山本浅太郎 に関する国会発言

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1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) 先ほど申しましたように、本人としては相当詳しい、具体的なあれを持っておりませんけれども、申立書というものを出しておるのです。非常に詳しいものが出ております。それから先ほど言いましたように、当時の戦友でありますとか、関係者のやつは、洗いざらい出ているわけです。それにおそらくは私は尽きていると思うのです、要するところは。しかしまた、先生の御指摘のように、最後に本人の利益のための最後の弁明の機会を与えるということは

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) 棄却したものと容認したものを含めてでございます。非常に、何といいまするか、医学的な判断を要するようなものは、そういう専門家がおられますからやっておりますが、特に身分関係、たとえば軍属の身分を持っておった、あるいはいないという事実関係の簡単なのもございますが、こういうのは小委員会というのを設けてやっておりますが、それで扱ったものも含めまして、全部でございます。

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) 昨年一年の例では二千四百八十八件処理いたしております。決して少ない数ではございません。

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) 件数はちょっと持っておりませんが……。それでその場合、いろいろ事前に御相談がございます。これは県でございますが、それでいろいろ県で事情をお話しいたしまして、まあこういう制度がございますが、あなたの場合はこういう理由で断わられておりますから、そういう点について新たな資料が得られないということではなかなかむずかしいのじゃありませんかというふうに、いろいろ指導をしておるところもございますので、現実の審査の結果、裁決

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) ちょっと数字は持って参りませんでしたが、原処分を取り消しましていわば申立人の申し立てを認めますのが、月によって違いますが、そう多くはないと思います。二〇%くらいはあると思います。

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) 先ほど申しましたように、審査会といたしましては、全国のそうした関係者に直接に会うということは現在までいたしていないというふうに承知いたしております。

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) 非常に全国多数の関係者でございますから、一々お呼び出しもできませんが、参られれば、事情は先生御指摘のようにもちろん私どもも形式や感情にこだわっておるわけではございません。われわれの話し得る限りのことはお話し申し上げたいと存じます。

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) 原審の場合、いわゆる審査会にかける、採決の場合には一応こういうものが要りますということは、都道府県を通じまして、こうした年金請求の場合にはこういうのが要りますよということは十分お話ししてありまして、一般的に必要な書類を可能な限り整えておるわけです。しかしながら、そういたしましてもわれわれが判断いたします場合に、こういうところのきめ手になるようなものはございませんかといってお願いをする場合がございます。それから

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) それはいろいろ非常に完備する場合と不備な場合とあると思いますが、でき得る限り、本人の症状、経過ということは各案件ごとに詳細に書いてあるわけでございます。そういう点で、医学的な見地から見まするというと、そうした症状の経過というものを頭に描きつつ、最終の死因というものを把握するわけでございまして、その辺は医者としては可能な限りの努力をいたしまして、医学的結論を得ておることと私は信じております。

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) 御本人に、努めて御納得をいただくような、懇切なお話をすることは必要でございますが、さらに現在の審査会法のほかに、あるいはこの中でもよろしゅうございましょうが、特に制度として法律改正をしてどうこうするというようなことは、これは恩給の審査会の問題もございますが、私どもとしては、特段今のところは考えておりません。

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) 説明がまずかったかもしれませんが、医者は五人でございます。元の陸海軍の医務局長であった人のほかに、日本の一級の医者であると思いますが、国立第二病院長、国立大蔵病院長その他の方でございます。そういう審査会でございますので、一人々々の関係者が一人々々のそういうところへ行くというのは、やはり審査会という会議体で議論せられて審決された問題でございますので、一人々々がそういうところに押しかけていくというのは適当でないか

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) 先ほど来述べましたような諸先生方の一致した意見として、今日の医学の通念として遺憾ながらそのように解し得ないということでございますので、行政庁としては、その御意見を尊重して決定をせざるを得ないということでございます。

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) お気持はよくわかるのでございますが、援護法ができました後、そうした勤務と関連があるというような疾病につきまして、退職後結核は一年、精神病については三年間になくなった人については勤務に関連ありということで、これは議員立法でございますが、できました。それによって普通の公務扶助料の十分の六の年金が支給される。今回これが二年、六年というふうに改正されて、現在恩給法の改正として御審議を願っているところでございます。そう

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) おっしゃられますように、原爆のことについて近代医学が解明しているとは、私もしろうとでございますが、厚生省も考えておりません。しかしながら、ただいま申しましたように、発しんチフスでなくなった、これは非常に明白な事象でございます。しかも国立の病院でございますし、院長はその当時からおられた人でございますし、その当時のカルテは現に完全に保存されておる。そういう資料に基づいて死因が発しんチフスであるということであります

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) 当時の陸海軍の医務局長でございます。今はもちろん民間人でございます。

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) 二人です。

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) ただいまの、法制的には不服の申し立てをいたしますと、援護審査会の意見を聞いて厚生大臣が定めるところが最終でございます。しかしながら、審査会におきましても神様ではございません。また、事実を根本的に考え直すような新しい資料が出た場合に、一たんきめた決定であるからといってそれを変えないということは、行政上もちろん適当でございません。したがいまして、この審査会による厚生大臣の裁決がありました後におきましても、事実の認

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) ただいま先生の御指摘になりました一面は現在行なわれておるわけでございます。といいますのは、不服申し立てをいたしました場合には、その原審決がなぜ棄却になったかということはわかっておるわけでございます。そういう方に、今度は不服を申し立てられるわけでございますから、御遺族の言い分は余さず書いてもらうということにいたしまして、事実申し立て書というのをお出しいただくようにいたしまして、これは御遺族の方なりあるいは本人の

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) これは私ども、実際の運用の当事者といたしまして非常に痛感することでございますが、やはり御遺族としては非常に感情的な高ぶりがあられる方がございます。そういう方につきましては、私ども役所においでになっていただきまして、一人のために二時間も三時間もかかっていろいろ話をいたします。大部分の人は、これほどまでに調べてくれているのかという、御納得をされて帰られる方もございますが、一部の人については一種の狂信的な考え方をお

1963-06-06 山本浅太郎 内閣委員会 参議院

○政府委員(山本浅太郎君) 最初に一般的な状況をお話ししたほうがいいと思いますので申し上げますが、私ども遺族援護法の業務に携わっております者といたしましては、なるべく御遺族の身になって親切にやらなければならないということを一番強く毎日心を新たにしてやっておるつもりでございます。なお、こういう問題につきましては、国会の諸先生方からも随時具体的なケースをあげられましてお尋ねがあるところでございまして、先般総務長官と厚生大臣の計らいによりまし