立川宗保の発言 (農林水産委員会)

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○説明員(立川宗保君) ただいまお尋ねのございました脱落、離農の問題でありますが、これは数字をずっと検討をいたしますと、昭和二十年から二十四年あたりまでの初期の開拓の時代に入りましたもの、そういう人たちの脱落の割合が非常に多うございまして、最近に入殖をいたしました人の離農の数字は非常に少くなっております。それで離農、脱落の原因でありますが、これはいろいろとございます。緊急開拓の初期におきましては、ともかくあのような経済状態でありましたので、工場がとまっておる、町に働く場所がない、ともかく戦災者あるいは復員軍人、引揚者というようなものは農地を開墾をすれば食えるというようなことで、どっと入殖をするという状態でもあり、また当方といたしましても、そういう人たちを入れて安住の地を与えるというようなことであったわけであります。従ってその入殖者の質も必ずしも優秀な人ばかりでなしに、ともかく一時だけいる場所を、食うべきものを求めたいというような人が相当おりました。そういう人がやはり漸次都市が復興して商売も始まる、工場も動くというようなことになりまして、離脱をするということが一つの原因でございます。それからもう一つ、軍用地その他におきましては、終戦によって復員になりました軍人が、自分の演習場とか、飛行場とか、そういうところに居つきまして、そこを開墾をして農業をやるという状態があったわけです。それがいわゆる追放の解除というようなものを契機にいたしまして、もう一ぺんまた自分の仕事に立ち戻るというような事態も起っております。それが追放解除の時期に相当の離農が出ておりますが、それはそのような原因であります。それから第三といたしましては、当時の開拓は、とりあえずあの終戦の動乱のさなかに、ともかく食物を生産する人のまあ安住の地を与えるというようなことで緊急に始めましたために、計画も必ずしも精緻でなく、また指導も必ずしも整備しておりませんでした。そのために土地の条件が悪かったり、あるいは非常に多くのものが入殖をした、過剰入殖をいたしまして、農業経営の指導がまずかったというようなことと相待もまして、この初期の開拓というものはかなりそういう点からも離農が出たわけであります。以上のようなことが主な理由でございまして、今申し上げましたような原因は最近はそれぞれ解消しております。従って当初に申し上げましたように、最近離農戸数が非常に少くなったというのはその反映であろうかと、かように存じております。

発言情報

speech_id: 102215007X01119550526_006

発言者: 立川宗保

speaker_id: 14054

日付: 1955-05-26

院: 参議院

会議名: 農林水産委員会