内田一三の発言 (農林水産委員会)

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○参考人(内田一三君) 私内田でございます。ノリの廃油被害を受けました当時、現地の調査を実施いたしましたので、その状況を簡単に御説明申し上げたいと思っております。
 ノリの養殖をやりますのは、九月の末、海にノリの網を入れまして、そうしてそれに種をつけて大きくするのでありますが、本年のノリの種付けは非常に良好でありまして、生育も順調に進んで参りました。十一月の初めにノリをとるのでございますが、ノリをとり始めましてから非常にそれも順調に進みまして、十一月の末、十二月の初めごろに水温が高くなった関係で、ノリの腐れが起きたのであります。そこで生産高が非常に減じまして、漁民も非常に困ったのであります。ノリのあと芽が成長いたしまして、一月の終りから二月の初めには豊漁を予想されたのでありますが、突然一月三十一日から二月の一日にかけまして、千葉県の木更津市から君津郡富津町に至ります海岸ノリ漁場に廃油が流れて参りまして、大きな被害を来たしたのであります。漁民は零細な漁民でありまして、その被害に大へんな打撃をこうむったのであります。
 その次に被害の状況についてお話を申し上げますと、二月の二日君津の漁業協同組合長から水産試験所に調査方を依頼されたのでありますけれども、水産試験所のみで調査をするのにはあまりに大きな問題だろう、こういうふうに考えましたので、直接水産部に連絡をとり、また船そのものがどこの船であるかということがはっきりといたしておりませんので、渉外広報課の係員と同道いたしまして調査を実施したのであります。そのときに沖合にフリゲート艦六隻が見えましたので、まずその船がどこの船であるかということを確めるために、富津から船を出したのでありますけれども、近くまで参りまして、その船を確認したわけであります。廃油によるノリの被害の写真、すでに御供覧願ったことと思いますが、その船は「やぐるま」、「れんげ」ほか四隻でありまして、防衛庁の船であるということを確認いたしました。直ちに水産部から防衛庁に連絡をとっていただきまして、二月の四日、五日の両日、防衛庁からも係官に来ていただき、漁業協同組合長ととともに調査を実施いたしました。
 そのときの状況をお話し申し上げますと、各漁業協同組合長の説明によります結論、その結論といたしましては木更津市の桜井では一月の三十一日にすでにもう網に油がくっついておる。そうして油の流れております状況は何条にも大きなかたまりになって流れておった。そうして上げ潮で木更津市に入り、下げ潮で桜井の沖合のノリの網に油がくっついた、こういうふうに申しております。それから君津町の坂田では、三十一日の午後五時頃までにはその被害はなかった。三十一日の夜の上げ潮によりまして、坂田の漁場のノリ網に油がくっつき、それから南の方の大堀、君津町、青堀町の青木、富津町、その地区には三十一日の夜、油が流れついて、そうして網にくっついておる、こういう状況でございます。
 被害の概況につきましては各関係の漁業協同組合から提出されました資料を総合いたしますと、その被害額は約一億一千二百万円に達しております。そうして最もひどい害を受けた所は木更津市の桜井、君津郡の君津町であります。そこが非常に大きな被害を受けておりまして、その他の所は御承知の通り油でありますので、海水の表面に浮び上りますときには非常に広範囲に分布いたしまして、至る所、網の張ってある所はほとんど全部がその被害を受けた、こういう状況でございます。
 ノリの品質そのものを検討いたしますのには、まず第一にノリの色であります。その次にはノリのかおりであります。そういうふうなノリのかおりそのものが油のあのにおいに満されましたときには、商品価値が非常に少くなる、こういうことが考えられます。そこで油がぴったりとくっつきましたノリそのものは、当然商品価値はもちろんありませんが、かりにとった場合にも、そのにおいがノリにくっつくということになりますと、ノリそのものの商品価値は下落いたしますので、両方面におきますところの損害ということを考えましたときには、先ほどもお話しいたしました一億一千二百万円にも達する、こういうことでございます。
 その次に、被害の原因につきましては、やはり漁業協同組合長から聴取いたしました結果によりますと、フリゲート艦が一月の二十六日から一月三十一日まで木更津の沖で停泊し、また航行し訓練をしておった、そういうことでございます。それから防衛庁の方の係官の御説明によりますと、やはり第一警戒隊、第二警戒隊、第三警戒隊の艦艇が、その沖合いでもって一月二十六日から一月の二十九日まで訓練をやっておった。また停泊をしておったということを申されております。
 その次に当時の風向、風力、海流、潮流等について判断をいたしますと、一月の下旬の風向は西寄りの風でございますが、大した風力は持っておりません。それから海流、潮流、その他の点を総合いたしましたときに、やはり木更津沖に停泊しておりましたところの防衛庁の艦艇から流されたものらしい、こういうふうに感じております。そこで、当然海には海流と潮流がございます。また東京湾のような入口が非常に狭い海でありますと、潮流の力というものは非常に大きな力を持っております。そこで一番大きな被害を起しました桜井、並びに君津はみお筋で、みお筋と申しますと水路であります、その水路のわきが、一番大きな被害を受けているという結果から見ましても、潮流の影響によって油そのものが出たり入ったり、その辺に漂ったということがはっきりしておるわけであります。
 それから本地区におきまして、過去において、やはり昭和二十九年の二月の初めに、海上警備隊の艦艇が木更津地区で訓練をいたしましたときにも、重油の被害を受けております。それからその当時、東京湾のその地区には、大きな艦船が入ってなかった。それからもう一つは東京湾全体にノリのしびが立ってノリの養殖をいたしておりますけれども、被害を受けました地区は、木更津から君津までのごく小部分でありまして、油が投げられたという場所は、非常に岸に接近しておる地区だろう、こういうふうに考えております。
 以上、簡単でありますが、当時の状況を御説明申し上げました。

発言情報

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発言者: 内田一三

speaker_id: 26794

日付: 1955-06-07

院: 参議院

会議名: 農林水産委員会