山口衛一 に関する国会発言

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1975-03-08 山口衛一 予算委員会 参議院

○政府委員(山口衛一君) ただいま上田委員から御指摘ございましたように、かってロッキード、グラマンその他のいろいろと激しい商社合戦、メーカー合戦等があったと聞いておりますし、私どもも今回新機種をもし入れますと、非常に現在単価も高いし巨額な金になります。当然、たとえば商社などが介在しますと、私どもは手数料も相当払わなくちゃなりませんし、これはきわめて低いとはいえ総額が大きいですから、非常に問題になるであろうという不安がございます。したがい

1975-03-08 山口衛一 予算委員会 参議院

○政府委員(山口衛一君) F104は現在四機、モスボールをしております。

1975-03-08 山口衛一 予算委員会 参議院

○政府委員(山口衛一君) ただいま御説明いたしましたとおり、減粍が相当進んでおりまして、また事故もありますので、これに対しまして今後、104と同じように部隊に復帰させまして、これを極力使っていくという予定でございますので、むだにしておるということはないと考えております。

1975-03-08 山口衛一 予算委員会 参議院

○政府委員(山口衛一君) 航空機の場合に、御承知のとおり、スコードロンを編成します必要数がございます。それと同時に、いわゆる事故減粍というものが、これは大体の大数的に比率はありますが、現実の問題としまして何機出るかという予想は事実上つきません。計算値でありますから、これは一つの考え方としまして、いわゆる事故減粍用、つまりアトリション用に置くということ、それからまた減耗用というのがございますが、自然減粍でございますが、この自然減粍が進んで

1975-03-08 山口衛一 予算委員会 参議院

○政府委員(山口衛一君) お答えいたします。  昭和四十年にF86Fを二十九機モスボールいたしまして、現在岐阜に置いてあります。

1974-11-07 山口衛一 決算委員会 参議院

○説明員(山口衛一君) 現在のところプライムは三菱重工業を考えております。

1974-11-07 山口衛一 決算委員会 参議院

○説明員(山口衛一君) これは明確なお答えにならないと思いますが、と申しますのは、現在私どもが五十年度の概算要求の段階で概算要求をしております。これは御承知のとおり、むろんこれから大蔵省との折衝によりまして、単価なり概算がそれに従って決定されるわけでありますが、四次防当初におきましては六十八機全体で四十七年度当時の価格で約千百三十億程度の金が計上されておったと思いますが、それからあとの現在の物価状況、卸売り物価の状況、人件費アップその他

1974-11-07 山口衛一 決算委員会 参議院

○説明員(山口衛一君) 先ほど御説明いたしましたが、FS−T2改は御承知のとおりまだこれからの調達にかかわる分でございまして、これはT−2の変型でございます。T−2は御承知のとおり超音速の高等練習機でございますが、この高等練習機と機体及びエンジンは全く同じでございまして、これにさらに爆弾を塔載する諸装置その他気象関係の諸装置等の実戦的な諸装置をつけましてFS−T2改という対地支援戦闘機というふうに改称しているわけでございますが、これはT

1974-11-07 山口衛一 決算委員会 参議院

○説明員(山口衛一君) 最初にT−2の調達経過について申し上げます。  T−2は昭和四十二年度におきまして開発を開始いたしました。すなわち四十二年度に基本設計命令が出まして基本設計の予算を計上されております。四十三年度細部設計、四十四年度試作技術試験、実用試験ということで四十六年度から四十八年度半ばまで技術試験及び実用試験を実施いたしました。その過程におきまして四十六年七月と十一月に試作機が二機でき上がりまして、いずれもこの初飛行及び

1974-11-07 山口衛一 決算委員会 参議院

○説明員(山口衛一君) ただいまの三件につきまして、まず第一でございますが、五十四口径の五インチ砲用の対空演習弾及び演習弾につきまして、これはわが国側で開発したものでないために、米国海軍におきまして同じたまを弾底せんつき、信管つきで使用がなされておりまして、私どもはこの性能及び安全性につきましての実験をみずからやる経過がなかったために、従来どおりのアメリカの仕様設計をそのまま採用しておりましたが、検査院の指摘を受けまして、私どももこの対

1974-11-07 山口衛一 決算委員会 参議院

○説明員(山口衛一君) ただいま御指摘を受けました四十五年度当庁の数字、十二機という数字につきまして、喪失の機数がただいま御指摘ですと八機となっておりますが、その点の相違につきまして、私どもの持っております物品管理台帳におきまして二機の分につきまして、一つは大破いたしましたが、残骸が収容できまして、物品としまして一時台帳に整理いたしました。それからまた一つは大破いたしまして、これはアメリカからMAPで導入いたしたものでございまして、これ

1974-05-28 山口衛一 内閣委員会 参議院

○政府委旦(山口衛一君) ちょっと委員長。ただいま先生御指摘ありました輸入品売買契約条項の第七条でございますが、ここには、お持ちと思いますけれども、契約金額を構成する費目の価格の中で、この法令等により設定、変更が行なわれる場合、これはたとえば為替平価、先ほど触れました大蔵省告示によります三百八円が変わるとか、あるいは三百六十円が変わってしまうとかいうような、あるいは関税が法令によりまして変わるとかいうような、事実がどうしても変わってしま

1974-05-28 山口衛一 内閣委員会 参議院

○政府委員(山口衛一君) ただいま委員長から御指摘されました資料を提出するようにいたします。

1974-05-28 山口衛一 内閣委員会 参議院

○政府委員(山口衛一君) 輸入金額の決済につきましては、私どもはそもそも契約のときの価格計算を行ないますときも実勢相場というのをたてまえとしてやっております。したがいまして、その趣旨からいいますと、実際に支払った支払い時期におきます実勢相場というものもこれはやはり無視できない事実ではないかと思っております。  それからもう一つは、その実勢相場をこえて契約を行なった場合には、先ほど触れましたように差益の返納をこれまでさしてきております。

1974-05-28 山口衛一 内閣委員会 参議院

○政府委員(山口衛一君) 先ほどの先生の御質問に対しまして実はお答えいたしましたのは、その三百八円という予算で積算、換算率がきめられた限界内というふうに申し上げておりまして、これは三百十円でも二十円でもいいということでは決してございません。三百八円というのは、私どもが予算におきまして認められました換算率の予算額がそれで計上されている範囲でございます。三百八円をこえても、その実績計算でやるんだということでは決してございません。その三百八円

1974-05-28 山口衛一 内閣委員会 参議院

○政府委員(山口衛一君) ただいま御指摘ありましたとおり、四十七年度にいわゆる国庫債務の契約をいたしました分、すなわち四十七年度から支出が始まりまして四十八年度以降後年度負担を伴う分でございますが、これと四十八年度の、昨年度の当該年度の歳出分の契約が一番問題になったわけであります。といいますのは、昨年の十月ぐらいまでは幾分上がり傾向はございましたけれども、かなり大幅の円安相場にはならなかったんでありますが、先ほども申し上げましたとおり、

1974-05-28 山口衛一 内閣委員会 参議院

○政府委員(山口衛一君) 四百二十件の数が非常に多うございましたものですから、先生のお手元に行く時間が十分でございませんで、主要なものにつきましてできるだけ拾い上げまして資料をいままとめたのがございますが、四百二十件全部とおっしゃることになりますと、もうちょっと時間をかしていただければと思います。主要なものは現在私手元にすでに持っております。

1974-05-28 山口衛一 内閣委員会 参議院

○政府委員(山口衛一君) ただいま御指摘のとおり、四十六年の八月の二十六日にたしか一ドル三百六十円の基準相場制度が第一次の変動相場制に移ったわけでありますが、それによりまして、当時円が非常に高かったものですから、御承知のとおり二百数十円に円の対ドル換算率が変わってまいりました。そのときにはほとんど全部のものにつきまして私どもは適用いたしました。どれということなしに、もう航空機部品、あるいは通信機械部品、あるいは整備用器材、あるいはバッジ

1974-05-28 山口衛一 内閣委員会 参議院

○政府委員(山口衛一君) 最初の問題でございますが、四十八年度の予算に基づきまして契約を実行していく場合に、ただいま先生のおっしゃったような、それぞれの個々の装備品に予定しました予算額と実際の契約額との相違が出てまいったわけでありますが、この点につきましては、予算のたてまえが当然ございまして、つまりまとめて計上されておりまして、その中でかなり彼此融通できるものと、あるいは単艦、一つの費目というようなことで融通できないものと、それぞれの費

1974-04-23 山口衛一 内閣委員会 参議院

○政府委員(山口衛一君) 第一のほうの「在日米軍事援助顧問団に対するナイキ機器可動状況期報の通知について」という通達は、昭和四十一年の二月二日に空幕から通達として発せられております。これを発しました当時は、昭和三十六年、三十八年度、二年度にわたりまして、初めていわゆる無償援助でナイキが供与されました。自衛隊としましては全く初めての兵器で、装備品でございました。したがいまして、その普通の維持、整備すらもなかなかみずからできないという状況で