松野允彦 に関する国会発言

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1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) 私も大蔵省に長い間おりましたけれども、比較的、証券行政にタッチした期間の長い人間でございます。百年以上の歴史を持っておりました四大証券の一つであります山一証券、一時はトップ企業でございました、これが自主廃業に追い込まれたということは大変残念なことだと思いますし、それについて監督行政当局として責任がないというふうに申し上げるつもりはございません。  ただ、先ほどちょっと申し上げましたように、その直接の原因は粉飾決

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) 確かに九一年から九二年にかけて株価が下がり、株式市場が非常に低迷していたというふうに記憶をしております。しかし、その前に、既に平成元年の十二月にピークを打ってからもう半値近くまで下がっていたわけでございまして、その過程において相当な含み損が発生し、一任勘定でございますが、そういうことを背景にしてこの飛ばしというのが相当多数の企業で既に行われていたという現実があるわけでございます。  確かに株価はその後も下がって

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) ちょうど九二年でございますが、もちろん飛ばしというのが続きますと損害がふえていく、損失がふえていくというようなことも予想されるわけでございますが、しかし一方では一月から施行されました新しい証取法の中で証券事故で処理をすることができるという道を、むしろそういう道が新たに設けられたわけでございまして、したがって損害をめぐって話し合いをするのであれば、証券事故としての処理の手続が行われることに、それを利用することができ

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) 確かに御指摘のように、先ほど来申し上げましたように、飛ばしというのは決して好ましい行為ではないし、その結果が場合によっては損失補てんにつながるというような、あるいは証券事故として処理されるにしても企業ないし証券会社に相当の損害が発生するというような問題でございます。これはバブルが崩壊して株価が暴落したという客観情勢があるわけでございますけれども、ただあの当時の状況を申し上げますと、先ほど来ちょっと申し上げましたよ

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) せっかくのお尋ねでございますので少し申し上げたいと思いますが、まず、この問題は基本的にトラブルの処理の問題でございます。  証券会社と顧客、この場合は企業でございますけれども、そのトラブルの処理につきましては、これは今、佐藤委員から先輩としていろいろお話がございましたけれども、証券局の仕事としてもし仲介を申請されれば、これは当然法律にのっとってやるわけでございますが、トラブルの処理につきましては基本的に当事者で

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) 私が三木さんと話したことでございますか。

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) 今回の業務とおっしゃられますと、何でございましょうか。

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) 四年の八月は、私はもう退職をしておりましたので、もちろん話を聞くというような立場にはございませんでした。

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) 今のは平成四年の八月でございますか。

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) 私、先ほど申し上げましたように、平成二年から四年まで二年間証券局長をやっておりましたが、後半の一年間は、これは証券不祥事が明るみに出たということもありまして、証券界との会食は一切なかったというふうに記憶をしております。前半につきましては、それはあったと思いますが、ちょっと回数までは記憶しておりません。

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) 確かに、私のところに山一証券でこの件でお見えになったのは三木副社長だけでございまして、当時私は、先ほど来申し上げておりますように、当然、業務課あるいは事務方で話を聞いていたというふうに考えておりましたので、特に三木さんが私のところにお見えになったということについて不思議に思ったわけではございませんし、同前さんとの会合というのも、複数ではございますけれども、そんなに頻繁にやっていたというふうには記憶をしておりません

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) 私が証券局長になりましたのは実は平成二年の六月でございまして、二年から四年まで二年間証券局長をやったわけでございますが、証券不祥事が明るみに出ましたのは、その一年目が終わる、あるいは終わった直後かもしれません。平成三年の六月のたしか下旬ぐらい、中下旬だったと思います。その六月の株主総会において、野村証券の当時の田淵社長がそういう趣旨の発言をされたというのは覚えております。

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) お尋ねでございますけれども、私が十一月か十二月に会ったかもしれないということを申し上げていた段階では、はっきり申し上げまして、改正証取法が十月三日に成立しておりますが、それ以降であったということははっきりしているけれども、どうも日にちがよくわからなかったということが本当はそのときの記憶の状態でございました。  それがその後、いろいろな報道がなされ、先ほど出ました催告書の問題が出てまいりまして、私はどうも三木さん

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) それはちょっとだれから聞いたかというのがどうも記憶がはっきりいたしませんので、担当補佐から聞いていないということを断言するというのもできないわけでございます。ただ、当時の業務課長である堀田さんが聞いていないと言われるのであれば、そうではないんじゃないのかなという感じがするぐらいでございます。

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) 今お尋ねになられた二つのどちらかというお尋ねでございますけれども、私の記憶いたします限りでは、むしろその真ん中ぐらいの感じ、つまり法律に触れないということでできるのであれば、それは一つの選択肢であるというふうな趣旨で申し上げたと思います。  もちろん、法律に触れるような形で行われるというのはこれはもう全然論外でございますから、法律に触れないという形であれば、そういう選択肢もあり得るということを申し上げたんだろう

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) 今の国会審議云々の問題でございますが、私が申し上げましたのは、もちろん国会審議もさることながら、その国会に提出するための法案の準備ということを申し上げたと思います。  繰り返しになって恐縮ですが、本来、証券不祥事が表面化しなければ、すぐ六月から金融制度改革のための証取法改正作業に入れたのが、それが結局四カ月以上おくれてしまったわけでございます。そのおくれている間に、さらに監視委員会のための証取法改正というもう一

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) 大変申しわけございませんが、本当にきょう、だれであったかというのを確定するだけの記憶がございません。確たる記憶なしに人の名前を言うというのも無責任でございます。  といいますのは、三木さんとお話をしたのは専ら私でございまして、そういった意味では同席者というのがだれだったかということをそれほど私は意識をしていなかったということもございます。記憶が確かでないということで御了解をいただきたいと思います。

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) これは多分に人の考え方の問題になろうかと思いますが、私は当時、金融制度改革法をやっていたということもございまして、基本的に証券会社の経営者の判断というのをやはり尊重するといいますか、あるいは経営者に判断する機会をなるべくたくさん与えて自己責任で経営をしてもらいたいというような立場で金融制度改革法に取り組んでいたわけでございまして、そういう観点から申し上げますと、経営者に選択肢を提示して、後は経営判断にできるだけゆ

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) 私はちょっといつから使われているのか存じ上げません。

1998-04-03 松野允彦 予算委員会 参議院

○参考人(松野允彦君) 今のお尋ねのように、三木さんが持ってきたというふうに断言できれば私もそれでいいのでございますけれども、記憶にないものを無理に、それと違うことを言うというわけにもまいりません。本当に記憶に、いつだれから見せてもらったのかということについては記憶がございません。