井上正忠の発言 (労働委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○説明員(井上正忠君) 今回の問題につきまして概略を御説明申上げたいと思います。
問題は国鉄の組合が先般五月の中旬の上ノ山の大会で委員長、副委員長、書記長その他の役員の選出の大会があつたのでありますが、その選出が、昨年の暮の仲裁裁定をめぐる紛争で、公労法の十七条、十八条によりまして馘首されました人たちがこの三役並びにその他の重要な役員に選挙されたわけであります。でそれに伴つて我々としまして、国鉄の労働組合が公労法上の保護を受けない組合であるということを一応考えまして、その後の団体交渉その他につきまして拒否をしておるという争いであります。
御承知のように昨年の十二月仲裁裁定の裁定に伴いまして、昨年十二月の上旬から下旬にかけまして数回に亘つて国民の皆様方に非常に御迷惑をかけた、国鉄の始つて以来非常に大きな争議事件があつたわけであります。この件に関しましてはこの委員会でも先般我々御説明申上げたところであるのでありますが、それによりまして、今年の一月の二十三日でありますが、そのときの国労の本部の委員長の柴谷君、副委員長の土門君、書記長の横山君、それから企画部長の岩井君、なお地方におきまして東京、広島、大阪、新潟、非常に闘争の激しかつた、結果におきまして争議の結果が非常に大きく出ましたところの責任の方々を公労法の十七条、十八条によりまして解雇の申渡しをしたわけであります。合計十八名であります。そのうち中央の関係が四名、地方の関係が十四名であります。
それで実は私たちとしましては、昨年同様なケースがありまして、そのときにやはり中央の本部の三役が公労法の十七条、十八条によりまして罷免されたのでありますが、そのときには組合の中で委員長の臨時代理が置かれまして、なおこの三役は組合の内外とも表面に立たれないで、結局臨時代理が前後の始末をしたという昨年はいきさつを持つております。で、その点につきまして、我々としましては、この組合を代表する三役以下の役員が十七条、十八条で処分されましたので、恐らく明年と同じような処置をとられるものと、こういうふうに期待いたしておつたのであります。なお昨年の例もございますので、丁度年度末の手当の折でもございましたし、そういうことで団体交渉は一応三役がない状態のままに、我々としましては年度末手当の問題を団体交渉を続けて参つたわけであります。
ところが組合のほうにおいてはその直後に鎌倉で中央大会をおやりになり、同時に四月には鳥取でやはり中央委員会をやられたわけであります。その時分においては恐らく私たちは想像いたしまするに、昨年と同じような処置をとる、或いはもう五月に大会が開かれるので、五月の大会には恐らく昨年と同じように三役を新らしく替えて来られるものと、こういうふうに期待いたしておつたのであります。同時にその前後におきまして、一年間の組合並びに当局の交渉委員会並びに交渉委員の指名手続が労働省で行われるわけであります。これは二月に労働省が選定することになつておりますが、遅れまして、三月に労働省が二十九年度の両者の交渉委員を指名するということになつておるわけであります。恐らく労働省も私はそういうお気持であつたと思うのでありますが、当面の労働問題を放置するわけに行きませんので、一応交渉委員会の選定を組合側のほうからもお求めになり、我々も交渉委員会の選定に当局の意見を出したわけであります。
で、当時三月には機関車組合、御承知のように国鉄には一般の国労組合と機関車組合と二つございますが、本年は機関車組合に単位をとる問題で相当いろいろないきさつがあつたのでありますが、従来は組合は二つありながら単位は一つしがなかつたのであります。それを今年の三月には単位が二つできたというようないきさつもありまして、今年の四月からは機関車組合は名実共に組合であると同時に単位を持つたわけであります。そういういきさつもあつたわけであります。諸般の状況でいろいろな問題を私たちは三役なきままで一応処理して行く、それが五月の大会で改善されるべきと期待して参つたわけでございます。そういう期待を持ちまして我々四月中は見て参つたのでありますが、大会の五月の十五日の直前になりまして、もう少しはつきり申しますと四月の末から五月の初めにかけまして、どうもこの馘首されました三役の居坐りの気配が我々に感じられるようになつたわけであります。例えて申しますと、委員長を替えたらあと副委員長と書記長は替えなくてもいいかというようないろいろな個人的な話まで出て参りました。でこれは我我が想像いたしておりました三月、四月の状態とは、組合の中で私は相当いろいろな点で情勢が変化して参つたものと、こういうふうに考えております。
上ノ山の大会が五月の十五日から四、五日あつたわけであります。この大会に三役がそのまま再選されるようであつてはこれは容易ならんことではないか。特に大きな企業、日本の国の最大の組合でもありますし、その点で両者の間に法律上の疑義があつてもならないというような我々善意の気持もございましたので、新聞で御承知のように副総裁が上ノ山の大会に出掛けます前に、当時の柴谷前委員長と、それから土門前副委員長とこの二人を呼びまして、この点についての一応組合のお気持を尋ねられたのがいわゆる新聞に天坊声明として現われておる事件でございます。我々もこの大会は非常に注目して見て参りまして、特に四日目か五日目にきまりました人事関係については非常に注目しておつたのでありますが、遺憾にして大会では公労法上かく首された三役をそのまま殆んど対抗馬といいますか、(笑声)対立候補の状態も強く出ずに、前委員長の柴谷君が新しい委員長になり、土門君が副委員長になり、横山君が書記になり、なお罷免されました岩井君が企画部長になつて、いわゆる再選の形で出て参つたわけであります。
そこでいろいろ私たち内部で新しく、あえてこの処置をとられました国鉄の労働組合に対して、我々どういう労使関係を保つべきかということについては部内で非常にいろいろ議論したわけであります。同時に労働省その他の方面にも我々の意見なり気持なりをただ連絡して参つたのでありますが、どう考えましても公労法の第四条第三項では、組合の職員でない者が組合の役員或いは組合員になることも禁止されておりますし、公労法自身が労働組合法の例外な規定でありますし、なお私たちはこの第四条の規定というものは強行法規として解すべきじやないかということもございます。
又翻つていろいろな労働政策から見ましても、この大きな国鉄の組織とそれから三十数万の国鉄の労働組合との間にルールを外していろいろな労使関係を築いていいか、ルールを無視して円満な交渉が行われるかというような点についていろいろそれぞれの見地に立脚いたしまして議論いたしたのでありますが、円満な労使関係をこの形では続けるわけにいかんという結論になりまして、五月二十七日に副総裁以下我々が新らしくでき上りました労働会館に出向きまして、国鉄の労働組合の新らしい役員の方々に対して組合が違法な状態になつた以上は、我々としてはこれから正規な労使関係を続けて行くわけに参らないのだ。又団体交渉その他の日常の問題についても交渉には応ぜられないのだという申入れをいたしますと同時に、直ちに総裁の名前を以ちまして全職員に、事態はこうなつた、一つ善良な良識を持つて国鉄の輸送に御協力願いたいということを全従業員に伝えたのであります。爾来組合では昨年から今年にかけましての馘首者、昨年の三名と今年の十八名と二十一名の馘首の撤回、それから今度の問題の団体交渉を開け、それから六月に入りましてすぐ問題になりました夏季手当の一カ月分を支給しろ、この三つの問題で六月の上旬から闘争を開始いたしまして、上旬、中旬、下旬と第一次闘争、第二次闘争、第三次闘争、この闘争を計画されたわけてあります。これは皆様御承知の通りであります。
で、特に当面夏季手当の問題につきまして全官公或いは電通、専売等の各単産の闘争が漸く熾烈になつて参りました。私たちとしては、先ほど申しましたように機関車組合の関係がございますので、機労とは団交いたしておりましたが、国労とは遺憾ながら団交もできない。国労としては早く合法的な姿に戻つてくれ、いつでも団交に応ずるがという言い方をしながら上旬を見送つたのでありますが、そこへ仲裁委員会のほうで、これは国労のほうから不当労働行為で六月の上旬に仲裁委に申請をされましたが、それに基いて仲裁委では、取りあえず夏季手当の問題について国労と当局話合つてみたらどうか但しこの夏季手当の問題については団体交渉でない話合いをしてみたらどうだ、それからこの話合いにはいわゆる渦中の一二役を入れないで話合いをしろと、こういう仲裁勧告が出たわけであります。これが六月の十二日と記憶いたしております。
で、当事者の回答を翌十三日の日曜日に求められまして、私たちは全面受諾の回答を日曜日でありましたが、いたしたのでありますが、組合は、十三日の回答が一日遅れまして十四日に回答をいたした。その回答の内容は、話合いはいたしましようと、こういう回答でありまして、調停の条件になつておりました渦中の人物を除くという問題につきましてはあえて触れられなかつたというふうに私たちは見ておるのであります。
で、そういうことで当面夏季手当は、公務員につきましては六月の十五日の支給でありますが、十四日に組合が回答されまして、十四、十五、十六と三日間、この仲裁の勧告案の字句の解釈で両者の関係がもみまして、結局話合いに至らず、漸く十七日になりまして、お互いが小委員会を設けて話合いをしようということになりまして、十七、十八、十九と三回の話合いをいたしたのであります。我々のほうとしましては〇・七五の支給案を出し、組合は一カ月分の支給を要求せられ、だんだん話の途中に〇・七五プラス・アルフアーというところまで組合は譲歩世られて来たのでありますが、我々としましては遺憾ながら本年のいろいろな状況から見まして〇・七五の線を守るわけにいかんということで、三回の話合いを持ちましたが、十九日に不幸にして話合いが決裂になりまして、二十一日以降夏季手当〇・七五を我々の当局側の責任において支給をした結果に相成つたわけであります。
その後第三次闘争が六月の二十四、五、六とございまして、若干の予想外の障害もあつたのでありましたが、まあ大した障害なしに済みましたのでありますが、一方国労としましては仲裁委に出しておられまして、仲裁委の話合いがそういうふうに不調に終つたということで、今度は東京地方裁判所に団体交渉を行えという仮処分申請を出された模様であります。その結果、裁判所が我々を先月から今月にかけて両三回同時に呼ばれまして、いろいろな和解案を出しておられるというのが現状でありまして、未だにその和解案につきまして当局側の主張と組合側の主張とが調わず、本日四時から第四回目の和解のために我々参るということになつております。
これが大体の今までの経過と御説明であります。