島村軍次の発言 (決算委員会)
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○島村軍次君 私は当時、参議院の方からお見舞いに参りましたので、町長さんにもお目にかかっておるのであります。当時の惨状は私はよく存じております。そういう前提から考えまして、被害の当時の皆様のあの惨状に対しましては、今でもまことにお気の毒であり、かつ当局の非常なお骨折りであったことに対してはあらためて敬意を表する次第であります。そこでお伺いいたしたいと思いますのは、二十八年の七月の災害で、会計検査院の調べたのが翌年の五月二十五日です。この御回答によって見まするというと、その検査の建前に従って実地と詳細な検討の結果ということでありますが、それまで土の排除はされなかったはずはないと思うのですがね。その関係がちょっとはっきりわからんと思うのです。私から特に申し上げておきますが、別にわれわれは皆さんにお答えを願うことに対して検察的な考え方で申し上げておるのじゃないということを前提にし、当時の事情をここまでこういうふうな指摘のあった問題に対して、その後の情勢を、土地排除に関する情勢を経過的に御説明願えばおのずからわかってくるのじゃないかと思うのです。それが第一点です。
それからなかなか土の排除というような問題は一応設計としてもできますが、なかなか事実問題としますれば、たとえば泥というものが全く役に立たんというものもありましょうし、それからまた泥の捨て場所にも困るというのもありましょうし、それから田地によっては、その泥はかえってあったために、将来客土にもかわるような役割をなすものもある。従ってその適当な泥の入ったのは、その年の収穫が多かったものもあろう、しかし御坊町の災害は大きな木が流れてどこがどこだかわからなんだということも、私は実地を拝見しておりますが、この土砂の排除についていま少し詳しくといいますか、期間的にその情勢をお話し願う、こういうふうにお願いすればよくわかるのじゃないかと思います。
それから農地部長にあわせて伺っておきたいと思いますのは、この設計はむろん農地部の方でやられたのだろうと思います。町長さんはその設計に従ってあの非常な混乱のときですから、判を押してお出しになったというようなことであったのじゃなかったかと想像するわけです。そこでこの会計検査院の結果によって初めてその設計変更を考えられたのか、あるいはその中間において何か措置をとられましたのか、こういう点の経過を一つ聞かしていただきたいと思います。