内山こうの発言 (文部科学委員会)

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○内山委員 不登校の方が自宅でデジタルで受けられるから学校に行かなくてもいいんじゃないかというような世論が広がるのは私も懸念をしておりますから、そういうのは、また今後、議論をさせていただきたいと思います。
 デジタルの最後に、世間では紙かデジタルかという極端な二項対立で語られがちですが、議論すべきはそこではないと思っています。
 私も、紙で育った世代ですから、紙のよさもよく分かっているつもりです。自分で書いた数学の途中式、答えは間違っていますが、自分のプロセスのどこが間違っているのか分からない、答えの方が間違っているんじゃないか。じっくりと式を見詰めて考えている時間は思考力の向上に寄与したものだと、今になっても感じています。
 画面のスクロールは、子供の思考の軌跡を消し去り、じっくり立ち止まる熟考力を奪うという認知科学的なリスクが指摘されている一方、デジタルには、個別最適な学びの効率性、紙では表現できない問題や入試の新しい在り方という圧倒的な強みがあります。
 デジタルを文房具として使いこなしつつ、紙が持つ空間的俯瞰力や深い思考力も守り抜く。文科省として、この双方の強みを掛け合わせた日本の教育のグランドデザインをどう描くのか。ベストミックスという表現を文科省はしますが、具体的にどういうベストミックスなのか、現場が混乱しないようにしっかりと示すべきだと思います。
 私が考える基準は三点。第一に、学習の目的による基準。検索やドリル、動画や音声による動的な学びにはデジタル、じっくりと立ち止まって深く考える熟考力、思考の軌跡を振り返るメタ認知は紙。第二に、子供の発達段階による基準。よく議論されていますが、小学生は紙を基本としつつ、中学生以上からはグラデーションしていくというもの。第三に、教科の特性。言語を深く扱う国語や論理を積み上げる数学、あるいは音声や実験を伴う理科といった基準。
 四十五分授業で紙とデジタルを行ったり来たりするのかも踏まえて、具体的なベストミックスを、現場に投げるのではなく、早期に示すべきで、次期学習指導要領の改訂や教員研修のコアカリキュラムとして国が正式に義務づけるべきではないかと思いますが、文科省の教育観を含めて、お伺いしたいと思います。

発言情報

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発言者: 内山こう

日付: 2026-06-24

院: 衆議院

会議名: 文部科学委員会