済力と、そして、戦後間もなくノーベル賞を受賞された湯川秀樹博士から連なる本年に至るまでアメリカ、イギリス等と並ぶ多くのノーベル賞学者を輩出してきた基礎科学技術力、この二つが、日本が世界から大きな尊敬を集めてきた私は二つの国力の源泉であったというふうに考えております。
そうした中で、昨今、輸出産業に過度に依存した行き過ぎた円安政策によって、日本の通貨価値がこの十五年間で半減をして、日本は経済大国としての地位を大きく脅かされている現状にあります。こうした中、私たち国会議員は、国力のもう一つの源泉である科学技術にしっかりと光を当てて前向きな議論をしていかなければいけない、そういう認識を持っておりますが、その観点から質問させてください。
配付した資料の一枚目、私の先週木曜日に提出させていただいた質問通告の最初のバージョンでございます。
冒頭に書いておりますように、科学技術・イノベーション特別委員会というものがございました。公明党の遠藤乙彦議運理事の提案で、二〇一一年、当時民主党政権期ですが、科学技術・イノベーション特別委員会が設置をされました。しかし、三年ほど前に、日本維新の会さんのいわゆる身を切る改革の議論の中で、特別委員会の数が多いのではないか、減らすことができるのではないかという議論の中で、科学技術特別委員会がターゲットになり、廃止をされました。今回、連立の組替えも起きていますけれども、科学技術政策の軽視の流れが加速することを強く危惧しております。
一枚おめくりください。これまでの特別委員会の系譜をチャートにしたものでございます。
二〇〇一年の省庁再編によって、文教委員会と科学技術委員会が文部科学委員会になりました。その後、右下に四角であるように、十一年間、科学技術・イノベーション推進特別委員会がございましたけれども、三年前に廃止されたのは先ほど述べたとおりです。
私の偏った見方であってはいけませんので、まず委員部長に質問させていただきます。科学技術特別委員会の設置及び廃止の経緯について、簡単に御説明ください。