山内隆一 に関する国会発言

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1955-06-28 山内隆一 文教委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) 今の二点につきましては仰せの通り私どもも全く同感でございます。第一点はもちろんでございます。第二点につきましても、そういう意味で極力がんばって一緒に解除になるようにいたしたいと思います。しかも今までそういう考え方でずっと進んで参りましたのは、やはり大阪市立大学の現在の規模と、今あの区域における施設とを見て非常に不自由であろう。従って幸いあの中には終戦処理費で作った国有の建物もたくさんありますので、これらは所定の

1955-06-28 山内隆一 文教委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) その部隊の新しく入ったことと、大阪市立大学の従来希望しております解除とは関係がない。従ってその部隊がかりにしばらく落ちつくようなことになりましても、大阪市立大学を解除するかしないか、あるいは時期、これには影響がない、従って大阪市立大学の解除は近く実現するものと、かように考えております。

1955-06-28 山内隆一 文教委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) 市立大学の解除と私は関係はないと思います。たださっきのお尋ねの中に、民有の施設がかなり困難だというような、その困難の事情はどうかというお尋ねと思いましたものですから、それははっきりその関係があるかどうかということも申し上げかねますけれども、あるとすれば、今の部隊との関係じゃないかと、まあこう思いますので、その部隊がどういうふうの目的で、臨時か、長らく落ちつくのか、その辺のことを確かめないと、その辺のある一部の解

1955-06-28 山内隆一 文教委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) 三十日の合同委員会には、先ほど申します通り強く、幾日に解除になるかというところまではっきりするように手続をとりたいと思っております。まあこの前の合同委員会の情勢からいって、三十日には向うから進んで明らかにするのじゃないか、かようにも考えております。  それから新しい部隊の問題につきましては、先ほど申し上げますように、どうもどういう目的で、どのくらいの人数が、どんな所属のものが入ってきたかわかりませんけれども、

1955-06-28 山内隆一 文教委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) 日時は記憶いたしておりませんけれども、入ってから後に、私の方に何ら直接の連絡なり通報がありませんので、ほかから聞いてそういうことが起ったのかというふうに考えた程度であります。しかも二十一日には、先ほど申し上げます通りに、その入った事実はもう少し前のはずでありまするが、その入った後になって、しかも軍はきわめて明確に、キャンプ堺全体とすると多少問題があるが、大阪市立大学だけの敷地なり施設だけならばこれはもう簡単だと

1955-06-28 山内隆一 文教委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) きょうは合同委員会は開かれておりませんです。今度の合同委員会は、今週の木曜、三十日になると、こう思っておりますが、隔週にやっておりまするから、今週の木曜は合同委員会の開かれる日になっておるはずであります。間違いないと思いますが、その際には、申すまでもなく私どもとしても、今の、もうほとんど解除が迫っておると思っておるときに他の部隊が無断といいながら入ったということは実に遺憾と思っておりますが、ただ、先ほど申しまし

1955-06-28 山内隆一 文教委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) 委員長のお言葉に従いましてその後の情勢を申し上げます。長官が当委員会にお答えになったのはいつか忘れましたが、これがごく一番最近の情勢報告になっておりますので、その後特に変化したというほどのことはありませんけれども、ただ一、二御報告申し上げることが適当じゃないかと思うものをちょっと拾って申し上げますと、これはまことに私ども遺憾に思っておることは、調達庁には何もむろん報告もありません。公式、非公式を問わず何らの連絡

1955-06-28 笹森順造 文教委員会 参議院

○委員長(笹森順造君) ただいまより文教委員会を開きます。  まず大阪市立大学杉本町校舎接収解除の件を議題といたします。  先般調達庁長官より本問題に関するその後の経過並びに予想についての報告がございましたが、なお現在の状況について当局より説明を求めます。本日調達庁長官は責任の会議の都合で出席できませんでしたので、調達庁の次長山内隆一君から事情の報告を求めたいと思います。

1955-06-02 山内隆一 内閣委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) 軍の要求がありますと、調達庁としてはその意味を十分把握しなければなりませんので、さっそくその内容について向うに十分問い合せをして意味をはっきりしてから、それから関係各省の方に通知を出していろいろ意見をとる、それから地元の知事、それから私の方のその土地というか、地域を所管しておる調達局に対して、やはり同じような照会を出しまして、調達局並びに知事はやはり関係の町村長とかあるいは町村会議長とか、あるいは農業関係の団体

1955-06-02 山内隆一 内閣委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) 基地の提供につきましては、これは非常に重大な問題でありますので、手続はきわめて複雑になっておりますが、ごくかいつまんで申しますと、軍の要求があってから現実に土地の引き渡しをするまでの手続を二つに分けることができます。前段の手続としては、その要求に対して日本側として閣議決定をする。閣議決定するときには、位置と、それから区域、それからその地上の物件なり、権利なりを排除するためのいろいろの内容、そういう大体のことをき

1955-06-02 山内隆一 内閣委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) これは今の条項に基く射撃実施は外務省も直接関係しておりませんし、調達庁も関係いたしておりませんし、どこまでも富士マックネア演習場のいろいろ条件として、「一、一般事項」、あとでいろいろなことが言ってありますが、一般事項の中にこういう字句を使っておられます。その中の四項に「在日合衆国軍は、富士吉田、富士御殿場口及び須走口の登山道を越える実弾射撃を、原則として禁止することに同意する。ただし七月、八月及び九月を除いては

1955-06-02 山内隆一 内閣委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) 射撃につきましては、協定の中にそう明確に時期のことは書いてない。今申しました七、八、九を除いてということだけしか書いてありません。従って運用上としての大体の了解は必要のつど一々調整、要するに話し合いをする、一ぺん話し合いをしたから、その次の射撃のときはまた前と同じだからといって無断でやるわけにも行かない。一日やるにしても、また二、三日置いてやるにしても、必ずそのつど正式に、これは現地の司令官であります。決してそ

1955-06-02 山内隆一 内閣委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) 御意見の通りでありますが、根本的の問題は、実質的には長官と司令官の話で、まず私どもからいえば解決したと言いたいわけであります。ただ形式的にこの中の重要な問題については、使用条件の改訂をいたさなければ、名実ともに認められたということにはなりませんので、そこでできるだけ早く使用条件の改訂の案を作って、施設特別委員会で提案をして、早くこれを決定して、名実ともにこれを今の話し合いが実現できるようにいたしたいと、かように

1955-06-02 山内隆一 内閣委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) この点は軍との間、長官と知事との間には現在の使用条件では、例外といいながら、とにかく認めておる事項があって、ただそれには調整ということがある、これが問題になったが、とにかく今度他の大きな問題も大体解決の見通しがついたわけで、従ってこの射撃は認めざるを得ぬじゃないか、やむを得ないということにはなっております。そこで問題は調整の問題ですが、軍の方から、いつごろやりたいという話が出て、それについて十分話し合って了解し

1955-06-02 山内隆一 内閣委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) 木下委員並びに委員長からお話がありまして、問題の意をなお敷衍して申し上げておきます。その一つは、富士登山道について自由な通交を認めるものと認めないものと現在あるわけでございますが、これは富士演習場が今のA地区、B地区ともに使用条件を論議される時分に、登山道だけはぜひ自由に通交のできるように認めてもらいたいということが地元の最も大きな要望であったように聞いております。ところが現在の使用条件できまっておりますのは、

1955-06-02 山内隆一 内閣委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) 委員長からの御指名でございますので、私から富士山麓の北側の演習場についての最近の問題について、ごく概略申し上げたいと思います。  この前に起りました問題は、北側の演習場の中に、A地区とB地区と大体この二つに分れておりまして、そのB地区に砲座を据えて、A地区にあります従来の着弾地へ射撃をすると、こういう問題でありまして、これは地元から見ますというと、B地区は演習場としてすでに長年、前から接収されておりますけれど

1955-05-31 山内隆一 文教委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) 私今度は大阪市立大学の解除に対する期待は、まず確実と考えたいので、代替施設というようなことを考えたことはございません。

1955-05-31 山内隆一 文教委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) この問題について、先ほど申しますように、日本側も、それから米側としても、ただ代表だけじゃなくて、その上の方の段階でもすでに交渉したことはありますが、総理が果してこの問題についてどういうふうに軍の首脳部と会ったときに発言されたか、それは存じませんが、外務大臣はときどきその問題についてはいろいろの機会に触れて要請したことのように聞いております。

1955-05-31 山内隆一 文教委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) 合同委員会の政府代表は、外務省のこの仕事の担当局長でありまして、前には経済局長でありまして、今は欧米局長が代表になっております。従って合同委員会の形式上の代表の調印というようなものは、日本側とすればまあ外務省の代表である局長がいたしますが、しかし合同委員会で一番上だからといって日本の政府内で必ずしもそうじゃない。それから軍としても合同委員会の軍代表として出ている人、必ずしも軍の一番最高じゃないわけでございまして

1955-05-31 山内隆一 文教委員会 参議院

○政府委員(山内隆一君) この問題につきましては先ほども申し上げた通り、口頭でときどき解除促進の交渉をすることは勿論でありますが、大阪の方の関係者もたびたび見えまして、あるいは一緒に、ことに外務省のごときは軍の関係方面を歴訪するとか、いろいろ地元の陳情者とともに行動することもありますので、運動は絶えず続けて参ったわけでありますが、先ほど申します通り、書面でそうたびたび出しても必ずしも、その書面の効果というものを、これはもう殆んど軍として