曾野明 に関する国会発言

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1962-03-28 曾野明 予算委員会第二分科会 参議院

○政府委員(曾野明君) 外務省の情報文化局では、御承知のように外国に関する事務を扱っておりますのは、文化とそれから海外広報です。文化のほうは文化人、学者、そういう方々を毎年相当数お招きしております。海外広報のほうは、外国の新聞記者、そういう方々を日本にお招きしております。その中でも、今までの例からいいましても、御婦人もかなり入っております。特に担当記者の中にも御婦人が入っております。先般もスイスから特にテレビ関係の御婦人の方を呼んでおり

1962-02-14 曾野明 予算委員会 参議院

○政府委員(曾野明君) ただいまお尋ねの点は、ちょっと資料を取り寄せますのでしばらく御猶予を願いたいと思います。

1961-08-01 曾野明 外務委員会 参議院

○説明員(曾野明君) もうゲラ刷りが出ました。この間、おくれましたからまたちょっと足しましたのであれですが、もうそろそろでき上がるのではないかと思います。グラはできています。

1961-08-01 曾野明 外務委員会 参議院

○説明員(曾野明君) お話よくわかりましたから、研究させていただきます。なるべく御希望に沿うようにいたします。おくれないようには十分努力をいたします。

1961-08-01 曾野明 外務委員会 参議院

○説明員(曾野明君) 暦年でございます。

1961-08-01 曾野明 外務委員会 参議院

○説明員(曾野明君) もし年二冊というふうに分けますのがよろしければ、そういうふうに出します。今年度の分は、昨年度に出るはずの分に最近のものまで加えておりますから、業際上今年の上半期くらいまで入っております。しかし、ことしの末に出しますのは、もう一ぺん少し前のを簡単に出しますのでことし一年分をまとめて私は作りたいと、こういうふうに考えております。明年以降のものにつきましては、もう一度、半年ごとの方がいいか、一年一冊がいいかということをも

1961-08-01 曾野明 外務委員会 参議院

○説明員(曾野明君) 私は、一年一冊だと思っております。

1961-08-01 曾野明 外務委員会 参議院

○説明員(曾野明君) 過去の例は私存じませんが、半期ごとに、年二回でございます。私は、年一回一緒にして十二月末にまとめて、一月に前の年の分をまとめて出した方が便利ではないか。何となれば、交渉案件とか、そういうものが続きますから、あまりこまかく切ると、かえって不便になるんじゃないかというふうに私は考えております。

1961-08-01 曾野明 外務委員会 参議院

○説明員(曾野明君) 確かにおっしゃるように、今も、現在の出版がおくれておりまして、おくれますと、また継ぎ足してなるたけ新しいところまで出すということになっておくれます。私は、今おっしゃったことは認識しておりまして、ことしは別の方法によりまして、年度内に、十二月三十一日までに三十日までのものを作って、一月ごろには出したい。その方策は考えておりますから、ことしのおくれましたのは一つ御了承願いたいと思います。

1961-08-01 曾野明 外務委員会 参議院

○説明員(曾野明君) 私、最近情文局長に任命されまして、詳しいことは知りませんが、近く、ゲラ刷りができておりますから、そのうちに発表になることと思います。少しおくれておるようでございます。

1961-08-01 曾野明 外務委員会 参議院

○説明員(曾野明君) そうです。

1961-08-01 曾野明 外務委員会 参議院

○説明員(曾野明君) 統一問題に対する気力は、私の見るところでは、東ドイツの人間が一番強い。それからベルリンの人間、それから西ドイツの人間と、こういうふうに少し差があるように私は見受けました。一番希望しておるのは東ドイツの民衆です。

1961-08-01 曾野明 外務委員会 参議院

○説明員(曾野明君) これははっきりわかりませんけれども、ドイツ人は、現地におりまして見ておりますと、ロシア人にそう敬意を払っておるというふうに見受けられないのであります。東ドイツ政府筋の人の言うところでは、少なくとも八五%まではこっちの考え方、西の考え方ということを申しております。  それから、先ほど申しましたように、やはり東ドイツというものは、本来のドイツ社会民主党の基盤であるから、社会民主党と共産党が一緒になって統一社会党を作っ

1961-08-01 曾野明 外務委員会 参議院

○説明員(曾野明君) まず、今のソ連の主張は、前よりも、内容においては弱まっており、態度においては強まっているという点を一つお考え願いたい。要求自体が減っているのです。英米軍の撤退ということを申しておりません。だから、前よりは要求の内容が弱まっている、態度は強まっているというところに、何とかして最小限の要求、すなわち東ドイツの国際的地位向上は何とかしてこの機会に実現しなければいかん。東ドイツの国家の国際的地位を引き上げてやる必要がどうし

1961-08-01 曾野明 外務委員会 参議院

○説明員(曾野明君) 実は、私の参りましたのは、この前の危機のときでございましたが、一九五九年の三月に着任いたしましたが、こちらで抱いていた危機感は、全然現場では見られませんでした。最近のベルリンの総領事からの報告によりましても、前の最後通牒のときよりも市民は平静であるというのが来ております。それから、各種の特派員からもそれに類する報告が来ているようであります。従いまして、最近はやはり西ベルリンの民心は平静でありますが、若干個人的な、住

1961-08-01 曾野明 外務委員会 参議院

○説明員(曾野明君) ただいま法眼局長から歴史的な経過がございましたが、 二つ三つ、私が二年三カ月現地におりまして見ていた点をつけ加えた方が、今後の情勢の進展に御参考になると思いますので、申し上げさせていただきます。  まず第一点は、この前の、五八年十一月のフルシチョフ氏のいわゆる最後通牒で要求しておりました主要点は、御承知のように、米英仏軍隊の西ベルリン撤退でございます。この六月に、フルシチョフ首相がケネディ大統領にウィーンで申しま

1947-10-16 安東義良 外務委員会 衆議院

○安東委員長 説明員曾野明君、お續けを願います。

1947-10-16 加藤シヅエ 外務委員会 衆議院

○加藤委員長代理 それでは第三課長曾野明さんの御説明を願います。