滝川幸辰の発言 (決算委員会)

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○滝川参考人 委員長、ここに書いてあることを読んだらどうですか。——それではここに書いてあることを読みます。
  衆決委十九閉第二十二号
  衆議院決算委員会におきましては、目下政府関係機関の収支(日本開発銀行の造船融資)に関する件について調査中でありますが、さきに本委員会に出頭した証人検事総長左藤藤佐君及び東京地方検察庁検事正馬場義続君が職務上の秘密として証言を拒否した事項について法務大臣に対し証言及び書類の提出の承認を求めたのでありますが、別冊の通り承認拒否の理由の疏明がありました
  この承認拒否の理由を受諾することができない場合には議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律(昭和二十二年法律第二百二十五号)第五条にもとづき、内閣に対しその証言又は書類の提出が国家の重大な利益に悪影響を及ぼす旨の声明を求めることになりますが、この種事例は初めてのことであり先例にもなることでありますので、本委員会におきましては審査の慎重を期すため、学識経験者を参考人として出席を求め承認拒否の理由につき意見を聴取することに決定し、なおその際あわせて今後の証人喚問の参考にもなりますので、証人の不出頭理由としての「公務のため」についての御意見をも聴取することに決定いたしました。
  御多用中誠に恐縮に存じますが、来る十月十一日(月曜)午前十時に本委員会に御出席下されたくこの段御依頼申し上げます。
   昭和二十九年九月二十七日
    衆議院決算委員長 田中彰治
これだけです。これについてお答え申し上げます。
 今申し上げた佐藤検事総長、馬場検事正が証言を拒否し、そうして法務大臣に証言及び書類の提出を求めたところが、それを承認しなかつたということですね。それについての当否でありますが、これはおそらく憲法の六十二条の国政調査権から出て来た規定の解釈、それからその後に出た法律ですね。さつき読みました議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律、これの第五条、第七条、この辺に関係があると思います。それで今の国政調査権、憲法六十二条でありますが、これはどこの国の憲法にも似たような規定もありますし、また規定がなくても、ある程度において国政調査をやつております。日本では旧憲法時代にはむろんこういう規定はありません。ありませんが、ある程度これに似たようなことを議会がやつておつたと思います。ところがこの規定ができた。
 この規定の性質でありますが、一体これは国会に独立の調査権が与えられたものであるか、それともこれは広い意味の準備とでも申しますか、立法の準備についての調査会であつて、つまり独立権能を持つておらない。立法についての補助権能しか持つておらない。どちらかということで、日本の学界、国会の諸子の間に議論があるようであります。かつて数年前に、これは法務委員会にかかつた事件のようでありますが、浦和事件とか、何とか、東京のボスの大将の事件がありました。そういう事件について参議院の法務委員会が判決の事実の認定、刑の量定にまで批判を加えた事件がありました。これについて国会側と最高裁判所との間に議論の交換がありました。その際国会の方は——あれは参議院の法務委員長の伊藤修氏が意見を書いておられます。それによると、国会は独立して調査権を持つておる、言いかえてみれば、何をやつてもかまわない、立法、司法、行政全般にわたつてすべてのことを調査する権能が、国会にあるという意見であります。言いかえてみれば、憲法第四十一条の、国会は国権の最高機関であるというところからひつぱり出して来て、三権分立しておると言いながら、国会は国民の代表者が出ておるのであるから、国会の意見によつて何でも調査できる。もつと極端に言えば、判決もひつくり返してもよいとまではおつしやつていませんが、それをひつぱつて行くと、判決も国会の調査権でひつくり返してもいいような意見が出ておりました。これに対して最高裁判所から反対意見が出ておつて、国会の国政調査権には限界がある、少くとも司法権の独立を害するようなことをやつてもらつては困る、こういう意見が出ております。これは最高裁判所の当時の裁判官の数氏が談として発表しております。それによると、そういう言葉は使つてありませんが、この国政調査権というのは、国会が持つておる権限には相違ないが、この権限は立法についての一つの準備的な権限であり、将来立法を行使すべきであるというようなことを調査すべきものであつて、その確定判決の内容あるいは係属しておる事件の内容にタッチすることは、司法権の独立を害することである、三権分立ということは、やはり人権を擁護する点から見て必要であるから、国会万能のような考え方は困る、こういう意見が出ております。学者側の意見は、大体国政調査権には限界があるという意見のようです。私は憲法を専攻しておりませんので、その点受売りになりますが、憲法学者の見解によると、やはりこれは一つの立法についての補助権限である、何でもできるわけでなく、限度がある、少くとも係属しておる事件の調査をやることは許されない。これは私も許されないと思います。立法府が裁判権に干渉するということになる。裁判所と同じようなことをやることになるので、これはできないと思います。それから確定判決をあとから批評するということ、これもやはりある意味において立法権の司法権に対する干渉であると思います。これは議論がありまして、確定した判決については、これはもう済んだんだからやつてもかまわないじやないかという議論もありますが、その確定判決について、事実の認定であるとか、刑の量定を云々するということは、これは国会が国政調査に名をかりて、裁判をやつておることになるのですから、これは許されないと思います。
 問題は検察事務であります。今お尋ねの事項も、やはり検察庁がやつたことについての国政調査が、どこまで及ぶかという問題だろうと思います。これにつきましては、検察の最後の仕事は起訴、不起訴でありまして、起訴した事件は公訴を維持して行くということになるわけですが、起訴、不起訴について、それが妥当であるか妥当でないかということを、国政調査権にかけるということは、これはできると思うのです。しかしこれが裁判と関連がある場には、これは今申し上げた通り、裁判権の関連においてやはりできないだろうと思います。具体的に申しますと、起訴された事件について、その起訴がよかつたか悪かつたかということを調査することは、今やろうとしておる、あるいはやりつつある裁判と並行して裁判をやるということになりますから、これはできないのだろうと思います。だからもし佐藤検事総長とか馬場検事正がそういう点で拒否したということになれば、その拒否は正当であろうと思います。それから不起訴事件でありますが、不起訴になつた事件はこれはもう済んだ事件ですから、むろん国政調査の対象になつていいと思うのです。ところがこれにはやはり条件がくつついて来ます。その条件と申しますのは、その不起訴事件が、こちらに関連事件があつて、その関連事件との関連の仕方が、つまり不起訴事件の証拠というものが、こちらの関連事件の証拠として役立つ、あるいはそれと密接に関連があるというような場合には、これはあるいは裁判の進行に影響を与えるということになりはしないかと思うのです。これは具体的に見なければわかりません。またその関連と言いましても、非常に抽象的な言葉で申し上げたので、どういうふうに関連しておつたかということが問題になりますから、ただ抽象論ではきまりませんが、しかし内容を調べて、この不起訴事件とこの起訴事件とがどういう関連がある、たとえば起訴されておる事件の中にこの不起訴事件がどうしても入つて来なければこの起訴事件の証拠がない、あるいは証拠がきまらないというような場合には、これはやはり関連しておると見なければならないと思います。それは検察そのものに対する国政調査が制限されておるものではなく、裁判との関連において国政調査が制限されるということになるだろうと思います。これはこれだけのことでは少くも私はわかりません。法務大臣から、佐藤検事総長、馬場検事正の証言あるいは書類の提出を拒否した理由についての疎明があります。これは別冊として送られております。これによりますと、抽象的に書いてありますから、私にはわかりませんが、とにかく関連があるのだ、今拒否した事件に関連があるのだ、何かたくさん尋問事項がありますが、その中で大部分を拒否して、わずかの部分を答えたということになつておりますが、その大部分の方は現在起訴されておる事件の証拠と関連があるのだ、従つてもしそれを調べるということになれば、公訴を維持することが困難になる、言いかえてみれば、そういう事件かというので、被告の方がいろいろ工作をするようなおそれがあるから、やることができないのだ、こういうふうに書いてあります。そうしてこの事件はすでに公判に係属中であるから、公判の審理を待てば国民の疑惑は解かれるだろうということを、抽象論で書いてあります。これはその通りだろうと思うのです。これはわれわれにはわからないことで、検察の当人が、これは現在公訴維持について重大な関係があるから、この点は拒否すべきだというふうに考え、そうして法務大臣がその証言あるいは書類の提出について承認を与えないということは、法的にはそれだけのことであつて、それが実際妥当であるかどうかということは、これはわれわれにはわからないのであります。もうそれ以上のことは申し上げることはできないのであります。だからもし関連がないのは——関連と言いましても、何らかの関連はあるに違いないのですが、大して関連がないのに、関連があると称したということが、おわかりになつておる場合には、今の特別法の第五条に基き、内閣に対し証言または書類の提出が国家の重大な利益に悪影響を及ぼす旨の声明を求めることができるという規定があるのですから、それで委員会は声明を求められたらいいだろうと思うのです。これ以上のことは私にはわかりません。
 それから吉田総理大臣のことのようですが、証人の不出頭の理由として公務のためにとあるのが、いいのかということですね。これは法的にはこれで適法だろうと思うのです。ただエチケットに反する、あるいは妥当を欠いておるということは、言えるだろうと思います。たとえば今委員長からお話がありましたように、これは公述人で証人ではありませんから多少事情は違いますが、公述人が公務のために来なかつた。たとえば宮澤君外何人が公務のために来なかつた。具体的に書いてあるかどうか存じませんが、それで黙つてお通りになつておるところを見ますと、公務のためにということは、これは法的にはこれでいいだろうと思うのです。しかしそれはエチケットに反する、妥当を欠くだろうということは言えるだろうと思います。実は私も公述人に十月五日に呼ばれたのですが、十月五日には私も公務のために来られなかつたのです。公務のためにと書いてもいいのですが、私は多少具体的に書きました。私の方の大学に評議会がありまして、その評議会の議長をやらなければいけないから、議長をやる必要上出られないということを具体的に書きました。これはエチケットを尽したつもりです。けれども法的には公務のためにと書いたところで違法とは言えないと思います。ただこの公務のためにという内容が、証人に出て来る方が利益が大きいか、あるいはその公務をなす方が利益が大きいかという利益の比較をやらなければいけない。だから今私に公務のためにと書いていいか悪いかと聞かれた場合には、これは適法である。しかし少しエチケットに反する、妥当を欠いておる、あまりぶつきらぼうだ、不親切だというふうに考えられる、こういうふうにしか申し上げられないのです。もしも内容がこれこれこういうふうな内容だということになれば、これは個人的な判断はつくわけですが、ただ公務のためにと書いたらいけないかどうかと聞かれた場合には、これでもしかたがない、これでも適法だろうということになります。現に公務を持つておるのですから、その公務が大きいか小さいかは別問題といたしまして、総理大臣とすれば相当の公務があると思います。そうなると公務のためにということは一応適法として認めなければいけないと思います。しかしこれは聞くところによると、この点について吉田総理大臣が証人として出頭しないというので、この法律で告発が出ておるということになつておりますが、告発は処罰の条件で、この告発があつて初めて起訴してやれることになるのですから、それをどういうふうに扱うかわかりませんが、これもやはりむずかしい問題で、今最後のお尋ねだろうと思うのですが、総理大臣を告発したところで、これを起訴するときにまた検事総長に対して、法務大臣は一般的な指揮はできないが個別的な指揮のみはできるということになつておりますから、これは起訴してはいけないということを法務大臣が言えば、これはもう起訴できないということになるだろうと思います。これは検察庁法の第十何条ですか、法務大臣は一般的には検察官を指揮することはできないが、検事総長に対してのみは具体的に事件を指揮することができるということになつておりますから、これは法務大臣がこれは起訴するなという指揮をすれば、それつ切りの話だろうと思います。
 大体それだけのことであります。

発言情報

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発言者: 滝川幸辰

speaker_id: 30700

日付: 1954-10-11

院: 衆議院

会議名: 決算委員会