淵上房太郎の発言 (鉱工業委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○淵上委員 私は社會主義政黨のとるべき途だろうということにつきまして、先ほどから申しておるのでありますが、イギリスの勞働黨が今日までやつてきた行き方は、やがては日本社會黨が將來に向つて行かれる途ではないかと思いまして、この機會に商工大臣に根本理念を伺つておるのであります。生産の非常に急を要する場合におきましては、あくまでも資本主義方式でいかなければならぬ。かようにわれわれは考えるのでありますが、これにつきましても、御承知のソヴィエト社會主義共和國連邦の例につきましても、現實に過去の歴史がこれを物語つておるのであります。御承知のごとくに、ケレンスキー政府を倒しました當時の社會民主黨レーニン一派がだんだん國有國營に行つた。しこうしてそのあとで工場生産、農業生産が非常に落ちまして、御承知のように戰時共産主義時代と稱せられる數年があつたのであります。このときに、このことに著眼して、一九二一年の春レーニンは、現在の状況下においては、もはや營利主義の部分町復活によつて生産力の増強をはかり、しかる後再び社會主義の建設に向つて新たに前進を關始するよりほかにないというので、五箇年計畫を立てた。これは有名なネツプと稱せられる新經濟政策であるのであります。資本主義自由經濟への後退、これがすなわち生産の増強のやむを得ない當時とられたレーニンの方策であつたのであります。その生産の増強は、すなわち私有私營を認め、資本主義的な方式によるほかないというレーニンの心持であつたのであります。すなわち農民の創意と營利心とに訴えて生産力を増すよりほか、當時手はなかつたのであります。かくのごとく、ロシアにおきましても、社會主義計畫經濟政策のために生産が非常に落ちてきた。結局やむを得ず、部分的に資本主義經濟、自由經濟に轉換せざるを得なかつたのであります。これは要するに、今日のごとく生産の急を要する日本におきましては、あくまでもやむを得ず社會主義政黨といえども、やはり資本主義方式によらなければ、生産の増強はできないのではないか、私はかように思つておるのであります。私有私營を認めるところの資本主義の方式、これによりまして物ができることは、決して國民民衆の負擔ではない。社會主義の計畫經濟のソヴイエトと、資本主義自由經濟のアメリカとをかりに比べてみましても、その社會主義國よりも資本主義國の方が、はるかに能率的であり、國民も仕合せしておりことは、これは事實であります。勞働者から申しましても、多くの分配にあずかり、多くの幸福な目に遭つておる。これは否定できない事實だと思うのでありまして、私はかくのごとき時代に、何も個人の營利心を抑えるような、あるいは創意くふうを鈍らしたりするような國家管理方式をやるということ自體が間違つておるのではないか、かように思つておるのであります。もちろん資本主におきましても、いろいろ弊害があることは、これを認めなければならぬのでありますが、ただ社會主義は、どうも國家權力によつて拘束と抑制とを加える。これが社會主義の根本の行き方ではないか、かように思うのであります。從いまして、社會主義の行き方は、本質においては分配方式であり、抑制方式だ、増産の方式では断じてない、かように私は考えております。國家の力をもつて抑制し拘束を加えていく、これはすなわわち權力が生産をなし得るかという問題になるのでありまして、これは非常な疑問だろうと思うのであります。本來權力は一トンの石炭をも増産はできないのでありまして、ただ權力のなし得るところは抑制であり、束縛であり、處罰であるにすぎない、かように思いのであります。ロシアのごとく、人民にはまつたく自由を認めず、徹底して強力なる權力を發揮し得るところにおきましては、あるいは權力は生産を増強し得るかもしれませんけれども、しからざる國におきましては、權力の機能は決して生産を増強し得るものでない、かように私は思つております。社會主義の方式は、計畫經濟、統制經濟、この背景にはいわゆる權力がある。これは決して生産の増強にならぬ。もしも資本主義がたくしまく伸びまして、過度に成熟しておるときにおきましては、そこに初めて抑制と束縛とが必要になつてきて、ここに社會主義的方式による政策をもつて、社會的の公平と安定とをはからなければならないと思うのでありますが、今日は生産の設備は荒廢しておる、資材は枯渇拂底しておる、勞働者の生産意欲は低下しておる。しかも生産復興が焦眉の急であるという今日の日本の現状におきましては、社會主義方式が、はたして生産の増強、復興再建の役割を果し得るかどうか、これはイギリスの現在の状況竝びに日本の現在の状況とを思い合わしまして、ほんとうに眞劍に、この方式を研究すべきときではないかと思うのであります。今日の急務は、分配よりも生産である。生産體系の擴充強化であります。分配の方式になずむよりも、分配すべき物をまずつくるときである、かように私は思つておるのであります。今や一トンの石炭でも増産しなければならぬ焦眉の急に迫られておるときであります。民主主義日本の建設にあたつては、企業の民主化にはもちろん務めなければならぬのでありますが、生産の増強ということは、あくまでも至上命令であるのであります。私は社會主義、社會黨首班内閣がとられる經濟政策という問題につきまして、過去のソヴイエトの例から見ましても、今日日本の現状としては、あくまでも國家管理とか、あるいは國營とかいう觀念を打ち捨てて、資本主義方式でおやりにならなければいけないのではないか、再建復興はできないのではないか、かように思つておるのでありまして、これに關する商工大臣の御意見を伺いたいと思うのであります。

発言情報

speech_id: 100104283X01819471011_085

発言者: 淵上房太郎

speaker_id: 14265

日付: 1947-10-11

院: 衆議院

会議名: 鉱工業委員会