太田一男 に関する国会発言

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1999-07-16 太田一男 内閣委員会 衆議院

太田一男君 アメリカでそういうことに反対して裁判になったケースがございますけれども、国家として考えているかということになりましたら、国歌というのは、もともと国家、権力の側が、言ってみれば押しつけているわけですから、そういうことをやらない国は少ないと思いますね。  ただ、今そういう時代ではなくなってきているのじゃないでしょうか。というか、私は、日本に関して言えば、特に日の丸・君が代は、本当にアジアに対して申しわけないことをしたシンボル

1999-07-16 太田一男 内閣委員会 衆議院

太田一男君 私は、ぜひ皆さんにこの際お考えいただきたいと思うことは、今はあらゆる分野でグローバライゼーションが進んでおりまして、教育を受けて力を得た人たちは世界で羽ばたける時代になっております。そして、その世界で羽ばたいていくときに、裏の現象として何が起こっているかというと、教育から外された力を失った人たちが捨てられていっているという現象が起こっています、棄民と呼んでおりますけれども。今、地域紛争が起こっておる背景には、いわゆる少数者

1999-07-16 太田一男 内閣委員会 衆議院

太田一男君 実は私、ユーゴスラビアの研究をしておる者なんですけれども、紛争が起こる前に、本当におもしろいことに、クロアチアだとかスロベニアだとかセルビアとか、そういうものが急に古いものを引っ張り出してきて、民族主義をあおってきました。  今、日本で起こっているのが、その感じがして仕方ないのですけれども、グローバライゼーションが進むということは、身の回りにいろいろな異質の人たちが来るわけですよね。私たち大和というか日本の人たちは、この

1999-07-16 太田一男 内閣委員会 衆議院

太田一男君 私が一番心配しているのはそのことでして、本当に政治家の方に歴史を見通す力を今発揮してほしいと思うのです。  大日本帝国憲法をつくったときに、まさか神国天皇制国家をつくるとは思ってなかったと思うのです。そして、どういう事実かといったら、天皇の人間宣言をしなければならぬほど日本の国はマインドコントロールにかかったというのは、少なくとも戦前を御存じの方は御存じですね。わざわざ天皇陛下をラジオに引っ張り出して人間宣言をしないと、

1999-07-16 太田一男 内閣委員会 衆議院

太田一男君 小此木さん、本当に考えていただきたいんですけれども、私が大日本帝国憲法の話をしましたのは、その当時の政治家が神国大日本帝国をつくり上げようなんて思っていなかったと思うんですね。ひとり歩きを始めたわけですよね。  小此木さんは御存じないかもしれぬけれども、我々の小学校時代のあの軍国主義の圧力、先生方一人一人がもうどうしようもなくて、言論の自由を奪われて、憲兵の恐怖の中でいく、あれを一夜にしてつくったわけじゃないんですよ。徐

1999-07-16 太田一男 内閣委員会 衆議院

太田一男君 太田でございます。  私は、このたび日本共産党から御推薦を受けましたけれども、お電話をいただいたときに、実はびっくりしまして、私ですかと申し上げたのですけれども、およそ私、今までに共産党とは思想的にも立場の上でも、別に一線を画しておりませんけれども関係がなかったわけでして、この話を申し上げるときに、ぜひ推進していらっしゃる方々に僕は話を聞いてほしい。共産党とは全く独自の立場で話を申し上げますので、先入観で聞かれますと話が

1999-07-16 植竹繁雄 内閣委員会 衆議院

○植竹座長 ありがとうございました。  次に、太田一男君にお願いをいたします。

1999-07-16 植竹繁雄 内閣委員会 衆議院

○植竹座長 これより会議を開きます。  私は、衆議院内閣委員会派遣委員団団長の植竹繁雄でございます。  私がこの会議の座長を務めさせていただきますので、よろしくお願い申し上げます。  この際、派遣委員団を代表いたしまして一言ごあいさつ申し上げます。  皆様御承知のとおり、当委員会では、国旗及び国歌に関する法律案の審査を行っているところであります。  当委員会といたしましては、本案の審査に当たり、国民各界各層の皆様方から御意見を

1999-07-16 植竹繁雄 内閣委員会 衆議院

○植竹委員 北海道及び石川県に派遣されました第二班の委員を代表いたしまして、私からその概要を御報告申し上げます。  派遣委員は、団長として私、植竹繁雄と、小此木八郎君、小島敏男君、矢上雅義君、佐々木秀典君、山元勉君、倉田栄喜君、鰐淵俊之君、児玉健次君、笹木竜三君の十名であります。  北海道における会議は、七月六日、ホテルニューオータニ札幌において開催いたしました。  まず、私から、派遣委員及び意見陳述者の紹介並びに議事運営の順序な

1999-04-15 太田一男 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会 衆議院

太田一男君 ありがとうございました。とても本質的な問いでございまして、私も非常にうれしく思います。  まず、軍事紛争というのは、政府の行為ですよね。それは日常的な政治の積み重ねの上にありますね。テポドンの話だとかこの間の不審船の話で、まるで北朝鮮が日本に攻め込む、軍事攻撃をかけてくるというのは、私は、政治家が口にしたり想定したりすることじゃないと思うのです。少なくとも、ここで考えていらっしゃる制服の方々は、仕事としてこれを考えられて

1999-04-15 太田一男 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会 衆議院

太田一男君 伊藤先生から出されたテーマは、本当にみんなが一生懸命考えてみなければならない大問題だと思うのです。  先ほど、ちょっと提言のところで申させていただきましたけれども、皆さんが時代が変わっているということをおっしゃることは、基本的に、近代の主権国家の関係が構造的に変化を起こしつつあるということなわけですから、憲法原則も含めて、現代的な関係を考えなければいけないということじゃないでしょうか。その意味で、日本の憲法が、近代主権国

1999-04-15 伊藤茂 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会 衆議院

○伊藤(茂)委員 社会民主党の伊藤でございます。  意見陳述の皆様からそれぞれ大変貴重なお話をお伺いさせていただきまして、また、それぞれ何かお伺いしたいなと思う点もございますが、持ち時間が限られておりますので、恐縮ですが、お二人の方に、二問、同じ御質問をさせていただきたいというふうに思います。  お一人は米倉正夫さんに、もうお一人は太田一男先生にお願いをいたします。共通の御質問を二問申し上げます。それぞれのお立場でニュアンスの違いの

1999-04-15 太田一男 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会 衆議院

太田一男君 今後アメリカがどう変わるかというのは期待したいと思うのですけれども、日本とアメリカの軍事同盟体制ができた過程の中で、日本がノーと言えなかったという事実は我々の悲しい現実だと思います。  今言う勇気があるかないかというのは、非常に大事なポイントだと思うのですね。今、言わなければならないときに来ているし、言うことによって、アメリカの正義が社会的に問われてくるだろう。それでもなおアメリカは軍事力でもって日本に無理難題を押しつけ

1999-04-15 太田一男 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会 衆議院

太田一男君 まず第一に、私たち日本という国は、この憲法を制定するときに軍事力によって安全を保障しないという国是を立てました。それは、私は、そういう政治体制がどういうものであるかということをもっとクリアにすべきだと思うのですね。  警察力の限界というものはありますけれども、警察力の限界の中でどこまでそれがやれるんだということ、そして現代の警察力はどうあるべきかということを含めてきちっとしていけば、今出されている課題の多くは答えが出ると

1999-04-15 達増拓也 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会 衆議院

○達増委員 このテーマについては、太田一男さんにも質問をしたいと思います。  領土を武力で自衛しなくていい時代になっているということでありますけれども、それでは、各国が個別に自衛するという話ではなく、国際的に国連のもとでPKO、PKF、あるいは国連決議に基づいた多国籍軍といったものが実際行われているわけですけれども、これについてはどのようにお考えでしょうか。

1999-04-15 太田一男 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会 衆議院

太田一男君 人間の歴史ですから、過去のいろいろな負の遺産を持っていることは確かだと思いますし、地域紛争が起こったときに、現地政府がどういう対応をとるかということ、そしてまた、それに世界のさまざまな勢力がどのようなかかわり方を持つかということが問題なわけです。  今起こっているのは、言うならば武器を提供する勢力、それから現地の政府が割れてしまう、そして武力行使になっているわけですね。そのことの例と、日本が絶対平和主義でいくというのとは

1999-04-15 太田一男 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会 衆議院

太田一男君 非常に悲しいことを言うようにお聞きになるかもしれませんけれども、私は、それはないよりはあった方がいいと思いますので、法案が通るのなら、そのときにはそういう規定ができた方がいいと思いますけれども、実際は何の有効性もなくなるだろうと思いますね。  アメリカが軍事的な行動を起こして、あるいは起こす必然性が出てきて、そして日本をそれに協力させようということで、まだ今までの歴史から、政府が変われば別ですけれども、今までの流れの中で

1999-04-15 太田一男 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会 衆議院

太田一男君 それでは、考えているところを御説明したいと思います。  皆さん、地域紛争のケースとしてユーゴのケースをお挙げになるわけですけれども、あのユーゴの軍隊が民衆を守ったでしょうか。今度の紛争、実は私はずっとつき合いがありまして、ミロシェビッチ御夫妻とも知らないわけじゃありませんけれども、今、ユーゴスラビアのあの実態からして、民族解放武装集団がつくられたということ自体を私は疑問に思っています。  これは政治家が、あるいは軍部が

1999-04-15 太田一男 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会 衆議院

太田一男君 太田でございます。  私は、一人の政治学者といたしまして、この機会に、日本の政治の任に当たっておられます方々と日本の国民の皆様に、今の時代がどういう時代なのかという分析の視座を提供し、その視座に立って考えますときに、これまで考えてまいりました自衛隊という存在それ自体、軍隊の存在それ自体が必要でなくなってきている時代が来ているんだ、そして、日米安保条約のようなこういう軍事体制に依拠しなくても平和を維持することができる、そう

1999-04-15 畑英次郎 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会 衆議院

○畑座長 ありがとうございました。  次に、太田一男君にお願いを申し上げます。