小川清四郎 に関する国会発言

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1964-03-31 小川清四郎 社会労働委員会 参議院

○政府委員(小川清四郎君) 私どもがただいま申し述べましたのは、入管行政上、そういうふうな数字を調べることによりまして国籍をはっきりしなければならないかどうか、また、はっきりすることができるかどうかというふうな観点からお答え申し上げたのでございます。外国人の国籍は、私ども日本側がこれを決定することにはなりませんで、あくまで本国の政府がこれをきめるわけでございますから、ただいま平和条約発効によりまして、元日本人であって、平和条約発効によっ

1964-03-31 小川清四郎 社会労働委員会 参議院

○政府委員(小川清四郎君) そのとおりでございます。すなわち、いずれの政府と申しますか、国も支持しない、あるいはめんどうだからそのままにしておくという者もございますので、南北の区別は直ちには出てまいりません。したがいまして、御承知のように、この数字がはっきりと支持する国をあらわしておるのだというふうには私どもは見ておりません。扱い上も、ただいま申し上げましたように、全然区別をいたしておらないのであります。

1964-03-31 小川清四郎 社会労働委員会 参議院

○政府委員(小川清四郎君) ただいまの御質問でございますが、私どもといたしましては、すなわち、入管行政の問題といたしましては、この南北を区別するということにつきましては、一応外国人登録の面でつかまなければならないのでございます。ただいま総数についても大体お話がございましたが、私どもが外人登録法上でつかんでおりますところは総数についてつかんでおりますので、そのうちで、外国人登録に国籍欄という欄がございますが、その欄の記載につきましては、終

1964-03-23 小川清四郎 予算委員会 参議院

○政府委員(小川清四郎君) 私から御答弁さしていただきます。  朝鮮の問題と中国の問題につきまして、ただいま御質疑がございましたのでございますが、われわれの考えといたしましては、韓国との間にこの協定ができました後におきまして、直ちに中国とも交渉をいたさなければならないというふうに予定をいたしているわけでございます。したがいまして、登録上の問題といたしましては、ただいま政府委員から——富田次長から御説明いたしましたように、中国については

1963-12-12 小川清四郎 法務委員会 参議院

○説明員(小川清四郎君) 私どもが扱っております限りにおきまして、やはりこういう機構になっておりますので、主任審査官の署名ということが最終的な処分の決定というふうになっておる次第でございます。

1963-12-12 小川清四郎 法務委員会 参議院

○説明員(小川清四郎君) 入管令の建前と申しますか規定におきましては、主任審査官がやはり独立官庁といたしまして、たとえば退去強制令書には主任審査官が署名するということに相なっております。

1963-12-12 小川清四郎 法務委員会 参議院

○説明員(小川清四郎君) 私どもが考えておりますのは、先ほど来われわれが御説明申し上げましたように、本人のはっきりした意向が内外ともに公平に認められる時期までということで鋭意努力をいたしておりまして、特に関係国も非常な疑念を最初から持っておられますので、これらの向きに対しましては、入管といたしましてはつとにいろいろ説明はしておりますし、本人もそういう意味合いで新聞なぞにいろいろ発表しておりますけれども、これは、もし本人がはっきりした意向

1963-12-12 小川清四郎 法務委員会 参議院

○説明員(小川清四郎君) 第一回は、御承知のように一ヵ月でございます。第二回目は、先般、一応二週間、二十日までということにいたしております。  それから先ほど来職権延長の問題につきまして、いろいろ法律的に御疑念がおありになることを申し述べられた次第でありますが、これは本人自体の意思を無視して行なったわけではないのでございまして、本人もやはり身柄の安全という意味からいたしまして、日赤病院を本人も非常に希望いたしましたという事実がございま

1963-12-12 小川清四郎 法務委員会 参議院

○説明員(小川清四郎君) 仮放免の規定は五十四条にございますが、それには法務省令で手続をきめることになっておりまして、そうして施行規則の四十二条によりまして様式を定め、その様式に条件をつけることになっておる次第でございます。

1963-12-12 小川清四郎 法務委員会 参議院

○説明員(小川清四郎君) 入管令の施行規則によりますと、仮放免の延長の場合には、一定の様式があるわけでございます。最初、代理人からの願い出によりまして一応仮放免を許可いたしましたのでございますが、許可書のほうには条件その他が書いてございます。それで、結局、条文の解釈といたしましては、仮放免期間をきめます場合には、もちろん本人もしくは代理人の要望、希望を十分しんしゃくしてきめるわけでございますが、これは職権で期間をきめることができるように

1963-12-12 小川清四郎 法務委員会 参議院

○説明員(小川清四郎君) 事件そのものがいまだ私どもが扱ったことのないような性格を帯びた事件でございまして、従来職権で延長したことはございませんが、法律の解釈上これはできるということでございまして、延長いたしましたわけでございます。

1963-12-12 小川清四郎 法務委員会 参議院

○説明員(小川清四郎君) ただいま岩間委員からいろいろなお言葉がございましたのでございますが、一応退去強制令書が発付された以後本人の意思はすでに確定しておるはずである、何ゆえにじんぜん日を過ごしておるかというふうな御質問がまずございましたのでございますが、この点につきましては、やはり退去強制令書そのものの入管令上の性格、次長からただいま詳細な御説明がございましたのですが、やはり先ほど私自身から申し上げましたように、国交のない国へ送るとい

1963-12-12 小川清四郎 法務委員会 参議院

○説明員(小川清四郎君) ただいま外務省側からも御答弁がございました次第でございますが、私ども入管当局といたしましては、いついつまでに決定するというふうな時期の問題につきましては、なるべくすみやかにというふうに考えておる次第でございまして、これはなるべくいわゆる外交的な問題にならないように、そうして入管令上の措置として十分内外ともに納得のいける方法、処置を講じました上でなるべくすみやかにというふうに考えておるのでございます。何ぶんにも、

1963-12-12 小川清四郎 法務委員会 参議院

○説明員(小川清四郎君) これにつきましては、一応国府側からも、いかなる理由でそういうふうな本人の意向が決定したと認められるのであるか、われわれの国府側と接触した当時においては必ずしもそういうふうに聞いていないというふうな意味合いにおきまして一応照会の手紙も参っておりまするし、われわれといたしましても、問題がもしも国際的に発展するという可能性がございますると、入管当局といたしましても結局公正な扱いをしたということがいわゆる一般に認識され

1963-12-12 小川清四郎 法務委員会 参議院

○説明員(小川清四郎君) 二十六日に退去強制令書が出ました後のことにつきましてお尋ねがございましたのでお答えをいたしたいと存じますが、先ほど御説明を申し上げましたように、本人の自費出国の意向というものにつきましては、一応中国本土と申しますか、中共という言葉を使わせていただきたいと存じますが、中共に帰りたいという意思表示をいたしておるわけでございます。ところが、この中共に帰りたいという希望につきましては、関係国の間におきましても、最初国府

1963-12-12 小川清四郎 法務委員会 参議院

○説明員(小川清四郎君) それでは、私から御説明をさしていただきます。  本件は、きわめて特異な事案でございまして、入国管理局といたしましても、いままでかつてなかったような事件でございます。ある程度新聞その他で発表されておりまするので、私は、入管のほうで身柄を引き受けましてから後の事情につきまして、なるべく簡略に申し上げたいと存じます。  この中国人周鴻慶は、去る本年の九月から一ヵ月間中国の油圧機器、オイル・コンプレッサーでございま

1963-03-25 小川清四郎 予算委員会第一分科会 参議院

○政府委員(小川清四郎君) 私どものほうでは、一応仮入国許可の申請を受け付けまして、事前に審査と申しますか、クリアランスを行なって参っておりますので、そういうふうなものは私どもとしては存じておりません。

1963-03-25 小川清四郎 予算委員会第一分科会 参議院

○政府委員(小川清四郎君) ただいまの御質問に対してお答えを申し上げます。  御質問の点は、正規入国並びに不正規入国、密入国あわせての御質問と了解いたしまして、まず正規入国数を申し上げます。最近の数字は、昭和三十五年におきまして一千二百三十五名入っております。ところが、御承知のように、李承晩政府の崩壊という事件がございましたことと関連しておると推察されるのでございますが、翌年の三十六年には二千百五名が入っております。それから昨年の三十

1963-02-05 小川清四郎 法務委員会 参議院

○政府委員(小川清四郎君) なかなか難問題でございますのですが、その点につきましては、私が先日傍聴いたしておりました予算委員会の席上で、はなはだ相互主義にもとるということで強く交渉をしてソウルに日本側の代表部も早急に設けるようになればというふうなことが行われておりますが、これは確かに片手落ちでございまして、旧連合軍の一国として韓国の代表部が存在しておるという事実は、当時の状況といたしましては遺憾ながらやむを得なかったことでございますので

1963-02-05 小川清四郎 法務委員会 参議院

○政府委員(小川清四郎君) ただいまの御質問は外務省の政府委員のほうでお答えするべき筋合いかと思うのでございますが、私の記憶にしてたいしたあやまちがなければ、こういうふうに解されるのではないかと存じます。  御満足のいく答弁かどうかわかりませんが、現在の在日韓国代表部、それから地方にございます昔の領事館に相当する三つの出先機関がございますが、これはいずれも占領終結後の事実上の関係に基づいて、おそらく司令部のほうの承認に基づいて事実上引