神保謙の発言 (国際問題に関する調査会)
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○参考人(神保謙君) 御質問ありがとうございました。
先ほど田中均参考人からもお話がありましたとおり、二十世紀の国際法の歴史というのは、戦争をいかに違法化していくのか。一八九九年のハーグ陸戦条約から一九二九年の様々なこの取組、そしてケロッグ・ブリアンですね、そして一九四五年、戦争が終わってようやく国連憲章ができ、その中で、この加盟国は基本的に戦争の違法化ということの原則に同意をして入ると。ただし、そこには例外があって、第一の例外は、憲章五十一条の個別的及び集団的自衛権の行使は、これは武力の行使のその違法化のカテゴリーに入らないということと、二つ目は、その国連七章で広く定義された集団安全保障の枠組み、当然、国連成立時の国連軍の制定とかその運用はいろんな意味で難しかったので、それでも安保理がそこで授権をする、安保理の合意を通じた授権をしながら武力を動員するという、こういう仕組みになっているんだと思います。
九〇年代の後半に、じゃ、例えばNATOのコソボ介入がこうした合法性に該当するのか、恐らくこういった場でももう真剣に討議したと思うんですね。その中でも、例えばジェノサイドが起きているとか、一般国際法の様々なこの類型に関して国連安保理が十分に機能しないと言われる場所でも何らかの国際法の根拠を持ってこの強制力というものを考えていこうと、国際法条理においては必ずしも結論が出ていない問題ですけれども、そのようなことが議論されてきたというのが国際法を尊重する安全保障の歴史だったように思います。
今の、鈴木会長がおっしゃられたアメリカのこの今回のイラン攻撃がこうした国際法の正当性、合法性に該当するかということに関して、私自身はもちろん国際法の専門家ではないので断定することはできませんけれども、解釈としてその合法性は極めて疑わしいというふうに思っているわけでございます。
無理やり解釈すれば、それは一定の、イランを、いわゆるこの国家の方向性や、そして軍事力からいって自衛権の必要性が生じたみたいな解釈というのはできるかもしれませんけれども、ただこれも、自衛権はその様々な国際法解釈においてかなり限定的に定義をされ、その切迫性であったり、仮にその対応するときの比例原則であったり、そういったものがいろいろ言われてきたという点においても、なかなかこれまで議論したフレームワークとアメリカの軍事介入というものがしっかり当てはまるという状態にはないという、こういう解釈で捉えているところでございます。