大西誠一郎 に関する国会発言

← 検索ページへ

147件  /  8ページ  /  1 ページ目

1974-05-28 大西誠一郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) 自衛隊の操縦教育の機関、学校、あるいは部隊を運輸省の航空法の第二十九条の養成施設として指定を受けるために、学校で行なっておりますところの教育の科目とかあるいは教育時間、または教官の能力、それから技能診査員等の新設というような条件がございますので、昨年来そういう条件を整備をしてまいりまして、ほぼ現段階において整いましたので、これからその内容につきまして運輸省の認定を受けるという段階でございます。それからどのくら

1974-04-23 大西誠一郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) MSA協定の第一条に書いてありますような細目取りきめというものは、教育についてはございません。個別に、そのつどアメリカ側と相談をして、留学あるいは研修を実施をするということをやってきております。

1974-04-23 大西誠一郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) MSAの援助は、昭和三十七年から教育に関しましては先細りになりまして、四十二年で教育に関する無償援助は打ち切られました。したがいまして、四十三年以降はすべて自前でございます。ただ形式は、FMSという形式にのっとりますが、授業料その他の経費はすべて、これは米国以外の国にも出しておりますけれども、それと同じような扱いで、わが国の全額負担というふうになっております。

1974-04-23 大西誠一郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) 先ほど先生が陸幕の公報でお読み上げになりましたように、自衛隊から相当数の幹部が米国に留学いたしておりますが、その目的は、大別いたしますと、第一は、職種とか職域についての最新の知識を導入すること。それから第二は、最新の戦術、指揮運用関係の思想を勉強する。第三番目は、ターターとか、あるいはナイキの要員の一部の教育関係で、わが国でやりますと非常に経費がかかって効率が悪いというようなものについての教育。第四番目は、一

1974-04-23 大西誠一郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) 何ぶんにも古いことでございますから、一人一人当たって私が確認をしておりません。陸幕の関係者に聞いたところでは、いま私が申し上げましたようにレンジャーとか、あるいは心理戦とか、あるいはそれに関連をしてゲリラ戦というようなものについての基本的な知識を修得をしてきたということでございます。

1974-04-23 大西誠一郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) 一般的に申しまして、特殊戦の教育の中では、先ほど申し上げましたようにレンジャーとかあるいは心理戦とか、それからゲリラ戦というようなものが取り上げられておるというふうに一般的には聞いております。

1974-04-23 大西誠一郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) 特殊戦というのは、ことばが、特殊という意味はいろんな意味において使われておりますので、これが特殊戦だということを規定することはたいへんむずかしいと思います。そこで、われわれは米空軍のベーシックドクトリンにある特殊戦は何かということはわかりますけれども、防衛庁で定義したものもございませんし、米陸軍で特殊戦とは何かということを定義したものもございませんので、いま私が申し上げました、自衛隊から米軍に派遣をしている、

1974-04-23 大西誠一郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) 米空軍べーシックドクトリンにございますような意味合いでの特殊戦の教育というものについて、自衛隊から米国に派遣したことはございません。先ほど申し上げましたのは、陸上自衛隊から米国の陸軍に派遣をした事例でございまして、これは特殊戦の基礎的な問題、先ほど申し上げましたようにレンジャーとかあるいは心理戦、そういうようなものについての基礎的な知識というものを理解をするというような趣旨で派遣をいたしたわけでございます。

1974-04-23 大西誠一郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) 昭和三十二年ごろから四十年の初めぐらいの間に特殊戦課程に幹部を若干研修のために派遣いたしたことはございます。御承知のように自衛隊ではレンジャーという特技を持っておりますし、また近代戦においては心理作戦というような態様の戦闘もございますので、そういうものについて知識を深めるというような趣旨で派遣をしたわけでございます。

1974-04-05 大西誠一郎 予算委員会第二分科会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) 五月一日のファントムの事故は、パイロットが殉職をいたしましたし、航空機も海没をいたしました。したがいまして、直接物に当たって原因を究明することはきわめて困難でございましたが、事故の目撃者の証言とかあるいは米国の事故例とか航空機の構造等を勘案いたしまして、事故の原因といたしまして、ブリード・エア・ダクトの破損あるいはエンジンの損傷によって燃料系統等が破壊をされ、そして非常な多量の燃料が漏洩をすると、そういうよう

1974-04-05 大西誠一郎 予算委員会第二分科会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) 現在はファントムのパイロットを養成する時期でございまして、第七航空団に三十三機ございますが、この飛行機を使用いたしまして、ただいま申し上げました四十二名のうちの二十数名が、教官パイロットといたしましてパイロットの転換教育を鋭意進めている状況でございます。

1974-04-05 大西誠一郎 予算委員会第二分科会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) ファントムのパイロットの現在員は、昭和四十九年三月末現在で四十二名でございます。で、これは御承知のように昨年五月に事故がございまして、事故の調査及び安全対策のために約三カ月おくれましたので、当初の計画よりも十数名おくれております。

1973-09-26 大西誠一郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) 最近韓国へ出張いたしております人員は、四十六年度七十一名、四十七年度五十六名、四十八年度二十二名でございますが、これは大部分が防衛研修所の研修員が一週間ばかり出張いたしておりますのと、その他の者につきましても、大体その程度の期間の旅行というような実績でございます。

1973-09-26 大西誠一郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) 研修等で短期に旅行をいたしている者は間々ございますが、留学をいたしている者はございません。

1973-09-26 大西誠一郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) 調査隊員で韓国へ留学している者はございません。

1973-09-26 大西誠一郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) 調査学校の卒業生八千五百名と大臣が本会議で御答弁ございましたが、これは昭和二十九年から今日まで、すなわち約二十年間の卒業生でございます。そこで、この学生が現在自衛隊に全部おるわけでございませんで、幹部、陸曹の退職率が毎年三%でございますから、きわめて大まかな計算をいたしますと大体六千名ぐらいおるだろう、しかもその中で約半数が語学の教育を受けた者でございまして、その他が情報プロパーの教育を受けた者でございます。

1973-09-26 大西誠一郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) 調査学校でどのような符牒で呼んでいるか、その辺はわかりませんが、ただいま御質問がございました語学の点でございますが、昭和四十七年度の実績で申しますと、英語が四分の三を占めております、大体百五十名。それで、英語以外の語学といたしましては、ロシア語、中国語、朝鮮語でございますが、それぞれ十名前後というふうになっております。

1973-09-20 大西誠一郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) これは昭和四十五年度の世界一周の遠洋航海中に、当時水測員でございました三等海曹の柴田光男君が、航海の終わりのころの時期に発病いたしまして、だんだん病状が悪化をいたして、アフリカのモンバサというところに上陸をさせて手当てをいたしましたけれども、残念ながらなくなったという事例でございます。  で、その当時の状況を申し上げますと、そのときの遠洋航海の計画は、日数で百四十二日、航海の総航程三万二千八百海里、寄港地十

1973-09-20 大西誠一郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) ただいま御指摘がございました「しれとこ」の青酸薫蒸中に嶋崎一等海士が殉職をいたしました事故がございますが、これは昭和四十七年の三月の四日に横須賀港で輸送艦「しれとこ」の艦内を青酸かるで薫蒸いたしておりましたが、警戒員の配置についておりました嶋崎一等海士が防水とびらを開いて艦内に立ち入ったということで、直ちに捜索、救出をいたしましたけれども、手当てのかいなく青酸ガス中毒で死亡いたしたという経緯でございます。

1973-09-20 大西誠一郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(大西誠一郎君) はい。「かり」は五十九名、「たか」五十七名、「わし」五十六名でございます。