青島健太 に関する国会発言
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○委員長(古川俊治君) ただいまから政府開発援助及び国際協力・人道支援等に関する特別委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 昨日までに、加藤明良君、鈴木大地君及び本田顕子君が委員を辞任され、その補欠として松山政司君、松村祥史君及び若林洋平君が選任されました。 また、本日、青島健太君が委員を辞任され、その補欠として岡崎太君が選任されました。 ─────────────
○委員長(芳賀道也君) ただいまから行政監視委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 去る三日までに、高良沙哉さん、小島とも子さん、伊勢崎賢治さん、朝日健太郎さん、吉井章さん、吉良よし子さん及び金子道仁さんが委員を辞任され、その補欠として伊波洋一さん、福士珠美さん、大島九州男さん、上月良祐さん、山谷えり子さん、岩渕友さん及び青島健太さんが選任されました。 ─────────────
○青島健太君 ありがとうございます。 ちょっと慌ただしい質問になりました。でも、これから教育、そして医療、私個人的にはスポーツかなりやっていましたので、スポーツもこれから大いに交流の一つのコンテンツというかツールにもなるんではないかなということを感じております。 どうも皆様お疲れさまでございました。ありがとうございました。
○青島健太君 ありがとうございます。
○青島健太君 ありがとうございます。
○青島健太君 ジプチでも、私たちが乗る車の運転手の方が、ドライバーの方がフクザワの卒業生で、もう本当に誇りを持ってその仕事就いていて、教育はちょっと時間が掛かる援助ですけど、すごく長くいい関係性をつくるのに大事なのかなというのを実感しましたし、もちろん医療も今お話あったように大事な分野で、教育とか医療の分野にこれからの可能性が、四人の、今日、行かれた方々のお話伺っても、その分野、非常にこれからの可能性というものを感じました。 ちょっ
○青島健太君 ありがとうございます。
○青島健太君 日本維新の会の青島健太でございます。 今回は第四班の一員として、ジプチとケニアに行かせていただきました。生稲団長の下、お隣の大津さんも一緒でございましたので、四班、今日全員参加させていただいておりますので、もういかにチームワークよく充実した会だということも、これでちょっとお察しをいただきたいと思いますが、早速いろいろ伺わさせていただきます。 ODAに関しては、八九年にその予算額、世界一になって、九七年には一兆一千六
○委員長(古川俊治君) 青島健太委員。
○生稲晃子君 ODA調査派遣第四班について御報告いたします。 当班は、本年一月五日から一月十一日までの七日間、ジブチ共和国及びケニア共和国に派遣されました。 派遣議員は、青島健太議員、大津力議員、そして私、生稲晃子の三名です。 ジブチは、欧州とインド太平洋を結ぶ世界貿易の大動脈に位置し、我が国が派遣する自衛隊の活動拠点を受け入れるアフリカの角地域の安定的なパートナーであり、ケニアは東アフリカ地域最大のモンバサ港を擁するこの地
○委員長(古川俊治君) ただいまから政府開発援助及び国際協力・人道支援等に関する特別委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 昨日までに、石井苗子君が委員を辞任され、その補欠として青島健太君が選任されました。 ─────────────
○青島健太君 時間が来ました。終わります。ありがとうございました。
○青島健太君 二十一人という数字をどう取るかでありますが、ほぼ、まだなかなか入っていないというふうな数字ではないかなと思います。これは地域によって、あるいはその事業者によっていろいろ考え方もあるかと思いますが、まだ、今ドライバーが足りないという中では、この制度をどう活用するのかというところは、一つ今後の考えるべき課題として今あるんだろうと思います。 その中で、さらに、じゃ、この先の時代を見たときに、もちろん足りない方を外国人の方で補
○青島健太君 私はもう六十代ですから思い出す子供の頃は大分昔ですけれども、バス乗りますと、昔は車掌さんがいて、こういうかばんをぶら下げて、そして現金を渡して切符買うなり、そうやってバス乗っていたことを思い出しますが、そのときの乗員は、言えばだから二人だったわけですけど、今、二人乗っているバス、見かけないです。もうほとんどもちろんワンマンになっているわけでありますけど、それも省力化を図ってきたわけでありますが、それでも運転手の方はどんどん
○青島健太君 次、新しい点検方法という質問も設けていたんですが、ちょっと時間がありませんのでこれは省かせていただきますけど、今のお話から思うのは、やはりこれからの時代、更に新しい点検の技術というものも伴ってこなければ、やったはいいけれども、大丈夫だと言ってそこで事故があるということも十分あり得るわけでありますので、点検の基準、そして新しいまた点検の技術というものも高めていただきたいということをここで述べさせていただきます。 最後、残
○青島健太君 八潮市のあの事故の管は、四十二年たった管だったそうであります。四十二年たった管なんですが、その三年前の点検では、直ちに対応する必要がないという点検の結果があったようであります。今もお話ありましたけれども、この話から分かるのは、やはり下水道管の点検、チェックというものが極めて難しいということも分かるわけであります。 今後の点検の基準、これ今回の法改正の中にもかなり具体的にうたわれてありますが、確認させてください。
○青島健太君 二〇二四年三月のデータですけれども、日本中に下水道管どのぐらいあるのかと。総距離は四十九万キロだそうであります。月までの距離が三十八万キロですから、もう優に月まで届くほど日本中の地下を下水道管が走っていると。そのうち、耐用年数五十年を超える管は七%、そして十年後には二〇%、二十年後には四二%、五十歳を超える管があるという事態でございます。 大変なこれ作業になるかと思うんですけれども、これは一体、今後どういうふうにこの老
○青島健太君 続いて、埼玉県の八潮市の下水道の陥没事故について伺います。 私は、八潮市の隣、すぐ隣の草加市というところで育ちました。この事故現場も昔から何度も通っているようなところであります。 二〇二五年の一月ですけれども、この下水道管、四・七五メートルという管でございますので、この部屋でいうともう天井ぐらいは十分にあるという大きな管が突然落ちて、そこにまたトラックが落ちてしまうということが重なったわけでありますけれども、この陥
○青島健太君 北陸新幹線も敦賀まで延長ということもありまして、北陸に多くの方々が観光も兼ねて行く現状があります。能登半島も、もう日に日に取り戻しているというところでございますので、多くの方がまた観光等で訪れていただければというふうにも思います。 せんだっても伺ったんですが、金沢市のすぐお隣、内灘町というところがございます。知り合いの地方議員がいるのでそこも何度も伺っているんですが、金沢市内ももちろん被害があるんですが、この内灘という
○青島健太君 実は国交委員会でも、発災後少し時間がたってからですけれども、視察をさせていただきました。能登半島の奥の方まで伺いました、珠洲市、輪島市等々。泉谷市長、珠洲市の泉谷市長や輪島の坂口市長等々にもお話を伺って、いろいろなことを思い出しますけれども、時間がたちました。まず、首長の方々も、基幹インフラをしっかり戻してもらわなきゃならない、また、人々の生活、暮らし、なりわい、それをやっぱりしっかり取り戻してほしいというお声がありました