後藤翔太の発言 (文教科学委員会)

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後藤翔太君 参政党の後藤翔太でございます。よろしくお願いいたします。
 私は、五月二十九日の本会議で、デジタル教科書に関する議論が不足していることを指摘いたしました。本日の文教科学委員会では、この点について、更に具体的な内容、制度設計に関する議論を深掘りしたいと考えます。
 まず、我が国の公教育を振り返ると、教育の内容に関しては、自由と統制のバランスに苦慮してきたことが分かります。一九八三年の中教審答申、教科書の在り方については、教科書が、児童生徒に国民として必要な基礎的、基本的な教育内容の履修を保障するものであり、児童生徒として、児童生徒に国民として不可欠な教育内容を確実に身に付けさせる基本的な教材であると述べ、教科書のもたらす教育内容の水平的平等を評価しています。特に教科書問題は、記載内容に関して、教育内容の全国の水平的平等を前提としつつも、その中でどの程度違いを認めるかが常に争点であったと言えると思います。これは、教科書の内容を軸にした議論です。
 配付資料の一を御覧いただければと思います。
 これまでの教科書の内容ですけれども、自由に教科書を選択できた時代、教科書検定が導入された時代、教科書を国が作成、発行した時代、そして、教科書検定制度が復活して現在まで続いています。
 教科書の内容を軸にした議論では、学習指導要領と教科書検定によって内容の違いが一定にとどめられ、教科書発行者の創意工夫と教育内容の水平的平等の共存が図られているというふうに考えます。
 その上で、本改正法案は、教科書を紙に限定する規定を削除するもので、文部科学省の資料では、これによって、紙、デジタル、紙とデジタルのハイブリッドの三選択、三類型を選択できるようになったとされています。これは教科書の媒体を軸にした議論で、従来の内容を軸にした議論をより複雑なものにしたというふうに考えます。
 二〇二一年のいわゆる令和の日本型学校教育答申では、主体的、対話的で深い学びを実現するための手段として、ICTの効果的活用による個別最適な学びの重要性が強調されています。媒体としての教科書の多様性が広がることは、個別最適な学びに資する可能性がある一方で、教育体験の水平的平等は弱まるおそれがあるというふうに考えます。
 ここで、文部科学省の政府参考人に伺いたいと思いますが、教科書の媒体を軸にした議論においても、個別最適な学びと協働的な学びの両輪があるように、この自由と統制のバランスを確保することが求められるというふうに思いますが、そこで、媒体軸においても内容軸の議論における学習指導要領や教科書検定基準に相当する制度を考える必要があると思いますが、いかがでしょうか。

発言情報

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発言者: 後藤翔太

日付: 2026-06-09

院: 参議院

会議名: 文教科学委員会