徳宿恭男 に関する国会発言

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1998-05-13 石井紘基 決算行政監視委員会 衆議院

○石井(紘)委員 今、長澤さんにそのことを聞かれると困るので大坪さんが出てきてそういう答弁をされたのだろうと思いますが、私も、そんなに個人的に追い詰めようというつもりはございませんから。  それでは、今長澤さんが、後段の部分は私が書いたものではないというふうに言われた。その点について、この久木さんというのは、裁判所へ上申書を、公文書を提出をして、そして、この中ではっきりと書いているわけですね。  「公文室長が橋本大臣に呼ばれ、手紙を

1998-05-13 石井紘基 決算行政監視委員会 衆議院

○石井(紘)委員 今大坪審議官の方から、橋本総理の関与についてうわさとしては聞いておるという答弁をいただきました。  さて、そこで、この裁判所に提出をされました証拠の書類というものは、育英会理事の改選の経緯についてどなたかが、当時の総務庁の方が書かれたメモであります。それで、このメモを提出された方が現在の交通遺児育英会の専務理事をされている穴吹俊士さんという方でございます。常任理事兼事務局長の久木義雄さんの「上申書」というものもここに

1985-11-14 徳宿恭男 社会労働委員会 参議院

○説明員(徳宿恭男君) 閉鎖はしておりません。

1985-11-14 徳宿恭男 社会労働委員会 参議院

○説明員(徳宿恭男君) お答えいたします。  茨城県公安委員会は友部自動車学校に対しまして、労使紛争が始まった当初から学校当局に対しまして、一つには、労使問題により教習内容や教習方法の水準の低下を来さないようにすること、それから二つには、教習体制を確立して教習生に迷惑がかからないようにすること等につきまして五回にわたりまして指導いたしますとともに、指導担当者を四回立ち入りさせまして、適正な教習が維持できるよう指導監督を強化したというふ

1985-11-14 徳宿恭男 社会労働委員会 参議院

○説明員(徳宿恭男君) ただいま御質問をいただきました友部、羽鳥、笠間の三つの自動車学校の月別の生徒数、指導員数、それから稼働率という点につきましては、月別にお答えいたしますと時間がかかりますので、本年一月から十月までの一カ月平均でもって申し上げたいと思います。  まず、友部自動車学校でありますが、一カ月平均で見ますと、教習生の数は約二百五名、指導員の数は十九名、指導員一人当たりの教習時限数百七十六時限。  次に、羽鳥自動車学校であ

1985-06-20 徳宿恭男 法務委員会 参議院

○説明員(徳宿恭男君) 免許証の場合、常時携帯を義務づけられておるものでございますので、正確に申しますと運転する場合でございますが、携帯を義務づけられておりますので、携帯に便利という点から申しますと現在程度の免許証の大きさ、そしてまたそれに応じた写真のサイズということになっております。

1985-06-20 徳宿恭男 法務委員会 参議院

○説明員(徳宿恭男君) 免許証と本人の同一人性の確認は、ただいま御指摘のように、写真と、それから免許証に記載されております本籍、住所、氏名、年齢等によって行っておるわけでございます。写真では容貌が酷似する者につきましては完全に同一人性が確認できるものではございませんけれども、自動車の免許証というものが自動車を安全に運転できる者に免許を与えるという性質のものでございますので、そうした免許制度の上から見ますと、写真で確認する現行の免許証で行

1985-06-20 徳宿恭男 法務委員会 参議院

○説明員(徳宿恭男君) 現在、免許証の更新が三回目の誕生日ごとに更新をするということになっておりますので、その都度免許証の写真を張りかえて新しいものにするということになっております。

1985-06-20 徳宿恭男 法務委員会 参議院

○説明員(徳宿恭男君) 現在の免許証の様式は、免許を受けた者の顔写真と他の免許証の記載部分とを一括して免許証の台紙部分に焼きつける方式を採用いたしております。したがいまして、偽造防止という点では十分なものであるというふうに考えております。正確な確率という点につきましてはなかなか困難でございますけれども、ほとんど偽造されることは困難であるというふうに考えております。

1985-06-20 徳宿恭男 文教委員会 参議院

○説明員(徳宿恭男君) 御指摘の若年者による交通事故発生の状況を見てみますと、十九歳以下の若年者の交通事故死者数は、二輪運転中につきましてはここ数年御指摘のように増加傾向にありまして、五十九年中には八百十人が死亡し、前年に比べまして二十人の増加、二・五%の増加となっております。一方、四輪の運転中につきましてはここ数年むしろ減少しておりまして、五十九年中の死者は二百三十三人で前年に比べ五人の減少、二・一%の減少となっております。  また