松崎鎮一郎 に関する国会発言

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1974-11-14 松崎鎮一郎 社会労働委員会 参議院

○説明員(松崎鎮一郎君) これは先ほどお答えいたしましたが、特に最近おやめになりました山中大臣からも沖繩の問題というのはちょっと違うのだということはよく指示を受けております。私自身もそう思っております。私どもの部下には私はそういうふうに言っております。それで、こういうことはこういうふうにするんだということについて、足りないところはそれは現状でたいへんうまくいっているということを申し上げていないつもりでございますが、昨年よりはいまがよくな

1974-11-14 松崎鎮一郎 社会労働委員会 参議院

○説明員(松崎鎮一郎君) いま一々の御質問でございますが、県庁、県知事さんの御要望なりあるいは関係労働組合の要求なりというものについては真剣にやっております。微力でございますが、真剣にやっているつもりでございます。  それから、そのいまの基本労務契約の改定なり何なりの問題につきましても、一、二はアメリカ側に申し入れているものもございます。ただしいまの立ち入りの話につきましては、すでにもう午前中お答えいたしましたように、いわゆる権限のあ

1974-11-14 松崎鎮一郎 社会労働委員会 参議院

○説明員(松崎鎮一郎君) それでは最初に、あとのほうでおっしゃいました沖繩地区のエクスチェンジの関係の経緯を簡単に御説明します。  これは昨年の夏ごろからの経緯がございます。その前に、昨年の初めごろから全国的にこういう食堂とか売店とかいう諸機関の関係の経営が非常に行き詰まっておりまして、青森県から始まりまして、ずうっと沖繩県までいろいろなところでそういう経営の改善のための措置というのがございました。その際どういうことが行なわれたかとい

1974-11-14 松崎鎮一郎 社会労働委員会 参議院

○説明員(松崎鎮一郎君) これはまた繰り返して恐縮でございますが、したがいまして、団体交渉をいたしますのに、私どものほうから沖繩に出向いて、組合から要求がございましたとき、それから県庁から連絡がありましたときは出向きまして団体交渉をたびたびやっております。それで、向こうから、沖繩から組合の方がこちらに上京されるのは確かにたいへんでございます。ですから、できるだけこちらから出向いて御要求があれば行くということは組合の皆さんにも申し上げてお

1974-11-14 松崎鎮一郎 社会労働委員会 参議院

○説明員(松崎鎮一郎君) 先ほどの私の答弁が沖繩県知事がふなれだからというふうにおとりになったとすれば、それは私のことばが足りなかったせいだと思いますが、現地の米軍、それから労働組合、そういったものもなれていない面があると思います。そういった面をなれるといいますか、きまったことが間違えて行なわれるというようなことのないようにということは、中央の米軍からも現地の米軍にたびたび言っておりますし、研修等も行なっております。それで、私自身もそう

1974-11-14 松崎鎮一郎 社会労働委員会 参議院

○説明員(松崎鎮一郎君) いま先ほどお答えいたしましたように、団体交渉を沖繩県知事、屋良知事がなさいますときにいろいろ御苦労が多いということは、私どももよく承知いたしております。それで、実はまだ、復帰後もう二年たちましたけれども、まだ本土のほかの県に比べまして、それから労働組合自体も、それから現地の米軍自体も、間接雇用の仕組みというものにまだまだふなれな面が残っております。したがいまして、沖繩県のほうに、私どもがいまどういうふうにして結

1974-11-14 松崎鎮一郎 社会労働委員会 参議院

○説明員(松崎鎮一郎君) 簡単に申し上げまして、第一次的に沖繩県知事でございます。それから、同時に防衛施設庁長官でございます。

1974-11-14 松崎鎮一郎 社会労働委員会 参議院

○説明員(松崎鎮一郎君) 従業員の給与につきましては、いまおっしゃいましたように、公務員のそれに準ずるようにということで進めております。おっしゃいました牧港その他、牧港に限りませんが、今年四月以降人員整理等で離職やむなくされた方という方々に対する遡及措置、そういったものができますように最大の努力をします。

1974-11-14 松崎鎮一郎 社会労働委員会 参議院

○説明員(松崎鎮一郎君) 離職対策は、約十三の関係省庁がございますので、私どもの分野をまず申し上げます。  先ほどちょっと申し上げました離職前、非常に不安定になっておりますので、離職前に職業訓練をして差し上げて、できるだけそういう資格を持って次の再就職が容易になるようにということでやっております。これは、沖繩県の関係につきましては、特に復帰後初めてやっておることでございますので、本土に優先して現地の実情に合うものということで実施しても

1974-11-14 松崎鎮一郎 社会労働委員会 参議院

○説明員(松崎鎮一郎君) これも昨年来の交渉案件でございます。で、そういう方向で努力してみます。

1974-11-14 松崎鎮一郎 社会労働委員会 参議院

○説明員(松崎鎮一郎君) それから、そのあとのお話は沖繩地区エクスチェンジの話だと思います。その両方とも当時の山中大臣の指示を受けまして、それの摩擦をできるだけ軽減する方向ということでアメリカ側としばしば繰り返し協議いたしました。で、牧港の場合には、たまたまこれはやはり離職者対策の問題でございますので、私どもとしましてできます分野、たとえば退職手当のほかに特別給付金というものを支給するようになっておりますが、その特別給付金の増額、基準額

1974-11-14 松崎鎮一郎 社会労働委員会 参議院

○説明員(松崎鎮一郎君) 先ほどの一月の話は、牧港の話じゃないかと思いますが……。

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○説明員(松崎鎮一郎君) これは復帰後ずっとやっておりまして、特に労働法、特に労働安全衛生法というものができたり何かしておりますので、そういうようなものについての実情調査といいますか、検査の権限のあるものの立ち入りというものにつきましてはアメリカ側とかねて話ができております。そのほかのそういう検査機関と申しますのは、普通は労働基準監督署であるとか、そういったことになりますが、そのほかの立ち入りとなりますと、これはやはり条約に基づいて駐留

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○説明員(松崎鎮一郎君) 私どもの調べでございますと、ほんとうに普通の勤務体制で雇われております外国人の雇用者の数は二百四、五十人でございます。それから、そのほか約同じ程度の、三百人程度のパートタイムその他の外国人がいると承知しております。

1974-11-14 松崎鎮一郎 社会労働委員会 参議院

○説明員(松崎鎮一郎君) あとのほうの部分をお答えいたします。  いまの日米間の取りきめ上は、アメリカ軍が日本人を雇用する場合は私どものほうで扱いますが、そのほか必要に応じてパートタイムその他で雇います外国人の関係というものを禁止しておりません。いまの数でございますが、おっしゃっている、七百人とおっしゃったのはたぶん沖繩地区エクスチェンジの関係の数じゃないかと思いますが……。

1974-11-14 松崎鎮一郎 社会労働委員会 参議院

○説明員(松崎鎮一郎君) いまの法制上ではむずかしいと思います。

1974-11-14 松崎鎮一郎 社会労働委員会 参議院

○説明員(松崎鎮一郎君) お答えします。  私のことを申し上げて非常に恐縮ですが、復帰いたしましてから二年ちょっと、まあ三年未満でございますが、その間、私労務部長としては、四十七年の秋になりまして、いろいろ出張をいたしますが、出張いたしまして内地の、内地というのはおかしいですが、本土の、要するにほかの県に出張しましたのは一、二回でございます。あとは全部沖繩県でございます。それは全部全軍労との団体交渉のためでございます。それから、こちら

1974-11-14 松崎鎮一郎 社会労働委員会 参議院

○説明員(松崎鎮一郎君) 仕事の配分のお話でございますので簡単にお答えいたしますと、事が日本人の従業員の問題でございますので、昔は直接雇用の時代がございました。たとえば諸機関の関係で申しますと、昭和三十五年までは直接雇用でございました。そういうことではいろいろ問題がございますので、間に日本政府が入るということが間接雇用でございます。具体的に申しますと、防衛施設庁の長官が雇用主になっております。それから、その事務のうちで実施に関する事務、

1974-11-14 松崎鎮一郎 社会労働委員会 参議院

○説明員(松崎鎮一郎君) 簡単にお話しいたします。  復帰いたしましたので本土並みということに制度を全部変えております。一例を申し上げますと、従来は団結権その他ございませんでした。団体交渉権もいわゆる権利としてはなかったと思います。しかし、これは現在は本土と同じようにございます。それに従って団体交渉等は私どももやっておりますし、沖繩県等でもやってもらっております。  それから、給与その他の労働条件にいたしましても、たとえば退職手当を

1974-11-14 松崎鎮一郎 社会労働委員会 参議院

○説明員(松崎鎮一郎君) これは離職対策の問題と関連がございますが、どういう努力をしているかと一例を申し上げますと、財政当局の協力を得まして、私どもの分担となっております離職前の職業訓練費とか、そういうものの増額をはかっております。また来年度も若干の改善をしたいと思っております。それからアメリカ側との関係で申しますと、先ほどから申し上げておりますように九十日前の事前通告をできる限り努力をするという方向と、それから、そういう事前通告がござ