後藤翔太の発言 (文教科学委員会)

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後藤翔太君 参政党の後藤翔太でございます。
 会派を代表し、本法案に反対の立場から討論いたします。
 前提として、私は、デジタル教科書の可能性を否定し、紙に固執しているわけではありません。本法案は、教科書を紙に限定する規定を削除するものにすぎず、直ちに教科書が、紙の教科書が氾濫、失礼しました、直ちにデジタル教科書が氾濫するわけではないことも理解しています。
 具体的な運用は現行法でも学習指導要領と検定基準に委ねられ、大臣指針も成立後に示されるといいます。ただ、私は、まさにそれにこそ制度設計をめぐる議論の不十分さが現れていると考えます。
 これまでの学習者用デジタル教科書は、紙と同一の内容をデジタル化した教科書しかなく、電子書籍やPDFの域を出ないものでした。ですが、デジタル技術には予測困難な無限の可能性があり、紙とは本質的に異なる製品の発展も考えられます。
 具体的に危惧する点を三つ挙げます。
 第一に、教科書の議論は、明治期以降、学習指導要領と検定基準によって内容の自由と統制のバランスが取られてきました。今回、ここに媒体の違いが加わり、議論は一段と複雑になります。しかし、媒体の物差しが必要かどうかの議論は十分ではありません。これは、教科書がもたらしてきた全国での水平的平等を揺るがし、教育体験の格差を拡大させるおそれがあります。
 第二に、デジタル教科書は、もはや本ではなく、ハードとソフトで構成される情報システムです。学習ログの取扱い、継続的な更新の管理、サイバーセキュリティーの確保など、製品に主眼を置いた規制の設計が必要です。医薬品や医療機器の承認、変更管理の仕組みが参考になるはずですが、そうした議論がまだ足りていないと考えます。
 第三に、教育現場の受入れ準備です。デジタル教科書は電気やネットワークを必要とし、その準備状況には地域差があるのではないでしょうか。災害時の継続も従来のようにはいかず、教員にも従来とは異なる準備が求められます。これは、かつてデジタルデバイドと呼ばれた問題にも重なります。
 教科書は、学級の中だけではなく、全国での協働的な学び、言わば学びの体験の共有にも大きな役割を果たしてきました。その多様性をどうコントロールするのか、制度設計が不十分なまま児童生徒の環境を変えることは慎重であるべきだと考えます。
 議論はまだ不十分であり、まだ我々は児童生徒の未来に責任を負える状況にはないと考えます。ゆえに、本法案には反対いたします。
 機会をいただき、ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 後藤翔太

日付: 2026-06-09

院: 参議院

会議名: 文教科学委員会