岸倉松 に関する国会発言

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1956-05-16 青木一男 本会議 参議院

○青木一男君 ただいま議題となりました憲法調査会法案につきまして、内閣委員会における審議の経過並びに結果を御報告申し上げます。  本法律案は、衆議院議員岸信介君外六十名より提出せられたものでありまして、二月二十日、当院の本会議に上程され、提案者より趣旨説明があり、次いで質疑応答がなされ、同日当委員会に予備審査のため付託されたものであります。  まず、本法律案の提案者が本法律案の提案の理由として述べるところを申し上げますと、現行憲法が

1956-05-07 岸倉松 内閣委員会 参議院

○参考人(岸倉松君) どうも私はその点ははっきりしませんが、賛成も反対もなく、いやおうなしに受け取られたんじゃないかと思いますが……。

1956-05-07 岸倉松 内閣委員会 参議院

○参考人(岸倉松君) それはもう賛成です。

1956-05-07 岸倉松 内閣委員会 参議院

○参考人(岸倉松君) 実はそういう点について伺ったことはないのでございます。それでこれは大体の戦争に関する被害の甚大から戦争というものはもうやめた方がいいということは何しておっただけであります。それでああいう憲法に規定になって出ることは、それはもう予期していなかった……。

1956-05-07 岸倉松 内閣委員会 参議院

○参考人(岸倉松君) 戦争はもう絶対にやるべきじゃないという信念は、日本の終戦以後に特に深くそれを持っておられたようですけれども、御承知の通り、幣原さんは外交官として長い経歴の間、たとえば外務大臣として、先生の対支方針や何かにしても、戦争ということに全然訴えないという建前で初めからきておる。だから大使としても外務大臣としても、外交問題の解決のためには戦争に全然よらぬという建前でした。ことにそういうことを、平和主義の人であるということを固

1956-05-07 岸倉松 内閣委員会 参議院

○参考人(岸倉松君) ただいまの御質問の第一点の、笠井君に対してのお話ですが、これは私がさっき申し上げた以外には全然言っておりません。なぜならば、そういうことはなかったのですから、私がさっき申し上げたことは事実なんで、それ以外には笠井君に何も申しておりません。  第二点の、一月二日の話は、これは幣原総理の病気は肺炎で、一月二日はまだ熱があって苦しんでいる時代です。まだ病床にあって苦しんでいる時代です。一切の人は面会謝絶です。十二月の二

1956-05-07 岸倉松 内閣委員会 参議院

○参考人(岸倉松君) どうもその点は意味深長で、はっきり私の考えを申し上げかねます。

1956-05-07 岸倉松 内閣委員会 参議院

○参考人(岸倉松君) そういうことをはっきり言いませんが、戦争はとにかく、国内の秩序維持のために警察隊のようなものはそれは必要だ、それから……。

1956-05-07 岸倉松 内閣委員会 参議院

○参考人(岸倉松君) 幣原総理が方々で演説したものによりますと、それは戦争放棄のことをはっきり言っておるのです。演説の中で、戦争はもうやっちゃいかんということを言ったのです。しかしそれは、ことに原子爆弾や何かの発明された今日、日本はどうしてもそういうものを作り得ないじゃないか、ことに終戦の今日は財政的にもそんなことはとても作り得ないから、戦争というものはこれから絶対にもう……しかし国内にいろいろな治安を乱すようなものや何か、その当時よく

1956-05-07 岸倉松 内閣委員会 参議院

○参考人(岸倉松君) その前にもう一言ちょっとつけ加えて申し上げたいのは、一月の二十四日に幣原総理がお会いしたときのマッカーサー元帥の心情ですね、それは今申し上げた通り、幣原総理から今のような気持で申し上げた。ところが一方マッカーサーが——これは書いたもので読んだから事実かどうかわかりません。マッカーサーが、自分は今まではずっと軍人で、戦争ばかりやってきた、戦争戦争でやってきた。ところがどうも戦争の悲惨なることというものは自分はしみじみ

1956-05-07 岸倉松 内閣委員会 参議院

○参考人(岸倉松君) 今、廣瀬さんのお話の、関係各大臣や何かのお述べになったことは、それは全部事実だと思います。その関係各大臣などがそう信じておられてそう申したのだと思います。ところがそれが事実にしても、一方マッカーサー元帥の言われた、この九条というものが、幣原総理が私にそういうことを言ったので、自分がそういうふうにしたのだというふうに、第九条をこしらえ上げる前にそれを、私の推測ですよ。こしらえ上げる前に、ちょうど一月の二十四日に総理が

1956-05-07 岸倉松 内閣委員会 参議院

○参考人(岸倉松君) 外交五十年史に書いてあることは、今ちょっと事実を記憶しておりませんけれども、やっぱり私今申し上げた以外には事実がないようですから……。

1956-05-07 岸倉松 内閣委員会 参議院

○参考人(岸倉松君) 私が大体あの当時の日誌をつけておるのですが、その以後は、三月のあの何が出てくる前は会っていないように思います。

1956-05-07 岸倉松 内閣委員会 参議院

○参考人(岸倉松君) それは証言の中にはいつどこにということは書いてないようですけれども、その九条の戦争放棄に関することは、幣原さんが自分にそれを申し出たということをはっきり言っております。申し出るについては、前には病気しておりますから申し出る機会がないのです。あとになると、憲法に関する草案が向うから出てきたあとですから申し出る機会がないのです。ただ唯一の機会というのは、一月二十四日に会っただけですから、その場所と日はそれによって推測し

1956-05-07 岸倉松 内閣委員会 参議院

○参考人(岸倉松君) それはマッカーサー元帥の証言以外には、時と場所は全然書いたものはありません。

1956-05-07 岸倉松 内閣委員会 参議院

○参考人(岸倉松君) 私は実は二十一年の一月の二十四日に総理のお供をしてマッカーサー元帥のところに上って、十二時から三時までお待ちして、そうして一緒に帰ってきたんですけれども、そのときは私は、どういうことをあなたお話しになったということを聞きませなんだ。というのは非常に長い間お話しになっておられるし、非常に疲れておられるから、車中ではそういうことを、事情を、私は特にそういうことを聞いて総理に御苦労をかけるというようなことをせなかったので

1956-05-07 岸倉松 内閣委員会 参議院

○参考人(岸倉松君) 憲法第九条の戦争放棄の問題に関しまして、よくあれは当時の幣原総理からマッカーサー元帥に建議したのだ、あるいはそうでないと、いろいろな論議がありました。ところが私どもも実は前総理から直接に、こういうことを話に言ったのだということをはっきり伺ってはいないのであります。ただマッカーサー元帥が一九五一年のたしか五月四日と思いますが、アメリカの上院の外交並びに軍事委員会の席上におきましてはっきり言われたことがある。あの日本の

1956-05-07 岸倉松 内閣委員会 参議院

○参考人(岸倉松君) 特に何を申し上げていいのか、何をお聞きなさろうとするのか、一向存じないで私来たのでありますが……。この書類は拝見しましたけれども、どういうことを御参考に申し上げればよいのか、何の予備知識もなしに来たのですが、何か御質問でもなさる方がおありですか。

1956-05-07 青木一男 内閣委員会 参議院

○委員長(青木一男君) 本日は憲法調査会法案につきまして、学識経験者であられる方々のおいでを願って御意見を伺う次第でございますが、皆様にはお忙しいところわざわざ御出席下さいましてありがとうございました。一言ごあいさつを申し上げます。  まず元幣原内閣総理大臣秘書官岸倉松君の御陳述を願います。大体時間は二、三十分以内においてお述べを願いたいと思います。岸君、どうぞ。