本会議
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会
会議録情報#0
令和七年十二月五日(金曜日)
午前十時一分開議
━━━━━━━━━━━━━
○議事日程 第八号
令和七年十二月五日
午前十時開議
第一 気象業務法及び水防法の一部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)
第二 医療法等の一部を改正する法律案(第二百十七回国会内閣提出、第二百十九回国会衆議院送付)
━━━━━━━━━━━━━
○本日の会議に付した案件
一、永年在職議員表彰の件
一、日程第一及び第二
一、参議院の組織及び運営の改革に関する協議会の設置についての報告
─────・─────
この発言だけを見る →午前十時一分開議
━━━━━━━━━━━━━
○議事日程 第八号
令和七年十二月五日
午前十時開議
第一 気象業務法及び水防法の一部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)
第二 医療法等の一部を改正する法律案(第二百十七回国会内閣提出、第二百十九回国会衆議院送付)
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○本日の会議に付した案件
一、永年在職議員表彰の件
一、日程第一及び第二
一、参議院の組織及び運営の改革に関する協議会の設置についての報告
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関
関口昌一#1
○議長(関口昌一君) これより会議を開きます。
この際、永年在職議員表彰の件についてお諮りいたします。
議員辻元清美君及び山谷えり子君は、国会議員として在職すること二十五年に達せられました。
つきましては、院議をもって両君の永年の功労を表彰することにいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →この際、永年在職議員表彰の件についてお諮りいたします。
議員辻元清美君及び山谷えり子君は、国会議員として在職すること二十五年に達せられました。
つきましては、院議をもって両君の永年の功労を表彰することにいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
関
関口昌一#2
○議長(関口昌一君) 御異議ないと認めます。
両君に対する表彰文を朗読いたします。
〔辻元清美君起立〕
議員辻元清美君 君は国会議員としてその職にあること二十五年に及び常に憲政のために力を尽くされました
参議院は君の永年の功労に対しここに院議をもって表彰します
〔拍手〕
〔山谷えり子君起立〕
議員山谷えり子君 君は国会議員としてその職にあること二十五年に及び常に憲政のために力を尽くされました
参議院は君の永年の功労に対しここに院議をもって表彰します
〔拍手〕
─────────────
この発言だけを見る →両君に対する表彰文を朗読いたします。
〔辻元清美君起立〕
議員辻元清美君 君は国会議員としてその職にあること二十五年に及び常に憲政のために力を尽くされました
参議院は君の永年の功労に対しここに院議をもって表彰します
〔拍手〕
〔山谷えり子君起立〕
議員山谷えり子君 君は国会議員としてその職にあること二十五年に及び常に憲政のために力を尽くされました
参議院は君の永年の功労に対しここに院議をもって表彰します
〔拍手〕
─────────────
関
松
松山政司#4
○松山政司君 参議院議員一同を代表しまして、ただいま永年在職によって表彰されました辻元清美先生並びに山谷えり子先生に対しまして、一言お祝いの言葉を申し上げます。
辻元先生は、平成八年に衆議院で初当選をされて以来、二十一年九か月にわたり衆議院議員として御活躍をされた後、令和四年に参議院議員に転じ、この度、国会議員として在職二十五年を迎えられました。
この間、辻元先生は、国土交通副大臣、内閣総理大臣補佐官として国政の中枢に参画され、その卓越した政治手腕を遺憾なく発揮してこられました。また、現在は、国土交通委員長の重責を果たされております。
山谷先生は、平成十二年に衆議院で初当選をされて以来、三年五か月にわたり衆議院議員として御活躍をされた後、平成十六年に参議院議員に転じ、この度、国会議員として在職二十五年を迎えられました。
この間、山谷先生は、環境委員長、北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長等の重責を担われ、また、国家公安委員会委員長及び防災担当大臣等として国政の中枢に参画され、その卓越した政治手腕を遺憾なく発揮してこられました。
このように、先生方は、高い見識と豊富な経験に基づき、我が国の議会政治発展のため大きな御活躍をされておられます。
ここに、我々議員一同は、先生方の二十五年間の御功績に対しまして深い敬意を表しますとともに、本日、栄えある表彰を受けられましたことに対し、心からお祝いを申し上げます。
現在、我が国を取り巻く環境は誠に厳しく、克服すべき課題が山積いたしております。そのような中、国民の負託を受けた国会の責務は重く、参議院が果たすべき役割は極めて大きなものであります。
先生方におかれましては、今後とも健康に御留意をされ、国民のため、参議院のため、そして我が国議会制民主主義発展のために、なお一層の御尽力を賜りますようお願い申し上げまして、お祝いの言葉といたします。
誠におめでとうございました。拍手
この発言だけを見る →辻元先生は、平成八年に衆議院で初当選をされて以来、二十一年九か月にわたり衆議院議員として御活躍をされた後、令和四年に参議院議員に転じ、この度、国会議員として在職二十五年を迎えられました。
この間、辻元先生は、国土交通副大臣、内閣総理大臣補佐官として国政の中枢に参画され、その卓越した政治手腕を遺憾なく発揮してこられました。また、現在は、国土交通委員長の重責を果たされております。
山谷先生は、平成十二年に衆議院で初当選をされて以来、三年五か月にわたり衆議院議員として御活躍をされた後、平成十六年に参議院議員に転じ、この度、国会議員として在職二十五年を迎えられました。
この間、山谷先生は、環境委員長、北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長等の重責を担われ、また、国家公安委員会委員長及び防災担当大臣等として国政の中枢に参画され、その卓越した政治手腕を遺憾なく発揮してこられました。
このように、先生方は、高い見識と豊富な経験に基づき、我が国の議会政治発展のため大きな御活躍をされておられます。
ここに、我々議員一同は、先生方の二十五年間の御功績に対しまして深い敬意を表しますとともに、本日、栄えある表彰を受けられましたことに対し、心からお祝いを申し上げます。
現在、我が国を取り巻く環境は誠に厳しく、克服すべき課題が山積いたしております。そのような中、国民の負託を受けた国会の責務は重く、参議院が果たすべき役割は極めて大きなものであります。
先生方におかれましては、今後とも健康に御留意をされ、国民のため、参議院のため、そして我が国議会制民主主義発展のために、なお一層の御尽力を賜りますようお願い申し上げまして、お祝いの言葉といたします。
誠におめでとうございました。拍手
関
辻
辻元清美#6
○辻元清美君 立憲民主党の辻元清美です。
ただいま、院議をもちまして永年在職議員表彰を賜り、誠に光栄に存じます。本当に皆様ありがとうございました。
初めに、関口昌一議長、そして、温かい御祝辞を賜りました松山政司自民党参議院会長に厚く御礼を申し上げます。そして、同時に表彰されます山谷えり子議員、おめでとうございます。
私は、一九六〇年、奈良県吉野郡の山合いの町で生まれ、大阪、名古屋で育ちました。
父方の祖父は戦死をし、遺骨も帰らない中、父は十五歳から働きに出されました。母方の祖母は終戦の年に亡くなりました。子供の頃から苦労した両親は、洋服屋、クリーニング屋、うどん屋など、小さな商売で懸命に働いて私と弟を育ててくれましたが、親子四人、六畳一間で暮らすという厳しい時期もありました。
子供の頃から、戦争犠牲者の家族は生活苦や心の傷が癒えないと、身をもって体験をしてまいりました。政治は戦争をさせないためにある、そして、政治はみんなが食べていけるようにする、この二つの私の政治信条は、こんな自分の生い立ちから絞り出されたように思います。
奨学金で大学に進学をし、ピースボートを設立、世界中と民間外交を進め、紛争地で発砲された経験もありました。
それから、そして、今からちょうど二十九年前の一九九六年十月、平成八年でした。社民党の土井たか子党首から、次世代の女性たちにバトンをつなぎたいと出馬要請を受け、初当選を果たすことができました。当時三十六歳でした。
当時は、自民、社民、さきがけの連立政権。与党議員として、活動を開始。一年生で、当事者の方々とともにNPO法や被災者生活再建支援法を成立させ、また、情報公開法、環境アセスメント法、児童買春・ポルノ禁止法、男女共同参画社会基本法などの制定に取り組みました。
これも多くの先輩方の御指導のおかげです。自民党の当時幹事長、加藤紘一先生からは、考えの違う人の意見こそ丁寧に聞きなさい。青木幹雄先生からは、国民のためには与野党の信義が大事。宮澤喜一先生からは、外交は三割は相手の顔を立てて、のり代をしっかりつくりなさい。そして、立憲民主党を立ち上げ、野党第一党では女性初の国対委員長として悪戦苦闘していたとき、女軍師になりなさいとハッパを掛けてくださったのは、河野洋平先生と村山富市先生でした。党派を超えた先輩方から政治の極意や政権を運営する厳しさを直接教えていただけたことが今の私をつくっています。
また、歴代十三人の総理大臣と議論をしてまいりました。集団的自衛権の行使をめぐっては激論となり、当時は小泉総理が相手でしたが、総理、総理と連呼、これはもう二十三年前になりますが、まさに現在に続く問題でもあります。
政権交代を果たした二〇〇九年、国土交通副大臣を拝命し、JALの再生や交通政策基本法の策定、羽田空港のハブ化、最大級の巡視船「あきつしま」建造などに着手。東日本大震災のときは、総理大臣補佐官として、官邸にボランティア連携室を立ち上げ、自衛隊や自治体の方々と被災地支援に奔走いたしました。
大きな挫折も経験をいたしました。二十一年前、秘書給与問題で辞職し、裁判に臨んだことです。裁判長から、本件は余罪がなく、個人的用途の意図はなく、ほかの事案と違い、その反省の態度を信じて、刑の執行を猶予すると言い渡されました。このとき、人生をささげて、今度は全ての人をお守りするのが私の使命やと肝に銘じました。
最後に、こんな私を、衆議院七期、そして本院、良識の府の参議院へと送ってくださった、大阪を始め全国の皆様、支持者や働く仲間の皆様、そして衆参の議員の皆様や自治体議員の方々、秘書や党の職員の皆様、国会や省庁で働く全ての方々のお支えなくして、ここまで来れませんでした。心から感謝申し上げます。本当にありがとうございます。
今日は、九十歳の父と八十七歳の母が本会議場に来てくれました。何があってもへこたれない庶民の底力を教えてくれた両親は、私の誇りです。ほんまにありがとう。
現在、世界各地で戦争や排斥が起こり、在職二十五年の中で最も混迷する時代です。
政治家は、勇ましいことを振りかざして国民を扇動してはならない。この言葉は、戦争を体験し、戦後の日本を築いてこられた先輩議員の教えでした。戦後八十年の今こそ、この先人たちの教訓を胸に刻み、対立や分断や権力の濫用を戒め、平和と平等を求め、希望を組織化する、そんな政治家でありたいと決意を新たにいたしております。
これからも御指導よろしくお願いいたします。
本日は誠にありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →ただいま、院議をもちまして永年在職議員表彰を賜り、誠に光栄に存じます。本当に皆様ありがとうございました。
初めに、関口昌一議長、そして、温かい御祝辞を賜りました松山政司自民党参議院会長に厚く御礼を申し上げます。そして、同時に表彰されます山谷えり子議員、おめでとうございます。
私は、一九六〇年、奈良県吉野郡の山合いの町で生まれ、大阪、名古屋で育ちました。
父方の祖父は戦死をし、遺骨も帰らない中、父は十五歳から働きに出されました。母方の祖母は終戦の年に亡くなりました。子供の頃から苦労した両親は、洋服屋、クリーニング屋、うどん屋など、小さな商売で懸命に働いて私と弟を育ててくれましたが、親子四人、六畳一間で暮らすという厳しい時期もありました。
子供の頃から、戦争犠牲者の家族は生活苦や心の傷が癒えないと、身をもって体験をしてまいりました。政治は戦争をさせないためにある、そして、政治はみんなが食べていけるようにする、この二つの私の政治信条は、こんな自分の生い立ちから絞り出されたように思います。
奨学金で大学に進学をし、ピースボートを設立、世界中と民間外交を進め、紛争地で発砲された経験もありました。
それから、そして、今からちょうど二十九年前の一九九六年十月、平成八年でした。社民党の土井たか子党首から、次世代の女性たちにバトンをつなぎたいと出馬要請を受け、初当選を果たすことができました。当時三十六歳でした。
当時は、自民、社民、さきがけの連立政権。与党議員として、活動を開始。一年生で、当事者の方々とともにNPO法や被災者生活再建支援法を成立させ、また、情報公開法、環境アセスメント法、児童買春・ポルノ禁止法、男女共同参画社会基本法などの制定に取り組みました。
これも多くの先輩方の御指導のおかげです。自民党の当時幹事長、加藤紘一先生からは、考えの違う人の意見こそ丁寧に聞きなさい。青木幹雄先生からは、国民のためには与野党の信義が大事。宮澤喜一先生からは、外交は三割は相手の顔を立てて、のり代をしっかりつくりなさい。そして、立憲民主党を立ち上げ、野党第一党では女性初の国対委員長として悪戦苦闘していたとき、女軍師になりなさいとハッパを掛けてくださったのは、河野洋平先生と村山富市先生でした。党派を超えた先輩方から政治の極意や政権を運営する厳しさを直接教えていただけたことが今の私をつくっています。
また、歴代十三人の総理大臣と議論をしてまいりました。集団的自衛権の行使をめぐっては激論となり、当時は小泉総理が相手でしたが、総理、総理と連呼、これはもう二十三年前になりますが、まさに現在に続く問題でもあります。
政権交代を果たした二〇〇九年、国土交通副大臣を拝命し、JALの再生や交通政策基本法の策定、羽田空港のハブ化、最大級の巡視船「あきつしま」建造などに着手。東日本大震災のときは、総理大臣補佐官として、官邸にボランティア連携室を立ち上げ、自衛隊や自治体の方々と被災地支援に奔走いたしました。
大きな挫折も経験をいたしました。二十一年前、秘書給与問題で辞職し、裁判に臨んだことです。裁判長から、本件は余罪がなく、個人的用途の意図はなく、ほかの事案と違い、その反省の態度を信じて、刑の執行を猶予すると言い渡されました。このとき、人生をささげて、今度は全ての人をお守りするのが私の使命やと肝に銘じました。
最後に、こんな私を、衆議院七期、そして本院、良識の府の参議院へと送ってくださった、大阪を始め全国の皆様、支持者や働く仲間の皆様、そして衆参の議員の皆様や自治体議員の方々、秘書や党の職員の皆様、国会や省庁で働く全ての方々のお支えなくして、ここまで来れませんでした。心から感謝申し上げます。本当にありがとうございます。
今日は、九十歳の父と八十七歳の母が本会議場に来てくれました。何があってもへこたれない庶民の底力を教えてくれた両親は、私の誇りです。ほんまにありがとう。
現在、世界各地で戦争や排斥が起こり、在職二十五年の中で最も混迷する時代です。
政治家は、勇ましいことを振りかざして国民を扇動してはならない。この言葉は、戦争を体験し、戦後の日本を築いてこられた先輩議員の教えでした。戦後八十年の今こそ、この先人たちの教訓を胸に刻み、対立や分断や権力の濫用を戒め、平和と平等を求め、希望を組織化する、そんな政治家でありたいと決意を新たにいたしております。
これからも御指導よろしくお願いいたします。
本日は誠にありがとうございました。拍手
関
山
山谷えり子#8
○山谷えり子君 ただいま、院議をもって永年在職議員表彰を賜り、感謝申し上げます。自由民主党、山谷えり子でございます。
関口昌一議長、そして、もったいない御祝辞をくださいました松山政司議員会長、誠にありがとうございます。表彰された辻元清美議員、おめでとうございます。
御支援者の皆様、事務所スタッフ、家族、全ての方々に心より御礼申し上げます。
参議院での永年在職議員表彰の女性議員は、これまで、加藤シヅエ議員、藤原道子議員、市川房枝議員、扇千景議員、山東昭子議員、橋本聖子議員、福島みずほ議員、そして今回、辻元清美議員と私、山谷で九名となりました。
さて、私は、占領時代、政治部記者であった父、山谷親平と母、和子の長女として生まれました。父は戦時中は飛行第六四戦隊、加藤隼戦闘隊のパイロット。傷痍軍人となりましたが、大本営発表ではなく事実を伝える記者になろうと考えていたようです。しかし、GHQの厳しい検閲で思いかなわず、悔しさの中で病に倒れ、ふるさと福井に戻り、私はそこで育ちました。今、幸福度日本一、女性社会進出日本一の福井は、神仏への尊崇の念厚く、勤勉で思いやりあふれた土地。ふるさとに感謝しています。
社会人としては新聞記者志望でしたが、当時、女性は狭き門。就職がうまくいかず、それならばとフリーランスのライターとして渡米。無手勝流取材をするという、がむしゃらなスタートを切りました。帰国後、生活情報紙サンケイリビング新聞社に御縁をいただき、三十五歳で編集長となり、読者とともに生活者の声を大臣などに届けたり政策提言しているうちに、薦められて国会議員となりました。
最強の応援団長だった夫の交通事故死、その後の二度目の落選、シングルマザーとして三人の子供を育てるなど、山あり谷あり谷ありで、苦しいときは痩せ我慢、艱難なんじを玉にすを言い聞かせながら、そうした日々もありましたが、同時に多くの御指導、お励ましをいただいて歩むことができましたこと、御縁に感謝いっぱいです。
特に、明治以来、最長の内閣を率いられた安倍晋三首相とは、貴重な時間をいただきました。第一次安倍内閣では、教育再生担当の総理補佐官として、六十年ぶり、当時で戦後五大長時間審議を経て教育基本法改正ができましたこと、また、平成二十六年には、国家公安委員長、拉致問題担当、海洋政策・領土問題担当、国土強靱化担当、防災内閣府特命担当大臣として働けたことは、理想とともに、リアリズム、忍耐の重さをたたき込まれました。
領土問題担当大臣として、国境離島を明確にし、二百七十三もの島が所有者不明であったことを突き止め管轄を確定させたことや、防災大臣として国連防災世界会議の開催。二十五か国の首脳、百か国の閣僚、延べ十五万人参加という、日本では過去にない規模の国連会議の議長として、東日本大震災の被災地仙台で世界の防災・減災の土台づくりをしたことなど、皆で力を合わせた意義は今も大きいと考えています。
いまだ解決しない拉致問題は、痛恨の極みです。主権国家として、全ての被害者を取り戻す。力を尽くし、必ず解決します。
自民党では、長く文化関係の会長を務めさせていただきました。
伝統文化の美しさ、深さ、そして漫画、アニメ、ゲームなど、文化コンテンツは今や輸出成長産業となり、世界中に日本ファンを増やしています。文化立国を更に発信、地方創生の力としても磨き上げていきましょう。
歴史には光と影があるにせよ、日本は平和の国、文化和合の国として歩いてまいりました。美しい日本の国柄を誇り、喜びとして、主権国家の構えを更に整え、進取の気性をもって輝く自由と民主主義の国として進みたい。走り続けます。
日本いやさか。継続は力。どうか皆様のなお一層の御交誼と御指導よろしくお願い申し上げます。
誠にありがとうございました。拍手
─────・─────
この発言だけを見る →関口昌一議長、そして、もったいない御祝辞をくださいました松山政司議員会長、誠にありがとうございます。表彰された辻元清美議員、おめでとうございます。
御支援者の皆様、事務所スタッフ、家族、全ての方々に心より御礼申し上げます。
参議院での永年在職議員表彰の女性議員は、これまで、加藤シヅエ議員、藤原道子議員、市川房枝議員、扇千景議員、山東昭子議員、橋本聖子議員、福島みずほ議員、そして今回、辻元清美議員と私、山谷で九名となりました。
さて、私は、占領時代、政治部記者であった父、山谷親平と母、和子の長女として生まれました。父は戦時中は飛行第六四戦隊、加藤隼戦闘隊のパイロット。傷痍軍人となりましたが、大本営発表ではなく事実を伝える記者になろうと考えていたようです。しかし、GHQの厳しい検閲で思いかなわず、悔しさの中で病に倒れ、ふるさと福井に戻り、私はそこで育ちました。今、幸福度日本一、女性社会進出日本一の福井は、神仏への尊崇の念厚く、勤勉で思いやりあふれた土地。ふるさとに感謝しています。
社会人としては新聞記者志望でしたが、当時、女性は狭き門。就職がうまくいかず、それならばとフリーランスのライターとして渡米。無手勝流取材をするという、がむしゃらなスタートを切りました。帰国後、生活情報紙サンケイリビング新聞社に御縁をいただき、三十五歳で編集長となり、読者とともに生活者の声を大臣などに届けたり政策提言しているうちに、薦められて国会議員となりました。
最強の応援団長だった夫の交通事故死、その後の二度目の落選、シングルマザーとして三人の子供を育てるなど、山あり谷あり谷ありで、苦しいときは痩せ我慢、艱難なんじを玉にすを言い聞かせながら、そうした日々もありましたが、同時に多くの御指導、お励ましをいただいて歩むことができましたこと、御縁に感謝いっぱいです。
特に、明治以来、最長の内閣を率いられた安倍晋三首相とは、貴重な時間をいただきました。第一次安倍内閣では、教育再生担当の総理補佐官として、六十年ぶり、当時で戦後五大長時間審議を経て教育基本法改正ができましたこと、また、平成二十六年には、国家公安委員長、拉致問題担当、海洋政策・領土問題担当、国土強靱化担当、防災内閣府特命担当大臣として働けたことは、理想とともに、リアリズム、忍耐の重さをたたき込まれました。
領土問題担当大臣として、国境離島を明確にし、二百七十三もの島が所有者不明であったことを突き止め管轄を確定させたことや、防災大臣として国連防災世界会議の開催。二十五か国の首脳、百か国の閣僚、延べ十五万人参加という、日本では過去にない規模の国連会議の議長として、東日本大震災の被災地仙台で世界の防災・減災の土台づくりをしたことなど、皆で力を合わせた意義は今も大きいと考えています。
いまだ解決しない拉致問題は、痛恨の極みです。主権国家として、全ての被害者を取り戻す。力を尽くし、必ず解決します。
自民党では、長く文化関係の会長を務めさせていただきました。
伝統文化の美しさ、深さ、そして漫画、アニメ、ゲームなど、文化コンテンツは今や輸出成長産業となり、世界中に日本ファンを増やしています。文化立国を更に発信、地方創生の力としても磨き上げていきましょう。
歴史には光と影があるにせよ、日本は平和の国、文化和合の国として歩いてまいりました。美しい日本の国柄を誇り、喜びとして、主権国家の構えを更に整え、進取の気性をもって輝く自由と民主主義の国として進みたい。走り続けます。
日本いやさか。継続は力。どうか皆様のなお一層の御交誼と御指導よろしくお願い申し上げます。
誠にありがとうございました。拍手
─────・─────
関
関口昌一#9
○議長(関口昌一君) この際、国会議員として永年にわたり在職されました前議員の表彰についてお諮りいたします。
国会議員として二十四年の長きにわたり在職されました武見敬三君、紙智子君、井上哲士君及び山下芳生君に対し、永年の功労を表彰することにいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →国会議員として二十四年の長きにわたり在職されました武見敬三君、紙智子君、井上哲士君及び山下芳生君に対し、永年の功労を表彰することにいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
関
関
関口昌一#11
○議長(関口昌一君) 日程第一 気象業務法及び水防法の一部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)を議題といたします。
まず、委員長の報告を求めます。国土交通委員長辻元清美君。
─────────────
〔審査報告書及び議案は本号末尾に掲載〕
─────────────
〔辻元清美君登壇、拍手〕
この発言だけを見る →まず、委員長の報告を求めます。国土交通委員長辻元清美君。
─────────────
〔審査報告書及び議案は本号末尾に掲載〕
─────────────
〔辻元清美君登壇、拍手〕
辻
辻元清美#12
○辻元清美君 ただいま議題となりました法律案につきまして、今度は国土交通委員長として、国土交通委員会における審査の経過と結果を御報告いたします。
本法律案は、水災による被害の軽減を図るため、洪水の特別警報の創設、国土交通大臣等が共同して行う高潮の予報及び警報の創設、河川管理者等による氾濫等の通報の実施等の措置を講ずるとともに、情報通信技術の進展を踏まえ、予報業務の利用者の保護を図るため、外国法人等が行う予報業務の許可に関する規定の整備等を行おうとするものであります。
委員会におきましては、洪水特別警報創設の背景及びに効果、洪水特別警報等の防災気象情報を的確に伝達し、周知する必要性、予報業務に関する規制の実効性確保のための方策等について質疑が行われましたが、その詳細は会議録によって御承知願います。
質疑を終局し、採決の結果、本法律案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定をいたしました。
以上、御報告申し上げます。拍手
─────────────
この発言だけを見る →本法律案は、水災による被害の軽減を図るため、洪水の特別警報の創設、国土交通大臣等が共同して行う高潮の予報及び警報の創設、河川管理者等による氾濫等の通報の実施等の措置を講ずるとともに、情報通信技術の進展を踏まえ、予報業務の利用者の保護を図るため、外国法人等が行う予報業務の許可に関する規定の整備等を行おうとするものであります。
委員会におきましては、洪水特別警報創設の背景及びに効果、洪水特別警報等の防災気象情報を的確に伝達し、周知する必要性、予報業務に関する規制の実効性確保のための方策等について質疑が行われましたが、その詳細は会議録によって御承知願います。
質疑を終局し、採決の結果、本法律案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定をいたしました。
以上、御報告申し上げます。拍手
─────────────
関
関
関
関口昌一#15
○議長(関口昌一君) 投票の結果を報告いたします。
投票総数 二百四十四
賛成 二百四十四
反対 〇
よって、本案は全会一致をもって可決されました。拍手
─────────────
〔投票者氏名は本号末尾に掲載〕
─────・─────
この発言だけを見る →投票総数 二百四十四
賛成 二百四十四
反対 〇
よって、本案は全会一致をもって可決されました。拍手
─────────────
〔投票者氏名は本号末尾に掲載〕
─────・─────
関
関口昌一#16
○議長(関口昌一君) 日程第二 医療法等の一部を改正する法律案(第二百十七回国会内閣提出、第二百十九回国会衆議院送付)を議題といたします。
まず、委員長の報告を求めます。厚生労働委員長小川克巳君。
─────────────
〔審査報告書及び議案は本号末尾に掲載〕
─────────────
〔小川克巳君登壇、拍手〕
この発言だけを見る →まず、委員長の報告を求めます。厚生労働委員長小川克巳君。
─────────────
〔審査報告書及び議案は本号末尾に掲載〕
─────────────
〔小川克巳君登壇、拍手〕
小
小川克巳#17
○小川克巳君 ただいま議題となりました法律案につきまして、厚生労働委員会における審査の経過と結果を御報告申し上げます。
本法律案は、高齢化に伴う医療ニーズの変化や人口減少を見据え、地域において良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制を構築するため、医療機関の機能分化・連携強化に着目した地域医療構想の推進、医師の偏在是正に向けた取組の推進、オンライン診療の推進及び美容医療に係る規制の整備、医療情報の基盤の構築及び利活用の推進等を行おうとするものであります。
なお、衆議院において、病床数の削減を支援する事業等に関する事項の追加、電子診療録等情報の利用等の推進に関する事項の修正等を行うとともに、医師手当事業を行うに当たり医療保険者等が意見を述べる仕組みの構築についての検討規定を追加する等の修正が行われました。
委員会におきましては、新たな地域医療構想の実効性、医師手当の制度設計の妥当性、電子カルテの普及促進策等について質疑を行うとともに、参考人から意見を聴取いたしましたが、その詳細は会議録によって御承知願います。
質疑を終局し、討論に入りましたところ、日本共産党を代表して白川容子委員より反対、れいわ新選組を代表して天畠大輔委員より反対の旨の意見がそれぞれ述べられました。
討論を終局し、採決の結果、本法律案は多数をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
なお、本法律案に対し附帯決議が付されております。
以上、御報告申し上げます。拍手
─────────────
この発言だけを見る →本法律案は、高齢化に伴う医療ニーズの変化や人口減少を見据え、地域において良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制を構築するため、医療機関の機能分化・連携強化に着目した地域医療構想の推進、医師の偏在是正に向けた取組の推進、オンライン診療の推進及び美容医療に係る規制の整備、医療情報の基盤の構築及び利活用の推進等を行おうとするものであります。
なお、衆議院において、病床数の削減を支援する事業等に関する事項の追加、電子診療録等情報の利用等の推進に関する事項の修正等を行うとともに、医師手当事業を行うに当たり医療保険者等が意見を述べる仕組みの構築についての検討規定を追加する等の修正が行われました。
委員会におきましては、新たな地域医療構想の実効性、医師手当の制度設計の妥当性、電子カルテの普及促進策等について質疑を行うとともに、参考人から意見を聴取いたしましたが、その詳細は会議録によって御承知願います。
質疑を終局し、討論に入りましたところ、日本共産党を代表して白川容子委員より反対、れいわ新選組を代表して天畠大輔委員より反対の旨の意見がそれぞれ述べられました。
討論を終局し、採決の結果、本法律案は多数をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
なお、本法律案に対し附帯決議が付されております。
以上、御報告申し上げます。拍手
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関
関
関
関口昌一#20
○議長(関口昌一君) 投票の結果を報告いたします。
投票総数 二百四十四
賛成 二百二十九
反対 十五
よって、本案は可決されました。拍手
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〔投票者氏名は本号末尾に掲載〕
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この発言だけを見る →投票総数 二百四十四
賛成 二百二十九
反対 十五
よって、本案は可決されました。拍手
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〔投票者氏名は本号末尾に掲載〕
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関
関口昌一#21
○議長(関口昌一君) 議院運営委員長から、参議院の組織及び運営の改革に関する協議会の設置について発言を求められております。この際、発言を許します。議院運営委員長青木一彦君。
〔青木一彦君登壇、拍手〕
この発言だけを見る →〔青木一彦君登壇、拍手〕
青
青木一彦#22
○青木一彦君 参議院の組織及び運営の改革に関する協議会の設置について御報告申し上げます。
参議院改革につきましては、これまで歴代議長の下、議員各位並びに各会派の御努力によりまして様々な議論が重ねられてまいりました。
去る十一月二十八日、関口議長の主宰により、各会派代表者懇談会が開かれ、参議院改革を更に進めるため、改めて参議院の組織及び運営の改革に関する協議会を設置する旨の合意がなされました。
これを受けまして、本日、議院運営委員会におきまして、議長の下に、参議院の組織及び運営に関する諸問題を調査検討するため、お手元の設置要綱のとおり、参議院改革協議会を設置することに決定いたしました。
以上、御報告いたしますとともに、本院がその機能を十全に発揮していくため、本協議会が所期の目的を達成することができますよう、議員各位の御協力を心からお願い申し上げます。拍手
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去る十一月二十八日、関口議長の主宰により、各会派代表者懇談会が開かれ、参議院改革を更に進めるため、改めて参議院の組織及び運営の改革に関する協議会を設置する旨の合意がなされました。
これを受けまして、本日、議院運営委員会におきまして、議長の下に、参議院の組織及び運営に関する諸問題を調査検討するため、お手元の設置要綱のとおり、参議院改革協議会を設置することに決定いたしました。
以上、御報告いたしますとともに、本院がその機能を十全に発揮していくため、本協議会が所期の目的を達成することができますよう、議員各位の御協力を心からお願い申し上げます。拍手
関
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