荒井優の発言 (文部科学委員会)
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○荒井委員 ありがとうございます。
ちょっと戻っちゃいますけれども、二百二十ページの中ぐらいに、命令文のことについてまさに小林さんが書いているわけですね。命令文で相手の行動を変えることはできないということを書かれています。
多分、ここに突き詰まるんじゃないかと思っていて、学校ではよく、指導する、指導という言葉が、学習指導要領の指導もそうですが、学校現場でも、指導しましたみたいなことを、指導しておきましたと、たくさん使われるわけですが、でも、それは、よくよく聞くと命令文に近いような形のような気もするんです。
彼女の視点からするとそれを命令文というふうに書いているかと思いますが、やはり上から物事を変えようとするその姿勢というものが、実は、子供たちが自発的に成長していく、もっと言うと、先生たちが自発的に活動していくことをやはり阻害してきているんじゃないかというふうに思いますので、是非、望月さんを含めて文科省の皆さんにはしっかり今後もいい文科行政を進めていっていただきたいというふうに思っております。
時間がまだありますので、二百三十二ページの最後のところですね。
今、世の中が、これは世界中ですけれども、違いを認めない社会になりつつあるというふうに思っていますが、本来、学校というところは、ここで小林さんも書いていますが、まさに違うということを知れる場所なんだということを書かれているわけです。つまり、違う人たちが集まって一緒に学んでいる、これを子供の時代から経験することで、その違いをお互いに認め合うということをみんな学んでいくんだというふうに思っています。
今こそ、こういう学校というものの重要性が非常に必要なんじゃないかというふうに思っていますし、これは否定することはもちろんないとは思うんですが、是非、文部科学省として、違いを認める意味での学校の意義というのを改めてお伝えいただきたいと思います。