市瀬泰藏 に関する国会発言

← 検索ページへ

12件  /  1ページ  /  1 ページ目

1958-09-09 市瀬泰藏 決算委員会 参議院

○説明員(市瀬泰藏君) かつて当決算委員会でも問題になりました駆逐艦「梨」のような事件、ちょっと説明いたしますと、揚繰漁業組合に魚巣として、それからその半分は八幡製鉄にくず鉄として売り払ったのでございますが、引き上げ方法が上手でございまして完全な船になりまして、そして今防衛庁に売り払おうというところで問題になりまして、結局当初の売り払いの契約を解除いたしまして、防衛庁に大蔵省から所管を移したというような案件がありましたが、最近は引き揚げ

1958-09-09 市瀬泰藏 決算委員会 参議院

○説明員(市瀬泰藏君) 日本国の近海に沈没しました旧陸海軍の軍艦及び徴用船は、ただいま局長から御答弁ありました百二十隻にはとどまらず、終戦直後にははるかにたくさんの沈船があったのでございます。それが現在までかなり引き揚げの許可を監督官庁から得まして、そうして大蔵省で払い下げをしておりまして、現在残っておりますのが百二十隻になっておるのでございます。これらの艦船、船舶は、簡単な引き揚げ可能なものからどんどん払い下げが行われまして現実に引き

1957-06-27 市瀬泰藏 決算委員会 参議院

○説明員(市瀬泰藏君) 御説明いたします。  三十年の三月までは東京都と無償貸付の契約を締結されたのでございますが、三十年の四月以降より、三十年度と三十一年度の貸付契約につきましては、東京都も中に入りまして、居住者と国との間で有償の貸付契約を締結するという話を進めておりまして、大体まとまろうという段階になっておるのでございますが、なお一点付け加えますと、三十二年度におきまして、これは前国会におきまして御審議をいただきまして成立を見まし

1957-04-18 市瀬泰藏 大蔵委員会 参議院

○説明員(市瀬泰藏君) ただいまの質問書とおっしゃいましたが、ことしの四月一日に江戸川区小岩町に所在する旧軍用財産、カッコしまして、「晴一九〇一部隊について」という照会を出しております。この照会におきまして、江戸川区長が当該財産を売り払いをいたしました法的根拠、それからその経緯を明らかにしてくれという内容を持っておりまして、この最初の照会におきましては、期日を付しておりませんが、一週間たちまして四月八日に第一回、それから一昨日もう一度督

1957-04-18 市瀬泰藏 大蔵委員会 参議院

○説明員(市瀬泰藏君) ただいまの旧兵舎払い下げの件でございますが、この払い下げに関する件という原本がありませんので、現在東京都及び江戸川区で十分調査をさせております。しかしながら、われわれが持っておる資料及び江戸川区役所の当時の江戸川区長の話を聞いたところでございますと、当時旧軍の財産が一時に不要になりまして、そして旧軍のもとの責任者は何ら管理することができない状態である、一方において江戸川区も戦災にあいまして、東京都は戦災にあいまし

1957-04-18 市瀬泰藏 大蔵委員会 参議院

○説明員(市瀬泰藏君) 当時の旧軍関係の資料は全部整っておりませんので、私どもといたしましては、当時の関係者についていろいろ調査したのでございますが、先ほど平林委員からもお話出ました当時の江戸川区長春見氏の言、また当時の江戸川の総務課長の言によりますと、小岩の地区に陸軍の高射砲部隊を建設するために、当時の地主から軍は借り上げをして、そして軍の施設及び建物を建築したのである。そしてそれが終戦直後、漸次旧地主に返されていったと、それから建物

1956-11-29 市瀬泰藏 決算委員会 参議院

○説明員(市瀬泰藏君) この物納財産の売り払いは、先ほど申しましたように、売り払いないし貸付が容易にできるようにという線で、延納ないし割賦弁済ということを認めておりますので、実際の収入額と、それから契約額とは違いますが、ただいま正確な数字を持っておりませんけれども、昭和三十年度の契約ベースにおきまして八億円ぐらい、それから歳入金として収納しました分が五億円程度、こうなっております。

1956-11-29 市瀬泰藏 決算委員会 参議院

○説明員(市瀬泰藏君) これは昭和三十年分三月三十一日現在で国有財産台帳に登載しているところで申し上げますと、宅地にいたしまして六百二十五万一千坪、それで当時の収納価格にいたしまして八億七千万円余になっております。それから建物では延坪で五十七万坪、収納価格にいたしまして七億七千七百万円、そのほかに農地や山林等がありまして、これらを合計しまして収納価格で十七億三千三百万円。

1956-11-29 市瀬泰藏 決算委員会 参議院

○説明員(市瀬泰藏君) 物納財産につきまして、過去においていかがわしい事例があったという御指摘でございますが、これは今までに物納財産の処分に当りまして、信託銀行とか信託会社その他不動産の売買業者、大体この選定は、資力、信用のある適当な業者を選定したのでございますけれども、こういう業者に処分の仲立ちを委託したのでございます。それが過去におきまして二、三の業者で非常に不都合なことをしたのでございますが、現在はこの問題については、非常に私ども

1956-11-29 市瀬泰藏 決算委員会 参議院

○説明員(市瀬泰藏君) 国有の建物の維持、管理、これは私どもの仕事でございます。これの維持、管理のために補修をしてはならないというような法律はございません。で、御質問のありましたような建物は、大体旧軍時代に工員宿舎――主として工員宿舎として大量に、それから当時非常に大急ぎで急造したバラック建てのものだろうと存じますが、終戦後十年以上経過いたしまして、こういう建物がかなりありまして、その維持に非常に困惑しておるところでございますが、今まで

1956-11-29 市瀬泰藏 決算委員会 参議院

○説明員(市瀬泰藏君) お答えいたします。おそらく御質問のケースは、あるいは旧軍用財産であったか、あるいは物納財産であったか、どちらかであったかと思いますが、終戦直後、旧軍用財産を全部引き継ぎまして、それからその後財産、その他の物納財産として膨大なものを引き継ぎまして、その管理になかなか当時手が回らなかったのでございます。そのために不法に国有財産を占用している人がおって、それに対するまあとがめ立てとか、そういうようなことには当時は手が回

1956-11-27 市瀬泰藏 決算委員会 参議院

○説明員(市瀬泰藏君) お答えいたします。大蔵当局が三井信託銀行株式会社に評価を依頼しましたのは、昭和二十九年の九月十七日でございます。